とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

107 / 144
第49話 夜会

 

「・・・来ると思っていたわ」

 

「・・・でしょうね」

 

 

会議を終えた夜、とある天幕の前で二人の女狼が相対していた。装備を外し就寝に適したチュニックを着込んだアスナと、彼女のソレと同じ生成りのワンピースに袖を通すアリス。向かい合った二人の少女は、少しも相手から視線を逸らす素振りを見せなかった

 

 

「取引よ」

 

「・・・取引?」

 

「キリトには会わせてあげる。私が知る限りのことも教える。だからあなたも、あなたが知っている、キリトに関する全てを私に教えなさい」

 

 

アリスが発した短い言葉に、アスナはぱちくりと瞬きしたが、その後に続いた条件を聞くなり、唇にどこか自信たっぷりな微笑を浮かべて言った

 

 

「えぇ、いいわよ。でも、すご〜く長くなるわよ?一晩じゃ終わらないかも」

 

「構いません、元より承知の上です。では手始めに聞きますが、あなたがキリトと共にいた期間は?」

 

「えーと…相棒として戦ったのが二年間。その後でお付き合いが一年半。その間に二週間、一緒に暮らしてたわ」

 

「お、お付き合いですって!?」

 

 

アスナは薄い茶色の瞳を夜空に向け、キリトと過ごした時間を、指を折る仕草と共に答えた。途中で彼女の口から紡がれた、お付き合いという関係にアリスは少し動揺したが、ここで負けてなるものか、と彼女もまた胸を張りながら言い返した

 

 

「そうでしたか。かくいう私は肩を並べて戦ったのが丸一晩。その後に一つ屋根の下に二人で半年間、付きっきりでキリトの世話をしたわ」

 

「ひ、一つ屋根の下に二人!?半年間付きっきり!?ふ、ふぅん…まぁまぁね…」

 

 

今度はアスナがやや仰け反った。だがすぐに姿勢を引き戻すと、両者はまるで真剣での立ち合いでもしているかの如く、闘気を漲らせしばし睨み合った。しかしその整合騎士と創世神の鬩ぎ合いを、果敢にも中止させたのは、か細い少女の声だった

 

 

「あ、あのぉ……」

 

 

アリスとアスナは、驚いて声のした方へ視線を向けた。焦げ茶の髪にゆったりした帽子をかぶり、灰色の寝巻きを着た補給部隊の少女ロニエは、天幕と天幕の隙間に立っていた。彼女は両手を胸の前で握り締めながら、再び口を開いた

 

 

「わ、私は二ヶ月ほどキリト先輩のお部屋を掃除して…先輩の剣技なども授けてもらいましたし、跳ね鹿亭の蜂蜜パイも何度かご馳走していただきました!お二人と比べると期間はだいぶ短いですけど……その、私も情報交換を……」

 

「・・・ふふっ、なるほどね。いいわよ。あなたもお仲間ってわけね、ロニエさん」

 

 

微笑を浮かべたアリスが頷くと、小柄な練士はほっとしたように笑顔を浮かべ、天幕の隙間にある陰から出てきた。中々の度胸だと、アリスとアスナがつい感心していると……しかし、何ということか。乱入者はそれで終わりではなかった。ロニエが現れた場所とは別の物陰から、新たな声が発せられた

 

 

「その情報交換、私も加えて貰えないだろうか」

 

「あなたは、さっきの会議にもいた……」

 

「ノーランガルス帝国騎士団所属、ソルティリーナ・セルルトと申します。戦いが終わるまでは…と思っていましたが、私もキリトとは浅からぬ縁があるゆえ、我慢しきれず参上した次第です」

 

 

月明かりの下に音もなく姿を現したのは、かなり背の高い女性だった。その整った容貌を見た途端、アスナは小さく声を漏らしていた。茶色の髪を長いポニーテールに結った女性は、軽く頷いてから名乗った。ふうっ、と溜め息をついたアリスは、肩をすくめつつ長身の衛士長に問いかけた

 

 

「・・・あなたの縁はどんな具合なの、セルルト衛士長?」

 

