とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

119 / 144
第61話 父親

 

ダークテリトリー、その最南端。ワールド・エンド・オールターの数キロル手前では、整合騎士長のベルクーリと、侵略軍の総大将にして、暗黒神ベクタとなったガブリエル・ミラーの激戦が続いていた

 

 

「ぐ、おおっ…!?」

 

 

しかして、その戦いは一貫してベルクーリの劣勢だった。何しろ暗黒神ベクタのスーパーアカウントに備わった能力、フラクトライトの人為的な操作によって、戦いの最中でも否応なく意識を奪われるのだ。延々と闇に蝕まれ続けているような感覚と、何度も体を切り刻まれる痛みに耐えることしか、ベルクーリには許されていなかった

 

 

「フン…随分と俺を楽しませてくれるじゃねぇか、皇帝陛下サマ。剣を撃ち合わせてもらうことすら叶わねぇとは、面倒な戦いだぜまったく」

 

 

それでも、彼は攻撃の姿勢を緩めることはなかった。にやりと笑いながらベルクーリが嘯くと、ベクタは逆に笑みを消し、呟いた

 

 

「この状況を楽しんでいるというのなら、もう少し面白い余興をくれてやろうか」

 

 

暗黒神の短い宣告の後、意識という糸がぷつりと切れたように、ベルクーリはただ呆然と立ち尽くした。彼はそのまま、這うように近づいてくるベクタの長剣が、自分の体に到達するのをただ待った。やがて黒の長剣はベルクーリの懐を鋭く走り抜け、重く湿った音を響かせながら、彼の太い腕を付け根から切り落とした

 

 

「ぐぅおぁぁっ!?」

 

 

突然に隻腕となって重心が狂い、よろめいたベルクーリは、地面に転がった己の左腕を踏んだ。痛みよりも先に、足から伝わってくる生々しい感覚によって意識が呼び戻された

 

 

(さて、これは…な……)

 

 

愛剣を握ったままの右手で指を二本立て、左肩の傷口に当てながら、ベルクーリは思考を巡らせた。その間にも、無詠唱で発動した治癒術が青い輝きで出血を止める。しかし、斬り落とされた左腕を再生させられるほどの空間神聖力は、戦いの地となっている荒涼とした岩山にはなかった

 

 

(ーーーどう対抗する?)

 

 

時穿剣の『空斬』を敵の心意で防がれたことから鑑みるに、ベルクーリに残された奥の手は、記憶解放技『裏斬』しかない。しかしあの技を発動するには、困難な問題が二つあった。一つは、悠長な攻撃動作を敵が黙って見ていてはくれないということ。もうひとつは、狙うべき場所の特定が、この上なく困難だということだ

 

 

(一体いつぶりなんだろうな。この俺をして、ここまで必死になるなんてこたぁ……)

 

 

ベルクーリは、額から流れてきた汗を、瞬きで振り払った。そして、不意に気付いた。いつの間にか、一欠片の余裕もなくなっている。それが意味するところは、つまり。この場所こそが彼にとっての死地、生死の際だということだった

 

 

「けっ!」

 

 

整合騎士長ベルクーリ・シンセシス・ワンは、絶体絶命の状況を正確に認識してなお、太い笑みを浮かべた。その視線をゆっくりと、近づいてくる皇帝ベクタから、戦場の片隅に横たわる黄金の騎士アリス・シンセシス・サーティへと動かした。そして、己の内側で心意を練りながら、今も眠るアリスにその心意でもって、彼女の心に直接語りかけた

 

 

(なぁ、嬢ちゃんよ。俺は嬢ちゃんが心の奥底で求めていたものを、満足に与えてやれなかったな。親の情…ってヤツを。なんせ俺は、自分の親をまるで覚えちゃいないもんでな。でも、これだけは解るぜ。親は、自分の子を守って死ぬモンだ……)

 

「もっとも、貴様には永遠に解らねぇことだろうがな!化物め!!」

 

 

力強く叫んで、ベルクーリは地を蹴り飛ばした。ただ己の全てを右手に握る愛剣に込め、最古の騎士は長きに渡るその生涯で出会った最強の敵目掛けて、真っ直ぐに走った

 

 

