とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第52話 闇の軍勢

 

「よし、六本目にいくぞ!!」

 

 

騎士長ベルクーリの力強い声が、今も傍で広がっている谷底に反響した。ダークテリトリー軍が峡谷を渡るために張った十本のロープのうち、速くも五本を切断してのけたが、今も敵を屠っていく七人の顔に、誇らしさや達成感は見受けられなかった。むしろ、暗黒神ベクタによふ無慈悲な命令を受け、捨て身で谷を横断してくる敵兵たちの、文字通りの命綱を断つことに痛苦を感じているようだった

 

 

「うおおおおおおっっっ!!!」

 

 

巨大な峡谷の岸辺で戦っている彼らの中で、唯一剣を帯びておらず、拳と盾のみで戦っているため、縄を断つ手段を持たない上条もまた、力戦奮闘していた。しかしながら彼はその戦法故に、大人数が入り乱れるこの戦争ではどうしても隙が多くなる。そんな唯一にして最大の弱点を先ほどから補っているのは、かのSAOで愛剣として用いていた『ランベント・ライト』を振るい続け、上条と背中合わせで戦っている御坂美琴だった

 

 

「ちょっとアンタ!少しは周り気にして戦いなさいよ!この世界じゃアンタのグーパンだとちゃんと敵倒せてるかどうなのか分かったモンじゃないし、さっきから私がいなかったらヤバかったとこ数え切れないわよ!?」

 

「俺なら大丈夫だって!それより美琴の方こそ、道が拓けたら積極的に縄を切りに行ってくれ!少しくらいなら俺だってカバーできる!」

 

 

そんな言い争いはありつつも、二人は年単位で共闘を重ねてきた経験を生かし、自分達の倍以上の数を誇る暗黒兵や拳闘士を相手どりながらも、手傷を負わせられるほどの攻撃を許さなかった。すると突然、彼らの後方から角笛の音が高らかに響き渡り、整然と隊列を組んだ人界守備軍囮部隊の衛士たちが、今まさに駆けつけようとしている光景が視界に映った

 

 

「ったく……大人しくしてない奴らだ」

 

 

ベルクーリは渋い顔で後方の衛士たちを見やったが、すでに峡谷を渡り終えた敵兵の数は五百ほどにも達しているので、このタイミングでの援軍は非常にありがたかった。衛士たちが敵兵を牽制してくれれば、残り五本のロープを切るのにそう苦労はするまいと微笑を口許に浮かばせた

 

 

(・・・うん。この戦いはどうやらこっちの勝ちみたいね、暗黒神ベクタさん)

 

 

アスナが胸中で呟く、その余韻が消える間も無いこと。奇妙な現象を、彼女の瞳が捉えた。血の色の朝焼けに染まる空から、不思議な光が降りてきていた

 

 

「なに、あれ……?」

 

 

心の呟きが気づけば口に出ていたことは、アスナ自身にも分からなかった。空よりもひときわ紅く輝く線。それも一本ではない。数十、数百…いや、数千か数万かもしれない。無数の線はそれぞれ、微細なドットの連なりからなっている。懸命に眼を凝らすと、ドットの一つ一つに、数字やアルファベットが刻まれているのが分かった

 

 

「・・・嘘、でしょ…」

 

 

正体不明の文字列の集団は、アスナ達のいる峡谷の側から東に、一、二キロルほど離れた場所に音もなく降り注いだ。いつしか、アスナのみならず他の整合騎士たちや、ダークテリトリーの暗黒騎士や拳闘士たちさえも、足を止めてその奇妙な現象に見入っていた。乾いた地面に突き刺さった最初の赤線が、不定形の塊となって蠢き、それが人の姿に変化するまで、ほんの数秒しかかからなかった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

拳闘士チャンピオンのイスカーンは、心の底から滾る憤怒を、一瞬にせよ忘れた。峡谷の対岸では、どうにか綱を渡り終えた五百人の暗黒界兵が、五人の整合騎士に果敢に攻め掛かろうとしている。しかし、突然彼らの動きが止まり、呆気に取られた様子で戦場の外に眼を向けた

 

 

(・・・一体何なんだ、ありゃあ…?)

 

 

イスカーンが見たのは、峡谷の岸辺の遠方に降り注いだ深紅の雨。それらは、地面に接すると同時に膨れ上がり、たちまち人間の姿へと変化した。出現したのは、暗赤色の鎧に身を固め、長剣や戦斧、長槍で武装した兵士たちだった。色はともかく、鎧の形状は暗黒騎士団のそれと似通っている。皇帝ベクタが、神の力で援軍を送り込んだのか、と最初は思っが、その直後、言いしれない違和感がイスカーンを襲った

 

 

(・・・いや、違う…!)

 

 

赤い兵士たちの、規律や統制とは無縁な立ち姿は、いまは亡き暗黒将軍シャスターに鍛えられた騎士団の一員だとはとても思えない。大きな身振りで近くの兵士と話をしたり、地面に座り込んだり、命令もないのに武器を抜いて振り回している姿は、力ある者に絶対の忠誠を誓う暗黒騎士の立ち振る舞いとは似ても似つかなかった

 

 

(多すぎる…!元々は亜人も含めて五万だった侵略軍の勢力の、半分以上はいるぞ…!?)

