「みんなっ!!」
アルヴヘイム・オンライン。通称『ALO』の新生アインクラッド第22層に存在するパーティーホームのリビングルームに着くなり、鍛冶妖精族のリズベットは叫んだ
「皆まで言うなリズ。全員ミコトからのメッセ読んだ上で集まってんだ」
そう答えたのは、赤く逆立つ髪に派手なバンダナを巻いた火妖精族、クラインだった。彼の向かいのソファにちょこんと腰掛けるのは、猫妖精族のシリカ。更にその隣で腕組みをして立つ巨漢が、土妖精族のエギルだ。彼らは深夜に唐突に飛んできた御坂美琴のメッセージを読み、居ても立っても居られなくなり、一先ずこの場所に集合したのだった
「ったくよぉ。ミコトのヤツがプロジェクト・アリ…なんたらの話を持ってきた時から、薄々嫌な予感はしてたが…まぁそれでミコトが解決の為に一人突っ走ったのは、まぁ年端もいかねぇ恋する少女の青春の1ページって理由で、百歩譲って大目に見るとしても、だぜ。カミの字の野郎…まぁた性懲りもなくとんでもねえことに巻き込まれやがって…」
額に巻いたバンダナ越しに頭を搔きながら、クラインが持ち前の飄々とした声に、最大限の深刻さを滲ませながら言った。すると続いて、シリカがくぐもった口調で全員に確認を取るように訊ねた
「でも、それだけじゃないんですよね…?その、キリトさん達の住む世界の方にも存在していたアンダーワールドに、私たちのアンダーワールドが同化してしまって…今のカミやんさんとミコトさんは、結果的に世界を股にかけてしまっている…ってことなんですよね?」
「うん…そういうことだから、もしもこのメッセージを見たら、私の協力者がいる第七学区の病院にまで来て欲しいって…ミコトのメッセージには、そう書いてあった」
「っかぁ…本来交わるハズのねぇキリの字たちの仮想世界ぃ?マジモンの人工知能だぁ?そんなのもう、ゲームの領域超えまくってるだろうが……」
沈んだ声でリズベットが言うと、滝のような勢いでクラインがため息を吐き出した。しかしそう気分を落としてばかりでは話は進まないと、エギルが真剣な口調と眼差しで本題を切り出した
「で、俺たちゃこれから具体的にどうすりゃいいんだ?本気でカミやんとミコトを助けに行こうってんなら、こんなとこで話し合ってる場合じゃねぇってことだろ?」
「そう簡単に腹括れなかったから、エギルだってここに一旦顔出しに来たんだろうが」
「う、うるせぇな…ところでシノンはどうしたんだ?ここにはいねぇみたいだが…」
「あたしの方でもシノンにはスマホにメール打ってみたんだけど、まだ返信はないわ。言ってもまだ午前四時半だし…最悪寝てるかも。だけどもしかしたら、もう既に一人で病院に向かってるかもしれない。シノンは元から第七学区に住んでるわけだし、家もあの病院からはそこまで離れてないから」
「後者であることを願いたいですけど、前者もあり得なくはないですからね。かく言う私も、リズさんから電話かかって来なかったら起きてなかったと思いますし……」
エギルの質問に答えたのはリズベットだった。彼女の意見を捕捉しながらシリカが言うと、シッ!と短く息を走らせたクラインが膝の上に手の平を叩きつけると、腰掛けていたソファーから立ち上がりながら言った
「そう言うことなら、なおさらグズグズしちゃいられねぇだろ。いっちょやったろうぜ、みんな。俺が車出してやっから、みんな家の前で……」
「皆さん!大変なんです!助けて下さい!」
そこで突然、ポンッ!という音がして、なんの前触れもなく宙に現れた光の殻を破るようにして姿を現したのは、ナビゲーション・ピクシーのユイだった。掌にも満たない背丈の幼女が、その小さな口から飛び出すとは思えないほどの叫び声で言うと、最初は突然の出来事に驚いていたリズベットが、余裕たっぷりの笑みを浮かべながら言った
「ん、大丈夫よユイちゃん。どうせそっちもアンダーワールド絡みで、キリトとアスナが無茶してるんでしょ?こっちも似たような状況だし、大体察したわ。だから待ってて、今すぐ私たちもそっち側に……」
「それじゃダメなんです!みなさんだけでは、絶対にダメなんです!」
「・・・え?」
必死なユイの叫びに、リズベットの表情から余裕の笑みは完全に消え失せた。本質はAIであるというのに、息も絶え絶えになっているユイは、やがて息を整えてからもう一度口を開いた
「現在パパとママがログインの為に使用したSTLの置かれている、オーシャン・タートルという施設が、襲撃者によって占拠されてしまったんです!」
「し、襲撃者?一体何モンなんだよ、そのキリの字達のいるオーシャン…って場所を占拠したって連中は」
「・・・私の見地が正しければ、高い確率で、米軍か米情報機関が関与していると思われます」
「べ……べーぐん!?ってまさか、アメリカ軍!?」
両目をひん剥いて聞き返してくるリズベットに、ユイは小さく頷いた。その仕草に顔面蒼白になる四人だったが、ユイは更に驚愕の事実を告げた