「・・・まぁ、私には特に知る必要もないことだろうからな」

 

 

皇帝ベクタは現在に至るまで、まるで戦いを長引かせようとするかのように致命傷を与えていなかった。それでも無数の傷から流れ出た血液、ひいては天命の量が、そろそろ限界に達しつつあることをベルクーリは知覚していた。だが彼は、底無しの精神力を振り絞り、何も考えず、何も恐れず、脳裏でただ一つのことだけを遂行し続けていた。それは数を数えること。正確には、時間を測ることだ

 

 

[ーーー487、488]

 

 

時刻を察知するという特技を持つベルクーリだが、その超感覚を使って、頭の中でひたすら時を数え続けたのだ。戦いが始まったその時から、皇帝の剣に思考を鈍らせられている最中ですらも、ベルクーリはそれを繰り返し続けていた

 

 

「どうやら、剣技の方は大したこたぁねぇようだな。皇帝陛下」

 

 

放っておいても勝手に積み上がっていく時間という概念、一秒一秒を正確に数えながら、ベルクーリは愚直な攻撃を繰り返した。時には、挑発的な台詞まで嘯いてみせた

 

 

「こんだけ当てて、こんな老体も倒せねぇようじゃ、二流…いや、三流もいいとこだ」

 

[ーーー499、500]

 

「そらっ!俺はまだまだ行けるぜ!?」

 

 

気合と共に真正面から切り込むも、なおも皇帝の周囲に広がる青紫色の光に、剣が阻まれる。その光に心意を吸い込まれ、呆気なく思考が途切れる。気付くと地面に片膝を突き、左頰に増えた傷から音を立てながら血が滴っていた

 

 

[ーーー508]

 

(後少し…頼む、もう少しだけ保ってくれ…!)

 

 

するとその時、これまでほとんど感情を露わにしなかったベクタの顔に、かすかな嫌悪の色が浮かんだ。先刻の攻撃でベルクーリが飛散させた血の一滴が、白い頰に当たったようだった

 

 

「・・・飽きたな」

 

 

指先で頬の赤い染みを擦り落としながら、ゆらりと身を翻して、ガブリエルは深いため息と共にベルクーリの正面に向き直った

 

 

「お前の魂は重い上に、濃すぎる。まるで舌にこびりつくようで、あまりにも単調だ。私を殺すことしか考えていない」

 

 

ベルクーリの無数の傷口から血が滴り落ちて形成された血溜まりを踏みつつ、平坂な口調で言葉を連ねながら、ガブリエルは更に一歩前へと詰め寄った

 

 

「充分だ、もう消えろ」

 

「へっ…そう言うなよ。俺は、まだまだ…楽しめる、ぜ……?」

 

 

音もなく持ち上げられたガブリエルの黒い剣が、粘液質の光をまとった。ベルクーリは、わずかに奥歯を嚙み締めながら言って、よろよろと誰もいない空間に向かって数歩踏み出すと、右手の剣を頼りなく持ち上げた

 

 

「どこだ、よ…どこ行きやがったぁ?お、そこか…?」

 

 

眼に虚ろな光を浮かべ、騎士長は剣を振り下ろした。コツン、と。その剣先でベクタの立っている場所とはまるで見当外れな場所にある岩肌を叩き、大きくよろめいた

 

 

「お、っと…仕損じたか…」

 

 

再び、風切り音すらしないまま剣を振る。ずるずると片足を引き摺り、ベルクーリなおも動き続ける。大量出血により視力を喪失し、思考すらも混濁したとしか思えない姿。しかしこれは彼にとっての、一世一代を賭けた演技だった。半ば閉じられた瞳は、『あるもの』だけをしっかりと捉えていた

 

 

「あれ?こっち、だったか…」

 

 

『足跡』。およそ10分に渡る攻防によって、荒涼とした岩山の地面には、皇帝のブーツと、騎士長の革サンダルに踏まれた、明らかに異なる二種類の靴跡が刻まれているのだ。言い換えるならば、それは両者の詳細な移動記録でもある。譫妄状態の演技をしながらベルクーリが探したのは、十分前に左腕を斬られた時の、最も乾いて黒ずんだ皇帝の足跡だった。ベルクーリの超感覚による無意識下の時間計測は、その直後から始まっていた

