とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第63話 本当の悪夢

 

振り抜いた右拳から、最後の骨が折れる乾いた音が伝わってくる。拳闘士団長イスカーンは、胸当ての真ん中を打ち抜かれて大の字に倒れる敵から視線を外し、己の右手を無言で眺めた。そこにあるのはもう、あらあらゆる物を打ち砕いてきた鋼鉄の拳骨ではなかった

 

 

「・・・いやぁ…よくもまぁ、ここまでズタボロになったモンだぜ」

 

 

彼の手は既に、粉砕された骨と引き裂かれた肉、そして血が詰まる、ぐずぐずに腫れた皮の袋だった。両脚も血まみれのアザだらけで、蹴ることはおろか走ることすら不可能だと分かった

 

 

「実に見事な闘いぶりでしたよ、チャンピオン」

 

 

副官ダンパの掠れた声に、イスカーンはちらりと後ろを見た。地面に座り込んだ巨漢は、両腕を完全に喪失してからも頭突きと体当たりのみで戦い続けた証として、顔と体に幾筋もの刀傷を刻まれていた。常に闘志と知恵を秘めていた瞳は霞がかっていて、彼の天命が今まさに尽きようとしていることを示していた。イスカーンは、そんな彼の姿を見て、こみ上げてきた感情を押し殺すように、拳闘士たちの魂に敬意を表すべく、砕けた右拳を掲げてから答えた

 

 

「悪かったな、ダンパ。全員を俺のワガママに付き合わせちまったばっかりに、こんな最期になっちまって」

 

「何をおっしゃいますか。少なくとも、綱渡りに失敗して絶命するなどという、間の抜けた死に方よりは百倍マシでしょう」

 

「はっ、違ぇねぇな。まァこれなら、あの世で先代に会っても恥ずかしくねえ死に様だろうよ」

 

 

最初二万を超えていた赤い軍勢は、長時間の激戦を経て三千ほどにまで削られた。しかしその代償として、拳闘士団もわずか三百人程度が残るのみだ。しかも全員が満身創痍、もう満足に陣形も組めず、ひとところに固まってただ押し潰されるのを待っているに過ぎない。 周囲をぐるりと取り巻く三千の敵兵が、一気呵成に最後の突撃を仕掛けてこないのは……

 

 

「うううぅぅぅあああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

イスカーンとダンパの視線の先で、鬼神の如き戦闘を続ける、一人の騎士と一頭の飛竜の存在ゆえだった。整合騎士シェータ・シンセシス・トゥエルブは、既に朧な視界に敵の影を知覚すると、鉛のように重い右腕を動かし、黒百合の剣を振りかぶり、ぴうっ!と、鈍い風切り音のままに振り下ろした

 

 

「は…あああァァァッ!!」

 

 

彼女の二つ名、『無音』にはまったく似つかわしくない、ひび割れた気合が喉から絞り出される。剣がどうにか敵兵の分厚い深紅の装甲を割り、その下の体を一直線に切り裂く。意味の取れない罵声とともに倒れる敵兵から刀身を引き抜き、シェータは荒く息を吐いた

 

 

(・・・・・なんでだろう)

 

 

彼女の肉体と精神の消耗は、共に戦った拳闘士たちと同じく、完全に限界を超えていた。これほどまでに疲労困憊した理由は、無限とも思われる敵の数もさることながら、赤い兵士たちの奇妙な手応えゆえだった

 

まるで、影と戦っているようだと彼女は感じた。本当はこの場にいない者たちを、どこか遠くから映し出した影絵の軍隊。彼らとの戦いは、まるで楽しくなかった。斬るためだけに生きているはずの自分が、この影たちを斬ることに、強い嫌悪感しか感じていなかった

 

 

(相手が影だろうと生身だろうと、それどころかただの石像だとしても、硬ければ私は満足できた。斬ることしか知らない人形、それが私のハズだったのに……)

 

 

極細の刀身に最大級の優先度を秘めた神器、黒百合の剣。それは切断のためにのみ造られた道具であり、またシェータ自身の写し身でもあった。斬ることを止めれば、自分もまた存在する意味が完全に失われてしまうことに等しいと、彼女は考えていた

 

 

『この剣は、あなたの魂に刻まれた『呪い』を形にしたものよ。形質遺伝パラメータの揺らぎが生み出した、殺人衝動という名の呪いをね。だから、ただ斬り続けなさい。その血塗られた道の果てにのみ、あなたの呪いを解く鍵がある……かもしれないわ』

 

 

