「・・・俺の身の上については分かった。だけど、それとこれとは話が別だ。今の話を聞いたところで、はいそうですか。じゃあ俺の魂も右手も自由に使って下さい…なんて台詞は口が裂けても言えねえ」
「ツレないな。まぁ、それならそれで話が早い。今まで通り力づくで……」
「だけど、その前に一つ聞かせろ」
「・・・ほぉ?ここまで語っておいてそれか。つくづく会話が好きなんだな」
「そういうわけじゃねぇよ。だけど、どうにも腑に落ちねぇことがある」
「何だ?」
フィアンマが訊ねると、上条は大きく息を吐いた。そして刺すような視線を彼に向けると、低くも芯のある声で言った
「お前らの目的が、人類を平等に救うってのは…まぁいいとしても、だ。だけど、その目的に一体なんの意味があるってんだ?それを達成しようとする動機、それを達成してお前らに一体なんのメリットがある?」
「それをお前が聞くのか?大して動機もリターンもないのに、目に付いた事件に首を突っ込んで、特に関係もない人間に手を差し伸べる理由を問いているのなら、お前も大差はないだろう?」
「かも、な。だけど俺に出来たのなんざ、その事件の渦中にいた個々人くらいで、とても世界中の人間を救うなんてスケールで何かを考えたことなんてない」
「ならSAOはどうなんだ?あのデスゲームに囚われ、75層まで生き残った全員を、お前はアレイスターを倒すことで救ってみせたじゃないか」
「そんなのは、俺が救ったなんて言えない。あの世界で生き残ってた人達は、全員が何かと戦って生き残ったんだ。モンスターと戦うことはもちろん、ゲームに囚われた孤独や、本当に現実に帰れるかどうか分からない不安とな。あの日、75層でゲームがクリアされるまで生きていたみんなは、そういった目に見えないものと懸命に戦って生き残ったんだ。たとえ最後の仕上げをやったのが俺だとしても、それは俺の成果じゃない」
「・・・ふむ…」
「だけど俺自身が、あそこにいた全員を救いたいと、別に思わないことはなかった。だけどSAOで戦っていた時には、なんとかして現実に戻りたいっていう、俺自身の願望があった。言ってみればそれが動機だ。あの世界にいた人は、誰だって元いた場所に戻りたいと思っていたことに違いはない。俺もその一人だった…それだけだよ」
「そう、それだよ。俺様の動機もつまるところ、それと似たようなものだ」
「は?」
フィアンマから返ってきた突然の返答に、上条は思わず食い気味に声を出した。その言葉の意味が分からずに、すっかり放心してしまっている上条を見たフィアンマは、額に手を当てながら、やれやれと言った様子で首を振った
「自分の身の回りで起こる変調を正すことに、大それた理由がいるのか?気が向けば、道端にあるゴミを拾うことだってあるだろ。自分と親しい人間が何か悪さをすれば、どうにかして更生させたいとは少なからず思うだろう」
「それが世界規模になっただけだよ。なぜなら、俺様にはその力も思想もあったからだ。人間の悪意で侵された世界を掃除して、全ての人間が平等に救われ、本来あるべき姿に戻る…なんとも十字教的じゃないか。神が敬虔な十字教徒のみを招き入れるとされる『神聖の国』としては、まさに理想的だ」
「まぁ人間的な理由で言えば…単純に待ちくたびれたんだよ。そして何より、飽きた。創世の頃より伝わる神話の救いは、あまりにも遅すぎる。こんなにも世界は醜く歪み、人間の悪意が蔓延っているというのに、その片鱗すら見せたことがない」
「そのトリガーとなるはずだったお前も、今やただの腑抜けだ。だったら俺様が、自分自身でその救いをもたらす神になってやろうと思うのに、これ以上の理由がいるのか?」
「・・・分かった」
深く息を吐いて、上条は短く言った。そして右手を握りしめて拳に変えると、目の前の赤い男を刺すような視線で睨みつけた
「もう、いい。多分俺とお前は、水と油だ。どれだけ会話を重ねても、分り合えることがないってことが分かった。これ以上は、偏屈な老害と話すのと同じだ。お前のイカれた宗教観に、俺が自分の右手と魂を差し出す理由はねぇし、お前の言う救いが本当に世界の人の為になる保証がねぇ。もしも俺の魂にまつわる話が本当なら、俺はいい加減な物分かりでソレを渡しちゃいけない義務がある」
「少なくとも、俺が守りたいと思う人工フラクトライトを殺して笑っていれるようなヤツに、渡す理由はない。挙げ句の果てには、世界中の人を皆殺しにして、『はい。これが俺様の救いです』なんて、笑顔で言いそうなヤツにも見えるよ。俺にとってのお前は」