 

 

そして何より疑うべきは、その数。大地に出現した兵士たちの集団は、ざっと目算しただけでも一万は軽く超え、二万…ことによると三万人にも達している。暗黒騎士団にそれほどの予備兵力があったのなら、十侯会議などとっくに形骸化し、暗黒騎士の時代が到来していたハズ。ならば然るに、あの兵士達は…

 

 

(皇帝ベクタが召喚した…本物の『闇の軍勢』ってことかよ…!?)

 

 

そう認識して、イスカーンの驚きは、凄まじい憤りへと変わった。これではまるで、無謀な横断作戦に命を散らした拳闘士と暗黒騎士たちは、敵を陣地から引っ張り出すための囮だったかのようではないか

 

 

(・・・いや、もしかしたらそれこそが……)

 

 

考えてみればそもそも、開戦当初から暗黒界軍の被害は大きすぎた。だというのに、あの皇帝は部下の死を悼むどころか、顔色一つ変えていなかった。つまり、皇帝ベクタにとっては、五万もの暗黒界軍は、捨石でしかなかったということになる。今この瞬間イスカーンは、侵略軍の中でも初めて、自らが属する暗黒界と人界を含め、アンダーワールド全体を俯瞰する視点に立った。そしてその知覚は彼の中に、解決不可能な矛盾を生み出した

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

刹那、右眼にかつてないほどの激痛が生じ、イスカーンは顔の右側を掌で覆いながら唸った。よろめいた彼の視線の先では、三万にも及ぶ深紅の軍勢が、聞き覚えのない言葉を口々に発しながら走り始めた。彼らの行く先では、峡谷南側の丘を降りてきた約一千の人界守備軍の兵士たちが、整合騎士と合流して迎撃態勢を整えている。加えて両者の中間では、五百の拳闘士と暗黒騎士たちが、どう動くべきか解らない様子で立ち尽くしていた

 

 

(だけど、コレでアイツらの命が助かるってんなら……)

 

 

イスカーンは、右眼を強く押さえながら、意識の片隅でそう思った。しかし彼は、この期に及んでもなお、ベクタの冷酷さを見誤ってしまった

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

なんたることか、皇帝が召喚したであろう三万の軍勢は、人界軍ではなく、その進行の途中で狼狽していた五百の暗黒界軍に真っ先に襲いかかったのだ。彼らが手にする無数の剣が、斧が、槍が、血に飢えた叫び声とともに、味方であるはずの拳闘士や暗黒騎士たち目掛けて次々に振り下ろされた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なっ…何なんだあの連中は!?」

 

 

騎士長ベルクーリの驚声に、アスナは何と答えていいのか解らなかった。突如戦場の東側に降下…否、ダイブしてきた三万もの兵士たちは、皇帝ベクタの呼び出した軍勢であることは明らかだ。しかし、いったいどこから、これほどの数の戦力を引っ張りだしてきたのか。そんな彼女を襲った一瞬の混乱は…数百メートル先まで迫った、赤い兵士たちの叫び声がかき消した

 

 

Charge ahead(突っ込め)ーーー!!」

 

Give'em hell(ぶっ殺せ)ーーー!!」

 

「え、英語!?」

 

 

彼らの罵声が入り混じる言語を聞き取るなり、アスナが驚愕に打ちのめされながら叫んだ。間違いない、彼らは現実世界の人間、しかも発音からしてアメリカ人を主とする集団だ。しかし、どうしてそんなことが。ここは、ラースによって秘匿されたVRワールドであるはず。そんなアスナの考えを、続いて叫んだ上条の声が上書きした

 

 

「な、なぁ!ひょっとしてアレって米軍のヤツらなんじゃないのか!?アスナ達のいる施設を占拠してるってヤツらの仲間が、STLとアミュスフィアなりなんなりをオンラインのネットワークで繋げて、基地にいる兵士をいっぺんに放り込んできたんじゃ…!?」

 

「う、ううん…多分違う!オーシャン・タートルを襲撃してきた人達は、本物の軍人らしく完璧に統率された行動を取ってた!アレが本物の米兵だって言うなら、あの滅茶苦茶な言動は理由にならないわ!だから…!」

 

「じゃあ、つまりアレは…アスナさん達の世界のアメリカにいる、一般のVRMMOプレイヤーだって言うの……!?」

 

 

愕然とする美琴の憶測を裏付けたのは、赤い兵士たちの行動だった。彼らは本来は友軍であるはずの暗黒界の騎士、拳闘士たちに真っ先に襲いかかり、躊躇いなく剣や斧を振り下ろしていったのだ

 

 

「な、何を…!?」

 

「お、お前たちは味方じゃないのか!?」

 

 