「それでも十分深刻な事態であることに変わりはないんですが、それだけなら…まだ良かったんです。それだけなら、まだ皆さんの力だけで何とかなったのかもしれないんです…でも、もうそれだけじゃダメなんです!」
「ダメって…一体何がダメなんですか?」
「あの人達は、米国のインターネットサーバーに、アンダーワールドにアクセス出来るティザーサイトをでっち上げて、最低でも三万人、多くても十万人のプレイヤーを、新作VRMMOのβテストと称して集めようとしているんです。そして彼らを使って、アンダーワールドにいるアリスを、力づくで奪おうとしているんです!!」
「「「!!!!!」」」
シリカの質問に答えたユイの言葉に、四人は絶句した。それはつまり、米軍に関与する者が、米国全土にいる一般のVRMMOプレイヤー達を大挙して、アンダーワールドに攻め込もうと画策しているということになる
「ま、マジでぇ…?そりゃアレだよな、キリト達の世界の方の米軍なわけだろ?学園都市もないそっちの世界じゃ、間違いなく最大の軍事国家の…?そんなヤツらがアリスを手にしたとすりゃあ…まぁ、何に使おうとしてるかは考えるまでもねぇよな。学園都市の都市伝説だった人工知能の計画だって、元は軍事転用が目的だったわけで…」
「・・・はい。クラインさんのおっしゃる通り、もしアリスが米軍の手に落ちれば、遠くない未来に無人機搭載用AIとして実戦配備される日が確実に来るでしょう。パパもママも、それだけはなんとしても阻止したいと思うはずです。なぜなら…なぜなら……」
不意に、自分の感情模倣プログラムが予期せざる反応を見せたことに、ユイは途惑った。 頰を、ぽろり、ぽろりと大粒の水滴が転がり落ちていく、いくつもの涙。なぜそれがこんなにも止まらないのか、その疑問すらも止めどなく溢れてくる未知の感覚に押し流され、ユイは胸の前で両手を握り締めながら言った
「なぜならアリスは、SAOから始まった全てのVRMMOワールドと、そこに生きた多くの人々の存在の証であり、費やされた膨大な時間的、物質的、精神的リソースの結実だからです。ザ・シード・パッケージが生み出されたそもそもの目的が、アリスの誕生に他ならないと、私は確信しています!だからこそ、何としてでもアリスを私たちの手で守らなければならないのです!」
「・・・ザ・シード、ね…」
リズベットが呟いた。二つのALOが一つになった時頃から、二つの世界にばら撒かれた、出自不明のVRワールド製作用基幹システム。最初こそ不審がられていたが、今や数多のVRワールドの基礎となった、別名『世界の種子』とも呼ばれるその種が芽吹いた先にある物こそが、アリスという真の人工知能の誕生であるというユイの答えは、何故だかスッと四人の胸に溶け込んでいった
「連結された無数の世界で、たくさんの人たちが笑い、泣き、哀しみ、愛した。それら魂の輝きがフィードバックされたからこそ、アンダーワールドに新たな人類が生まれたのです。パパや、ママや、リーファさん…もちろん、それだけじゃありません」
ユイが話している間、その場にいる四人は、誰ひとりとして言葉を発しようとはしなかった。 眼前の人間たちの意識で発生しているであろう思考や感情を知る術は、ユイにはなかった。情報集積体でしかないトップダウン型AIの持つ感情は、本物の感情ではなく、本当の意味では理解できない存在であることを、誰よりも知っているのはユイ自身だった
「世界の垣根を超えて繋がった、カミやんさん、ミコトさん、クラインさん、リズベットさん、シリカさん、エギルさん、シノンさん…そのほか多くの、数え切れない人々の心が編み上げた大きな揺りかごから、アリスは生まれてきたのです!」
しかしそれは裏を返せば、キリトやアスナ、そして彼らが愛する人たちを助けたいというこの強い衝動ですらも、メンタルヘルス・カウンセリング・プログラムとして誰かに書き込まれた、ソースコードに由来するものでしかない。そんな自分が口にする言葉が、人間たちの心にどれほど届き得るものだろうか、と…ユイはこの感情を吐露する前から危惧していた
「うん…そうだよね。繫がってるんだ、何もかも。時間も、人も、心も…大きな川みたいに」
さればこそ、突然リズベットの瞳に透明な涙が盛り上がり、音もなく頰を流れるのを見て、ユイは驚きを隠せなかった。そしてシリカも、両眼を潤ませながら立ち上がり、両手でユイの体を優しく抱いた
「大丈夫だよユイちゃん。キリトさんもアスナさんも、私達が助けに行くから。絶対に助けてみせるから。だから、泣かないで」
「おうとも、水臭ぇぞユイッペ。住んでる世界が違うから、なんて寂しいこと言うもんじゃねぇぞ?キリの字とアスナの大親友である俺たちが、アイツらを見捨てるわきゃねぇだろうが」
