「そ、そんな!?それが本当なら、早く外にいる菊岡さん達に伝えないと!だけど、システムコンソールのないこの場所でどうやって……!?」
「その方法に助言できることは私にはないけど…そのコード871で私たちの側のアンダーワールドも、色々と被害を受けたって言ってたし、間違いないと思うわ」
慌てふためくアスナに対し、美琴はどこまでも冷静に事実を突きつけてみせた。こんなことなら、もっと慎重に現状を吟味してからアンダーワールドに来るべきだった、そうアスナが口元を抑えながら考えていると、そのコード871を実際に目の当たりにした過去を持つのであろうベルクーリが口を開いた
「まぁアスナ嬢ちゃんやミコト嬢ちゃんの話から察するに、そのコード871ってのはリアルワールドの人間…俺たちにとっちゃ、敵に与する者が仕掛けたモンなんだろう?」
「え、えぇ。恐らくは…」
「ならちょいと訊くが、アンタ達リアルワールド人の右眼にも、同じ封印があるのかい?」
「いや、ねぇよ。この中で一番アンダーワールドにいた期間が長い俺でも、そんなモンに思考を阻害された経験はねぇからな。言ってみれば、法や命令に従うことを絶対的に強制されているか、その一点だけがリアルワールド人とアンダーワールド人の違いだ」
ベルクーリの問いかけに答えたのは上条だった。右眼の端を指差しながら言った彼の言葉を騎士長は火酒と共に吞み下すと、もう一つ自身の疑問をぶつけた
「まぁ、親友のためにたった一人で世界を敵に回してカセドラルに反逆したお前さんが、そんなモンに縛られてたハズねぇわな。なら、その右眼のコードとやらを解除する方法は、右眼を失う以外にはねぇのか?」
「いや、どうかな…少なくとも俺には分からない。だけど多分、アンダーワールド内部から意図的にそれを解除するには、それしか方法はないんだと思う」
「・・・ふむ。つまるに、カミやん達にとっちゃ法を破ることってのは、そこまで大それたことじゃねぇってことだよな?」
「ん…まぁ、そういうことだな。だから敵はアンダーワールドにおいて封印を破る者、敵の言葉を借りれば、光の巫女が現れて自分達以外の勢力に落ちることを恐れてるんだ。なんでかって、光の巫女はリアルワールドにおいてとてつもなく貴重な存在に成り得るからだ」
「待て待て、『だから』ってのは話の筋に合わんだろう。光の巫女、つまり右眼の封印を破ったアリス嬢ちゃんは、今やお前達リアルワールド人と同等の存在ってわけなんだろ?だけどソイツぁ裏を返せば、同等の領域を出るモンじゃねぇってこった。だってのに、なぜそれほどまでに嬢ちゃんに固執すんだ?敵にせよアスナ嬢ちゃんの陣営にせよ、いったいアリス嬢ちゃんを外の世界に連れ出して、何をさせるつもりなんだ?」
「そ、それは…その……」
ベルクーリの至極当然とも思える質問に、上条は言葉を詰まらせた。しかしそれは、アスナも美琴も同様だった。今この場でプロジェクト・アリシゼーションの真の目的を話すのはいかがなものなのか、話せばそれこそ自分達も人界守備軍の敵にもなり得る。互いに目配せしながら心情を探るような逡巡を、一番最初に破って口を開いたのはアスナだった
「それは…ごめんなさい。今は言えません。なぜなら私は、アリスさんに自分の目でリアルワールドを見て、自身の為すところを判断してほしいと思っているからです。アリスさんを守り抜くことが出来れば、最終的にはカミやん君たちのリアルワールドではなく、私とキリト君が暮らすリアルワールドに招き入れることになります」
「だけど向こう側は…私達の住む世界は、決して神様の国でも理想郷でもありません。それどころか、この世界と比べればずっと醜く汚れています…でもそんな部分ばっかりじゃないんです!この世界を守りたい、皆さんと仲良くしたいって思う人もたくさんいます!そう…一番最初にこの世界の人達と手を取り合おうとした、キリト君のように!」
どこか必死な響きのあるアスナの言葉を、アリスは黙って聞いた。そして今や、本物の人間となんら遜色なくなった少女、アリス・シンセシス・サーティは小さな動作ではありながらも、確かにゆっくりと頷いてみせた
