文明を発展させるのは怠惰と欲求だ。
では、文明を崩壊させるには?
天井を突き抜けて清々しい天気を覗かせる空に、うっすらと浮かぶ雲……の代わりによく分からない素材で出来たやたらと高い四角い建物。
気持ちいい深緑の香り……の代わりに風化して生まれた埃っぽい砂煙。
騒がしい人々の声……の代わりに時折聞こえる瓦礫が崩れるけたたましい騒音。
私が今いるのは、国が管理している立入禁止区域に指定されている『遺跡』だ。
何でも、推定何百年~千年ほど前の文明のものだと言われているらしく、発見された当初からもうすでに風化しかけてボロボロだったらしい。
もっとも、それは野晒しになっている外観だけで、遺跡の中はまだ保存状態もいいんだとか。
この遺跡の中には旧文明の遺産――魔法に頼らない科学の産物や様々な文献などが埋もれていた。それを時の国王陛下が発掘させ、現在の研究に多大な貢献をした、と何かの歴史書に書いてあった。
今はもう粗方発掘を終えているらしいが、もしかしたらまだ発見されていないものがあるかもしれない。
さて、何故一学生でしかない私が、そんな場所にいるのか。その理由は至極単純だ。
先生が行くと聞いたから付いて来た。それだけである。ただし渋る先生を無理やり説得して、ではあるが。
先生は時折、授業を自習にして何処かへ行くことがあるのは知っていた。
その行き先までは知らなかったのだが、つい先日、たまたま先生の研究室に行ったときにそんな話をしているのを聞き、ならばと私も同行することにしたのだ。
珍しく散々渋る先生を説得するのはなかなかに骨だった。
勿論、先生と『遺跡』の調査をするのが目的であって、他意はない。
無言でずんずんと進んでいく先生の後を追いながら、はぐれない程度にあちこちを眺める。
読めない文字で書かれた看板らしきものや、何故か一部だけ土が剥きだされているところがあったり、透明な板がたくさん貼り付けられていたり。
旧文明の遺跡にはよく分からないものや場所がやたらと多い。
これらの用途は私には分からないが、先生なら知っているかもしれない。
流石に、今の先生には聞けないが。
足早に進むこと三十分程度。
右へ左へと入り組んだ道の先で、ようやく先生は動かしていた足を止めた。
そこは一見すると、ただ広いだけの何もない広場のようだった。
足元はやはりよく分からないものが敷き詰められているが、広場の中央に刻まれた大きな四方形の内側はそれとは違い、鈍い光沢を放つ素材の板らしきものだ。おそらくは金属だと思うが、あんな金属はあっただろうか。
「クローゼル」
「はい?」
相変わらず不機嫌そうな先生に返事を返すと、先生は犬を追い払うような仕草で手を振った。
離れていろ、ということらしい。
何を始めるのか何となく予想がついて、指示に従ってその場から数メートルほど後ろに下がる。
先生は俯き気味に顔を伏せ、ゆっくりと細く息を吐いた。その吐いた息は黒く染まり、渦を巻くように先生の全身を包み込んでいく。あまり勢いよくというわけではないが、蠢くように廻るそれはどことなく不気味に見える。
黒い渦が完全に先生を包み込むと、それは先生の足元の影にゆっくりと沈みこみ、そこからいやにゆっくりと地面を這いながら前方の金属の板を囲むように広がっていく。
先生は普段からは考えられないほど慎重に魔法を行使しているようだ。
魔法の発動には、主に二つの要素と四つの動作が必要になる。
要素とはすなわち、魔力とそれを制御する精神力のこと。
魔力がなければ当然魔法は発動できないのは当たり前で、その魔力を制御できるだけの精神がなければ魔法を発動するための魔力の固定が出来ずに暴発、ないし不発に終わる。魔力はもう生まれたときから決められた量しかないが、精神力に関しては後々に相当の努力をすれば培えないこともないらしい。が、普通は備わっているものだからあまり気にされることはない。
動作とはすなわち、精神統一、発動する魔法の想像、魔力の固定、発動のこと。
精神を統一することで自分の魔力のコントロールを行い、発動する魔法を正確にイメージし、使用する魔力を固定し、そして放つ。どれか一つでも疎かにしたらまともに魔法を行使出来なくなる。しかしこの動作には以外と苦戦して行使が遅れることも多々ある。私達学生の平均魔法行使時間は十秒~十五秒程度。どんなに頑張っても十秒を切るのが精々だ。戦争で魔法を行使する人は瞬きするうちに行使するらしいが、これはもう慣れとか経験なのだろう。ちなみに、先生もそんな人たちの一人だ。
以前にも何度か、私は先生が魔法を行使する様を見たことがある。
その時は瞬きもできないような速度で魔法が発動していた。
いつの間にか、文字通りあっと言う間だ。
そんな先生がここまで慎重に扱うこれは、よほど危険な代物なのか、はたまたとんでもなく貴重な何かがあるということだろう。
溝に沈んでいった影が内側から金属の板を持ち上げていく様を見ながら、私はその先にあるものに大きな期待に胸を躍らせていた。
珍しく続いてしまう。
次は遺跡デート後編だよ!