「よろしければ、リーナとお呼び下さい、騎士アリス殿。ノーランガルス帝立修剣学院にて、キリトは傍付き修剣士として一年間にわたり私の身の回りの世話をしてくれました。また私も、彼にはいささかの剣技を伝えることができたと思っております」

 

「「「・・・・・」」」

 

 

一年間。身の回りの世話。という予想を上回る事実を口にされた三人はしばしの間黙り込んだ。やがてアスナはアリスと視線を交わしてから、同時にやれやれとかぶりを振り、アスナが頷いた

 

 

「それなら、あなたもたっぷり情報を持っていそうね、リーナさん。どうぞ、ご一緒しましょ」

 

「光栄です。有意義な情報交換になりますよう、若輩の騎士なりに善処いたしましょう」

 

 

不敵な笑みを浮かべながら腕組みをして言ったリーナに、アリスとアスナは同じく苦笑いとも取れる微笑を返した。それから四人はキリトの待つ天幕に入ろうとしたが、最後に入口の垂布を持ち上げて中の様子を伺ったところで、突然アスナが口を開いた

 

 

「あれ?そういえば、カミやん君とミコトさんは?この中にいたんじゃないの?」

 

「いえ、ミコトも先ほどカミやんを探してここに来たのですが…ここにはいないと伝えたところ、別の場所を探しに行ったようで…それからは二人とも見かけていません」

 

「そっ、か……」

 

 

アリスが暗い表情で言うと、アスナも眉を顰めながらため息を吐いた。するとアスナは、潜りかけていた天幕から180度踵を返すと、背中越しにアリスに言った

 

 

「ちょっと私も行ってくるね。三人で先に始めてて、私もすぐに戻ってくるから」

 

 

そう言い残したアスナは、背後から掛けられた三人の声を気に留めることなく、天幕の外へと出た。そして野営地をくまなく散策していると、先ほど会議に使っていた広間の近くに設置された天幕の陰に身を隠し、何かを覗き込んでいる美琴を発見した

 

 

「ミコトさん、カミやん君は見つかった?」

 

「え?あぁ、アスナさん。そうね、見つかったには見つかったんだけど……」

 

 

そう言われたアスナは、美琴に習って天幕の端からその先へと視線を向けると、そこには先ほどの会議場で焚かれた火を、ただ一人で木枠の椅子に腰かけたまま、ジッと見つめ続けている上条当麻がいた

 

 

「アイツ、会議が終わった後もずっとあの調子なのよ。何も飲み食いしないで、ただああしてボーッと焚き火を見てるだけ。会議の時は受け答えくらいはしてたけど、やっぱりアイツの心の根っこの部分じゃ、まだ何か引っかかってるのよ。原因は、私たちの世界にとっての敵…神の右席と戦ったせいだって言うのは、疑うまでも無いと思うけど……」

 

「・・・そうだね。らしくないなぁ…っていうのは、ミコトさんと比べたら遥かにカミやん君と付き合いの短い私でも、分かるよ」

 

「・・・なんかもう、見てらんないのよ。いつも前しか見てないアイツの心が、あんなにまで折れてるのを実際に目の当たりにするの、正直初めてだから。ALOの時もまぁ酷いモンだったらしいけど、私はその時寝たきりだったし…かと言って、今の落ち込み具合はそういうのとはまた別種のモノだと思うわ」

 

「うん。私はそのALOでカミやん君と一緒に冒険してたから分かるけど、あの時のカミやん君はまだ、目の前の不条理に悩むことなく立ち向かって行けてたから…少なくとも今よりはマシだったと思うな」

 

「だから、何か言ってあげられればって思うんだけど…ただ戦って歯が立たなかっただけじゃ、アイツはあそこまで落ち込まないだろうっていうのは分かってるのよ。だからまず、具体的に何があったのか聞きたいんだけど…とても喋りそうには見えないから、どう声掛ければいいのか分からなくて、結局は私もここでずっとアイツを眺めてるだけなのよ。なんか本当…揃いも揃って滑稽よね、私たち」

 

 

自嘲するように、美琴は鼻で息をした。横顔だけでも分かるほどに、彼女が悲痛な表情を浮かべているのが見て取れたアスナは、何かを決意したように両手で一つ自分の頬を叩いて、「よし」と意気込むと、美琴の一歩前に立って言った