侵略軍の騎士や拳闘士たちは、驚愕の声を漏らしながら攻撃を防ごうとするが、余りにも絶対数が違いすぎた。更に、赤い兵士たちの武器や鎧は、暗黒界軍のそれよりもスペックが上らしく、掲げられた剣や盾を次々とへし折り、また打ち砕いていき、両軍の衝突部では、たちまち悲鳴と鮮血が湧き始めた

 

 

Dude, that's awesome(うおおすげえ)!!」

 

Pretty gore(グロすぎだろ)!?」

 

「おい…おいおい、それは嘘だろ。これは、なしだろ…こんなのあんまりだ…あんまりすぎる!!」

 

 

その光景を見た上条は、悪夢でも見ているように顔を青ざめさせながら呟いた。興奮したように叫ぶ異世界人にして現実世界人たちは、この戦いの真実など何も知らされずに、恐らくは新しいVRMMOゲームのβテストだとでも信じ込まされてダイブしてきたのだろう。あのアメリカ人プレイヤーたちに、アンダーワールド人への敵意があるわけではない。彼らは、目の前の暗黒界人たちを、単なるターゲットNPCだと信じているのだから

 

 

「テメらの遊び半分感覚で、テメエらの好き勝手でこの世界の人間を殺してんじゃねぇ…ソイツらはただのNPCじゃねぇんだ…ソイツらはっ!本物の感情を持った俺たちと同じ人間なんだぞーーーっ!!」

 

「だ、ダメよ!止まってカミやん君!!」

 

 

激昂のままに叫びながら、上条は暗黒界軍に襲いかかる深紅の集団の元へと飛び込んで行った。走り出す彼の背中を縫い止めるようにアスナが必死で叫んだが、それでも彼は止まらなかった。もはや、この混戦状態であの敵兵達を言葉で説得するのは不可能だ。暗黒界軍を皆殺しにしたら、次は人界軍囮部隊に襲いかかってくるだろう

 

 

「システム・コール!クリエイト・フィールド・オブジェ……!」

 

 

ならば、彼らを巻き込んでしまった自分が戦わなければ。そう決意したアスナは、右手の細剣を振り上げると、素早くコマンドを唱えようとしたが、その詠唱が終わるすんでのところで、美琴がアスナの肩を強く叩いた

 

 

「ダメよアスナさん!アスナさんの能力には回数制限と、強制退去のリスクがある!ここは私の能力で何とかする!だからアスナさんはベルクーリさん達にこの状況を伝えて来て!」

 

 

そう言った美琴は、アスナの返事を待たずに上条の背中を追った。そして彼の拳が米国のプレイヤーにぶち当たるほんの手前で、ありったけの電力を帯びさせた両手の平を大地に叩きつけ、雷の亀裂を地表へ迸らせた

 

 

「でぇりゃあああああ!!」

 

 

すると深紅の集団の手前に広がっていた大地が膨れ上がり、その下からドバアッ!と噴き上がった大量の砂鉄が、津波のような激流でいとも簡単に敵兵を押し流した

 

 

「み、美琴っ!?」

 

「あのね、舐めんじゃないわよ。敵の大将が本物の軍人で、その勢力が何千、何万いようが知ったこっちゃないけど、こちとら学園都市が提示してる『たった一人で軍隊を相手取れる』って超能力者の基準をクリアした、秘蔵っ子中の秘蔵っ子なんだから」

 

 

言いながら美琴は、今度は片腕を横薙ぎに振るった。するとその僅かな挙動だけで、彼女の発する電力によって生み出された磁力に導かれ、敵軍に覆い被さった漆黒の砂塵が竜巻のように荒れ狂い、あっという間に百人単位の敵を血飛沫と共に飲み込んだ

 

 

「アンタにとって人工フラクトライトは、本物の感情を持った俺たちと同じ人間…だっけ?事と次第によっては、今薙ぎ払った連中も本物の魂を持ってる人間な訳だけど…優先順位は?」

 

「・・・アイツらの方が下に決まってる。所詮アイツらは、ここで死んだところで現実で死ぬ訳じゃない。ただちょっと痛いくらいだ。だから…思いっきりやってくれ、美琴」

 

「おいおい、俺たちにも少しは出番を分けてくれよ」

 

 

言いながら騎馬を上条達の右横に付けたのは、ベルクーリだった。すると今度は左横にも、アリスが金木犀の剣を煌めかせながら並び立った

 

 

「そうです。例えあの者達がお前達の世界に住む異界の敵と言えど、この世界は私たちの土地です。されば私たち整合騎士にこそ、この領域を守る義務があります。あのようなただ闇雲に血を求め、剣を振り回すような連中ならば、何万いようと恐れるに足りません」

 

「アリス……」

 

 

この状況でも余裕を失わない整合騎士たちの精神は流石の物だと思えたが、彼らの表情には、これまで以上に覚悟が漲っていることを上条は察した。赤い塊となって押し寄せる敵の数は、三万。人界軍の三十倍。もう、気迫でどうにかなるものではないと彼らも分かっているのだ。しかし、ベルクーリは磨き込まれた長剣を高々と掲げると、強靱な声を高らかに張り上げた

 

 

「よおォし!全軍、密集陣形を取れ!一点突破でこっからずらかるぞ!!」

 

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