「・・・よくもまぁ、ここまで拗れたわね。下手な昼ドラより複雑な相関図になってるんじゃないかしら」
その後、簡易的でありながらも野営を設置した人界守備軍遊撃部隊は、部隊長以上の地位にある面々を火を焚いた広場に招集し、作戦会議という名の状況説明を始めた。そして粗方の事情を整理し終えたところで、美琴は特大の溜め息を吐きながら言った
「自衛隊に米軍…か。現実世界側はアスナ達の方がよっぽど切羽詰まってるみたいだな。そのラースが管理してる、オーシャン・タートルって所からアスナとキリトはログインしてるんだよな?今こうして一緒にいるのはいいにしても、このままずっと米軍からの攻撃を気にせずにいれるのか?」
先ほどよりはいくらか顔色をマシにしてから会議に参加した上条だったが、それが貼り付けられたような表情であることは誰の目にも明らかだった。しかし、本人が何があったのかを話そうとする素振りを見せていないため、一先ず話し合いが出来るのならば今はそれ以上は望まないという、ある種の暗黙の了解のような形で美琴達は会議を進めていた
「うん。オーシャン・タートルにいた職員さん達の迅速な対応があったおかげで、即座に施設内の隔壁が降りたの。米軍が占拠したメイン・コントロールルームと、私たちのいるサブ・コントロールルームは完全に隔離されたから、とりあえずは大丈夫。でも、依然として予断を許せない状況であることに変わりはないわ」
『スーパーアカウント・創世神ステイシア』の姿に扮したアスナは、軽く頷きながら上条の問い掛けに答えた。すると次に口を開いたのは、SAO時代の所属ギルドだった『血盟騎士団』の装備を身に纏った美琴だった
「でも、それに関しちゃ私たちはお手上げね。こうしてアスナさん達の世界のアンダーワールドに干渉出来たのはいいけど、現実世界の事象にはどうやっても関与できない。むしろ、二つ存在していたアンダーワールドが一つになっただけでも、タチの悪い奇跡みたいなものだもの」
「それは私とキリト君の協力者…総務省仮想科の『菊岡』さんやラースの人たちが取る今後の対応を信じるしかないわ。兎にも角にも、私たちが今するべき最優先のことは……」
「ワールド・エンド・オールターに辿り着いて、果ての祭壇に設置されたシステム・コンソールを使って、キリトをログアウトさせる。それと、アリスのユニットデータをイジェクトして、米軍の魔の手から守る…ってことだな」
「うん、それが一番だね。この中で一番動きに制約がないのは私だから、最後にこの世界を去るのは私であるべきだと思う。キリト君とアリスさんを現実世界に行かせた後で、ミコトさんとカミやん君を元の世界に戻れるように送り届ける。下手な話、私はそれが出来ればゲームオーバーになっても勝ったようなものだから」
「でも、キリトさんを今の状態のままで現実世界に戻すのは果たして正解なのかしら?聞くところによると、米軍がオーシャン・タートルの電気系統をいじくり回したせいで、STLがサージを起こしてキリトさんのフラクトライトが焼き切れちゃったんでしょ?それだとなんて言うか…現実世界に戻ってもあの状態のままなんじゃないの?」
アスナの話に割り込むような形で言った上条に対し、アスナは大きく頷いてみせた。しかし美琴が、息つく間もなくまだ消化できていない疑問を挙げた
「それは…正直なところ私にも分からないわ。でも、キリト君をこのままアンダーワールドにログインさせておくのが、一番良くないのは確かだと思う。いざ米軍が私たちのいるサブ・コントロールルームに侵入してきた時に、STLでダイブしてるから身動き出来ません…なんて、夢でも見たくないわ」
「そうだな…っし、とりあえず最優先はキリトとアリスってことに変わりはないな。これからも俺たちは、ワールド・エンド・オールターに全速力で向かおう。アリスもそれで構わないよな?」
「・・・・・」
短く息を吐いて頷いて、上条は自らの気を引き締めるように言った。そして彼はすぐ横を向いて左隣に座るアリスに訊ねたが、視線の重なった彼女は仏頂面のまま、うんともすんとも言うこともなければ、首を縦にも横にも振る様子を見せなかった
「ん?おいアリス、お前ちゃんと話聞いてたか?」
「・・・私に話を聞いてたのか確認する気前があるくらいなら、周りを気遣う余裕くらい見せたらどうなのです」