 

 

「分かった。じゃあ、私が少し話してみるね。美琴さんはキリト君のいる天幕で待ってて。アリスさんも心配してたから」

 

「えっ…ちょ、アスナさん。それは……」

 

「こういう時って、関係とか理解が深い人に励まされると、返って余計に落ち込んだりするじゃない?だから、この場は私の方が適任だと思う。カミやん君の辛さを肩代わりできる…とまで自惚れるつもりはないけど、少しくらいなら力になれるよ」

 

「まぁ、それは…そうなのかもね。私も妹達の事件の時は、誰にも相談なんて出来なかったし……」

 

「ええっと…その事件の内容は私には分からないけど…取り敢えずはそういうこと。誰にでも深く踏み込んで欲しくないことの一つや二つはあるじゃない?」

 

「・・・そうね。それじゃあ、アイツのこと…お願いしてもいい?」

 

「うん、分かった。それと、良い機会だからミコトさんにも言わせてもらうね。あくまでも私見だから、聞き逃してくれてもいいんだけど…」

 

「わ、私に?一体何を?」

 

「カミやん君は鈍感だっていうのは今に始まった話じゃないけど、私からしたら、ミコトさんも人のこと言えないと思うよ」

 

「・・・へ?」

 

「それじゃ!」

 

 

アスナは少しだけ声の調子を上げて言うと、最後の一言で呆けてしまった美琴に手を振って上条の方へと歩み寄った。そして上条の真隣まで行くと、柔らかな声色で話し掛けた

 

 

「ずっとそうしてると風邪引くよ、カミやん君」

 

「・・・ん?あぁ、アスナか…」

 

「隣、いい?」

 

 

アスナの問いかけに上条は無言で頷くと、彼女は先ほどの会議では美琴が座っていた椅子に腰を下ろした。それからしばらくゆらゆらと揺れる炎を二人黙って見つめていると、アスナが最初に口を開いた

 

 

「・・・今度のカミやん君の敵っていうのは…そんなにも強い人なの?普段のカミやん君なら、口が裂けても逃げるなんて言わないと思うけど……」

 

「・・・俺だって最初は逃げるが勝ちだなんて思ってなかったさ。俺のいたアンダーワールドで人工フラクトライト達を傷つけたアイツらを、何としてでもぶん殴ってやろうと思ってたんだ」

 

「でも、分かんなくなっちまったんだ。フィアンマと戦おうとした時に、自分の辿ってきた道が正しいのかどうかが。俺はこのままアイツと戦うのが正解なのか、お互いに手を取り合うのが正解なのか、正直なんとも言えない。ただ、答えを見つけられてない今の俺が、アイツと戦っても、絶対に勝てない。これだけは分かる」

 

「・・・そっか…」

 

 

低くどこか沈んだ声で話す上条に、アスナは返答こそ淡白だったが、少しでも彼を元気付けてあげようと笑顔で言った。しかし、そんな彼女の顔を見ることなく、ただ燃える焚火を見続けている上条の口から静かに声が発せられた

 

 

「なんか…珍しいな。アスナとこうして二人になるのなんて」

 

「まぁそりゃ住んでる世界がまるごと違う訳だし、私たちが知り合った時には、最初から周りに友達がたくさんいたからね。それに何より私は、キリト君一筋だから」

 

「はは、そりゃ違いないな…」

 

「・・・やっぱり、答えが見つからないってことは、その敵と戦うことに何か悩みを感じるってことなんだよね?私で良ければ相談に乗るから、何かあったのか話してくれない?」

 

 

アスナの冗談半分のようで現実味のある言葉に上条が苦笑していると、彼女は打って変わって真剣な眼差しで、上条に訊ねた。突然の変化に上条は多少面食らったようだったが、すぐさま首を振って言った

 

 

「いや、大丈夫だよ。これはどっちかっていうと…いつまでも喧嘩しかできない、俺自身の問題だからな」

 

「・・・分かった。じゃあ何も聞かないでおいてあげる」

 

「いいのか?俺が思うに、美琴だったら電撃ぶつけてでも聞きだすところだけど…」

 

「無理に聞き出すことを、人は相談って呼ばないでしょ?」

 

