とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第68話 It's show time.

 

絶望的な状況に抗い、最後まで戦場に立ち続けたのは、スーパーアカウントに保護されたアスナと、そしてアンダーワールド人である整合騎士レンリ、及び彼の騎竜、さらに騎士と竜に守られながらも果敢に剣を振り続けた少女練士ティーゼと、衛士長ソルティリーナと、そして。上条当麻だった

 

 

「・・・・・はっ…」

 

 

上条は痛みによってもうほとんど感覚の残っていない自分の体を、自嘲するように鼻息で笑った。そして自らの微弱な息が、命の灯火を消したかのように、未だ四万以上の兵力を誇る中韓プレイヤーひしめく後方から無数の長槍が投擲された

 

 

「くっ……!」

 

 

最初の投擲を、上条もうほとんど物体を捉え切れていない目を凝らして、衣服に掠らせながらも、何とか避けた。レンリの飛竜、風縫は広げた翼と胴体で槍を受け、主を守った。しかしゆっくりと、剝がれた鱗と赤い血を飛び散らせながら、そのまま横倒しになった途端、すかさず新たな槍の雨が投げ放たれた

 

 

「ティーゼさんっ!!」

 

 

ザアアッ!と音を立て襲いかかる無数の穂先を一瞬見上げてから、騎士レンリは振り向くと、すぐ後ろにいたティーゼを抱きかかえ、自分の下に隠した。次の瞬間、背中に二本の槍を受け、レンリはティーゼを覆うように前のめりになって倒れた

 

 

「・・・ぁ……」

 

 

そして、ついに。立ち続けていた上条当麻にもその時が訪れた。もはや避けることを諦めかけた時、ズンッ!という鈍い衝撃とともに脇腹に槍が背中から刺さったのと同時に、膝を折りたたむように地面へと崩れ落ちた

 

 

「カミやん、くん……」

 

 

掠れた声をアスナが上条にかけた時には、戦域の他の場所でも、戦闘はほぼ終了していた。力尽き、倒れた日本人プレイヤーに赤い兵士がいっせいに群がり、我先にと刃を叩きつけていく。血と肉、かすかな悲鳴が振り撒かれ、やがて途絶えていった

 

 

「あ、諦めるな…!最後まで…我々は最後まで戦うぞ!」

 

 

コンバート組二千人の防御陣がほぼ無力化され、いままでその中央に守られていた人界軍がいよいよ露出し始めていた。非武装の補給部隊と修道士隊を守ろうと、約四百人の人界軍衛士たちが、ぐるりと輪になって剣を構えていた

 

 

「・・・やめて…」

 

 

しかし、衛士全員の顔には悲壮なまでの覚悟が満ちていた。じりじりと迫る赤い軍勢に向けて、自らの死を覚悟してでも突撃をかけるその時を静かに待っているのが、アスナには分かった。その時、彼女は自分の唇から零れた声を聞いた。それは、全身に受けた傷の痛みではなく、絶望と哀しみによって心が折れた音だった

 

 

「お願い、もうやだ…もう、やめてよ……」

 

 

呟きとともに、アスナの右手からレイピアが落ちて地面に転がった。その傷だらけの刀身に、頰から滴った涙の粒が小さく弾けた。目の前に立ちはだかった赤い人影が、敵意に満ちた罵り声とともに、両手剣を高々と振り上げた……その刹那のことだ

 

 

「ストーーーーーーーーーーップ!!!」

 

 

途轍もないボリュームで叫んだのは、今までずっと離れた場所で戦闘を見守っていた黒ポンチョの男だった。殺人ギルド、ラフィンコフィン頭首PoHの亡霊。その声は、アスナに向けて振り下ろされようとしていた刃と、戦場のあちこちで進行中のあらゆる戦闘を停止させた

 

 

「OKOK。この辺りが潮目だろう」

 

 

