とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第62話 世界の果てへ

 

(・・・間に合わなかった)

 

 

この世界の行く末を…果てはキリト達のすむ現実世界の行く末すらも左右する『光の巫女』アリスと、彼女を攫った暗黒神ベクタ、そして二人を追跡する騎士長ベルクーリに追いつくために、シノンは必死に飛行した。ソルスアカウントに付与された無限飛行能力が、システムが許す限りの速度で南を目指したのだが、ようやく追いついた時にはもう戦闘は終わってしまっていたのだ

 

 

「うっ、ううっ……」

 

 

シノンは壮年の剣士の傷だらけの骸と、それに取りすがって泣く黄金の女性騎士を言葉もなく見詰めた。騎士の傍らでは、二頭の巨大な飛竜が彼女の嘆きを共有するかのように、虚しく頭を垂れている。だからこそ讃えるべきは、ベルクーリの力だろう。追いつくはずのないベクタの飛竜に追いつき、人工フラクトライトである彼には到底及ぶはずのないスーパーアカウントを、刺し違えてでも斃したのだ。アリス達の嘆きは当然だと、理解することはできた

 

 

(・・・私には、慰めの言葉を口にする権利なんて…)

 

 

けれど、シノンの理解はそれだけではなかった。騎士長ベルクーリの魂は永遠に失われた。なのに同じく死んだはずの暗黒神ベクタの魂の所在は、このアンダーワールドではなく、リアルワールドのもの。つまり、例えベルクーリと同じ死でも、永遠に失われる道理はないのだ。シノンはようやく泣き止んだものの、虚脱したように俯くばかりのアリスに、危機が去った訳ではないことを告げなければならなかったのだが、最初に掛けるべき言葉が見つからなかった

 

 

「あなたも、キリトやカミやん達と同じ、リアルワールドから来たのですか…?」

 

 

貴重な数分間が沈黙のうちに流れ、先に声を発したのは、騎士アリスの方だった。頰を涙に濡らしながらも、凄絶なまでのアリスの美しさに息を吞んだシノンは、彼女の言葉に頷いてどうにか口を開いた

 

 

「ええ。私はシノン。アスナやキリト、カミやんとミコトの友達よ。暗黒神ベクタから、あなたとベルクーリさんを助けるために来たんだけど…ごめんなさい、間に合わなかった」

 

「いえ…私が愚かだったのです。背後を警戒もせず、赤子のように攫われてしまった…全て私の責任です。小父様の…偉大なる整合騎士長のお命に、私ごときの命が、到底見合うものではないのに……」

 

 

頭を下げるシノンに向かって、アリスはそっとかぶりを振った。その声に滲む深い悔恨と自責の響きに、シノンは再び言葉を失った。それからアリスは、懸命に涙を堪えるような表情で、新たな問いを口にした

 

 

「現在の戦況は、どうなっていますか?」

 

「・・・アスナ達と人界軍が、リアルワールドから来た赤い軍勢を何とか防いでるわ」

 

「左様ですか。ならば、私も北へ戻ります」

 

 

訊ねながら、よろめきつつも立ち上がり、自身の愛竜である雨縁の背に向かおうとしたアリスを、シノンはその肩に手を置いて呼び止めた

 

 

「それはダメよ、アリスさん。あなたはこのまま南にあるワールド・エンド・オールターに向かって。祭壇にあるコンソール…いえ、水晶板に触れれば、キリト達側のリアルワールドから呼びかけがあるはずだわ」

 

「何故ですか?皇帝ベクタはもう死んだのでしょう。ならば、私一人がオールターに向かうよりも、皇帝なくして残る敵軍を殲滅し、カミやん達と共に向かうべきでしょう」

 

「・・・それが、そうじゃないのよ」

 

「・・・?そうではない、と言うのは?」

 

「暗黒神ベクタは、正確にはアンダーワールド人じゃない。私たちと同じ、リアルワールド人なの。そして私達は、この世界で死んでも、本当の命を失うわけじゃない。だから、暗黒神ベクタを利用していたリアルワールド人は、きっとまた新しい姿を得て、何がなんでもあなたを奪いに来るはずだわ」