「・・・わかりました。今はこれ以上は聞きません。今は目の前の敵を打ち破り、侵略軍との間に和平を結ぶのが先決でしょう。外の世界云々はそれからです。ですが、それを成し遂げる為には、もう一つ避けては通れない勢力があります。カミやんのことを付け狙う、エルドリエを葬った『赤い男』についてです」
「あっ………」
アリスに視線を向けられながら言われた上条は、瞼を大きく持ち上げながら声を漏らした。その後に続けて何かを言おうとしたのかどうかは定かではないが、次に発言したのはベルクーリだった
「そうだな。事と次第によっちゃ、ヤツは暗黒神ベクタと同等か、それ以上の障害になる。しかし、カミやんを狙うって目的は何だってんだ?お前さんは確かに俺たちには理解の及ばん、不可思議な何かを持ち合わせているようだが、それを狙ってのことなのか?」
「うっ…あ…えと、そう、だな…アイツらは俺の右手に宿ってる力を使って…悪いことをしようとしてる…と、思う……」
実に歯切れ悪く、上条は答えた。どうにも彼らしくない不明瞭な返答だと、自分達の関知していないところで、彼は何かを抱えてしまったのだと察する事ができるアスナと美琴は不安そうに顔を俯かせたが、それに構うことなくベルクーリは続けた
「そうなるとアリス嬢ちゃんにキリト、加えてカミやんを守りつつ戦わにゃならんってことか…だが、カミやんにそんな心配は無用か。ヤツの相手は、お前さんにしか務まらんのだろう?勝てるかどうか分からんと言っていたが、かつて俺を撃ち倒し、あの最高司祭さえもその右手で叩き伏せてみせたんだ。お前さんならやれると、俺は信じてるぜ」
「あ、いや…それなんだけど…アイツは…倒さなくても…っつーか、最悪無視しても問題ねぇと、思う」
上条の言葉に、美琴やアリスを始め、彼という人間の在り方をよく知る全員が瞳孔を見開いた。それを見た上条は慌てて両手を自分の胸の前で振り回すと、付け加えて言った
「い、いやその…俺と美琴の目的は、何より元の世界に帰ることなんだ。言ってみれば逃げるが勝ちなんだよ。リアルワールドの俺たちは安全な場所にいるし、敵もそこまでは干渉できないんだ。だから、逃げるは恥だが役に立つって言うし…フィアンマは無理して倒さなくてもいいんだ」
アリスとしては、是が非でもエルドリエの仇を討ってほしいと思っていた。しかし、何より自分があそこまで大敗した相手への畏怖は、上条よりも深いものであり、逃げの選択肢を選んだ彼に言及はできなかった。そんなアリスを始め、未だ言葉を失っているアスナと美琴を見やると、ベルクーリはやがて大きく溜息を吐いてから切り出した
「・・・そうかい。唯一ヤツの相手を出来るって自負してるお前さんがそう言うなら、俺はもう何も言わん。それならそれで、むしろ分かりやすいしな。変な気遣いをしない分だけ、俺たちも動きやすいってモンだ。とりあえず、世界の果てにあるって言う祭壇とやらにお前ら全員を送り届ければ、俺たちの勝ちってことだ。侵略軍との和平交渉やらなんやらは、残った俺たちでやるべきことだしな」
「あ、あぁ。そう言ってくれると助かる。今一番に危険視すべきなのはフィアンマじゃなくて、暗黒神ベクタの方だ。ソイツを撃退することには、俺も喜んで尽力する」
「・・・まぁ、そうね。私は元々コイツの身を案じてこの世界に来たわけだし、最終的に元の世界に帰れれば文句はないわ。だけど、アスナさん達のことも心配なことに変わりはないから、私個人として協力することを惜しむつもりは毛頭ないわよ」
「ええ。ありがとうカミやん君、ミコトさん。暗黒神ベクタが私たち側のリアルワールド人だとわかった以上、私とアリスさんが単独でこの舞台を離れるのは危険かもしれません。私も皆さんと一緒に戦います!ベクタの相手は、私に任せてください!」
上条と美琴が言うと、アスナもまた凛とした声で言ってのけた。アスナの最後の宣言に周囲の衛士達が、おお…とある種の期待にも似た声を漏らす中で、ベルクーリが顎鬚を掻きながら言った