それは、黒百合の剣を下賜した、アドミニストレータの言葉。その時のシェータには、全てを悟っているかのような彼女の言葉の意味は解らなかった。シェータは言われた通り、無限に等しい年月にわたってひたすら黒百合の剣で、万物を斬り続けてきた。そしてついに、最高の好敵手に巡り合った。これまで刃を通して触れ合った、全ての人、全ての物質よりも硬い、一人の拳闘士に

 

 

(どうかもう一度、あの人と戦いたい。あの人と戦えば、ようやく私がずっと求めていた何かが、きっと解るハズだから…)

 

 

その思いだけに衝き動かされ、シェータは人界軍と別れてこの戦場に残ったのだ。なのに、どうやら彼との再戦は叶いそうになかった。一口だけ残っていた水を喉に流し込み、空になった革袋を捨てながらちらりと後方に眼を向ける。離れた岩の上に座る、傷だらけの拳闘士の長が見えた。左の瞳になぜか悲しそうな色を浮かべ、じっとシェータを見詰めている。その瞳に自分の瞳が重なった時、不意にズキン、と彼女の胸が疼いた

 

 

(・・・この痛みは、なんだろう?、私はあの人を斬りたいはずなのに。余計な感情も、何もかも焼き尽くすような戦いを、もう一度味わいたい。そしてあの金剛石よりも硬い拳を断ち切りたい、それだけが私の望みだった。なのになんで、こんなに胸が締め付けられるんだろう?)

 

 

刹那、微かな音がシェータの手中で響いた。黒百合の剣を持ち上げ、無言で眺めた。その時には、もう。あらゆる光を吸い込むような漆黒の刀身の中央に、蜘蛛の糸よりも細い亀裂がひとすじ走っていた

 

 

(あぁ、そうか……)

 

 

シェータは大きく息を吸い込み、そして微笑んだ。あらゆる疑問が、たったいま氷解した。アドミニストレータの言葉の意味、呪いとは何か、シェータはついに解答を得た。彼女は滑らかな足捌きで、次に襲いかかってきた来た敵の初撃を回避し、右手の剣を赤い鎧の中央に突き入れた。その花にとって最後となったその攻撃は、まったくの無音だった。心臓に滑り込むように、しなやかに敵の命を絶った黒百合の剣。その極細の刀身が、無数の黒い花弁を散らして砕けた

 

 

「・・・長い間、ありがとう」

 

 

一瞬、さわやかな花の香りが漂った気がした。右側では、長年連れ添った騎竜の宵呼が、尾の一撃で敵兵を叩き潰したところだった。灰色の鱗は、無数の傷から溢れ出た血で赤く染まり、爪や牙もほとんど欠け落ちている。自慢の熱線はもう吐き尽くし、動きは見る影もなく、緩慢だ。敵軍の突撃が僅かながらも途絶えたのを確認すると、シェータは愛竜に歩み寄り、その首筋を優しく撫でた

 

 

「あなたもありがとう、宵呼。疲れたね…もう、休もう」

 

 

そしてシェータと飛竜は、互いに助け合いながら、拳闘士団の生き残りが固まる低い丘に向かった。拳闘士の長は座ったまま、今にも弾けてしまいそうなほど腫れ上がった右手を持ち上げてシェータを迎えた

 

 

「悪りぃなシェータ。大事な剣、折らせちまった」

 

「ううん、いいの。やっと、解ったから。私がなぜ、あらゆる物を斬り続けてきたのか…」

 

「・・・へぇ。その話、興味あるな。冥土の土産に、ちょいと俺に聞かせてくれよ」

 

 

イスカーンが口にした詫びの言葉に、シェータがかぶりを振って言うと、拳闘士の長は口許を少し綻ばせて、彼女の言葉の真意を訊ねた。するとシェータは両手を持ち上げ、若い闘士の顔を十本の指でそっと挟んだ

 

 

「斬りたくない何かを、見つけるため。守りたい何かを見つけるために、私は戦い続けてきた。そして、見つけた。それは、あなた。だからもう、私に剣は必要ない」

 

 

意表を突かれた、程度では形容できなかった。大して予想をしていたわけではなかったが、それでも考えていた言葉のどれよりも斜め上から切り込んできた彼女の言葉に、イスカーンは大きく目を見開いた。そして、その瞼に透明な雫が溜まっているのを、シェータもまた少し驚きながら見つめた。若者は湧き上がる感情に笑みが溢れそうになるのをきつく歯を食い縛って耐え、喉を鳴らしながら囁いた

 

 

