とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第60話 青の援軍

 

(マズい…!もしもこの戦法を繰り返されたら、数で圧倒的に劣る人界軍はいずれ戦列を保てなくなる……!!)

 

「ミコトさっ……!?」

 

 

アスナは押し寄せるランスの群れから視線を引き剝がし、本来の持ち場だった戦列の中央を見やった。このタイミングならば、美琴も気付いてくれるハズだ。そしてその能力で、ランスの突撃を防げれば…という思考は、彼女が片膝を突いて地面にへたり込む姿を見た瞬間に消え失せた

 

 

「電池、切れ…こんな時にっ…!」

 

 

連戦に次ぐ、連戦。美琴の疲弊はもはや莫大な負債となって彼女の思考回路を圧迫していた。能力発動に必要な演算に割ける思考の余裕は、もはや彼女の頭の中には欠片も残ってはいなかった。休憩の一つでも取れば多少はマシになるであろうというのに、敵がその猶予を与えてくれる筈もなかった

 

 

「ダメェェェーーーッッ!!」

 

 

何としてでも、彼女だけは守り抜かなくては。その使命だけがアスナの脳内を埋め尽くした。無数のランスが再び守備軍の隊列に到達するほんの数秒前、アスナは膝をつく美琴の前に飛び込んだ。もうレイピアでの防御は間に合わない。そんな咄嗟の判断のまま、アスナは深紅のランスの穂先を左手で摑み止めようとした

 

 

「・・・・・いぎっ!?!?」

 

 

しかし無情にも、鈍く光る鋼のランスは返り血で濡れた左手の中で、ずるりと滑った。重みのある衝撃が、アスナの全身を揺らす。その痛みに声も出せないまま、彼女は自分の脇腹を深々と刺し貫いた巨大な金属を見下ろすしかなかった

 

 

「あ、アスナさんっ!?」

 

 

美琴の痛々しい悲鳴が耳に突き刺さる。それだけで、刺された脇腹がジンジンと痛みを訴えてくるかのような感覚に、アスナは唇を噛みしめた

 

 

「く……う……ぐうううっ!!」

 

 

アスナは喉から溢れ出しかけた悲鳴を、どうにか低い呻き声に押し留めた。痛い、などというものではない。高温のバーナーで腹を焼かれ続けているようだった

 

 

(痛いっ、もんかっ……!!)

 

「ううっ……あっ!!」

 

 

アスナは体を貫くランスを握ったままの左手に、ありったけの力を込めた。バギンッ!と耳障りな音を立てて、鈍い光を放っていた金属が掌の中で砕け散ると、即座に手を背中に回し、突き出た槍を摑んで引っ張る。目の前に火花が散り、頭から足まで痛みが駆け抜けた。しかしそれでも彼女は手を止めず、一思いに槍を引き抜き、鉄の塊りを地面へと投げ捨てた

 

 

「誰かっ!治療できる修道士さん!アスナさんを最優先に…!」

 

「大丈夫、よ…ミコトさん。私は、まだ…」

 

 

美琴は自分を庇って負傷したアスナの元に一目散に駆け寄った。自力で槍を引き抜いたものの、その鮮烈な痛みに膝を突いたアスナは、傷口を必死に抑えながら立ち上がろうとしていた

 

 

「大丈夫なわけないでしょ!私だって一度は腕切られてんだから、それがどんだけ痛いかなんて考えなくたって分かるわよ!!」

 

「それでも、今は…キリト君を……」

 

「お願い!全員何としても今の持ち場を死守して!レンリさん!中央に移動して!右翼側はアスナさんを治療に回してから私が受け持つ!」

 

「は、はいっ!」

 

 

なおも立ち上がろうとするアスナの消え入りそうな声を完全に無視して、美琴は衛士達へと大声で叫んだ。そして右翼側のレンリが中央に移動したのを機に、彼女がアスナの肩を担いで後列に控えている治療術師の元へと移動を始めた時だった

 

 

「う、うおおおおああああっっっ!?!?」

 

 

気付けば、重槍兵による突撃の第三波が到来していた。その突撃の直後に聞こえた叫び声に思わず美琴が振り返ると、身を挺して彼らから守備軍の仲間を守ったのであろう上条の姿を捉えた。しかしその視線の先にいる少年は、左手に装備していた純白の盾を粉々に砕かれ、地面を転がり飛んでいた

 

 

「ーーーッ!?アスナさんをお願いっ!!」

 

 

怪我人を預けようとしている自覚はあったが、今の美琴には丁寧にアスナの身柄を修道士に受け渡せた自信はなかった。気付けば体は動き出していた。衛士達が組んでいる隊列の隙間を縫うようにして、いち早く最前列に行こうと、御坂美琴は戦場をひた走った

 

 

「GO!!!」

 

 

直後のことだ。第四波の号令が敵軍から上がり、ドスドスドスと、不躾な足音と共に地面が震え、20人の兵士の構えた盾と槍が並行しながら突撃を開始した

 

 

(間に合えっ…!!!)