 

「なっ…!?」

 

 

シノンの説明を聞いたアリスは、驚愕に見舞われ、絶句した。そして金色の少女は、これまでどうにか抑え込んできたあらゆる感情が炸裂したかのように、凄まじい怒りを露わにして叫び散らした

 

 

「小父様が…あの小父様がっ!命を捨ててまで刺し違えた敵が、まだ死んでいないと!?ただ一時的に姿を消し、また何事もなかったかのように甦ると…そう言うのですか!?」

 

 

その怒りが、真に自分に向けられているものではないと知りながらも、シノンはこの上なく苦しげな表情で、やがてゆっくりと頷いた。彼女のその小さな仕草に、アリスは思わず半歩後ずさるのと同時に、がしゃりと黄金の鎧を鳴らし、もう一度シノンに詰め寄った

 

 

「そんな…そんなふざけた話が許されるものか…!では、小父様は何のために…何ゆえに死なねばならなかったのですか!?一方の命しか懸かっていない立ち合いなど、まるで…まるでただの、茶番ではないですか!!」

 

 

アリスの蒼い瞳から再び涙が溢れるのを、シノンはただ見つめることしかできなかった。GGOやALOでの戦いで、数え切れないほど死んできた…そして、この世界では暗黒神ベクタと同じく、死んでも死なない自分には、彼女に言える言葉がない。しかしシノンはそんな葛藤を飲み下しながら大きく息を吸い、アリスの双眸を見据えて言った

 

 

「なら、アリスさん。あなたは、キリトやカミやんの苦しみも偽物だと言うの?」

 

「・・・え?」

 

「詳しい経緯は、私には分からないわ。だけど、キリトもカミやんもリアルワールド人よ。この世界で死んでも、本物の命までは失わない。でも、彼らが受けた傷は本物。彼らが感じた痛みは、紛れもなく本物なのよ」

 

 

シノンに言われ、アリスは鋭く息を飲んだ。再び少し間を置いてから、シノンは彼女の両肩に手を置き、唇に淡い笑みを浮かべてから続けた

 

 

「きっとカミやんは馬鹿だから、自分のことなんて顧みずに、どれだけ傷ついてもあなたを助けようと頑張り続けたでしょう?それは多分、きっとキリトも同じだったハズよ。彼らのその頑張りまで、あなたは偽物だって言うの?」

 

「・・・それは…」

 

「いえ、キリトだけじゃないわ。騎士長さんだってそう。あなたを助けるために、こんなに傷だらけになって、命を懸けて機会を作ってくれたのよ。あなたが、敵の魔の手から脱するための貴重な時間を。なら、あなたの取るべき行動は、もう私が言うまでもないでしょう?」

 

 

答えは、すぐには返ってこなかった。アリスは、横たわるベルクーリの骸を、しばし無言で見据えていた。再び、瞳から大粒の涙がぽろりと零れ、そして黄金の騎士は強く瞼を瞑り、何かに耐えるように顔を上に向け、そのまま掠れた声で問いかけた

 

 

「シノンさん。私はワールド・エンド・オールターにあるという『果ての祭壇』からリアルワールドに出ても、もう一度この世界に戻ってこられますか?愛する人たちに、もう一度会えますか…?」

 

 

アリスの切実な言葉に、確実な答えを返すための知識はシノンの中にはなかった。確かなのは、アリスが敵の手に落ちれば、アンダーワールドの全てが破壊され、消滅してしまうだろうということだけだ。世界とアリスが守られれば、きっと望みは叶えられる。今はそう信じるしかない。だから、シノンはゆっくりと頷いた

 

 

「ええ。あなたが、そしてこのアンダーワールドが無事でいれば、いつになるのかは分からないけど…私たちもキリト達と協力して、きっと形にしてみせるわ。あなたは知る由もないでしょうけど、私たちの住んでる街って、言葉では言い表せないほどにぶっ飛んでるんだから」

