とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第58話 瓦解

 

「見えてきたぞ!後少しだ!」

 

 

地平線に巨大な神殿めいた遺跡の影が浮かび上がり始めたのを見て、上条が叫んだ。人界軍七百人は、彼ら流星の如き白光の軌跡を残して飛び去ったシノンの後を追うように、必死の南進を続けていた。後方から地響きを立てて追ってくる赤い軍団からは、多少だが距離を開きつつあった

 

 

「よし!あの参道の中腹で敵を迎え撃つわよ!」

 

 

キリトを乗せている馬車の幌の背でアスナと共に立っている美琴が叫ぶと、すぐにレンリの「了解です!」という返事がして、数分後には部隊はその勢いを減じることなく、神殿に挟まれた道に突入した。左右から神々しい何かをモチーフにしたような、巨大な石像たちが無言で見下ろす中で、馬の蹄と衛士隊のブーツが、土から石畳へと変わった路面に硬い音を響かせた

 

 

「前衛部隊は左右に分かれて停止!馬車隊と術士部隊、及び後衛部隊を通せ!」

 

 

レンリの凛々しい声で指令が下されると、さっと割れた前衛の隙間を八台の馬車が進み、修道士を主とした後衛もそれに続くと、参道のいちばん奥で停止した。そこに設けられた巨大な門から、乾いた風がひゅうっと吹き抜けてきてアスナの髪を揺らす中で、アメリカ人プレイヤーの大部隊が放つどろどろという地響きが参道にまで届き、左右の神像がぱらぱらと細かい砂を落とす音まで聞こえてきた

 

 

「ロニエさん、ティーゼさん。私が思うに、多分これが最後の戦いになるわ。キリト君のこと、お願いね」

 

 

アスナは聞こえてくる敵の足音に少し顔色を曇らせつつも馬車から飛び降りると、幌の内側から顔を覗かせる少女たちへと声をかけた

 

 

「はい!お任せください、アスナ様!」

 

「必ずお守りいたします!」

 

「・・・この命に代えても」

 

 

硬く握った拳を胸に当てつつ答えたロニエとティーゼの後に、その傍らにいたソルティリーナもアスナの言葉に頷いてみせた。するとそれを聞いた美琴が、スタンッ!と小気味の良い音で馬車から降りて、彼女たちに微笑みかけながら言った

 

 

「大丈夫よ、安心して。私とアスナさんと、アイツのメンツにかけて、絶対にここまで敵は通さないから」

 

 

そう言い残して、美琴とアスナは馬車から身を翻して、最前線で敵を待つ前衛部隊へと歩みを進めた。そしてその前衛で一足先に敵の姿を見据えていた上条を見つけると、その傍へと寄った途端に彼が口を開いた

 

 

「・・・どうだ美琴、勝てると思うか?」

 

「何よ。アンタにしては珍しく弱気ね」

 

「どうかな…この世界に来てからは、俺は弱気になりがちだと思うぜ」

 

「まぁ、気持ちは分からなくはないわよ。私たちが映画ばりの100人切りを達成したところで、単純な算数じゃ敵いっこないわけだし。でも、私達にとってこの戦いは勝てるかどうか、じゃないのよ」

 

「・・・だな。勝つしかねぇか」

 

 

こちらの隊列は大凡把握できるが、向かってくる敵の最前列の背後には何列、何人いるのかすらも分からない。それでも、腹を括って戦うしかないのだと、上条は美琴の言葉で再認識した

 

 

「カミやん君、ミコトさん。もしもの時は、私に殿を任せて。私は例えゲームオーバーになっても、無事に現実に帰れる保障がある。でも二人は……」

 

「何言ってんだよアスナ。今さっき俺と美琴は腹を括ったんだ。勝てるぜ、この戦い」

 

「そうよ。私だって、まだまだ余力も電力も残してるんだから。アスナさんが殿を買って出るんだったら、私も死ぬまで暴れまくるわ」

 

「・・・ありがとう、二人とも。勝ちましょう!」

 

「おうっ!!」

 

「ええっ!!」

 

 

三人の声が重なると、少女達の腰に据えられた二本の細剣が鞘走り、少年の盾と拳が力強く握り締められた。そして、その数秒後。この戦争において、最後の大規模戦闘となる激突があった

 

 

「「「Die(死ね)ーーーーー!!!!!」」」

 

「「「うおおおおおお!!!!!」」」

 

 