「なんだ?まるで俺様がカルトの教祖だとでも言いたげじゃないか。言っておくが、十字教は別に狂信者だらけの集団じゃない。真剣に神を尊ぶ、敬虔な教徒ばかりの信仰宗教だ。俺様が属するローマ正教なんてのは、その一部でしかない」
「世界を救うことが、本当にローマ正教にとって正しい教えだってんなら、俺も別に文句は言わねぇよ。だけどな、お前はもう既にこの世界で多くの犠牲を出してる!さっきだってエルドリエを見せしめのように殺した!そんな命を弄ぶような行為のどこに救いがあるってんだ!答えろよ!?」
上条が語気を荒げて、フィアンマに迫った。しかし彼の態度は、こめかみに青筋まで立てている上条とはまるで対照的に、両手を叩き合わせて大声で笑っていた
「はっはっは!おいおい、俺様を笑い殺すつもりか?犠牲?命?この世界の住民にそんなものがあるのか?いかに人工フラクトライトが人間と同等の知性と魂を持っているとしても、俺様から見ればあんなもの、所詮は電気がなけりゃ動かないただの機械と同じだ。俺様の救いの対象は、あくまでも現実に命を持って暮らす無辜の民だ。あんなのは過程にすら至っていない」
「ふざけんじゃねぇっ!何が世界の人々を救うだ!誰かがお前に世界を救ってくれなんて頼みでもしたのかよ!?テメエが勝手に決めた救いと幸せを、テメエが勝手に押し付けて満足したいだけだろうが!テメエの自己満足に、勝手に俺たちを巻き込むんじゃねぇ!」
「くっくっく、つくづくヒーロー体質なんだな、お前は。どうあっても仮想世界の物語の主人公になりたいと見える。まぁ当然と言えば当然か。お前はあのSAOを終わらせた、側から見れば文字通りの『主人公』なんだからな」
「・・・なに?」
「じゃあ聞くが、お前は今の自分の言動が絶対に正しいと胸を張って言えるか?ことプレイヤーが自らの命を賭けていたSAOでは、大半の人間が死にたくない、元の世界に戻りたい、そんな願いを持っていたのは俺様とて否定はしない。だが全員がそうではないかもしれないと、ほんの少しでも考えたことはなかったのか?」
「・・・?」
それは本来であれば、論点をすげ替えているだけの、いくらでも無視できるはずの言葉だった。だがフィアンマの言い草は、無性に上条の思考を掻き乱した
「こんなことで死にたくはない。だけど現実になんて戻りたくない。現実に戻っても辛い思いをするだけだ。ならばいっそ、このままこの仮想世界で余生を終えるのも悪くない…そう考える者が一人でもいないと、お前は一度でも考えたことがあったか?」
「ッ!?」
上条に、否定の言葉はなかった。生き残った6000人の心情、その一つ一つ全てを理解することなど、誰にも出来るわけがない。そんなのはフィアンマだって同じのハズだった。しかし、彼の言葉が正しくないとする言葉は、頭のどこを探しても出てこなかった
「ははっ、ないだろ。正確に言うならお前が真に救いたかったのは、あの世界にいた一部の人間だけだ。生き残った全員を救えたのは副次的なものだと言ってもいい。それなのにお前は全員が生きていて良かったと、生き残った全員がどんな心持ちでいるのかも知らずに、自分のしたことは正しいことだと嘯いている。どうなんだこれは?お前の言う自己満足とは違うのか?」
「そ、それは……」
「そら、所詮お前の救いの尺度なんてその程度さ。誰かを傷つけなければ、誰も救うことができない。まるで平等じゃない。結果だけを見れば全てが許されるのなら、この世界は今ごろ空想のお伽話の仲間入りを果たしてる頃合いだろうな」
「ち、違う!俺は…俺はっ…!」
「ほら、それだよ。俺様が言いたいのは」
「・・・・・は?」
取り乱しながら反論しようとした上条に、フィアンマが人差し指を向けながら言った。その小さな動きに上条が再度言葉を詰まらせると、フィアンマは彼の呆けた顔を鼻で笑いながら続けた
「特になんの根拠も持たず、頭ごなしに相手の考えを否定する。それは紛れもなく、自分の考えこそが正しいと疑っていない証拠だ。お前には俺が悪に見えるのなら、自分が正義だとする理由は何だ?主人公が絶対に正しい、ヒーローが絶対に正しいなんて誰が決めた?その先に待っている結末が、何よりも尊いものだなんて誰にも分からないだろうに」
「なんならもっと正確に言ってやろうか。お前は簡単な解決策に自分から甘んじて、ただ正義を振りかざす自分に溺れてるだけだ。何かの事件に巻き込まれれば、誰かを悪役だと自分の正義に照らし合わせて決めつけ、その悪を殴り飛ばすことで解決したことにする。そんな凝り固まったエゴと暴力の化身…それが『上条当麻』という人間の本性だ。そこには『幻想殺し』も、『神浄の討魔』というお前の本質も関係ない」
