あいも変わらず   作:真坂様

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書いてて怖くなったんで、供養として。

成仏してください。



月夜の殺人計画

 

今になって思い出すのは、幼い頃の、輝かしくも気恥ずかしい記憶。

幼い体を必死に伸ばしながら、町中至る所を駆け回ったあの爽やかな思い出。

 

あの頃は、いつだって笑っていた。

何をしても楽しかったし、何をしても面白かった。

 

彼は覚えているだろうか。

 

二人で遊んだ公園。

いくつかの遊具と、子供五人で遊ぶくらいが丁度いいと思える程度の広さの砂場がある、ありふれた公園。

晴れた日は勿論、雨の日だろうと風の日だろうと毎日のようにそこで遊んだ。

 

至る所に宝石を散りばめられているようで、幼い私は毎日毎日飽きもせず、クタクタになるまで駆け回ったものだ。

 

彼は覚えているだろうか。

 

二人で立ち寄った港。

探検、と称して街をさまよい歩いている時に見つけた、場所。

着いた時にはもう夕暮れだったが、星屑を撒いたかのように煌びやかに輝く海面を、私はずうっと忘れられない。

 

その日から私は彼を連れ、暇さえあればそこに立ち寄った。

その美しい景色を目に焼き付けようとしていたのだろうか。

 

潮風は、火照る体を鎮め

潮騒は、はやる心を落ち着けた。

 

彼は覚えているだろうか。

 

二人で作った秘密基地。

 

例の如く、好奇心の赴くままに街をさまよい歩いているさなか、街を一望できる小高い丘の上に、こじんまりとした廃墟があることを知った。

その頃のクラスの流行りに便乗して、私は彼とそこを秘密基地にすることにしたのだった。

 

お互いの家から要らないものを持ってきて内装を施しただけの簡素なあばらやだったが、自分の手で作ったということで、不思議な愛着を覚えていた。

 

普段は味わえない非日常感、そして世界には私と彼しかいないかのように錯覚させられる、精神的な静けさが、私は好きだった。

 

しかし私が大人になるにつれて、無邪気に遊び回ることも少なくなってしまった。

高校生にもなると、遊ぶどころか、その場所に行くことすら珍しいことになっていったのだった。

 

幼い頃の思い出は錆付き、今では赤い、記憶の中だけのものだ。

 

彼は、そんな私をみて何を思うだろう。

彼は、私の見る公園を、港を、秘密基地を見て、一体どう思うのだろうか。

そう考えると、どうしても、やるせないような気分になる。

 

誰もいない公園。

カモメの鳴き声だけがこだまする港。

様々な虫達が蔓延る秘密基地。

 

もうあの頃には戻れない。

 

過去は増えるばかり。

未来は減るだけ。

 

私の錆び付いた叫びは、無邪気な自分には届かない。

周りを見ずにがむしゃらに走っていた私には。

 

きっと、私が時を超えて昔の自分に会いに行っても。

何をどんなに忠告しようと。

幼い私にはきっと意味はなかっただろう。

 

だから、今ここで私が何をどれだけ自問しようとも。

なにも変わらない。

どうにもならないのに。

 

私の後悔はどうしても消えてくれない。

私の中の錆び付いた記憶は、ずっと頭の中に残り続ける。

 

 

彼が死んだ。

 

 

自殺だった。

自分の部屋で首を吊っていた。

いつものように、朝、彼を起こそうと部屋に入った時のことだった。

 

ノックしてもすんなりと出てこないのはいつもの事だったから、なんの疑問も持たず彼の部屋のノブを捻った。

まだ寝ているのだ、と決めてかかって発した言葉は、セオリー通り「もう朝だから起きなさい」だった。

部屋の中から聞けば、どれだけ滑稽な事だったろうか。

首吊りの『画』は、ドラマやアニメで何度か見たことがあったので、直ぐにそれと分かった。

今思うと、それがなければどんな反応をしていたか分かったもんじゃない。

しかし、突然だったのは確かだ。

数秒の沈黙の後、自分が自分でないと思えるほどの悲鳴を上げた。

無我夢中で、自分が何をしていたのか分からないくらいには動揺していた。

私はその場から数歩後ずさりして、尻餅を着いた。

そうして、彼の母親が来るのを待っていた形になる。

幸いにも彼は扉に背を向けていたので、被害はよりマシではあった。

どんな顔であったかは全く想像できないけれど、目だけは見えなくて良かったと思う。

首を括った時の苦しさや無念が、そこに集まっているような気がしてならないからだ。

目は口ほどに物を言う、というやつだ。

 

そのあとの記憶は全くない。

 

けたたましくなるサイレンの音と、彼の両親の涙以外は。

それは、忘れてしまったのか、シャットアウトしていたのか定かではない。

 

当然、学校に登校する気にもなれなかった。

野次馬のようにクラスメイトが群がって来ることは想像出来たし、それに対して平然としていられる自信もなかった。

普段は厳しい母も、その時だけは何も言わず、休むのを許してくれた。

 