 

 

御坂美琴は、ただそれだけを願った。上条も次の突撃に備え、すぐにでも立ち上がろうと足腰に力を入れ直して膝立ちになり、地面に手を突いて立ち上がろうとした。しかしその瞬間、赤い空から一本のラインが伸びた。微細なデジタル・コードの羅列が刻まれたそれが、何を意味するのかはもはや考えるまでもなかった

 

 

「う、嘘だろ…まだ、来んのかよ……!?」

 

 

上条の口から漏れるようにして出た声には、僅かながらも諦めの色が見え隠れしていた。けれど、その一本のラインの色は、これまで見てきた赤色ではなかった

 

 

「・・・違う…?」

 

 

そのラインの色合いを見て呟いたのは、美琴だった。空のような澄んだ青。その色が何の意味を持つのか、もう彼女と上条には推測できなかった。両眼を見開き、ただ結果のみを待った。ラインは、高さ十メートルほどの空中で凝集し、一瞬の閃光に続いて、人の姿へと変じた

 

 

「よう」

 

 

その真下に立つ二十人の重槍兵たちも、いつしか脚を止めて空を見上げていた。彼らの真ん中に、群青の竜巻と小さな声が舞い降りた。その瞬間、竜巻に巻き込まれた歩兵たちが瞬時にバラバラに分断され、広範囲に鮮血を撒き散らした。放射状にばたばたと倒れた槍兵の中央で、竜巻はゆっくりとその回転を停止し、人の姿に戻った

 

 

「・・・ソードスキル……?」

 

 

背中を向けて立つ、やや細身の長身の声は、どこか呆けたような声だった。和風の鎧が、逆光を受けて煌き、左手を腰の鞘に添えながら、右手は恐ろしく長い剣…否、刀をまっすぐ横に振り抜いている。上条は今の攻撃を、ここではない世界で見たことがあった。ソードスキル。カタナ広範囲重攻撃『旋車』

 

 

「珍しく辛気くせえ顔してんな、カミの字」

 

 

その人影は長刀を右肩に担ぎ、ひょいと顔を振り向かせた。派手な柄のバンダナの下で、無精ヒゲの浮いた顔が、にやりと笑みを浮かべた。曰く、上条にとっての腐れ縁。4年前に鋼鉄の城で出会い、それからも自分が未成年であることもなんのその、浴びるように酒を飲ませてきた野武士ヅラの男を見た瞬間、上条は弾けるように叫んだ

 

 

「クライン!!!」

 

 

上条の前に突如として現れたクラインは、膝立ちの上条へと手を差し伸べた。上条は驚きと歓喜が入り混じった感情に肩を震わせつつも、その手を取って立ち上がると、クラインはその手を下げることなく上条の後ろを指差しながら言った

 

 

「もちろん、俺だけじゃねぇぜ」

 

 

クラインが言った直後、無数の振動音による高らかな共鳴が世界に満ちた。アメリカ人プレイヤーたちが出現した時とまったく同じ音だというのに、上条はそれを聞いた瞬間、腹の底からくる笑いを堪えられなくなった

 

 

「は、はは…あはははははっ!!!」

 

「や、やった…やった!!やった!!!」

 

 

上条と同時にそれを見上げた美琴は、感動を超えた嬉しさに何度も拳を手繰り寄せた。シノンの時とはまた違う、自分が仲間宛てに送ったメッセージが形となって現れた瞬間が、ようやく訪れたのだと確信した

 

 

「テメェらに個人的な恨みはねぇが、ダチを散々痛めつけてくれた借りはきっちり返させてもらうぜ。倍返し…いや、千倍返しだこの野郎ども!!」

 

「お、おいクライン!?」

 

 

長刀を赤い軍勢に真っ直ぐに向けてクラインが言い放つや、敵軍にまっすぐ突っ込んでいく。その無謀さに、深傷の痛みも一瞬忘れて上条は呆れたが、直後クラインのすぐ隣に新たなコードラインが降り注ぎ、その中心からバトルアックスを引っ提げた、褐色肌の巨漢が姿を現した

 

 

「エギル!!」

 

 

