とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第12話 セルカ・ツーベルク

「ヴォォォ…五臓六腑に染みるぅ〜〜〜…」

 

 

およそ大学生とは思えない呻き声とともに、上条は湯船いっぱいに溜められたお湯に浸かった。湯気の立つお湯を片手で掬い上げて肩に流すと、さらに体を湯船に突っ込みながら昼間の出来事を思い返した

 

 

「とりあえず…どうにかして俺のオブジェクトコントロール権限とかいうのを38から、青薔薇の剣が使える45に引き上げないとな。だけど、さっき考えた通りこの世界にはどうにもモンスターなんていないから何かしらのイベントを消化すれば…ってあれ?」

 

「そういえば青薔薇の剣にまつわるお伽話で白竜がどうのってユージオが…いやいや、それはお伽話であって、それを肯定したら俺の現実にも桃太郎が実在するってことに……」

 

 

そこまで思考を巡らせたところで上条は横頭を掻き毟ると、ユージオが口にしていた話の一部を不鮮明な記憶の中からどうにかして捻り出した

 

 

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『6年前、僕とアリスは果ての山脈まで白竜を探しに行ったんだ。でも、竜は骨になっていて、山のような金銀財宝と、お伽話に出てきた青薔薇の剣があったんだ』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「骨!竜は骨になってたってユージオ自身が言ってたじゃねぇか!骨があるなら、それは紛れもなく竜が実在してた証拠だ!そいつを倒せば…いや待て、防具も盾もない状態でドラゴンなんて倒せるわけが…いや、それでもドラゴンがいるならそれに準ずるモンスターはいるはずだ。そうと決まれば…」

 

「あれ?まだ誰か入ってるの?」

 

 

どんどん興奮していくうちに、上条の独り言は風呂場のドアから漏れ出すほどに大きくなっていたのだろう。ドアの向こう側からセルカの声が聞こえ、上条はすぐさま開いていた口を噤んだ

 

 

「あ、ああ。俺…って言っても分かるわけねぇか。カミやんだ、もう出るから」

 

「あっ、その…今朝はごめんなさい。それと、出るときにはちゃんと浴槽の栓を抜いてランプを消してね。それじゃあ、おやすみ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれセルカ。少し話したいことがあるんだ、この後時間いいか?」

 

 

上条が風呂場の中から声をかけると、立ち去ろうとしたセルカの足音が止まったのが分かった。しばらくの沈黙の後、少しくぐもった声が扉の向こう側から聞こえてきた

 

 

「少しなら、いいわ。あたしの部屋はもう子供たちが寝てるから、あなたの部屋で待ってるわ」

 

「悪いな、助かるよ」

 

 

そこで一旦セルカが風呂場を離れたのが分かると、上条はそそくさと湯船を出て身体を拭き、就寝用の服に着替えて部屋へと戻った

 

 

「入るぞー」

 

「どうぞー」

 

 

上条は朝の二の舞は演じまいと、自分の部屋ではあるが念のためノックして声をかけた。それにセルカが応じると、ドアを開け部屋へと入り、そのままセルカが腰掛けるベッドの隣に座った

 

 

「で?あたしに話って?」

 

「いやぁその…セルカのお姉さんについて聞きたいんでせうが…」

 

「ッ……あたしには、お姉さんなんていないわ」

 

 

上条はほんの興味で、ユージオが気にかけるアリスという少女のことが気がかりでセルカに声をかけたのだが、自分の姉の話になった途端、見るからに仏頂面になったセルカを見て、上条の中の興味はより深みを増した

 

 

「・・・セルカ、それは今の話だろ。俺はもうユージオに聞いたんだ。セルカにはアリスっていう姉さんがいたってな」

 

「ゆ、ユージオが?あなたに話したの?アリス姉様のこと?」

 

 

ユージオという人物の名を聞くなり、セルカの仏頂面は見る影もなくなり、驚きの表情に変わっていた。それどころか、むしろ上条の話に食い入るように目を光らせていた

 

 

「あ、あぁ。その…アリスもこの教会で神聖術の勉強をしてて、6年前に整合騎士に央都に連れて行かれた…ってことを」

 

「・・・そう。ユージオ、忘れたわけじゃなかったんだ…アリス姉様のこと」

 

「え?な、なんでそんな風に思うんだよ?」

 

「村の人は…お父様も、お母様も、シスターも、決してアリス姉様の話をしようとしないの。まるでアリス姉様なんて最初っからいなかったみたいに。だから、みんなもうアリス姉様のことなんて忘れちゃったのかなって。ユージオも……」

 

 

俯きながらそう話すセルカの表情は、寂しさと悲しさが見え隠れする、話している上条でさえ心が痛みそうなものだった。そんな彼女を少しでも元気づけようと、上条は自ら割り込むように口を開いた

 

 

「ユージオはそんな薄情なヤツじゃねぇさ。アリスのことを忘れるどころか、むしろ気にかけてるみたいだったぜ。それこそ、天職さえなければ今こそ央都にすっ飛んでいくと思うぜ」

 

「じゃあやっぱり…ユージオが笑わなくなったのはアリス姉様のせいなのね」

 

「・・・え?ユージオが…笑わない?」

 

 

上条が元気づけようと語った話は、むしろセルカの表情を一層暗いものにさせてしまった。どういうことだと困惑する上条だったが、セルカはそんな彼を気にせず続けた

 