リアルな血と悲鳴を求めて、二十人ほどの重武装したアメリカ人プレイヤーたちが、真っ先に遺跡の参道へと突入していった瞬間、人界守備軍の腹の底から湧き立った雄叫びが交錯した。しかし、その一方で。殲滅されていく赤い鎧のプレイヤーたちを、高みから見下ろすひとつの影があった

 

 

「くくくっ……」

 

 

極限まで金属装甲を廃した、ライダースーツのようにぴったりとした黒革の上下。艶やかなレザーの到るところに、艶消し銀の鋲が打たれている。武器は、左腰にぶら下がる、まるで中華包丁の如き大型ダガーのみ。レインコートを思わせる黒革のポンチョを羽織り、そのフードを目下まで深く被ったその男、ヴァサゴ・カザルスは歪んだ笑みを浮かべていた

 

 

「相変わらずキレると容赦ないな。あの女。それでこそ、殺す瞬間が楽しみってモンだ」

 

 

その男の目下で、古代遺跡を舞台にした人界守備軍と闇の軍勢の攻勢はただ延々と繰り返されていった。ヴァサゴにとって、自分の属する組織が呼び出した真紅の鎧の兵隊が倒れていくのは、むしろ面白おかしかった。彼らを問答無用で切り捨てていく『彼女』の姿のみが、彼の視線を射止める唯一の存在だった

 

 

「ぐうっ…!?」

 

 

一人の敵兵が振り下ろした肉厚の大剣が、不意にアスナの頬を掠めた。血の滴る切り傷は、痛みと熱さを等しく訴える。しかしアスナは、その一瞬の気の淀みすらも自分に許しはしなかった

 

 

(痛い、もんかっ…!!)

 

 

アスナが己の心で強く念じた。途端、肌に刻まれた傷が、すうっと消えていく。その時にはもう、彼女の右腕が閃いて、眼前の兵士の右肩から左脇腹へと四連の突き技を叩き込んでいた。男の顔が歪み、派手な罵り声を上げて地面に沈むと、荒々しく息を吐いた

 

 

「はっ…はあっ…はあっ…!」

 

 

今のが何人目の敵なのか、もはやアスナに数える余裕はなかった。それどころか、時間の感覚すら曖昧になりつつあった。古代遺跡での戦端が開かれてもう何分、何十分経ったのかすら定かでない。けれど一つだけ確かだったのは、参道の入り口から雪崩れ込んでくる赤い歩兵たちは、まだまだ無限に等しいほどの数が残っている、という事実だけだ

 

 

「うおおおおおーーーーーっっっ!!!」

 

「でやああああーーーーーっっっ!!!」

 

 

アスナは肩で息をしながら左右へ視線を泳がせると、左腕の盾で複数人の敵が振り下ろした戦斧を受け止めながら、力任せに押し返す上条の姿があった。そしてその隣では、美琴の発する電撃が絶えず迸っている。この二人がいなければ、この軍勢を前にした守備軍はもっと早くに根を上げていたはずだ。しかし、だからこそ浮き彫りになる戦況が左側に表れつつあった

 

 

「左翼側!交代の間隔を速めて!治癒術も左を厚くしてください!中央と右側は私たちで何とか押し留めます!」

 

 

その問題は、左翼側だ。いかに通常の衛士達よりも戦力のあるアスナ達でも、個々に別れてしまえばその分だけ隙が生じる。だからこそ、三人はこの戦場において、いつ如何なる時も最前線の中央で最大限の力を常にキープしつつ、敵の戦力を削ぎ落とし続けていた。同時に右翼側も、持ち前の神器の高い殺傷力を用いてレンリが奮戦し続けることで何とか持ち堪えられていたが、圧倒的に爆発力の足りない左翼側から、文字通り悲鳴が上がり始めていた

 

 

「アスナ様!私はまだまだいけます!」

 

 

左翼側の最前線を受け持つソルティリーナが、アスナに向かって叫び返した。その姿は勇壮そのものだが、すでに鎧は傷だらけになり、紫色の衛士服も各所に血が滲んでいる。そのまま戦い続けていれば、そう遠からぬ時間に彼女にも限界が訪れるであろうことは、アスナにも一目で分かった

 

 

「ダメよ!下がって治療してリーナさん!ここであなたを失ったら、それこそ勝ちの目は薄くなるわ!今は仲間のみんなを信じて!」

 

「〜〜〜ッ!すぐに戻ります!」

 

 