かつてSAOの攻略組を戦力面でも、補給面でも強力にサポートしていた、通称『戦う商人』は、上条の呼びかけに対してニヤリと笑みを浮かべ、サムアップを見せた。すぐに振り向き、クラインを追って猛然と走り始める。そして三人目と四人目は、美琴のすぐ目の前に現れた

 

 

「リズ!シリカさん!来てくれたのね!?」

 

 

一人は赤みがかった紫を基調とした服にブレストプレートを重ね、腰に銀色のメイスを下げたショートカットの女の子。もう一人は群青色のチュニックとスカートを身につけ、頭の両側で髪を結わえた小柄な女の子だった。自分の名を呼ぶ美琴の声に、二人の少女は揃ってニッコリと顔を綻ばせた

 

 

「当ったり前じゃないですか!」

 

「来るに決まってんでしょ!何のための親友だと思ってんのよ!」

 

「・・・ありがとう!本当に!」

 

 

二人の暖かな声に、美琴は自分の頬を一粒の涙が伝い出したのを感じ取った。どうしようもなく安堵した心の余裕に全身から力が抜けそうになるのを、どうにかその場で踏み留まると、美琴は強い絆で結ばれた仲間たちに強く頷いてみせた

 

 

「えっ!?リズとシリカちゃん!?」

 

 

傷の治療を終えたアスナが、見覚えのある二人の少女の姿を見るなり、戦場へ向かおうとしていた歩みを止めた。二人がこの場にいる事に彼女が驚いているのとは対照的に、リズベットとシリカはさも当然であるかのように笑みを浮かべながら言った

 

 

「ごめんねアスナ、遅くなって。そっちの事情も全部ALOでユイちゃんから聞いたわ」

 

「ゆ、ユイちゃん…が……?」

 

「それにしても、ミコトもアスナもこんなに傷だらけになるまで無茶して…ちょっと頑張りすぎ。帰ったらお説教だからね」

 

「後は任せて下さい。カミやんさんとミコトさんは当然として、私たちはみんな、アスナさんとキリトさんの味方です!」

 

「あ、ありがと…ありがとう…!」

 

 

アスナもまた、とめどなく溢れてくる感情と涙に視界を滲ませた。そしてその視界の向こう側で、コードラインの驟雨が、遺跡の入り口付近に降り注ぐのが見えた。現れたのは、鮮やかな色彩を身にまとう何百人もの剣士達だった

 

 

「あの赤いのが敵だ!」

 

「前衛タイプのヤツはひたすら突撃だ!何がなんでも押し返せ!!」

 

「後衛は一旦下がって呪文を確認!順次、怪我人の治療と前衛の支援を!」

 

 

アンダーワールドの地を踏むやいなや、日本語で叫び交わし、剣を、斧を、槍を構えて前方の赤い兵士たちに斬りかかっていく。その見事な個人技と、統制の取れた集団行動は、彼らがみな熟練のVRMMOプレイヤーであることを示していた

 

 

「え、ちょ…シリカさん、みんなって言ってたけど…これって……」

 

「そうです。ALOで必死に呼びかけて、答えてくれた人達がみんな、アカウントをコンバートしてくれたんです」

 

「え、ええっ!?みんなって…ここでオチたらそのデータどうなるか分かんないのよ!?それなのに、ここにいる全員が!?」

 

「そーよ。感謝しなさいよ?私が世界樹の広場で繰り広げた演説といったら、それはそれは後世に語り継がれるべき名演説だったんだから」

 

「リズ…最っ高!アンタやっぱり最高よ!」

 

 

ありったけの気持ちを込めた言葉を叫んだ時には、美琴の全身に溜まっていた疲れは嘘のようになくなっていた。その時、彼女達の背後からおずおずとした声が掛けられた

 

 

「あの…ミコト様、アスナ様?その方たちは一体…それに、あの騎士たちは……」

 

 

啞然とした表情でそこに立っていたのは、整合騎士のレンリだった。後ろで、危地を救われた衛士たちも、同じように眼を丸くしている。美琴は、レンリとリズベットたちに視線を往復させてから、微笑みとともに答えた

 

 

「私の、大切な仲間たちよ。みんなリアルワールドから…世界の垣根すらも超えて、助けに来てくれたの」

 

 

レンリは数回瞬きすると、リズベットとシリカをじっと見詰め…幼さの残る顔に、大きく安堵の色を織り交ぜた笑みを浮かべて、深く息を吐き出した

 

 

「そう、だったのですか…本当によかったです。僕はてっきり、外の世界の人間たちは、カミやんさんやミコト様、アスナ様達以外は皆、あの恐ろしい深紅の兵士のような方達ばかりなのだと…」

 

