とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第66話 希望の先に待つ絶望

 

交戦と呼ぶに値するものは、時間にしてわずか7分間しか続かなかった。その後、戦況は3分間の防戦を経て、中国・韓国プレイヤー達による一方的な殺戮へと移行した。その中でアスナは、頭の芯で疼き続ける痛みを無視し、最前線でレイピアを振るいながら声の限りに叫んだ

 

 

「死守してっ!アンダーワールドの人達だけは、何としてでも…!!」

 

 

しかし、声の揃った頼もしい応答はもう聞こえなかった。アスナの周囲では、コンバート装備を身に纏う日本人プレイヤーたちが、一人、また一人と血のような赤い鎧に身を固めた倍以上いる隣国人に包囲され、剣や槍で滅多刺しにされていた

 

 

「うわあああああーーーっ!」「や、やめろおおおおーーーっ!」「いやあああああーーーっ!」「誰かぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

敵の怒号、仲間の悲鳴、断末魔の絶叫が次々に響く。これに比べれば、アメリカ人の重槍突撃作戦のほうがまだ対処のしようがあっただろうとアスナは思った。圧倒的な数で畳み掛け、隙あらば複数人で目標の脚に摑みかかり、引き倒し、圧し掛かって自由を奪い、殺すそんな戦い方をされては、数の差を戦術で覆すことなど到底できない。二千人が円形に並んだ防御陣は、あっという間に薄くなっていった

 

 

「誰か、助けて…お願い……誰か…………」

 

 

アスナは、尽きることなく押し寄せてくる敵をレイピアで懸命に斬り払い、貫きながら、アンダーワールドにダイブして以来初めて、瞳に涙を溜めながら絶望の言葉を呟いてしまった

 

 

「怯むな!我々が突破口を開くぞ!」

 

 

そんな絶望的な戦況の中で、比較的健闘を続けている部隊の一つが、ALOでシルフ族の領主を務める、サクヤが率いる緑の剣士隊だった。シルフ族は元来、機動力を活かした高速連携攻撃を得意としている。かつて、まだ九つの種族が対立していた時代、重装プレイヤーの突進攻撃にウェイトを置くサラマンダー族に対抗するために練り上げた戦法が、この混戦でも有効に機能していた

 

 

「まずは体勢を立て直す!竜胆隊、鈴蘭隊、戦線を右に押し上げろ!!」

 

 

自身も最前線で剣を振るいながら、サクヤは叫んだ。右翼方向で戦闘中のはずのサラマンダー隊と合流し、ユージーン将軍を筆頭に置いた突進力を利用して一気に敵陣を破る。支援部隊を再び遺跡の参道に逃がし、狭い入り口だけに戦線を限定できれば、この膨大な敵を削り切れるだけの活路を見出せると考えた

 

 

「行くぞ!『シンクロ・ソードスキル』用意!カウント5・4・3・2……!」

 

 

サクヤがそこまで指示しかけた時だった。左側で響いた悲痛な声が、耳に突き刺さったその瞬間、はっと呼吸を止め、サクヤは左方向に視線を走らせた

 

 

「みんな、諦めないデ!お願い、少しでも時間を稼いデ!」

 

「ア、アリシャ!?」

 

 

サクヤの緑に光る瞳が捉えたのは、黄色を基調とした装備の日本人部隊が崩壊し、赤い波に吞み込まれていくところだった。その最前面で、両手に装備したメタルクローを押さえられ、地面に引き倒されるアリシャの姿が確かに見えた

 

 

「やめろーーーーーっ!!!」

 

 

叫んだその瞬間、サクヤは冷静沈着な指揮官から、一人の女子大生へと戻っていた。自身が指揮するシルフ部隊から単身飛び出し、立ち塞がる敵を問答無用で斬り伏せながら、ひたすらに親友の元へと突き進む。ケットシー族領主アリシャ・ルーは、長剣に胸と腹を貫かれながらも、接近するサクヤに気付くや血を吐くような声を喉笛から上げた