「うむ、そりゃ俺たちとしても心強いんだが…アスナ嬢ちゃんは、あの地面がバクッといくやつを無制限に使えるのかい?」
「いえ、残念ながら、ご期待には沿えないかもしれません。あの力は、意識に巨大な負荷をかけるようなんです。私としては、苦しさだけならいくらでも耐えてみせますが、あまり乱発すると、意識を保護するためにこの世界から強制的に離脱させられてしまう可能性があります」
「強制離脱、か…そいつぁ軽く見れない制約だな」
「ええ。そうなっては、おそらく私はもうこの世界には戻ってこられなくなってしまいます。大規模な地形操作を行えるのは、少なく見積もってあと一度か二度だと…使いどころは考えなければなりません。でも、ミコトさんの能力ならどうかしら?まだ私は実際に目の当たりにしたわけじゃないけど、使えるんでしょう?美琴さんの能力なら、私の地形操作にも勝るとも劣らないほどには、敵を制圧できるほどの爆発力があると思うけど……」
「なるほどなぁ…で、そのミコト嬢ちゃんの電撃には、何か制約はあるのかい?」
「私のは特に明確な回数制限とか、強制退場なんてリスクはないわよ。私の使ってる能力はアスナさんの地形操作みたく、アカウン…じゃないわね。えっと、人格に直接付与された能力じゃなくて、現実にいる私の『自分だけの現実』に由来する、強いイメージ力の産物だから、私がその気になればいくらでも」
「ほぉ。カミやんも大概だが、あんな芸当が出来るほどに強力な心意をミコト嬢ちゃんも持ってるのか。そいつぁ心強い」
「そう言ってもらえるのは光栄だけど、そこに限界があるのかどうかは、実際に限界まで能力を使ってみないことには正直分からないわ。実際向こう側じゃ、たまに電池切れになることもあるワケだし。けど、問題になるのはいざ限界を迎えた時でしょうね。こっち側に能力使用の為の回復手段があるのかはイマイチ分からないし、私も細剣の扱いには自信ある方だけど、隙を突いて一気呵成に攻め込まれたら、苦戦を強いられるのは避けられないと思う」
アスナに訊ねられた美琴は、手の平を返しながら首を振った。言われたアスナは少し苦い表情をしたが、それは焚き火を囲む他の衛士長たちも同じだった。期待が大きかっただけに、分かりやすいまでに彼らの顔に失望の色が広がっていくと、それを感じたアリスが大きな声を出して立ち上がった
「私たちの人界を守るのに、異世界人の力ばかりアテにしてどうするのです!もう私たちは、充分なほど彼らに助けてもらったではありませんか!今度は、私たち騎士と衛士が、異界人にその力を見せる番でしょう!」
「そう……そうですよ!アスナさんは神様じゃない、僕らと同じ人間だって聞いたばっかりでしょう!なら僕らだって、同じくらい戦えるはずじゃないですか!」
口を閉じたアリスに代わって真っ先に発言したのは、この場では最年少の整合騎士であろうレンリだった。次いで、シェータまでもが、ぼそりと言葉を発した
「私も、また…あの拳闘士と戦いたい」
「ちょっと、拳闘士と戦うのはいいけど、あのリーダーの相手をするのは私だから。あんな中途半端な幕切れじゃ煮え切らないわ。悪いけど、アンタの出る幕はないわよ」
「・・・戦闘狂」
「そんな見た目してバトルジャンキーだったアンタには、一番言われたくない言葉ね」
「・・・あなた、自分で、言った。人のことは、見た目で判断しない方がいい、と」
「そりゃごもっともで……」
異世界人であるミコトと、この世界の住人であるシェータが心を許しあったように話しているのを見て、気を沈ませていた衛士長たちが威勢を取り戻すのに、そう時間はかからなかった。その頃合いを見計らったベルクーリは、軽く咳払いしてから言った
「よし、方針は固まったな。これより俺たち人界守備軍遊撃部隊は、後方より迫る侵略軍を討ち倒しつつ、世界の果てを目指す。ってことで、今日の会議はお開きだ。みな好きな物を飲み食いして、十分に英気を養ってくれ。明日はここにいる全員が、その生涯で最も忙しい一日になるぞ」