 

「・・・解りました。ならば、私は南へ向かいましょう。果ての祭壇に何が待つのかは分かりませんが…それが小父様の、そしてキリト達の意志ならば」

 

 

アリスはふわりと白いスカートを広げて跪き、横たわるベルクーリの髪を優しく撫でると、額に唇を触れさせた。そして再び立ち上がった時、彼女はまるで別人のような熱さを宿した瞳を輝かせていた

 

 

「雨縁、滝刳。もう少しだけ頑張ってね」

 

「安心して行って、アリス。もうここから先、誰にもあなたの行く手を邪魔させはしないわ」

 

「・・・と言うと、あなたはどうするのですか?シノンさん」

 

「今度は、私がこの命を使う番だから。私のゲーマーとしての勘が正しければ、暗黒神ベクタはこの場所に復活すると思う。私は、何とか倒せるように…少なくとも充分な時間が稼げるように、頑張ってみる」

 

「・・・どうか、ご武運を。あなたのお心を、私の心意に再び熱き火を灯してくれたあなたのお言葉を、決して無駄にはしません」

 

 

シノンに敬意を評して騎士礼を取ったアリスはそう言い残して、南の空へと飛び去っていった。シノンはやがて見えなくなっていく二頭の飛竜を見送り、右肩にかけていた白い長弓を手に戻し、深い呼吸を一つ置いた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ベルクーリがガブリエルを討ち取った同時刻、ヴァサゴ・カザルスは、黒いフードの下でにやにやと笑いながら眼下の戦場を眺めていた。遺跡参道の入り口に立つ神像の頭上から、アメリカ人プレイヤーと日本人プレイヤーが続ける血みどろの殺し合いを見下ろす。否、正確に表現するならば、それは一方的な殺戮と呼ぶべきものだった

 

 

「Wow…こいつぁ、中々どうして……」

 

 

参道の入り口を中心に、広い半円を描いて布陣する二千人の日本人たちは、殺到する赤い歩兵集団をほとんど損耗することなく斬り倒していく。装備の性能や連携力の差も大きいが、後方の支援体制の厚さが決定的だ。傷を負ったプレイヤーは即座に参道の奥に築かれた陣地に運び込まれ、回復呪文で傷を癒して、また活発的に前線へと駆け戻っていく

 

 

「『SAO』でも見てるみてぇだな…あぁ、面白え。最高だよ」

 

 

現実世界と同じ痛みの存在するアンダーワールドに於いて、彼らの士気の高さは見上げたものだった。それを目の当たりにしたヴァサゴは、どこか感慨深そうに、それでいてどこか嘲笑しているように呟いた。そして彼は、獅子奮迅の活躍を見せる日本人プレイヤーたちの中に、かのSAOで名を馳せた『閃光』ことアスナの姿を見出し、心の底から喜びに打ち震えた

 

 

「あの閃光がいるってこたぁ、『お前』もいるんだろ?俺には分かるぜ…きひひ…」

 

 

もう二度と味わえないだろうと諦めていたあのデスゲームが、形を変えて再び出現したのだから。もちろん、この世界で死んでも現実世界のプレイヤーたちが本物の命まで奪われるわけではない。しかしアンダーワールドには、あの浮遊城にはなかったものがあり、あったものがない。つまり………

 

 

「『苦痛』があり、『倫理』がない。そういうことだろう?」

 

「あん?」

 

 

不意に声がして、ヴァサゴはその声の元へと視線を動かした。自分の腰掛けている神像の対となって立っている、もう一つの神像の頭上には、赤い長髪に赤い服をきた細身の男が立っていた

 

 

「貴様には、この世界がどう見える?ヴァサゴ・カザルス。魔術書『ゴエティア』に記された『三番目の悪魔の名』を持つお前にとって」

 

「・・・テメエ、アレか。アックアとかいう野郎の言ってた、神の右席ってサークルの…」

 