リーナの苦しそうな返答を受け取ると、アスナは今一度深い呼吸を腹の底に落としつつ、真紅の鎧たちに向けてラディアント・ライトを振りかざそうとした。しかし、その手が振り上げられるよりも先に、目の前にいたはずの上条の姿が踊るように動いた

 

 

「アスナ!リーナ先輩がいない間は俺が左翼側を受け持つ!美琴のフォロー頼んだぞ!」

 

「う、うんっ!分かっ……」

 

 

アスナが左翼側の最前列に躍り出た上条を見送ったのと、ほとんど同時に。参道の入り口が、さっと黒く翳った。差し込む朝日が遮られたのだと察するのと同時に、アスナの視界に入ってきたのは、敵側の最前列の奥に潜む隊列の中に、横一列に並ぶ巨大な盾と、旗竿のように林立する長大な槍が並んで立っている光景だった

 

 

(重槍、兵……!?)

 

 

あの集団攻撃を防げるのは、ステイシア神の地形操作か、御坂美琴の能力しかないとアスナは直感した。しかし美琴は美琴で、波のように押し寄せる敵を払い除けるのに必死で、あの集団に気付いていないどころか、自分の方へと振り返る余裕も見せてくれない。そして、その横で。上条の顔が段々と青ざめていくのが分かった。当然と言えば当然だ。戦闘配置を変えた瞬間にアレが向かってきては、彼とて平静を保てるはずがないだろう

 

 

「や、槍の突撃が来ます!穂先をしっかり見て、初撃を回避してください!懐に入れば倒せる敵です!!」

 

 

アスナが左右の味方に向けて叫ぶと同時に、ガシャッ!と金属音が轟き、巨大なランスがいっせいに構えられた。横一列に二十人も並んだ重槍兵たちが、野太い雄叫びと共に突進を開始した

 

 

「「「Assaaaaaaaalt(突っ込めぇぇぇぇぇ)!!!」」」

 

 

赤い津波にも似た圧力に、衛士たちが浮き足立つ気配がした。「お願いみんな、落ち着いて!」と念じながら、アスナは自分めがけて突進してくる敵兵を凝視した。凶悪に黒光りするランスが、一撃必殺の威力を秘めて迫る

 

 

「ーーーーーッ!?」

 

 

眼前まで槍の集団が迫ってきた瞬間、ようやっと美琴も現状を正しく理解した。そして本能が赴くままに能力を行使し、足下の砂鉄を大量に巻き上げて重槍兵達を押し戻そうと試みた。しかし、無情にも。彼女は気付くタイミングが遅すぎた。美琴の砂鉄で勢いを止めたのは、彼女の受け持つ中央側のみだった

 

 

「あんまり好き勝手すんじゃ…ねえっ!!」

 

 

上条は盾の後ろを両手で支えると、そのまま盾を大きく振りかぶり、敵の足下目掛けて大きく横薙ぎに打ち払った。その一撃でバランスを崩した左翼側の重槍兵は、呆気なく失速して膝をついた。流石にVRMMOで集団戦を経験していることもあってか、対処は心得ているようだとアスナはホッと胸を撫で下ろした。しかし、その直後に右側から聞こえてきた悲鳴によって、再び彼女は絶望の底へと叩き落とされた

 

 

「右翼側っ……!?」

 

 

気付いた時には、もう遅かった。右翼の衛士の数名が、ランスを回避しきれずにその体を貫かれていた。さらに、隊列が乱れたその瞬間を見逃すことなく、重槍兵の後ろに控えていた真紅の軍勢が雪崩のように守備軍の隊列を侵食し始めていた

 

 

「ふ、負傷者を後方へ!最優先で治療を!」

 

 

アスナは指示を出しつつ、大急ぎで右翼側の事態の収拾へと身を乗り出し、剣を振るいかざした。一瞬でも、自分たち三人の隊列を崩したのが間違いだったと舌を打つ。今や彼女らは、左翼、中央、右翼と完全にそれぞれの隊列に分断されてしまった。この混沌とした戦況の中で、再び三人が揃うのはほぼ不可能だ。もう今までのように大きく戦力を削ぎ続ける事はできない。そんな焦りが、アスナの思考を覆い尽くし始めた時のことだった

 

 

「・・・・・もう、一回…?」

 

 

もう一度、その地鳴りは聞こえた。次の重槍兵二十人が、参道の入り口から再び突進してくるその光景は、戦慄の一言で片付けられるほど生易しいものではなかった

 

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