 

 

「ダメっ!サクヤちゃん戻って!!部隊を指揮してーーー………!」

 

 

その一声を最後に、黄色い髪から伸びる三角の耳が、サクヤの視界から消えた。押し寄せた赤い兵士たちが、倒れたアリシャに群がっていくのを見て、サクヤは親友の名を狂ったように叫んだ

 

 

「あ、アリシャ!?アリシャーーーッ!!」

 

 

悲鳴にも似た絶叫を迸らせながら、サクヤはケットシー隊を押し潰そうとしている敵の大集団に突撃した。身を焦がす怒りを吐き出すかのようにソードスキルを次々に繰り出し、鮮血と肉片の雨を振り撒いてひたすら突き進む。親友が倒れているはずの場所まで、そしてその足が、後少しの所まで迫った、その時だった

 

 

「がはっ……!?」

 

 

ドスッ!という衝撃に視線を落とすと、自分の背中から右腹を貫いて伸びる槍の穂先が目に入った。仮想世界で初めて味わう激痛が神経を駆け巡り、女子大生らしからぬ呻き声が途切れた時には、彼女の全身から力が失せていた

 

 

「・・・すま、ない…アリシャ…………」

 

 

驚異的な事に、サクヤは体を貫いた槍をそのままに、気力だけでそこから四歩前進した。しかし、そこでアバターが意識の制御から完全に外れ、前のめりに倒れた。直後、赤い憎しみの嵐がサクヤをも吞み込んだ。右手から愛刀が奪われ、左腕が半ばから斬り飛ばされ、彼女の体を次々と鋭い金属が貫き続けた

 

 

「皆さん!まだ大丈夫ですか!?」

 

 

この場にダイブしている二千人の……急激に減少中ではあるが、日本人プレイヤーの中で最も正確に状況を把握しているのは、スリーピングナイツのギルドに所属する3代目リーダー、シウネーこと『安施恩』だった

 

 

「これが大丈夫に見えるなら、一度眼科の診察を受けることをお勧めします!」

 

 

シウネーの呼び掛けに応えたのは、同じスリーピング・ナイツのタルケンだった。シウネーは父親が在日韓国人、母親が日本人の為、二カ国語を話すことが出来る。それ故に、赤い兵士たちの半数が口々に放つ怒りの言葉を断片的に聞き取り、彼らがどのような情報に煽動されたのかを推測することができた

 

 

「ッ…状況は私たちが思っている以上に芳しくありません!お願い、一度だけでいいからブレイクポイントを作って!」

 

 

シウネーは周囲に立つ四人の仲間達に大声で指示した。その声に、先頭で鬼神の如き奮戦を続ける両手剣士のジュンが即座に叫んだ

 

 

「よし解った!テッチ、タルケン、ノリ!シンクロ・ソードスキルで大技ぶちかますぞ!カウント、2、1!」

 

 

四人の息が、寸分違わず同調した。同時に繰り出された単発の高威力ソードスキルが、数十人の敵をノックバックさせた。小さな、けれど確かに空いた風穴を目指して、シウネーは駆け出した。そしてその先にいる、この場のリーダーらしき韓国人プレイヤーに韓国語で叫んだ

 

 

「聞いて下さい!あなたたちは騙されています!このサーバーは日本のもので、私たちは正規の接続者なんです!」

 

 

一息で言い切ったその声は広範囲に響き渡り、戦場に僅かながらも沈黙を生み出した。シウネーに耳元で叫ばれた韓国人は、やや気圧されたように仰け反ったものの、すぐに鋭い声で反駁してきた

 

 

「噓をつけ!俺は見たぞ!お前たちはさっき、俺たちと同じ色のプレイヤーを皆殺しにしていただろう!」

 

「あれは、あなたたちと同じように偽の情報でダイブさせられたアメリカ人です!日本企業の開発の妨害をさせられているのは、あなた達なのよ!もういちどよく考えて下さい!その怒りは、その憎しみは、本当にあなたの感情なの!?」

 