隣国人プレイヤーたちは、マーカーか何かで黒ポンチョ男を指揮官と認識させられているらしく、不承不承ながらも武器を降ろした。アスナを斬り伏せようとしていた男も、激しく舌打ちして剣を鞘に納め、傍に立っていた男がアスナの髪を摑み、引っ張り上げた

 

 

「痛っ…!?」

 

 

強く髪を引かれたアスナは、萎えた腕で懸命に体を起こした。視線を巡らせると、黒革の裾を揺らしながらこちらに歩いてくる背の高い男の姿が見えた。低いがよく通る声で周囲の赤いプレイヤーたちに言葉を掛けているが、韓国語なので理解できなかった

 

 

「よぉし。んじゃ、始めようか」

 

 

すると、その周囲でも似たようなことが行われ始めた。どうやら、まだ生きている日本人プレイヤーを一箇所に集めるつもりらしい。フードの男は、今もなお剣を構え続ける人界軍衛士たちのすぐ近くまで平然と歩み寄ると、振り振り向いて片手を振り、アスナの髪を摑む男に再び何かを指示した

 

 

「あぐっ!?」

 

 

直後に背中を乱暴に蹴り飛ばされて、アスナは数メートル先の地面に転がった。それからというもの、彼女に続いて立て続けに日本人プレイヤーが突き転ばされた。その数は、既に二百を下回っている。ヒットポイントの量が生存率に直結したのか、やはりハイレベルのプレイヤーが多く残っているのが見て取れた

 

 

「みん、な………」

 

 

アスナが少し周りを見回すと、すぐにALOの領主たちや、スリーピングナイツのメンバーを発見できた。皆、全武装を破壊され、または奪われて、ボロボロになった服しか身につけていない。露出した肌には傷が縦横に走り、折れた刃が突き刺さったままの者も多い。しかしその中で、ある一箇所の光景がアスナを更なる絶望の淵へと叩き落とした

 

 

「ミコト、さん……!」

 

 

アスナの視線の先には、さめざめと泣くシウネーの膝の上で深く瞼を閉じた、御坂美琴の姿があった。数も分からないほどに、夥しく彼女の全身に刻まれた切り傷は、その大半が背中に集中していた。きっと彼女は、最後まで非戦闘型プレイヤーであるシウネーの上に覆い被さり、その身を盾にして彼女を庇っていたのだとアスナは悟った

 

 

(もう、これ以上…何も見たくないよ……)

 

 

そう思ったアスナはしかし、滲む涙を通して、この戦場にコンバートしてきてくれたプレイヤーたちの姿を目に焼き付けようとした。視線を一回りさせたところで、土埃に塗れたピンク色のショートヘアをそのままに、あずき色のコスチュームも各所で引き裂かれた少女を見た。その少女、リズベットはシウネーの膝の上で眠る美琴の前まで這いずっていき、血と涙に汚れた頰がわななかせ、掠れた声を漏らした

 

 

「みんな、あたし…あたしが…みんなを……巻き込んだばっかりに…ごめん…ごめんなさいっ…!」

 

「違う、わよ…リズ……」

 

 

閉じられていたはずの美琴の瞼が、リズベットの声に応えるようにゆっくりと持ち上がった。そして、その瞳に涙を溜めながら、美琴は完全に力を失った声で語り掛けた

 

 

「リズは、充分にやってくれたわよ…私とアイツだけじゃ、こんなに強く戦えなかった。本当に…ありが、とう…。だから、リズがなく必要なんて…これっぽっちも、ないわ……」

 

「みこ、と…!あたし、知らなかった。戦うことが、こんなにも怖くて…!負けることが、こんなに辛いなんて……知らなかったよぉ……!」

 

 

やがてシウネーと同じくさめざめと泣き始めたリズの頬に伝う涙を、美琴は震える右手を上げて優しく拭き取った。その光景に、アスナがまたも涙を堪えきれなくなりそうになっていると、小さなすすり泣きが聞こえた

 

 

「ひうっ、ひっく…ごめん、なさ…ひっ。エギルさん…私のせいで、私が弱いせいで…こんなになるまで…えぐっ……」

 

 