「はっはっは!サークルほど自由が利けば、もう少しローマ正教の信者も増えると思うが…まぁ放っておいてもこれからそうなる。で、だ。貴様のいたSAO…悪夢のデスゲーム。そこにいる人間が現実で死ぬのを知った上で、誰よりも多くあの世界にいた人間を殺したお前にとって、この世界はどう見える?」

 

 

その男、右方のフィアンマはヴァサゴの皮肉に一頻り笑ってから、再度問い質した。そんな彼の態度に、最初こそヴァサゴは深く被ったフードの下から訝しげな視線を向けていたが、やがて口許に不気味なまでの笑みを浮かべながら言った

 

 

「お前、そんなに俺のこと知らねぇだろ。色々と勘違いしてるぜ」

 

「・・・勘違い、というのは?」

 

 

フィアンマが自分とは異なる世界の住人だと知ってか知らずか、ヴァサゴは少し皮肉って言ってみせた。彼のことをよく知らないというのは、自分が彼とは異なる世界に住んでいることを知っているフィアンマからすれば、当然と言えば当然、知らずとも損得も何もないことだが、敢えて少し言葉に含みを持たせながら聞き返した

 

 

「俺はあの染みったれたゲームで、さして俺自身が目立ってPKしてた覚えはねぇよ。俺はただ、自分の本名の出処と『忌み名』に付けた『地獄』ってのがどんなモンなのか、この目で見てみたかっただけなのさ。それを手っ取り早く見れる環境にたまたま自分がいたから、その辺にいた無能なサル共を利用して、ゲーム内の人殺しをある種のエンタメに仕上げた…それだけのことさ」

 

「なるほどな…それで、結果的にはどうだったんだ?自らの手で具現化させた地獄は?その気になれば簡単に人殺しに手を染める、人間の『悪意』の本質は?」

 

「その答えが、もうすぐそこまで来てるから、俺は笑ってんのさ」

 

 

言って、ヴァサゴは喉笛を鳴らすようにくつくつと笑った。その眼光の先にあるのは、かのゲームと似通ったの戦場。文字通り自分の魂すらも賭けるこの世界で、自分を待っているはずの『黒い少年』の姿を想像して、彼は心を踊らせた

 

 

「そういう意味で言えば、俺とアンタは同類だ。誰もが平等な世界なんざ、俺はちっとも面白くねぇと思うが、『アイツ』が自分の命と引き換えにソレを提示された時、どんな反応するのか興味はある。お前もそうなんだろ?『カミジョウトウマ』って野郎がどんなヤツなのかは知らねぇが、きっと『アイツ』と似たような人間なのは想像に難くねぇ」

 

「いいや。俺様から言わせてみれば、どれだけ上辺を取り繕っても、上条当麻は既に破綻している。少し舞台を整えてもう一度誘いを掛ければ、アイツは喜んで自分の魂とその右手を差し出すさ」

 

「ほらな。お互い、因縁のある相手には愛情と理解が深いってところは、まるで同類だ」

 

「否定は出来ないな」

 

 

そこで、ヴァサゴと会話をしてから初めてフィアンマは呆れたように同意した。例え異世界でも、同じ生物が住んでる以上は、人間の本質は変わらないのだと呆れ果てた。さればこそ、彼は自分の目指す世界はやはり間違いではないのだと、以前から得ていた確信をより強固なものに認識した

 

 

「礼を言おう、ヴァサゴ・カザルス。俺様にとっては、かなり実りのある会話になった。そう遠からぬ日に、俺様の理想郷は…神の国は成就される。その時は、その世界にもお前の言う地獄があるかどうか、是非とも値踏みしてくれ」

 

「・・・そう言われちゃあ、断れねぇなぁ。何しろ俺の『忌み名』は……」

 

 

『ヴァサゴ』。旧約聖書に登場するソロモンが封印したとされる、72の悪魔の一柱にして、地獄の王子。もはや顔もあやふやになってきた母親に付けられたその名前を、現実の死をもたらす世界でも名乗り続け、この時、この場所でもう一度口にした

 

 

「『Prince of Hell』…『PoH』だからな」

 

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