「・・・だな」

 

「でもここで『なぁんだ、私には何もできないんだ〜…』ってしょんぼりしながら引き下がるのは、多分違うと思うから、一つだけアドバイスしようかな」

 

「アドバイス?」

 

 

話の途中で大袈裟に演技して笑みを浮かべたアスナに上条が首を傾げて言うと、彼女は喉の調子を整えるように一つ咳払いして、たっぷりと間を置いてから口を開いた

 

 

「・・・さっきも言ったけど、私はカミやん君とはそもそも住んでる世界も違うし、ミコトさんやリズ達ほどカミやん君を見てきた訳でもないから、私の言うことがカミやん君にとって、良いアドバイスになるかどうかは、正直分からないけどね」

 

「・・・いいよ。聞かせてくれ」

 

「うん。それじゃあ少しだけ。えっと、なんて言うか…カミやん君は、見た目ほど前向きじゃないよね。私はどっちかって言うと、カミやん君って生き辛い性格してるなぁ…って思うの」

 

「生き辛い?俺がか?自分で言うのもなんだけど、割と適当に生きてるとこあるぜ?」

 

 

彼女の一言が自分でも意外に感じた上条はアスナに同意を求めるように言ったが、実際には自分とそこまで歳の変わらない少女は、小さく首を横に振った

 

 

「そりゃ自分でそう思うのは簡単だよ。私だって、流石に他の人がどう思ってるかまでは分からないもの。だけど私から見えるカミやん君って…こう、ポジティブ果汁100%濃縮還元!元気印の栄養ドリンク!とか、そんな感じの人だと思ってたの。最初はね」

 

「な、なんだそりゃ…?例えてくれたってのは分かるが、その例えがよく分からん。てか、最初はって何だよ?」

 

「簡単に言うと、無敵っていうか…例えどんな困難にぶつかっても、どんなに手強い敵や壁が立ちふさがっても、何くそ!って自分を奮起させて、ひたすら前を向いて進む人だと思ってたの。前にALOで世界樹を攻略しようとした時だって、最初に私やキリト君が挫けちゃっても、カミやん君だけは最後まで諦めなかった。ただ前だけを向いて、クリア不可能とまで謳われたグランドクエストに、たった一人で立ち向かって行った」

 

「・・・あったな、そんなことも」

 

 

どこか感慨深いものがあるようにアスナが言うと、上条もまたどこか遠くを見るような目で、揺れ続けている炎を見ながら呟いた。そしてアスナは、口許を少し緩めると、夜空に浮かぶ星々を見上げながら続けて言った

 

 

「もちろんあの時は、カミやん君の肩に沢山の人の命運が懸かっていたから、絶対に諦められなかったっていうのはあるのかもしれない。だけどいつの間にか、その前向きな姿勢に私達も惹かれて、最後には一緒に戦えた。そんな風に、周りの人の心も変えることのできる、生きる栄養ドリンクみたいな人だ…って事が言いたかったの」

 

「なるほどな…だけど、そんなのは買い被りすぎだよ。俺は所詮、どこにでもいる平凡な大学生が性に合ってる」

 

「かも、ね。だから『最初は』って言ったの。私は多分、心のどこかで、世の中にはそういう漫画や小説の主人公みたいな人が、実際にいるんだって信じてたんだと思う。実際に私の身近には、SAOで多くの人を救って『黒の英雄』なんて呼ばれたこともあったキリト君みたいな人もいたから、その思い込みに拍車がかかってたんじゃないかな」

 

「だから無意識にだけど、私はキリト君やカミやん君を、自分と同じに見てなかったんだよ。それもカミやん君に関しては、現実では会ったこともないから、どこか雲の上の人のような感じがして、言ってみればキリト君より凄い人なんだろうなって思うこともあったよ」

 

「でも、キリト君と現実での付き合いも長くなって、カミやん君ともただのゲームとしてVRMMOで一緒に冒険するようになってからは、そんなことあるハズないな…って思うようになったの。私には出来ないことを、平然とやってのける…そんなこと、あるワケないんだよ。だって住む世界は違っても、私たちは同じ人間なんですもの」

 

「・・・・・」

 

 