そちらを見ると、地面に倒れたまま動かないエギルと、その隣にうずくまるシリカが見えた。エギルは、よくもこれで天命が残っているものだと思えるほど酷く負傷していた。その近くには、胡坐をかいて項垂れるクラインの姿もあった。その彼は、未だ繋がっているのが不思議なほどに深い傷をおった左腕に、トレードマークのバンダナを巻いていた

 

 

「・・・・・・・ぉ……」

 

 

そして最後に、ドサリ。という力のない音と共に、赤い兵士達に運ばれてきた上条の体が集団の中に投げ捨てられた。その衝撃で腹に刺さっていた槍が抜け、ゴロゴロと転がってやがてうつ伏せになった彼の体から、どくどくと血が流れ始めるが、その痛みに漏らす声もなく、ただ大の字で仰向けになっている。言うなれば、もはや骸に近い状態だった

 

 

(俺は…結局、誰も守れなかったのか………)

 

 

上条の脳裏では、カセドラルの最上階で守れなかった少年の姿と、身も心もボロボロにされた仲間たちの姿が重なっていた。まるで同じことの繰り返し。それを理解すればするほど、彼の心が悔しさに滲んでいった

 

 

「だけど、こんなの…もう…無理だろ……」

 

 

武器も、鎧も、そして闘志さえも奪われて地に伏す二百人の中で、上条は静かに呟いた。そして黒ポンチョの男は満足げに戦意を失った日本人プレイヤー達を睥睨し、フードの奥に覗く口ににやりと大きな笑みを浮かべると、さっと体を翻し、人界軍の衛士たちに向かい合った

 

 

「さぁて、残るはお前らだけだ」

 

 

黒衣の悪魔の右手が持ち上がり、皆殺しにしろ、という指示が発せられる瞬間を、アスナは恐怖とともに待った。しかし、人界人たちに向けて発せられたのは、意外な内容の日本語だった

 

 

「武器を捨てて投降しろ。そうすれば、お前らも、後ろの捕虜も殺しはしない」

 

 

激戦を経て、もう100人ほどしか残っていない人工フラクトライトたちの顔に、一瞬の驚きに続いて、深い憤激が走った。数歩前に出て、黒ポンチョと向かい合ったのは、女性衛士長のソルティリーナだった。レンリたちと一緒にずっと最前線で戦っていたのだろう、剣は刃毀れし、額から血が垂れている。それでも最期まで騎士であろうとしたソルティリーナは、毅然とした声で叫んだ

 

 

「ふざけるな!この期に及んで、我らが命を惜しむと思っているのか!?」

 

「その人の言うことを聞いてーーーッ!!」

 

 

ソルティリーナの言葉を遮り、アスナは懸命に叫んだ。涙に濡れた顔を上げて、アスナはふるふると首を振りながら必死に懇願した

 

 

「お願い…お願い!あなたたちは生きて!どんな屈辱を味わおうとも、生きのびてください!それが…それが、私たちの……たった一つの…………」

 

 

希望なのだから。胸が詰まり、そこまではアスナも言葉にできなかった。ソルティリーナと衛士たちはぐっと口を引き結び、顔を歪め、しばらく身を震わせていたが、やがてゆっくりと肩を落とした。がしゃ、がしゃんと音を立てて落ちていく剣を見て、周囲を幾重にも取り囲闇の軍勢たちの口から、高らかな勝利の叫びが湧き上がった

 

 

「はいは〜い、一旦やめやめ。宴は後でたっぷりやるからよぉ〜」

 

 

男は、さっと片手を上げて数人のプレイヤーを呼び、何かを指示した。男たちは即座に頷き、降伏した人界軍をかき分けるように円陣の奥へと走っていく。いったい何を…と思ったのも束の間、黒ポンチョがざくざくと音を立てて歩み寄ってきて、アスナの前に腰を下ろした

 

 

「・・・よう、久しぶりだな『閃光』」

 

「ーーーッ!!やっぱり、お前…PoH…!」

 

「おっと、憶えててくれたのか。嬉しいぜぇ」

 