 

 

[ーーー589、590]

 

 

つまり皇帝ベクタは十分前、そこに立っていたことになる。そこからどの方向に移動したのか、時には血溜まりを踏んだ足跡が、如実にそれを指し示しているのだ

 

 

「おっと、やっとこさ見つけた…ぜ……?」

 

 

ベルクーリは弱々しく言いつつ左右に体を振りながら、虚無しかない空間に向けて時穿剣を振りかぶった。掛け値なしに最後の一撃となるはずだった。彼と剣に残された天命は双方ともに、今まさに、尽きようとしていた。さればこそ、残された天命、煌々と燃え滾る心意、長きに渡って研鑽された世界最強の騎士たる剣技、その全てを費やし、ベルクーリは時穿剣の記憶解放技を発動させようとした

 

 

「これで、幕引きだ……!」

 

 

『時穿剣・裏斬』。斬撃の威力を空間に保持し、未来を斬る『空斬』とは逆に、『裏斬』は過去を斬る。その仕組みは、極めてシンプル。アンダーワールドのメイン・ビジュアライザーでは、あらゆる人間ユニットの移動ログが六百秒、つまり十分間記録されている。裏斬はそのログに干渉し、正確に十分前の位置情報を、現在のそれだとシステムに誤認させるのだ

 

 

[ーーー596、597]

 

 

その結果として、見た目では単に虚空を斬った刃は、かつてその位置に存在した者の現在の体に届くのだ。回避不可能、防御不可能のあらゆる技や努力を、文字通り『裏切る』。故にベルクーリは、裏斬を使うことを長年忌避し続けてきた

 

 

「・・・・・・お前、」

 

 

しかし、同等以上に人ならぬ力を操る皇帝ベクタが相手ならば、彼に一切の遠慮はなかった。皇帝ベクタの飛竜を落とした時、ベルクーリは一直線に同じ速度で飛ぶ敵の動きを利用し、十分前に敵が存在した座標を正確に割り出した。だが、互いに接近しての混戦では座標特定は飛躍的に困難となる

 

 

[ーーー598、599]

 

 

前提として、彼は十分前の一瞬に敵がどこに存在したかを正確に覚えておくことはできる。しかしその方法だと、仮に技の発動を邪魔された場合、また六百秒の数え直しになってしまうのだ。たとえば、この瞬間のように

 

 

「何か狙っているな?」

 

「ーーーーーッ!?」

 

 

滑るように接近してきた皇帝ベクタの長剣から、青黒い心意の波動がベルクーリに向けて伸びた。その一撃に触れるわけにはいかず、ベルクーリはやむを得ずそれまでの演技とは打って変わって俊敏な動作で回避した。そして、彼の数え続けた『十分前の一秒』は過ぎ去り、永遠に遠のいた

 

 

(・・・もはやこれまで、か……)

 

 

ベルクーリの万策は、少しの残滓もなく尽きた。秘策の存在を悟られた以上、皇帝はもう二度と大技を発動させるだけの猶予を与えてはくれないだろう。事実、ガブリエルは次々に長剣の切っ先から立て続けに心意の光を、ベルクーリへと伸ばしていた

 

 

(だが…ただ手が尽きたってだけで倒れてやれるほど、俺は往生際をわきまえちゃいねぇ…!)

 

 

けれど騎士長は、その攻撃を全力で回避し続けた。必死にベクタの剣へと目を凝らして、なおも足掻き続ける。無論、死中に活を求めようなどとは到底考えていない。足搔いて足搔いて、無様に倒れる。死ぬ時はそんな死にザマであろうと、開戦を予感した時から彼は決めていたのだ。三回、四回、五回までも、ベルクーリは皇帝の攻撃を避けた。しかしそこでついに、青黒い光が体を掠めた。ふっ、と意識が途切れ……

 

 

「・・・・・・・・ぁ………」

 

 

再び眼を見開いたベルクーリの瞳に映ったのは、己の腹に深々と突き立ったベクタの長剣だった。刃が引き抜かれると同時に、最後の天命が深紅の液体となって噴き出した。そして、そして。ゆっくりと後ろ向きに倒れる騎士長の双眸に、遥かな高空から大気を震わせて急降下してくる一頭の飛竜が映った