最初は自嘲気味でありつつもアスナの言葉に反論していた上条だったが、次第にその口は閉じていった。そんな彼を和ませるようにアスナはふふっ、と笑ってみせてから言った

 

 

「でもそれは、カミやん君自身が望んでそういう人になってた部分もあると思うの。生まれつきの性格云々はもちろんあるでしょうけど、カミやん君はずっと前を見ているために、何かを抱えない。振り向きたくないから、何かを背負うことで、前だけを見れるようにするの」

 

「そうして前を向いて走ってる姿は、他人からすればポジティブにも見えるけど、実際は誰かの為だって思って、自分を誤魔化して無理してたところもあったんじゃないかな?自分はこうあるべきだから、自分に嘘なんて吐いてないよ。自分はこうあるべきだから、重たいモノも持てるよ…ってね」

 

「大事な何かを胸に抱えるのも、大事な何かを背負うのも、重みを感じるのは結局どっちも一緒なんだよ。だけど、ずっと前を向いているだけじゃ、背負ったモノとはどう頑張っても向き合えない。これって当たり前のことでしょう?」

 

「・・・・・」

 

 

『人に言われればそう感じる』というのは、『バーナム効果』というメンタリズムの初歩中の初歩だ。だが上条にとっては、今も心の中に湧いている感情が、学問上のソレだとは毛ほども思わなかった。ただ率直に、今までの自分の言動を他人が批評すればそう見えるのか、と。まるで心の内側を見透かされたようで、実に自分という人間の的を射ているアスナの言葉に、上条は口籠るしかなかった

 

 

「だからカミやん君も無意識の内に、みんなの期待に応えなきゃって、躍起になった時が少なからずあったと思うの。その途中経過や結果として、カミやん君には何が見えていたかな?周囲の賛辞?名誉や勲章と称された、目の前に吊るされているニンジン?尊い自己犠牲の上に成り立つ達成感?」

 

「ううん、どれも違う。その内実は、ただ前を見てただけなんだよ。なぜならカミやん君は、振り返ることも、向き合うことも知らなければ、常に何かを背負っているせいで、前を見ることしか出来ないから。その皮を剥いで本性を覗きこんでみれば、卑屈なんだよ。根本的にね。迷惑をかけると思って、血も涙も飲み込んじゃうの。だからカミやん君も、結局は自分と私達とを対等に見ていない」

 

「今のカミやん君なんて、まさにそう。安易に私たちの世界のSTLの技術を持ち出してしまったから、今回の事件は自分のせいです。自分を狙う敵はとってもとっても強いから、自分にしか相手は務まりません。だから解決策は自分で見出します…って、見事なまでに自分一人で全部背負い込んで、前しか見てない。今だって周りには私達がいるって言うのに、事情を話そうともしない」

 

「カミやん君が今悩んでいる事情は多分、私にとっては理解の及ばない、途方も無い出来事かもしれない。だけどそれだけで、私たちには関係ないなんて言われる筋合いもないよ。暮らしてる現実が違うとか、背負ってる事情や人の数が違うからなんて、そんな理由じゃ、少なくとも私は納得できないよ」

 

「・・・・・」

 

 

上条に反論の余地はなかった。ただ口元を歪め、苦い顔をする他ない。そんな彼に向かって畳み掛けるように、アスナはなおも続けた

 

 

「もうここまで言えばカミやん君もわかってると思うけど…私、怒ってるからね。カミやん君が、私に相談しようとしなかったことじゃなくて。無意識だったとしても、カミやん君が私たちのことを同じに見ていなかったことに対して。私も以前はそうだったけど、今は違う。でもカミやん君は、今もそう」

 

「私は自分の意見が絶対に正しいとは思わないよ。だけど、今のカミやん君が正しくないことは分かる。だって現に、私やミコトさん、アリスさん達はカミやん君のことをこんなに心配しているんですもの。カミやん君の友達として、純粋に今の悩んでいる姿を見ていられないと思うの」

 

 

自ら怒っていると口にしたアスナは、その言葉通り険しい表情で上条に言った。その刺さるような視線と言葉に、上条はついに見つめ続けていた焚き火から視線を逸らして俯いた。すると途端、アスナが上条の肩に手を置いて優しく諭すような声で言った