「ああ…なんて小っ恥ずかしいこと言いやがんだ、ちきしょうめ。叶うならアンタと、所帯を持ってみたかったな。きっと、強ぇガキが生まれたろうに。先代より、俺よりずっと強い、最強の拳闘士になれる子がよ…」

 

「ダメよ。その子は、騎士にするわ」

 

「あぁ?ンなワケにいくかよ。どう考えたって騎士より拳闘士の方がカッケェだろうが」

 

「おやおや。所帯も持たぬウチから痴話喧嘩…もとい、夫婦喧嘩ですかな?まったく仲睦まじくて羨ましいことですな、チャンピオンに騎士殿」

 

 

ダンパのお小言に顔を赤らめながらも、二人は短く見つめ合い、同時に微笑んだ。優しい表情の巨漢に見守られながら、シェータとイスカーンは一瞬だけ抱き合い、並んで座った。三百人の拳闘士と一人の整合騎士、そして一頭の飛竜は、赤い歩兵たちがじりじりと迫って来るのを、ただ無言で待った

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうやら大勢は決したって感じだな、こりゃ」

 

「はっ。野武士ヅラでそれ言われると、マジで戦国時代にでも来たみたいに思えるぜ。まぁクラインが将軍だったら、その国はあっという間に滅んでるだろうけど」

 

「ひ、ひでぇな…俺だって好きでこんな顔に生まれたんじゃねぇってのに…」

 

 

上条は同時に後方の陣地へ戻ってきたクラインの言葉に、冷やかしと笑いを混ぜながら言った。幾らか手傷を負った二人を、ALOで魔法職を担っていた日本人プレイヤーが、覚えたばかりの神聖術で癒している。日頃の冒険の成果によるハイレベルなキャラクターのコンバートによる高い術式行使権限ゆえに、治癒力は必要にして充分な量だった

 

 

「ちょっと言うのが遅くなったけど、本当に助けに来てくれてありがとな。クライン」

 

「へっ。何を今更…そんな礼言う暇があんだったら、上等なウィスキーでも奢れってんだ」

 

「・・・俺の感動を返せ」

 

「あっはっは!嘘だよ、軽い冗談だっつの」

 

「どうだか…まぁ、飲みに付き合うだけだったら、何杯でも付き合ってやるよ。俺も久しぶりに飲みたい気分だし、帰ったらエギルの店で飲み明かそうぜ」

 

「おお、言うじゃねぇか。だけどまぁ、礼なんて水臭ぇよ。お前には、これくらいじゃ返しきれねえほど借りがあるからな。それに、キリの字もいるんだろ、ここに。そりゃ来ねえ訳にゃあいかねぇよ」

 

「あぁ、この戦いが終わったら顔見せに行こうぜ。俺たちが下らないギャグの一つや二つカマしてやれば、突っ込みたくて目を覚ますかもしれねぇしな」

 

「そりゃいいや」

 

 

いつもの陽気そうな表情で破顔しながらも、クラインの眼には深い気遣いが浮かんでいるのを上条は感じ取った。彼もすでに、キリトが魂に受けてしまった傷の深さを知っているのだと見えた。だからこそ、キリトが目覚めるその瞬間を、この戦争を勝ち抜いて、笑顔で迎えるためにも、今一度頑張らなくてはならないと上条は自分の両頬を叩いた

 

 

「ありがとう、回復助かったぜ」

 

 

傷が癒えるや否や、上条は回復術師のプレイヤーに礼を言って立ち上がった。クラインの言う通り、すでに戦闘の趨勢は決していると言える。アメリカ人プレイヤーたちの数は日本人と同程度にまで減少し、戦意を喪失したかのようにやけっぱちな突撃を繰り返すのみだった

 

 

「ところでカミの字よ、お前いつもの盾も持ってなくて大丈夫なのか?防具もその服だけで、鎧っつー鎧もしてねぇのに」

 

「なに、心配すんなよ。むしろ、たまには本当のステゴロも悪くねぇさ。元々リアルじゃ、Tシャツとか制服とか、盾どころかロクな武器使って喧嘩したこともねぇんだ」

 

「昭和のヤンキーかよお前…そんなんじゃ俺のことおっさんとか言えねぇぞ?」

 

「ほっとけ。それより、もうひと暴れどうだ?」

 

「っしゃあ!その言葉を待ってたぜ!」

 

 

ニッと笑いながら言った上条の言葉に、クラインは勇んで立ち上がった。そして意気揚々と戻っていく戦場の最前線では、御坂美琴とアスナの閃光コンビが猛威を振るっていた

 

 

「アスナさん!スイッチ!」

 

「OK!」

 

 