 

息を吞み、アスナは胸の奥から言葉を絞り出した。そのとき、右手を地面に突いてにじり寄ってきたクラインが、燃えるような目で黒いPoHを見上げた

 

 

「テメェがどこの誰か、俺は知らねぇけどなぁ…俺の仲間に…アスナに、手ぇ出すんじゃねえっ!!」

 

「いいってそんな気にしなくて。俺もお前なんか知らねぇから…よっ!!」

 

「ぐはっ!?」

 

 

片手だけで摑みかかろうとしたクラインを、PoHのブーツが無造作に蹴り飛ばした。痛みに悲鳴を上げて倒れるクラインを見て、アスナはぎりりと奥歯を食い縛り、低い声で訊ねた

 

 

「これは、復讐なの…?ラフィン・コフィンを壊滅させた、私たちへの…?」

 

「・・・・・」

 

「だったら、その怒りは私だけにぶつけなさいよ…!少なくとも、ここにいるみんなには関係ないことだわ……!」

 

 

PoHは、しばし無言で毅然とした表情で言い切ったアスナを見下ろしていた。すると、その肩が細かく震え始めたのに、アスナは気付いた。数秒後、これ以上は我慢できないと言うようにポンチョの下で体を捩り、くくく、はははと笑い始めた。発作のような嘲笑をようやく収め、右手の人差し指を突き出すと、彼は愉快そうに続けた

 

 

「あー、ええっと…こういう時、日本じゃなんて言うんだ?ずっとアメリカにいたもんだから、スラングとか忘れちまったぜ……っと、そうそう。『ばーっかじゃねえの?』」

 

「・・・え…?」

 

「まったくウケるぜ、あのな……教えてやるよ。ラフィン・コフィンの隠れアジトを、てめぇら攻略組様に密告したのは、この俺なんだぜ?」

 

「なっ…!なんで、そんな……」

 

「そりゃ、サル同士殺し合うのが見たかったってのもあるけど…一番の理由はやっぱりこれだな。俺はな、お前らを『人殺し』にしたかったんだよ。お偉い勇者様ヅラして、最前線でふんぞり返ってる攻略組様をよ。お膳立てには苦労したぜ。ラフコフの連中にも直前に警告して、逃走は無理だけど迎撃は間に合うっつうタイミングをぴったし作ってさ」

 

「・・・それが、狙いだったの…?」

 

 

アスナは、気づけばギリギリと歯が欠けそうになるほどに、歯を食いしばっていた。目の前の男を食い殺してやりたいほどの強い怒りを表した、その小さな抵抗のまま、ひび割れた声がその口から漏れた

 

 

「キリトくんに…PK行為を背負わせるために…!」

 

「Yes。Oh Yeah。俺はあの戦いを、ハイドしながら見物してたんだよ。ブラッキー先生がブチ切れて二人もぶっ殺した時は、危うく爆笑してハイドが破れるとこだったぜ。計画じゃあ、次はアイツとアンタを麻痺毒で無力化して、あん時のことをたっぷりインタビューしてやろうと思ってたんだけどよ…まさか七十五層でエンディングとはなぁ。マジで萎えたよ。いや、マジで」

 

「き…キリトくんが、どれだけあの時のことを、悩んで、苦しんできたと思ってるの!?」

 

「へぇ、そりゃよかった。でも、そいつは怪しいもんだな。ほんとに後悔してるならよぉ、普通VRゲームなんざ見るのも嫌になるんじゃねえの?殺したヤツに申し訳なくてさぁ。解ってんだぜ、あいつもいるんだろ、ここに。俺には全部分かってる。なんで馬車に閉じこもってんのかは知らねえが…まあ、これから直接訊くさ」

 

 

言葉を失うアスナにニヤリと笑いかけ、PoHは勢い良く立ち上がった。いまだ周囲で湧き上がり続ける大歓声の底で、氷のように冷たい声が上がった

 

 

「イッツ・ショーウ・タァーーーイム!!」

 

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