「ちょっとちょっと!そんなわけないじゃない!あのねぇミコトにアスナ、アンタ達一体どうゆう自己紹介してくれたのよ!?」

 

「い、いやぁえっと…包み隠さず正直に、私たちの住んでる世界の人達も善人ばかりじゃないって言った手前、そのすぐ後に来たのが向こうの敵ばっかりだったから……」

 

 

少し心外そうな、しかし親しみを込めた笑顔とともに、リズベットがレンリの肩を叩いてから美琴達に詰め寄ると、アスナが少し気恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。しかしそのすぐ後に、美琴が緩みかけていた表情と口調を真剣なものに戻し、リズベットへと訊ねた

 

 

「それでリズ、コンバートしてくれた人たちの数は?」

 

「あ…うん。二千を少し超えるくらい……かな。がんばったんだけど、話を聞いてくれた人たち全員ってわけにはいかなかった…その、ごめん」

 

「なにを悪くもないことで謝ってんのよ。責めるつもりなんて毛ほどもないし、それだけいてくれるならお釣りが出るわ。だけど、みんなが再コンバートする可能性を残すためにも、消耗戦は避けないとね。あまり前線を広げないで、とにかく支援とヒールを厚くするわよ。リズとシリカさんは、二百人くらい後方に下げて支援部隊を作って。みんなを指揮してくれると助かるわ」

 

「分かりました!任せて下さい!」

 

 

申し訳なさそうに顔を俯かせたリズベットの肩を強く叩きながら、美琴は回転の速さが戻った頭をフルに動かしながら作戦を組み立て、そのまま新参の二人に伝えた。同じく意識を戦闘に切り替えたアスナも、レンリと衛士たちにも口早に指示した

 

 

「衛士隊の皆さんも不本意でしょうが、修道士隊に合流して治癒術を使ってください。リアルワールドの剣士たちは神聖術に不慣れなので、彼らに術式を教えてやってくださると助かります」

 

「は…はい!アスナ様!衛士隊総員、聞いての通りだ!援軍の到来にこの上ない敬意を評すると共に、全力で彼らを支援するぞ!」

 

 

アスナに言われた通りにレンリが叫ぶと、連戦に疲弊の色濃い衛士たちも、力強い声を返した。そして足早に戦場で剣を敵へと向けているVRMMOプレイヤー達の元へと散開していくのを見送ると、レンリはアスナと美琴に問いかけた

 

 

「それで、お二人は今後如何ように?」

 

「そりゃもちろん」

 

「一番前に切り込んでやるわよ」

 

 

レンリの問いかけにアスナと美琴は、ほとんど同時に、迷いのない笑みと声で答えた。そしてあっという間に駆けつけた最前線には、ALOで見慣れた面々が勢揃いしていた。シルフ領主のサクヤ、ケットシー領主のアリシャ、サラマンダー将軍のユージーンたちの姿を見れば、意を強くしながら彼らと深く頷き交わした。しかし、援軍はそれだけではなかった

 

 

「もらったぜ!ヘッドショットだアメ公ども!」

 

 

正確極まるクロスボウの連射で剣士たちを強力に援護しているのは、シノンと同じGGOのプレイヤー達だ。更に美琴は、密に固まって嵐のように敵を薙ぎ払っていく、あまたのVRMMOを渡り歩いてきた最強ギルドの姿を捉えた

 

 

「『スリーピング・ナイツ』の、みんなまで…!」

 

 

かつてギルドのリーダーだったユウキと共に、不可能とも思えた挑戦を成し遂げた美琴を見つけ、にこっと笑みを送ってくるシウネーに、美琴は右手で応えながら、もう一度涙が滲みそうになるのを堪えた

 

 

「なぁ美琴、やっぱりこれも全部お前のおかげだったりすんのか?」

 

 

いつの間にか美琴の隣に割り込んできた少年、上条当麻は左手の盾も先ほどの槍兵達の攻防で失い、完全に徒手空拳になった両手で拳を握っていた。されどその顔に窮地を思わせる表情はカケラもなく、むしろ前よりも力強く笑いながら、どこかこの状況を楽しんでいるようにも見えた

 

 

「んなワケ。きっとここにいる皆が、私たちが仮想世界で過ごしてきた日々が正しかった証明なのよ。これまでSAOやALOで頑張ってきたのは、今日この場所で、大切なものを守るため…その結果がこれよ!」

 

「・・・いいな、それ。もうしねぇよ…あぁ!負ける気がしねぇ!!」

 

 

異世界のVRMMOプレイヤー達が、幾人も交錯する戦場の最前線で、上条は両手の拳を振り抜きながら、心の底からの笑顔を見せた

 

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