アメリカ人プレイヤー顔負けの見事な発音で、二人の美少女は悉く闇の軍勢を討ち払っていた。そして自分達の受け持っていた中央の区画からほとんどの敵が掃けていったのを確認すると、美琴がレイピアを肩に担ぎながら額の汗を拭って言った

 

 

「ふぅ…大体片付いたわね。ありがとアスナさん、ナイスフォローだったわ。流石は血盟騎士団の副団長にして、閃光のアスナの二つ名を轟かせていただけあるわ」

 

「もう…からかわないでよミコトさん。それにミコトさんだって、自分の世界のSAOじゃ、私とまったく同じ肩書きだったらしいじゃない」

 

「あはは、からかってなんかないわ。純粋に褒めてるだけよ。それに私にとっては、常盤台の超電磁砲の方が異名としては板に付いてるから。自分で付けた能力名だしね」

 

 

そう言って、すっかり余裕が出来て復活した電撃の糸を手の平で転がしながら、美琴は口許を綻ばせた。そんな彼女に、アスナも口角を緩ませて言った

 

 

「改めて、本当にありがとうミコトさん。カミやん君がいて、ミコトさんがいてくれたから、みんな助けに来てくれた…どれだけ感謝しても、感謝しきれないわ」

 

「なに言ってんのよ。アスナさんだって、相当頑張ったんでしょう?自衛隊とか米軍とか、私たちの学園都市も大概だけど、そっちも別の方向性でゲームの枠組み超えてるわよ」

 

「ふふっ、改めて考えてみると、確かに凄いことしてるかも。だけど、キリト君のこと考えてたら、頭よりも先に体が動いちゃってたから」

 

「そうそう、それでいいのよ。ALOでユイちゃんがリズ達に助けを求めたのだって、きっとそんな感じだったハズだから。こんな戦争とっとと終わらせて、ユイちゃんを労う意味も兼ねて祝勝会やらなくちゃ。もちろん、こんだけ私たちに心配かけた、アイツとキリトさんの奢りで」

 

「それ聞いたら、きっとキリト君涙目になって飛び起きるだろうなぁ」

 

 

すっかりといつものALOでのクエスト時のような空気感になり、自分達の勝利を確信したアスナは体の疲れを取るように伸びをした。そして、最後のもうひと頑張りだと言わんばかりに、再び最前線へと向き直りかけたアスナは……視界の端を掠めた何かに注意を引かれ、ぴたりと動きを止めた

 

 

「・・・何これ?黒い、霧…?」

 

 

少し遅れて、美琴もそれに気付いて顔を顰めた。しばし視線を彷徨わせたアスナは、ようやく、それを見つけた。遺跡参道の両側に立ち並ぶ、巨大な神像。その右側、一番手前の像の頭上に、誰かが立っている。赤いダークテリトリーの空に滲むように揺れながら、逆光の中に佇む、黒い影

 

 

「・・・何、アイツ…?アメリカ人プレイヤー達が着けてる赤い鎧じゃ、ない……?」

 

 

美琴は呟きながら訝しげな視線凝らすと、そのシルエットが不気味に揺れているのは、黒いハーフマントを羽織っているからだと解った。しかき、いかんせんフードを目深に引き下げているので、顔はまったく見えなかった

 

 

「・・・う、嘘…嘘よ……」

 

 

あまりにも薄い声でアスナが囁いたのが聞こえると、美琴は黒ポンチョの人物に向けていた視線を自分の真横に移動させた。するとその先では、誰もが美人だと疑わないアスナの顔が、いっそ不健康なまでに色を失っていた

 

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよアスナさん?あそこにいるヤツになんか見覚えでもあんの?」

 

「まさか…ありえないわよ、こんな場所で…亡霊を、見てるの……?」

 

「ぼ、亡霊…?どういうこと?アストラル系のモンスターってこと?」

 

「だ、だって…あの黒いカッパ、革ポンチョは…『ラフコフ』の、『PoH』……」

 

 

その単語を聞いた瞬間、美琴は常に全身に纏っている微弱な電磁波が、スパークしたような感覚と共に驚愕した。ラフコフ、正式名称『ラフィン・コフィン』。かのデスゲームSAO中期から後期にかけて、浮遊城アインクラッドに恐怖を撒き散らした最凶の殺人者ギルド

 

 

「そ、そんな…!あの殺人ギルドは、私たちのSAOにあったギルドで……!」

 

 

そこまで口して、美琴は思い出した。自分がこの世界にログインしている病院で、冥土帰しが口にした推測。同調した、互いに干渉し合っていた、二つの世界に存在した、アンダーワールドと、SAO。同質の仮想世界。同名のVRMMO。同名のスキル。同じ二つ名。同名の『ギルド』。そこから導き出される解答は、つまり………