「確か、テッラと戦う時も言っていたな。この世界のために戦う?笑わせるな。お前は所詮、この世界の一部にしか目を向けていなかっただけだ。お前が救いたいと思っているのなんて、お前がよく知り得ていて、善だと思っている人界の民だけだ。その証拠に、お前は特に理由もなく、かと言って知ろうともせず、自分の領域を侵略してくるから。たったそれだけの理由で闇の軍勢に拳を向けた」
「こんなたかが10万かそこらの住人しかいない世界の善悪も正しく測れないのに、現実にいる70億の人間の幸福を明確な形で定義し、それを実現できるのか?俺様が手ずから享受する救いが、彼らにとっては救いには絶対になり得ないと確証を持って言えるのか?俺様のやる事を否定する自分が正しいと、世界に向けて誓えるのか?」
「ち、違う…俺は…俺はただ………」
掠れた声が、喉から漏れ出す。まるで岸に打ち上げられて水を求めようとする魚のように、何度も乾いた唇を動かす。もう耳を塞いでしまいたい気分だった。自分はそんな独善的な人間ではないと言いたくても、それに続く言葉は、上条当麻の中には存在しなかった
「目を背けることはいい加減辞めにしないか?もうあれから四年も経つんだ。いい加減ヒーローごっこにも満足しただろう。あのデスゲームに幕を引き、数多の人間の命を救った…あぁ、体裁だけに目を向ければ十分すぎるほどの偉業じゃないか」
「それを体裁で終わらせない為に、お前の右手と魂を、俺様の『聖なる右』に捧げるだけだよ。どうだ、簡単だろう?今までお前がしてきた、悪役を見つけて暴力を振るうことよりも、何よりも簡単だ。それだけで救える。借金も失恋も、殺人も傷害もない、万人にとっての平等な幸福が、お前が右手を差し出すことで享受される」
「もう一度自分の胸に聞いてみろ。自分の方法が正しいか、俺様の方法が正しいか。それでも自分の正義こそが正しいと息巻くなら、お前はどうしようもないバットエンドを招く主人公になるだけだ」
「それこそいずれ、そのエゴと暴力を生かしてどこぞのカルト宗教の教祖にでものし上がれるんじゃないか?根拠もなく他者を絶対に間違っていると思い込み、自分だけが絶対に正しいと信じ続けるーーー」
「その思想こそが、お前の思う『正義』とは相反する、『悪』という思想に他ならないのだから」
「・・・う、うわ……うわぁ…うわぁぁぁ…!うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!」
どうにかなりそうだった。思考も、視界に広がる景色も、全てが真っ暗になりそうだった。気づけば上条はみっともなく叫んで、右拳を振りかざしながらフィアンマの元へ走り出していた。今すぐにコイツの口を閉ざさなければならない。全てが正論に聞こえるからこそ、もう彼の話を聴き続けられる心の余裕はなかった。そうでなければ、自分は確実に自分の在り方を見失う。手段を選んでいる暇はない
「おいおい、いくら図星だからってそんなに怒ることか?いや、その激情に任せて殴り掛かってくるのを鑑みるに、俺様の話なんてロクに聞いてなかったか。ちゃんと会話出来ていたのなら、今さら暴力で訴えはしないだろうからな」
「黙れ!黙れええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっっっ!!!」
たとえそれが、今まさに否定されていた方法だとしても、もうそれしかなかった。今までだって自分は、それでなんとか出来ていた。だが裏を返せば、またその選択肢しか選ぶことができなかった現実が、またも上条の理性を蝕んだ。そんな彼を嘲るようにフィアンマが右手を差し向けた瞬間、それは舞い降りた
『ラーーーーーーーー』
「ーーーッ!?」
オーロラのような、七色の光のカーテン。それが目に付いた瞬間、上条は咄嗟に駆ける脚を止めた。ゴッバァ!!という轟音と共に上条とフィアンマの間合い横断したそれは、いとも簡単に彼らの間に広がる大地を引き裂いた
「・・・なるほど、これは流石に面倒だな。まぁいい、むしろ幸運と取るべきなんだろう。おかげで新しい娯楽が増える」
「ま、待てっ!!」
七色の光の向こう側でフィアンマは呟くと、その光の奥へと踵を返して歩き始めた。それを見た上条は藁をも掴む思いで右手を伸ばしながら叫んだが、そんなものを気に留める様子もなく、フィアンマの人影は光の向こう側へと消えていった
「精々足掻けよ、上条当麻。遅かれ早かれ、お前が自分の存在価値を見失う時を、楽しみにしておいてやるよ」
「ま、待て…待ちやがれーーーっ!!!」
それだけ言い残して、彼は影も残さず消えた。後に残されたのは、底なしの闇を覗かせる膨大な峡谷と、心に穴が空いたような虚無感だけだった