ただ、そうしたのは失敗だった。

どうしても、私は考えてしまうのだ。

彼が死んだ理由。

もしかしたら、私にあるのかもしれない。

そうでなくとも、一番近くにいた私が気付かなければいけなかったのかもしれない。

彼も、私に助けて欲しかったのかもしれない。

 

今更、そんな答えのないことを、何度も何度も反芻し続けてしまった。

 

きっと、彼の母は、私のせいではないと言うだろう。

それは慰めでもなんでもなく、本心でそう言ってくれるだろう。

 

それは私でも分かっている。

でも、私が変わっていたら、私が私じゃなかったら、違う結果もあったのではないかと、どうしても思わずにはいられなかった。

私は、その日、初めて本当の後悔をしたのだと思う。

その時は、これが最初で最後の後悔になればいいな、なんて前向きに考えることなど出来なかった。

 

私は現実から逃げるように、頭の錆を必死に掻きむしった。

 

結果、私は公園に行く決心をした。

塞ぎ込んで二日。

ほとほと自分を責めるのに疲れた頃合だった。

 

要らぬ心配をされるのは面倒なので、夜中にこっそり部屋を出た。

 

真っ暗な街。

民家の明かりも全くない。

月明かりでさえも、もはやここには届かない。

そこには、私の不気味な程に青白い肌しかなかった。

 

夜風が私の体を冷やす。

が、不思議と寒いとは思わなかった。

 

公園までは、大して距離がない。

幼い身で何度も行き来できていたのだから、それはそうだろうが。

なぜか、誰にも見つからないという自信があった。

だからということではないが、私は何に急かされることもなく、ゆっくり歩を進めた。

 

公園に着いて気付いたことだが、本来、暗がりが苦手な自分だが、今日はなぜだか堂々と道の真ん中を歩けた。

肝が据わったのか、腹を括ったのか。

なんにせよ、私が普段の私でなかったのは事実のようだ。

 

そこは、もはや幼い頃の面影はなかった。

全体的に小さく、そして色褪せているような気がした。

太陽の光を反射して、あんなにも輝いていた遊具達が、今ではただ錆の目立つオブジェにしか見えない。

光量のせいだけではないだろう。

砂場に至っては、ただただ恐怖でしか無かった。

 

私を、笑っていたのだから。

 

馬鹿にするような笑みを浮かべるその砂場から逃げるように駆け出した私は、当てもなく街をさまよった。

 

暫くして、冷静さを取り戻した私は、砂場のことをただの錯覚だと気付き、あるいは言い聞かせて、やっとのことで足を止めたのだった。

 

ここはどこかと一抹の不安を抱えながら辺りを見回すと、闇夜に消え入るように、カモメの鳴き声が聞こえた。

 

港だ。

 

私は呼び寄せられるように、海面が見える場所へと移動した。

 

その日も、海は美しいかった。

ただし、幼い頃の海とはまるで違う。

水底は夜を吸い込み、妖しく私を誘っている。

月光はキラキラと水面に映り、海の闇をより一層際立たせている。

そう、その景色は、今の私にとって唯一の救いと言っていいほど悪魔的に美しかった。

思わず、顔が綻んでしまうほどに。

 

そんな自分に気付くなり、私は一目散に駆け出した。

認めたくない。

あの景色も、今の自分も。

そんな思いで頭はいっぱいだった。

 

そして今回は自分の意志を持って秘密基地にやってきた。

救いを求めて…と言えばそうだ。

なぜならここは、私の記憶の中で一番無邪気で幼稚な場所だから。

 

扉を開いて一番に、ホコリ臭さが頭に突き刺さる。

思わず咳き込んだ後に、そういえばここには明かりがなかったことに気付く。

 

なんとか見えないかな、と目を凝らしてみてもどうやら無駄のようだ。

無理やり進んでみてもよいのだが、この暗闇の中で足元がに何があるか分からないと思うと、あまりに無謀に思えた。

ポケットを叩いてみるも、何かが入っている気配はない。

「残念だな。」

言葉とは裏腹に、安心感を抱いた私は、呆気なくそこを引き返した。

 

少し離れた路上から、ガードレールを背にしてその廃墟を眺める。

 

後ろには明かりの灯らない街。

向こうには何も無い山林。

 

名残惜しくその辺を、どこともなく眺めていた時だった。

先程までいた廃墟の横の方に、何やら違和感を発するものがある。

私は何の気なしにそれに、近付いた。

いつもの私ならばきっと気づかない。

 

それなりに背の高い雑草の間に置いてあったのは、ポットより一回り小さいくらいの懐中電灯であった。

どうやら明かりは付くようだ。

しかも、状態からして昔のものでもないらしい。

少なくとも一年前より最近のものだ。

 