「周り?・・・あ……」
アリスに言われて初めて、上条は30分以上に渡って話し込んでいた会議場の周りを見渡した。少なく見積もって15人はいるその場の人工フラクトライト達は、その大半が眠そうにしているか、口を半開きにして呆けている者ばかりだった
「私はここに来るまでに、家でお前からリアルワールドの話を大雑把に聞いていたからまだ理解できましたが、他の者達はそうはいかないことくらい、考えなくなって分かるでしょう。いいですかカミやん、ミコト、アスナさん。認識のしようがないものをただ並べるものを、人は会議とは呼びません。これではあなた方三人の座談会です」
「はぁ〜…まぁそうだよなぁ…」
「そもそも、この世界の外側に、もう一つ世界が広がっている…と言われた時点で、もう私は理解が追いつきませんでした。その上、キリト先輩とカミやん先輩が住んでいる世界もまた別にある…と言われても、私には想像もつきません」
ため息混じりに呟いた上条の後で口を開いたのは、彼の傍付きでありキリトの傍付きでもあったロニエだった。彼女の言葉に周りの衛士達も同調するように騒つき始め、リアルワールドの住人である三人が表情を曇らせていると、火酒の樽を片手に持ったままベルクーリが言った
「いいや、俺はそうは思わん。というか、同じことだろ。人界の外にはダークテリトリーがあって、そこじゃ何万もの大軍勢が侵攻の時を手ぐすね引いて待ってたって事実を、これまで真剣に考えてきた奴なんざ俺も含めてろくにいなかったんだ。今更になってその外側にもう一つ二つ世界が増えたくれぇ、どうってことねぇだろ」
どうにも乱暴な理論だが、騎士長の頼もしい声で言い切られると、そんなものかと思えてきた一同が落ち着くと、その中でティーゼが真っ直ぐに手を伸ばしながら発言した
「そういった外側の世界の理については据え置くにしても、その…カミやん先輩達がこの世界を守ろうとしているというのは、人界守備軍で共に戦っている以上疑いようのないことです。ですが、アスナ様とその世界の外側にいるという協力者の目的は何なのでしょうか?よもや、ステイシア様の権能を行使し、この世界を支配するということは……」
「とんでもありません。私の目的はカミやん君達と同じで、アンダーワールドを守ることです。そしてその疑問に関わるものとして、私達と敵対してる勢力の目的こそが、アンダーワールドからたった一人の人間を回収し、然る後に世界を全て破壊することです」
「そんで、この世界を破壊しようって勢力が欲しがってるたった一人の人間…ひいては光の巫女っつーのは、囮部隊を編成するにあたってカミやんが口にした推測通り…」
「えぇ。アリスさんこそが、敵の唯一の目的です。そして私には、アリスさんをリアルワールドに招かなければならない義務があります。そして、もうアリスさんがこの世界に存在しないと知れば、私たちの敵はこの世界への干渉をやめるはずです」
「冗談ではありません」
ベルクーリの言葉が終わる前に、アスナが取って代わってその先の話を言い終えた。しかしアリスは、それを鋭い口調でピシャリと寸断してしまった
「何度も言うようですが、私にはキリトといた時の記憶と、カミやんといた時の記憶が混在しているため、大凡の現状は理解できています。その上で言わせていただきますが、逃げる?私が?この世界とそこに暮らす人々、それにこの守備軍の仲間たちを見捨てて、リアルワールドとやらに?有り得ません!私は整合騎士です!人界を守ることが、最大にして唯一の使命なのです!!」
「ッ…なら尚のことだわ!もしも敵…暗黒界ではなく、リアルワールドから来る強奪者達にあなたを捕らえられてしまえば、この世界に暮らす人々も、大地も、空も、何もかもが消滅させられてしまうのよ!?敵はもう、いつここを襲ってきてもおかしくないの!」
アリスは最初こそ穏やかな口調だったが、途中で感情に火がついたように夢中で叫んだ。椅子を蹴って立ち上がり、右手を胸当てにバシッと当てて、声高にまくし立てる。すると、今度はアスナが勢いよく立ち上がり、茶色の髪を大きく揺らしながら、鋭い声で反駁した
「おっと、その点については少し情報が古いようだなアスナ嬢ちゃん。どうやらもう来てるようだぜ。お前さんの敵とやらは」
「・・・え?」