 

 

(・・・おいおい、待機してろって言っただろう。お前がオレの命令に背いたことなんて、今日まで一度もなかったじゃねぇかよ…)

 

 

『飛竜・星咬』。その大きく開かれた顎から、青白い炎が一直線に迸った。一撃で百の兵士を焼き尽くす威力を秘めた熱線を、皇帝ベクタは、無造作に持ち上げた左手で受けた。半ば透き通る黒の手甲が、熱線を難なく弾き飛ばした。すかさず右手の剣から青黒い光を放ち、星咬の額を捉えた。しかし、暗黒騎士団の飛竜を難なく支配したその技を受けても、ベルクーリの騎竜は止まらなかった

 

 

(だが…それでこそ、俺の愛竜だ……!)

 

 

その命を白い輝きに変えて両翼から放ちながら、皇帝目掛けて猛然と突っ込んでいく。ベクタの顔に、厭わしそうな色が浮かんだ。剣を大きく引き、己を咬み千切らんと迫る星咬の口へと突き込む。闇色の光が天命を吸いながら、難なく竜の巨体を切り裂いた

 

 

「随分と煩わしい蜥蜴がいたもの………」

 

 

星咬が命を投げ出して作った、たった七秒の猶予。それをベルクーリは、決して無駄にはしなかった。背後で、長い年月を共に過ごしてきた愛竜が絶命する気配をまざまざと感じながら、騎士長は記憶解放状態で青い残像を引く時穿剣を高々と振りかぶった。そしてその剣圧を感じ取ったベクタが振り返った瞬間が、まさにその瞬間だった

 

 

[ーーー607、秒……!]

 

 

『10分前の敵の位置』だけを記憶する方法では、攻撃の機会は十分に一度しか訪れない。しかし、血染めの移動記録を地面に刻めば、十分前の敵を連続的に追うことが可能だ。ベルクーリは、先刻狙い損ねた時点から7秒後にベクタが存在したことを示す血の足跡目掛けて、渾身の斬撃を放った

 

 

「時穿剣…裏斬ィィィッッッ!!!」

 

 

裏斬の、もう一つの特性。それは、システムそのものに干渉するからこそ、威力が対象の天命数値へと直接届く。心意による防御は不可能なのだ。あらゆる心意攻撃を無効化、吸収してしまう皇帝ベクタの能力もこの瞬間だけは、何の意味も為さなかった。第一に、システムに設定されたベクタの膨大な天命がゼロに変化した。そして第二に、皇帝の体が左肩口から右腰にかけて、完全に分断された

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

切断面から己の体が離れていく間も、ガブリエルはまるで表情を動かそうとしなかった。薄青い瞳はただ、硝子玉のように虚ろに宙空を眺めていた。落下した上半身が地面に接する、その寸前。漆黒の光が心臓のあたりから炸裂し、墓標の如く空へ伸び上がった。それが収まった時、地面には、皇帝の存在を示すものは何一つ残されていなかった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(・・・・・あったかいな)

 

 

どうかもう少しだけ、このままでいたい。アリスは、夢のようなまどろみから目覚める寸前の浮遊感に意識をたゆたわせ、そう思いながら淡く微笑んだ。揺れる日差し。体を受け止める、大きな膝。優しく髪を撫でる、無骨な手が暖かい

 

 

(・・・・・お父さん…)

 

 

こんな風に、膝に乗せてもらうのは何年ぶりだろう。この安心感を…完全に守られて、心配事なんか一つもない、何もかも大丈夫だと思える時を、長い年月の間、忘れていた

 

 

(あぁ…でも、そろそろ起きなきゃ……)

 

 

そして、整合騎士アリスは、そっと睫毛を持ち上げた。見えたのは、瞼を閉じ、微笑みながら俯いている見知った剣士の顔だった。逞しい首筋や胸元に走る、幾つもの古傷。その上に、無数の真新しい刀傷が刻まれていた

 

 

「・・・小父、様?」

 

(そうだ、私は皇帝ベクタの飛竜に捕まって…。まったく、何て迂闊なことでしょう。背後も警戒しないで、闇雲に走るなんて…でも、流石は小父様だわ。敵の総大将から助け出してくれるなんて。この人さえいれば、何も心配することなんて……)