「渡りに船」、そんな言葉が頭を過ぎった。

誰がこんな所に来たのだろう。

そんな疑問が浮かぶほど、冷静な精神状態ではなかったのだと思う。

 

葛藤は勿論あった。

しかし、その時の私は変な高揚状態になっていて、謎の推進力を持っていたものだから、力を振り絞らなければ、止まることは出来なかっただろう。

 

だろう、というのはそのままの意味である。

止まろうとしなかった、という意味である。

 

懐中電灯のスイッチを入れる、カチッという音にドギマギしながら、明かりをゆっくりと廃墟の中に移した。

視聴者を焦らす、意地の悪いバラエティ番組のように、部屋の角から始めて、最後に部屋の中央にフォーカスが合うようにした。

 

初めはただホコリが舞っているだけだった。

だんだん動かすにつれて、

ソファ

電子レンジ

と、現れてくる。

 

すると、突然。

 

懐中電灯の光が激しく振動し始めた。

それが、自分の腕の震えだと気付くのに、数秒掛かった。

私の意識と視線は、部屋の中央にある、あるものに一心に捧げられた。

丁度眠りに落ちるような、仄暗い夜の海に溺れるような感覚に、頭を支配される。

自分の目玉すらも震えていることだけは分かった。

それなりに重量のある懐中電灯だ。

そんな状態で、しかも片手でいつまでも持っていられるはずもなく、数秒とせずに、それを取り落としてしまう。

頭に直接ぶつけられた、と勘違いするほど大きな音だった。

私は今にも沈み込みそうだった意識を幸運にも取り戻した。

 

しかし、私の全ては、その『もの』に向けられたままだ。

意識を取り戻したのは、ある意味不幸だったのではないか、と思えなくもない。

 

私は、吸い込まれた。

 

あの妖艶な海とは似ても似つかない、無造作で粗末なものだったけれど。

今の私を惹き付けるのには充分だったようだ。

 

『それ』に触れたとき、なぜか私は唯一気付いてしまった。

私が、彼のことをどう想っていたのか。

どうしてここで、と思うかもしれないけれど、それは、何もここで初めて気付いたのではなかったのだった。

気づかない振りを、していただけだった。

こんな風に現実を突きつけられるまで、知らない振りをしていた自分の幼稚さには呆れるけれど。

 

しかし実際には、そうやって呆れる暇さえなく私は取り返しのつかない所までずんずん進んでいくのだった。

 

私は『それ』を両手で強く握る。

チクチクとした心に刺さるかのような痛みも、その痛みの煩わしさも、今は感じられない。

 

命綱かなにかのように、『それ』に体重を掛けて椅子に登る。

そしてなんの抵抗もなく両手の間に首を伸ばした。

まるで、窓から外を覗くように。

一瞬、冷たいものが両頬を伝ったような気もするが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

経験者の如くなんの不手際もなく、椅子を倒す所まで完了した。

 

 

嘘だ。

 

 

唯一、ではなかった。

ここに来て気付いたことはもうひとつあった。

 

それは、私にとって受け入れ難いこと。

信じられないこと。

信じたくないこと。

 

私の二日間を。

あるいは10年あまりをほとんど無為にする真実。

 

私が涙を流した理由。

そして、彼が自殺した理由。

そして、彼が自殺した目的。

私がどうして、『それ』に魅せられたのか。

宵闇の大海よりも、虚影の砂塵よりも、甘美で私に救いを与えてくれるもの。

 

昔から、彼は優しかった。

私が毎日毎日内気な彼を連れ回して歩こうと、文句1つ言わずついてきてくれたのだから。

たとえ彼の内に、憎しみがあろうとも、私にはそう思うしかない。

そう思わなければ、耐えられない。

 

「ごォッ……め”んな……」

「さいィ……。」

 

頭が、沸騰して今にも破裂しそうだ。

けれど、耐えなければ。

これが私の罰なのだから。

二日前の彼だって、同じ苦しみを味わっているはずなのだ。

 

喉から絞り出した声は、美しい夜空に消えていった。

いつの間にか、月明かりが空から覗いている。

 

頬を伝うのは紛れもなく私自身の涙であって、しかもこの涙は、罪悪感とか後悔とかいう単一で簡単なものではないのだなと、直感的に理解出来た。

 

私はずうっと錆び付いた記憶を気にしていたけれど、それらはどうしたって元に戻るはずがなかった。

だって私は、どこかで彼の気持ちに気付いていて、それを見て見ぬ振りをしていたのだから。

思い出したくない、見たくない記憶だったのだから。

私はこうした失意のなかにあって、しかしどうしてか苦しみの中に、一抹の希望を抱いている事実を否定しきれない。

まさに、宵の街に差し込む月明かりのように。

 

よくよく考えれば、これは微塵も悲しいことではないのだった。

 

だって。

 

月を求めて闇に溺れた人間は、きっと幸せな死に際だっただろうから。

 

私は必死に、そう思い込むことにした。

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