「そうだな。アイツらには、なんだかんだでALOを通じて、寝たきりだった俺たちを解放するためにカミやんと一緒に戦ってくれたっていう、でっかい借りがある手前、ここらで少しは返しておかなくっちゃあな。それに、向こうにいるはずのカミやんとミコトも、今はきっとユイちゃんのパパとママに協力してるハズさ」
「ありがとうございます…ありがとう、ございます……!」
額のバンダナを目深に引き下げ、クラインが湿った声で追随した。エギルも深く頷いて、重々しい声で宣言した。ユイは四人に言われるがまま、圧倒的な優先度を持つ単一の感情コードに思考を支配され、しゃくりあげながら同じ言葉を繰り返すことしかできなかった
「それにしても、アメリカからダイブしてくるVRMMOプレイヤーが三万、多けりゃ十万…対してキリの字やアスナ、カミやんにミコトのいる人界軍は一千そこら…か」
数分後、今アンダーワールドでは何が問題になっているのか、ダークテリトリーで繰り広げられている戦争にはどのような勢力が存在し、現在どのような戦況に陥っているのかをユイは掻い摘んで四人に説明した。そして改めて彼らが直面している事態を認識すると、クラインは悩ましそうに言った
「そいつらにとってみれば、人界軍はPvPのマトでしかない…って事よね?だったらいっそのこと、ユイちゃんもアメリカのVRMMO系のサイトに、書き込んでみたらどう?実験のこととか、襲撃のこととか暴露して、偽装ベータテストに参加しないでください、って頼めば……」
「それはタブーです、リズベットさん。今回の計画の核心は、日米の軍事機密争奪戦なのです。下手にそれを匂わせると、むしろ逆効果になりかねません」
「相手は本物の人間だから、殺さないで…って書くのも、同じく藪蛇ですよね……」
リズベットの率直なアイデアに、ユイは小さくかぶりを振ると、シリカもしゅんとした顔で呟いた。しかし訪れた重い沈黙は、すぐにクラインの威勢のいい声が破った
「ヘン!なら、コッチも同じ手を使えばいいってこった!ミコトやカミやんがそっちのアンダーワールドに行けてるってこたぁ、少なくともこっちのチャンネルみてぇなモンが上手いこと同調してくれてるってワケだ。だったらその病院にいる協力者さんと、キリの字達のいるラースってヤツらに、俺たちのアミュスフィアでもログイン出来るようにオンラインサーバーにSTLを繋げてもらえばいいだけじゃねぇか!」
「したらこっちも、ベータテストの告知サイトを作って、連中にアバターを用意してもらえば、3万人や4万人…いや、両方の世界が繋がってるこのALOで呼びかけりゃ、10万人だってすぐに集めてみせるぜ!」
「お、おおっ!バカのクラインにしては頭いい!」
「バカは余計だっつの!」
クラインの意見に心の底から関心したリズベットが言うと、クラインが食い気味にツッコミを入れた。しかしそんな彼らとは対照的に、エギルは太い腕を組みながら冷静な声を出した
「だが、クライン。それをするにしても厄介な問題が一つあるぞ」
「あ?んだよ、問題って」
「時差だよ。日本はいま午前四時半、つまり最も接続数が減る時間帯だ。対してアメリカは、ロスが昼の十二時半、ニューヨークが午後三時半。アクティブプレイヤーの数じゃ、そもそも比較にならねぇくらい向こうの方が多いぞ」
「う、うぐっ……」
「こ、こんのアホクライン!変な期待させるんじゃないわよ!」
「ど、どうもすみませんでした……」
クラインがリズベットに平謝りしていると、すでにまったく同じことを懸念していたユイは、大きく頷いてから言った
「エギルさんの仰るとおりです。そもそもの日本という国の人口からなる、VRMMOプレイヤーの人口の差に、時間帯の問題、更に告知も大きく出遅れていることを加味すると、私たちが日本で集められる人数は、一万にも遠く及ばないでしょう。例え二つの世界で協力者を集めたとしても、敵側と同レベルのアカウントを使用するのでは、対抗できる可能性は非常に低いと言わざるを得ません」
「でも、アスナが使った神様アカウントってそんなに数ないんでしょ?だからってキリトみたいに、イチからレベル上げしてる時間なんかあるわけないし…やっぱり、使えるアカウントの中で、一番強いので頑張るしかないんじゃ…」
「いいえ。アカウントは存在します。敵側の使用するデフォルトアカウントより、レベルも装備も遥かに強力なものを…皆さんは既に持っています」
「・・・えっ?それってつまり……」
「そうです。いまこの瞬間、ログインに使用している、まさにそのアカウントです」
呆然としている四人に向けて、ユイは己の使命の核心を告げるために口を開いた。彼らに、とてつもなく巨大な代償を…文字通り、その半身を捧げることを求めようとしているという認識はあった。しかし同時に、この人たちならば必ず受け入れてくれると、ユイは強く信じて言い放った
「コンバートです!皆さんが、そして他の多くのVRMMOプレイヤーさん達が、数多の仮想世界で鍛え上げたキャラクターを、アンダーワールドにコンバートするんです!」