豪胆な風格が少しも揺らぐ様子を見せないベルクーリが言うと、アスナは絶句した。そんな彼女を焦らすように、火酒をぐいっと呷ってから、騎士長はため息を一つ置いて続けた
「ようやく合点がいったってモンだ。光の巫女。それを求める暗黒神ベクタ。どうやら全部お前さんの推測通りだったようだぜ、カミやん」
「・・・そうだな。アリスを狙う人間…つまりはメイン・コントロールルームを占拠して、アンダーワールドにログイン可能してきた米軍の兵士。やっぱり暗黒神ベクタは、アスナ達の世界の…リアルワールドの人間だったってことか」
「あ、暗黒神ベクタ!?なんてことなの…ダークテリトリー側のスーパーアカウントは、ロックされていなかったんだわ……」
上条の言葉を聞くなり、焚き火に照らされていても解るほどに顔を青ざめさせたアスナは、神聖語混じりの呟き声を漏らした。するとそこから生まれた静寂を縫い止めるように、整合騎士のレンリがおずおずと手を挙げて言った
「あの…ちょ、ちょっといいですか?そもそも光の巫女って具体的には何なんですか?それがアリス様を指していることは、ひとまず分かりました。ですが、その…リアルワールドの強奪者達は、いったいどうしてアリス殿をそんなに欲しがるのですか?」
「右眼の封印を破ったから」
全員の視線がレンリに集まった後に、その質問に答えたのは、上条達でも、ベルクーリでもなく、この場でも『無音』を貫くと思われていた灰色の騎士シェータだった。一瞬アスナ達の世界に対する憤りを忘れるほど驚いたアリスは、思わず右眼の下に手をやりながら訊ねた
「あ、あの右目の封印の存在を知っているのですかシェータ殿!?一体なぜ!?」
「考えると右目が痛くなる。世界で一番固いもの…破壊不能のセントラル・カセドラル。丸ごと斬り倒したら楽しいだろうなって」
「「「・・・・・」」」
誰もが予想だにしなかったシェータの言葉に、会議場は今までにないほど重い沈黙に包まれた。その中で美琴だけは呆れとも諦めとも取れるため息を漏らしていたが、それも含めて、ベルクーリの咳払いがしばし訪れた沈黙を破った
「あ〜…まぁこの場にも密かに覚えがある者は他にもいるんじゃねぇか?最高司祭の権威や公理教会の支配体制に、僅かなりとも疑いを抱くと、右の目ん玉に赤い光がチラついて痛みに襲われる現象だ。普通はあまりの激痛に考えを保っていられなくなるが、それでも不敬な思考を続けると痛みは際限なく強まっていき、やがて右の視界が赤く染まって終いにゃあ…」
「右眼が跡形もなく吹き飛びます」
「で、ではアリス殿は…」
「私は元老長チュデルキン…そして最高司祭アドミニストレータ様と戦いました。その決意を得るために、一時右目を失いました」
ベルクーリに続いてアリスが口にした右眼の秘密に、衛士一同の顔が濃淡はあれど等しく畏怖の色に染まった。そして畏れを含んだ口調で問いかけるレンリに、アリスは一度は失われた右目を覆いながら答えた
「ふぅん…それがカエル顔の先生が言っていた『コード871』って代物なわけね。で、こっからはまたリアルワールドの話になるんだけど、アスナさん達の世界にいるSTLの管理者さんは、そのコード871の存在って知覚してる?」
次に言葉を発したのは、リアルワールドの話を終えてからはずっと黙していた美琴だった。足を組んだ上に肘をついて聞いてきた美琴に対し、指名される形で聞かれたアスナは動揺しながら答えた
「・・・え?えっ?こ、コード871?ラースの人間がそんなものを設定したの…?そんなの、本物の思考力を備えたAIを作るってそもそもの目的に反しているじゃない…菊岡さんは、人工フラクトライトが禁忌目録に背くよう、わざと環境を整えていたのに…無理矢理従わせる他者コードなんてあったら実験の意味が………」
そこまで言って、アスナの顔が全ての血が抜けてしまったように青ざめた。それを見た美琴は、大きく肩を上下させて細い息を吐いてから、兼ねてより抱いていた懸念をアスナに向けて言った
「これを言って、アスナさんが不快になるのは分かり切ってることだけど、言わせてもらうわね。つまりそのコード871って右眼のカラクリは、アスナさん達の敵対勢力の妨害工作なのよ。そしてそれが出来るのは、間違いなくアンダーワールドを管理しているラースの人間。アスナさん達の味方…言うなれば味方のフリをした内通者、スパイじみたことをしてる輩がいる…ってことよ」