 

凄まじい熱量で訴えてくるシウネーの言葉に、韓国人たちは当惑したように黙りこくった。再び訪れた静寂を貫いて、鋭い、しかしどこか迷いを帯びたような問いかけが、人垣の後方から届いた

 

 

「その話は本当か!?」

 

 

韓国語でそう叫びながら走り出てきたのは、他の兵士たちと外見はまったく変わらない一人のプレイヤーだった。反射的に身構えるシウネーのすぐ近くまでやってくると、敵意はないと言うかのように右手の剣を下げ、ヘルメットのバイザーを押し上げて素顔を見せた

 

 

「俺の名前は『ムーンフェイズ』。アンタは?」

 

 

いきなり名前を訊かれてシウネーは驚いたが、ムーンフェイズと名乗る男の両眼は真剣な光を帯びていた。激闘の最中で負った仮想の傷から滴る血を掌で拾い、胸元で握り締めながら、シウネーは口を開いた

 

 

「私はシウネーと言います。ムーンフェイズさん」

 

「そうか、それでシウネーさん。俺もこの話はなんだか妙だと思っていたんだ」

 

「!!!」

 

 

その言葉に、シウネーは最初に驚きよりも、安堵と嬉しさを抱いた。やっと、やっと話の出来そうな人と巡り合うことが出来たのだと実感した。ところが、ムーンフェイズが言った瞬間、周囲の韓国人プレイヤーたちから怒りの声が上げられた。しかし驚くべきことに、彼はその声に負けることなく、右手の剣を思い切り強く鞘に落とし込んで、カァンッ!という強烈な音でその声を封じ込めた

 

 

「あんたの話を証明する手段はあるか!?」

 

「・・・ッ……」

 

 

この『アンダーワールド』は政府の支援を受けた日本企業の研究開発用の仮想世界であり、襲撃者はその研究成果たる新世代AIを奪おうとするアメリカ人なのだと、ALOの世界樹ドームで、リズベットが涙ながらに訴えたその言葉を、シウネーは疑うつもりなどなかった。しかし、証明しろと言われても、彼女が提示できる物は何一つとしてなかった

 

 

(そもそも、私たち日本人がこれ以上何を言っても彼らには…!)

 

 

全ての物体がグラフィックで再現されている仮想世界に、物的証拠などあるはずもない。有り得るとすれば、この事件の核心に近い誰かの証言しかないが、日本人側が何を言っても無駄だろう。シウネーが言葉を失っている間にも、周囲の韓国人たちの敵意が再燃していくのを感じていたその時、左後方から声が上がった

 

 

「シウネーさん!アンダーワールド人よ!」

 

 

その声に、シウネーは振り返った。突如として上がった声の主は、御坂美琴だった。スリーピング・ナイツ二代目リーダー『ユウキ』の最後を看取り、共に涙を流した少女は、中国語の断末魔を最後に倒れたプレイヤーから細剣を引き抜きながら続けた

 

 

「この世界の住人であるアンダーワールド人に会わせて、彼らが日本語で喋るところを見せるのよ!そうすれば、ここが日本のサーバーだって解ってもらえるはずよ!」

 

「あっ…!」

 

「アンダーワールド人なら何としてでも私が連れてくる!だからそれを彼らに伝えて!お願いっ!」

 

「わ、分かりました!」

 

 

美琴が自らの命を燃やして見出した光明に、シウネーは確固たる決意を持って頷いた。そして日本語で発せられた彼女の言葉を、シウネーが韓国語に翻訳してムーンフェイズたちに伝えようとした…その寸前。彼の後方で、毒々しいほど赤い光がギラリと輝いた

 

 

「あ、危ないっ!ムーンフェイズさ…!?」

 

 

シウネーは必死に警告しようとしたが、間に合わなかった。短くも肉厚の刃がムーンフェイズの背中を深々と抉り、そのまま十メートル近くも吹き飛ばした

 

 

「ごがっ…!?」

 

 