 

 

「だから、そんな生き辛そうにしてないで、もっと自由に生きた方がいいよ。私たちだって協力する。誰かの為に在ろうとするカミやん君の姿勢は、素敵だと思うよ?だけど、そんなに何でもかんでも背負わないで、私やキリト君、ミコトさんやアリスさん達にも、少しは分けてあげて?私たちはみんな、カミやん君の味方だから」

 

「守ったり、助けたりすることに理由を求めるなら、もっと簡単なものでいいんだよ。目の前の敵を倒す為に、自分を見失うことなんてない。自分を誤魔化してでも誰かを救うことに、責任を持とうとしないでいいの。元から人にとって何よりの原動力になる感情なんて、たった一つしかないんだから」

 

「・・・その一つの感情…ってのは?」

 

「『好きだから』。何かを決意するのに、それ以上の理由なんて要らないよ」

 

 

訊ねてきた上条に対し、アスナは迷うことなく答えた。それは、自分が直面している悩みと比べれば、何とも軽く、曖昧模糊なモノだと上条は思った。けれど、もし仮にそれでもいいのだとしたら、右方のフィアンマは間違いなく世界の人を好きでいるわけではないだろう。少なくとも、彼よりは自分は様々な人のことを好きでいると思う。そう考えれば、少しは胸が軽くなったような気がした

 

 

「・・・なら、例えばだけど…一先ず俺が今救いたいと思ってるのは、アンダーワールドの人達だ。だけどそれは、俺がよく知り得ていて、善だと思っているのが、人界の民だから…ってだけだとしよう。その証拠に、俺は特に理由もなく…かと言って知ろうともせず、自分の領域を侵略してくるから。たったそれだけの理由でダークテリトリーの人工フラクトライト達に拳を向けた。アスナはこんな俺が…正しいと思うか?」

 

「それ、私に聞く?私がこれから彼らに剣を向けるのは、キリト君が好きだからだよ。倫理観としては、この判断基準が正しいのかは分からないけど、私には関係ない。好きな人を…愛する人を傷つけようとする人に、容赦なんてしないわ。目には目を、歯には歯を、剣には剣を。簡単でしょう?」

 

「・・・メンヘラだな」

 

「それ、アリスさんもミコトさんに同じこと言われてた」

 

「はっ…」

 

 

鼻先で笑うように突っ込んだ上条に、アスナも笑いながら言い返した。好きという感情だけで、暴力の化身とも取れる剣を振るうことに、彼女には一切の躊躇がない。そんなアスナに愛されているキリトのことを、少しだけ羨ましく、また気を付けろという意味を含んで上条が口許を緩めると、それを見たアスナは安心したように微笑んで立ち上がった

 

 

「うん、少しは笑顔が戻ったみたいだね。それじゃあ私は、キリト君達の所に戻るね。多分かなり夜更かしすることになるだろうけど、ベルクーリさんには内緒だよ?カミやん君も、風邪引かないようにして寝てね。それと、起きたらちゃんとアリスさんとミコトさんに謝るのよ?」

 

「あぁ、分かってるよ。約束する。ありがとな、アスナ」

 

「どういたしまして。それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おう、おやすみ」

 

 

そう言って、アスナは手を振りながら焚き火のそばを離れていった。すると薪が燃え尽きたのか、上条の体を暖めていた炎は消え、辺りは暗い闇に包まれた。やがてその中で上条は静かに立ち上がると、燃えおちた焚き火の灰を見つめながらポツリと呟いた

 

 

「だけど…俺の魂と右手じゃ、この戦争で死んだ人を救えなかった…何より、好きだったユージオを救えなかったことに変わりはない、よな…」

 

 

『幻想殺し』。誰かの幻想を否定することで誰かを救うその力は、世界の全てを平等に救える幻想を殺してもなお、誰かを救えるのか

 

『神浄の討魔』。世界の良くない部分を、優しく癒す力と、冷たく切り取る力。拳という冷たい暴力しか使えない自分に、誰かを優しく癒せるだけの力は、本当にあるのだろうか

 

そんな答えの見えない自分への問いかけは、未だに上条の心の隅に、暗い影を落としていた

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。