 

 

「嘘でしょ…アスナさんとキリトさんのSAOにもあったって言うの…?あの殺人ギルド、ラフィンコフィンが…!?」

 

 

御坂美琴のいたSAOでは、ラフィンコフィンは一方通行や麦野沈理が所属していた、表面だけは殺人ギルドの、結果として全100層あったSAOに、75層で終止符を打つ要因を作った、ある種のダークヒーローのような集団だった。しかしそこには、GGOで死銃を名乗って殺人事件を起こした『赤目のザザ』や、上条当麻と吹寄制理の在学する大学に忍び込み、殺人未遂に至った『金本淳』こと『ジョニー・ブラック』のような、本物の殺人鬼がいたことも、また事実だった

 

 

「・・・じゃあ…もしも、もしもよ。アレイスターも、学園都市の思惑も何もないSAOで、あんな殺人ギルドがあったら…!?」

 

 

そこに残るのは、純粋な悪。淀みのない殺意。正真正銘の殺人集団。そんな組織にいた人間…事によれば、リーダーであった麦野沈利と同じ『PoH』の名を持つ人殺し。つまりは、生粋の殺人集団の、原点にして頂点。今の自分はそんな人間と同じ場所に立っているのかと、美琴はSAO以来に感じる、人間が心の底に秘めている殺人衝動に背筋を凍らせた

 

 

「だ、だから何だってのよ!そんなヤツがいようといまいと知ったこっちゃないわ!どんな殺人鬼がいようと、所詮は一人っきりでしょアスナさん!全員で袋叩きにしてやればいいのよ!それに向こうのアメリカ人プレイヤーは、もうほとんど残ってな………」

 

 

美琴は開き直って、思いつく限りのプラス要素を、大声でアスナの耳に突きさした。しかし、必死に動いていた彼女の口は、途中で閉ざされた。陽炎に揺れる黒いシルエットは、美琴とアスナを嘲笑うかのように、ゆるりと右手を持ち上げた。そして、からかうような動きでひょいひょいと左右に振った。それに続く、光景は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでで最悪の悪夢に他ならなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もういい…もういいわよ……」

 

 

黒いポンチョ姿の隣に、滲み出すように新たな人影が現れた。二人、三人。その光景を認識から追い出すように美琴がどれだけ首を振って呟いても、それは止まるところを知らなかった。そして、神像の背中が接する巨大な遺跡宮殿の屋上に、ごそりと赤い集団が出現したかと思えば、左側の宮殿屋上にも、ぬっと数十人規模の影が湧き出した

 

 

「お、おいカミの字…あれ……」

 

 

震えきった声で、クラインは上条に言った。真冬の寒さに凍えているような小刻みに震えている彼の指先を、上条はゆったりと視線で追う。新たな赤い軍勢の湧出は、尽きることなくいつまでも続いた。千、五千、一万……

 

 

「・・・はは。こりゃいいや…ははは………」

 

 

絶望とは、人間の失意等の感情に起因する、目には見えない概念か?否。絶望は、時に具現化する物なのだと、そこにいる全員が理解した。赤いラインの数がついに三万を超え、アンダーワールド大戦、開戦当時の暗黒界軍の総数、五万にも上ろうかというところで、上条は数を把握しようとするのをやめた。もはやそれをただ眺める事しかできない彼の口からは、乾いた笑いしか出てこなかった

 

 

「・・・ピゴパン・イルボニン」

 

 

やがて、新たな真紅の集団の一人の口から、何らかの声が発せられた。未だに続く赤い驟雨と混ざり合い、溶け合ったそれが何語なのか、上条には咄嗟には判らなかった

 

 

「・・・ウリ・ナラルル・チキラ」

 

「・・・ガンチュー・レンメン」

 

 

英語ではない。もちろん日本語ではない。だが、その癖のある発音と、特徴的な口の動きで、何となく上条にもその言語を扱う国の察しはついた

 

 

「・・・何だよ。なんなんだよ…アメリカ人に続いてキリト達の世界の敵は、世界大戦でもけ仕掛けようってのかよ……」

 

「あぁ、やべえ…やべえぞこりゃ。あの大軍の出処は、日本でもアメリカでもねぇ……」

 

 

その時、隣のクラインが声にならない声で呻いた。上条は、もはやその正体が分かりきっていても、冷たい汗が背中を伝うのを止められないまま、彼の続けた言葉を聞いた

 

 

「・・・・・中国と、韓国だ」

 

 

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