光明、そして希望は、言葉にならないほど呆気なく消えた。現実と同様の、焼けるような傷口の痛みに身もだえるムーンフェイズに代わってシウネーの前に立ったのは、宮殿の屋上にいたはずの黒ポンチョの男だった。右手に握った、まるで中華包丁のような形のダガーを倒れているムーンフェイズに突きつけ、黒ポンチョの男は韓国語で叫んだ

 

 

「裏切り者はこの戦場には要らない!」

 

「ッ!?アイツ…あの、武器は…!?」

 

 

黒衣の男はそのまま、包丁で周囲の韓国人たちをぐるりとポイントしていく。その声は、重く、強く、冷たく、それでいてどこか嘲りを含んでいるように感じられた。その男、アスナがPoHだと呟いていた男の持っている包丁のような武器に、御坂美琴は酷い既視感を覚えた

 

 

「お前たち、汚い日本人に騙されるなよ!」

 

 

その武器の名は、『友切包丁』。美琴のいたSAOで同じくラフィンコフィンのリーダーを担っていた麦野沈理も装備していた、魔剣クラスの凶悪な包丁型のダガー。その包丁が最後に向けられたのは、愕然と立ち尽くすシウネーだった

 

 

「ここが日本のサーバーで、お前らが正規の接続者だっていうなら、なぜお前らだけがそんな高級装備を持ってるんだ?GM装備なみにピカピカ光ってるじゃねぇか!チートで好き勝手に作り出したに決まってるぜ!!」

 

「ちっ…違います!装備が異なるのは、私たちのメインアバターをこの世界にコンバートしたからで…!!」

 

 

黒ポンチョの男の演説じみた主張に、韓国人プレイヤーのそうだ、そうだ!という叫びが追随する中で、シウネーは必死に男の言葉に反論した。その途端、黒ポンチョの男が声高にせせら笑った

 

 

「ハハッ!テストサーバーにメインアバターを移すなんて、そんな間抜けがいるかよ!噓だ、コイツらの言ってる事は全部噓だからな!」

 

「ほ、本当よ!信じて!私たちは、アバターを喪失する覚悟でここに……」

 

 

ひゅんっ!と空気を切り裂く音がした。シウネーは、飛来したダガーが自分の右肩に深く突き刺さった時、痛みよりも遥かに大きな絶望を感じた。黒ポンチョの男に煽動させられたように武器を投じた中国人プレイヤーが猛々しく喚いた言葉を、シウネーは理解できないまま涙を流し、その場に倒れ込んだ

 

 

「シウネーさんっ!?」

 

 

中国人プレイヤーの小集団が、一時的な停戦状態を破って右側から突撃してくるのを見て、すぐ近くにいた韓国人リーダーも罵り声とともにシウネーを蹴り飛ばした。それを見た瞬間、美琴は今までの生涯で感じた事もないような、巨大な憤怒と憎悪が自分の心に芽生えていくのを感じた

 

 

「私のっ、恩人に…!何してくれてんのよアンタらはぁぁぁーーーっっっ!!!」

 

 

次々に沸き立ってくる黒い感情に、美琴は逆らうことなく身を委ねた。目につく敵全てに、暴れ狂うように剣を振り下ろし、シウネーの元へと駆け出した。しかし地面に倒れ込んだシウネーは、背後から美琴を始めとした仲間たちが駆け寄ってくる足音を聞きながらも、再び立ち上がることができなかった

 

 

「そうだ!殺せお前ら!いぃや!女はそのまま犯したっていいんだぜ!?何せこの世界には倫理コードがないんだからな!日本人だって好き勝手にやったんだ!俺らもアイツらと同じように好き勝手しようじゃねぇか!あはっ、ぁぁぁはははははははははははははは!!!!!」

 

 

これこそ、自分が望んだ、滑稽な猿同士が殺し合う、最上のエンターテインメントだと。美琴とスリーピング・ナイツの元に、なだれ込むように兵士が群がっていくのを見下ろしながら、地獄の王子は高らかに笑い続けた

 

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