 

「ええ。姉様がいた頃のユージオは、いつでもニコニコしてたわ。笑顔でない時を探すのが難しかったくらい。でも、姉様がいなくなってからは、ユージオが笑ってるところを見たことない気がするの。それだけじゃない。安息日も家に閉じこもるか森に出かけるかで、ずっと一人ぼっちで……」

 

「・・・セルカは、ユージオのことが好きなのか?」

 

「えっ!?そ、そんなんじゃないわよ!」

 

 

上条が首を傾げながら聞くと、セルカは顔どころか首筋まで真っ赤にして抗議した。そして機嫌を損ねたようにそっぽを向いたので、上条も慌てて訂正した

 

 

「いやいや、何も俺だって恋愛的な意味でそう言ってるんじゃないさ。ただそんだけ心配できるのは、セルカが優しいからだし、ユージオを純粋に人として好きなんだからだと俺は思うぜ?」

 

「・・・あたしのこれは、心配とか、多分そういうんじゃないのよ。ただ、堪らないのよ。お父様も、お母様も、口には出さないだけで、いつもいなくなった姉様とあたしを比べてため息をついていた。他の大人たちだってそうよ。だからあたしは、家を出て教会に入ったの」

 

「・・・・・」

 

「なのに…シスター・アザリヤでさえ、あたしに神聖術を教えながら、姉様なら何でも一度教えたらすぐ出来るようになったのに、って思ってる」

 

「・・・そう、だったのか。だけど、それにしたってユージオは…」

 

「ええ、もちろん分かってるわよ。ユージオはそんな人じゃないって。でもやっぱり、どこかあたしのことを避けてるわ。あたしを見ると、きっと姉様を思い出すから。そんなの…あたしのせいじゃない!あたしはいなくなった姉様の顔だってちゃんと憶えてないのに…!あたしは…あたしはっ…!」

 

 

上条は舌を巻いていた。これが本当にNPCの少女が見せる顔だろうか。むしろ、現実にいる12歳の少女よりもよほど人間らしく感情を吐き出して、その瞳に涙を溜めている。人に作られた知性に、情が湧いたわけではない。それでも上条は、隣で今にも泣き出しそうな少女の涙が溢れるのを良しとしなかった

 

 

「そんなの、周りに勝手に言わせておけよ」

 

「え…?」

 

「人間ってのはどうしても、周りと何かを比べたがる。それを気にしないってのは、中々難しいことかもしれない。だけど俺が思うに、セルカはそんな周りを見るばかりで、自分のことをちゃんと見れてないと思う」

 

「私が…私自身を?」

 

「姉さんならこうだった、じゃなくて、自分はこうだって考えろよ。きっとそれが、今のセルカにとって何よりも大切なことだ。周りが何と言おうと、アリスはアリスの良さが、セルカにはセルカの良さがある。俺がその証人になってやる。だから、泣きそうな時も涙を拭って前を見ろ。胸を張って、真っ直ぐ歩く自分を誇りに思え。そんなセルカを後ろ指さすヤツらなんて気にするな!」

 

 

上条がそう言ってセルカの肩の上に手を置くと、セルカは瞳に溜めていた涙を拭い払った。するとずっと曇っていた彼女の表情は、溢れんばかりの笑顔に変わっていた

 

 

「あなたって、なんだか変な人ね。ただ話してただけなのに、今までの悩みが嘘みたいに吹き飛んじゃったわ」

 

「そ、それは褒めてるんでせう?」

 

「ええ、もちろん。っと、もう9時ね。そろそろ部屋に戻らないとシスター・アザリヤに怒られちゃう」

 

「そうか、悪かったな。わざわざ話を聞いてくれて助かった」

 

「それはむしろこっちのセリフなんだけど…まぁいいわ。ありがとう」

 

 

そんな上条の言葉に、戸惑いつつも笑みを浮かべたセルカだったが、時間も時間だった故、それ以上は言及せずにベッドから立って部屋のドアに手をかけた

 

 

「・・・ねぇ、最後に私からもう一つだけでいい?」

 

「あ?まぁ別に俺は構わないけど…」

 

「カミやんは、どうして姉様が整合騎士に連れて行かれたのか、その理由もユージオから聞いたの?」

 

「あぁ。確か洞窟から果ての山脈を抜けて…闇の国…ダークテリトリーに手を触れてしまったから…って聞いたぞ」

 

「・・・そう。果ての山脈を…」

 

 

むしろ自分の姉さんのことなのに知らなかったのか?と上条は問おうとしたが、それよりも先にセルカが部屋から出ようとドアノブを捻り、振り向きざまに続けた

 

 

「明日は安息日だけど、お祈りだけはいつもの時間にあるからちゃんと起きるのよ。あたしももう起こしにこないからね」

 

「が、頑張らせていただきます…」

 

「じゃあおやすみなさい、カミやん」

 

「おう、おやすみセルカ」

 

 

その挨拶を最後に、セルカは今度こそ部屋を出た。そして上条は明日の朝に備えて睡眠を取るため、早々にランプの灯りを消してベッドへと潜り込んだ。明日になって自分の身に何が起こるか、考えることもしないまま、彼の意識は静かに闇夜へと堕ちていった

 


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