 

 

再び微笑み、上体を起こしたアリスは、騎士長の受けている傷が顔や胸元だけに留まらないことに気付き、息を吞んだ。左腕は、肩口から消失しており、東域風の戦装束は血で染まっている。そして、胸の下には恐ろしく深い、惨たらしい傷があった

 

 

「お、小父様っ!?ベルクーリ閣下!!」

 

 

アリスは叫び、無我夢中で手を伸ばした。その指先が、騎士長ベルクーリの頰に触れた。そしてアリスは、指先に伝わってくるヒヤリとした感覚に、偉大なる最古騎士の天命が、既に尽きていることを悟った

 

 

「ううっ、あぁ…うわああああああああああ!!!おじさまああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

(・・・おいおい、そんなに泣くなよ嬢ちゃん。人間である以上、いつか来る時が来た…それだけのことじゃねぇか)

 

 

自分の骸にすがりつき、子どものように泣きじゃくるアリスの姿を見下ろしながら、整合騎士長ベルクーリ・シンセシス・ワンはそう声をかけようとしたが、その声は地上までは届かなかった

 

 

(・・・嬢ちゃんなら大丈夫。もう、一人でもやっていけるさ。なんたって、オレのたった一人の弟子で……オレの娘みてぇなモンなんだからよ)

 

 

彼の眼下に広がる光景は、どんどん遠ざかっていった。最愛の娘に最後の微笑みを投げかけ、ベルクーリは視線を遥か北の空に向けた。その下にいるはずの、もう一人の女性騎士…ファナティオ・シンセシス・ツーへも思念を飛ばす。それが届いたかどうかは定かではないが、心の中にはただ、無限に続くと思われた日々の果てに、ついに死すべき時が来たのだという深い感慨だけがあった

 

 

(・・・まぁ、悪いくたばり方じゃあ…ねぇよな)

 

『そうよ。泣いてくれる人がいっぱいいるんだから、少しは幸せだと思いなさい』

 

 

やがて薄れようとしていた意識の中で、不意に響いた言葉にベルクーリはゆっくりと振り向いた。そこに浮かんでいたのは、しなやかな裸体に長い銀色の髪だけを流したひとりの少女だった

 

 

「・・・なんでぇ、アンタやっぱり生きてたのかよ」

 

『そんなわけないじゃない。これは、あなたの記憶に眠る私。あなたが魂に保持していた、アドミニストレータの思い出よ』

 

「ほぉん?何だかよく解んねぇな。でも…俺の記憶の片隅にいるアンタが、そうやって笑ってられてよかったよ」

 

『そりゃあもう、清々しいまでに殺されたワケだしね。キリトにせよ、カミやんにせよ』

 

「そりゃ違いない」

 

 

銀瞳を瞬かせた最高司祭アドミニストレータは、軽く笑った。釣られるようにしてベルクーリも笑い、ふと横を見た。いつの間にやらそこにいた星咬が、長い首を摺り寄せてくる。銀色に透き通る飛竜の首筋を搔いてやってから、騎士長はひょいっとその背中に飛び乗った。それから、不器用な手つきで右手を差し出して、最高司祭も自分の前に座らせた

 

 

『・・・お前は、私を恨んでいないの?お前を無限に続く時間の牢獄に閉じ込め、何度も記憶を奪った私を』

 

「・・・いやぁ、さて…」

 

 

彼の行動が自分の埒外だったのか、人界の中で最も長い生涯を生きた女神は、振り向きながら首を傾げて訊ねると、ベルクーリは少し考えてから答えた

 

 

「うんざりするほど長かったのは確かだが、でもまあ、どっちの世界にしたって、キリトにユージオ、カミやん…そして嬢ちゃんと、未来ある若者を俺なりに導いてやれたんだ。それを考えりゃ、どんだけ長かろうと、充分に面白え一生だったさ。あぁ、そう思うよ」

 

『・・・そ』

 

 

短く答えるアドミニストレータから眼を離し、ベルクーリは星咬の手綱を握った。飛竜は透き通る両翼を広げ、無限に広がる空を目指して、ゆっくりと羽ばたいた

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。