とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

130 / 144
第72話 勝利への追い風、強く

 

拳闘士の長イスカーンは、近づく赤い軍勢の姿を、霞む左眼で捉えた。奇妙な言葉を話す敵は、包囲の輪をほんの二十メルにまで縮めると、もう拳闘士たちに戦意がないのを確認したのか、互いに頷き合うと、威勢のいい雄叫びを放ち、いっせいに地面を蹴った

 

 

「世話んなったな、シェータ…天界で巡り会えたら、今度は思う存分やろうぜ」

 

「・・・うん。約束」

 

 

イスカーンは、骨が砕けた左手で、隣に座るシェータの右手を強く握った。すぐに握り返される感覚があり、麻痺した手に心地いい痛みが一瞬だけ甦った。最後の時を迎えるため、俯いて眼を瞑ろうとした、その瞬間

 

 

「あれ、は…?」

 

 

シェータの声に、イスカーンは再び顔を上げた。戦場の北に広がる峡谷の向こうから、土煙を上げて殺到してくる大軍勢。大柄な丸い体。突き出た平たい鼻と、垂れ下がった耳。それは即ち、オークの軍勢

 

 

「・・・な、なんで…」

 

 

イスカーンは呆然と呟いた。オーク軍は、ずっと北に離れた『東の大門』で皇帝ベクタから待機を命じられたままのはずだ。皇帝が姿を消してしまった以上、その命令が解除されるはずはない。事実、生き残りの暗黒騎士たちは、峡谷のすぐ向こう側で愚直な待機をひたすら続けている。わけが解らず、オークの大軍に眼を凝らしたイスカーンは、その先頭を駆ける小さな人影に気付いた

 

 

「アイツは一体、誰だ……?」

 

 

オークではない。緑がかった黄色の髪をなびかせ、若草色の装束から伸びる手足は正真正銘、人間の、しかも人界人の若い女のものだった。しかし、あれではまるで、たった一人のちっぽけな女剣士が、オーク族の全軍を率いているようではないかと、イスカーンが感じていた時、女剣士の口から咆哮が上がった

 

 

「行くわよっ…!」

 

 

殺到する大軍に気付いたのか、拳闘士団とシェータを取り囲む赤い兵士たちの動きが止まった。直後、オーク軍の先頭を走る娘が、峡谷に架かる石橋へ突入した瞬間、その女剣士、リーファが背中から銀色の長刀を抜き放つと、橋の中央に差し掛かったあたりで、長刀を高々と振りかぶった。赤い兵士たちまでは、まだ二百メル以上の距離があるが、しかし…

 

 

「でやあああああああっっっ!!!」

 

 

リーファの長刀と両腕が、煙るように霞んだ。イスカーンの眼を以てしても、その斬撃は視認できなかった。銀色の閃光が瞬いた直後、恐るべき現象が発生した。黒ずんだ地面に、眩い光の線が走ったかと思えば、その延長上に立っていた赤い兵士たち十数人の体が音もなく分断され、悲鳴を発する暇もなく倒れたのだ

 

 

「・・・すごい…」

 

 

シェータは、ほとんど無音で呟いた。しかし目の前では、今もまだ三千人近くは残っているであろう赤い鎧の兵士たちが行く手を阻んでいる。それを見たリーファは、橋を超えたあたりで振り返り、オークの長に笑いかけながら言った

 

 

「リルピリン、ここまで付いて来てくれてありがとう。助かったわ。だけど、敵陣には、あたしが一人で斬り込むからね。みんなは拳闘士に合流して、そっちに行こうとする敵だけを倒して」

 

「な、何を言うんだ!おで達もリーファと一緒に戦う!」

 

 

リーファの指示を聞いたリルピリンは、立派な牙を震わせながら激しく抗議した。しかし彼女は首を横に振り、無骨なオークの手をしっかりと握りながら言った

 

 

「ダメ。これだけは譲ってあげられない。私が行きたい場所には、多分間に合わないから。だからあなた達には、これ以上の犠牲者は出してほしくないの。私なら大丈夫…あんな奴ら、何万人いたって負けないわ」

 

 

スーパー・アカウント『地神テラリア』のヒットポイントが、ほぼ無限の回復力を持つことは既にリーファも確認している。それに、前方の現実世界人も、同じようにかりそめの命を持つ者たちなのだ。キリトたちの救援が間に合いそうもない以上、ここでオーク達を無駄に死なせることは、リーファには出来ようはずもなかった

 

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

 

そう笑いかけ、リーファは一人、敵の真っ直中へと突入した。ALOと比べて間合いが数倍にも拡張されたソードスキルを放った。凄まじいまでの剣技の強化が、いかなる理由によるものなのか彼女には知る由もなかったが、強烈な『意志の力』を内包した刃は、その一振りだけで十数人の敵を薙ぎ払った

 

 

「い゛っ……!!」

 

 

テラリアのGM装備『ヴァーデュラス・アニマ』から色鮮やかな閃光が放たれるたび、放射状に血飛沫が飛び散った。しかし、ソードスキル発動の間に生まれる硬直時間までは抗えず、その隙を狙った敵が無数の刃でもってリーファに襲いかかった。全てを回避はできず、リーファの体にも幾つもの傷が刻まれ、灼けるような激痛が彼女の眼を眩ませた

 

 

「えぇーーーいっ!!」

 

 

裂帛の気合とともに、リーファは右足で強く地面を踏んだ。刹那、彼女の足許からぶわっと緑の輝きが溢れ、全身の傷が一瞬で治癒した。しかし、それでも体を切られた事実は消えない。未だ尾を引く痛みの余韻に耐えながら、リーファはひたすら剣を振るった

 

 

(たとえ、どれだけの傷を受けようと…この場所の敵だけは!私が現実世界へ追い返してみせる!!)

 

 

ダイブ座標の誤差で意図せぬ場所に飛ばされてしまった自分に役目があるとすれば、それはきっと一人でも多くのアンダーワールド人たちを助けることだ。キリトが、兄が愛し、守ろうとした人々を

 

 

She's such a boss(コイツ、ボスだぜ)!」

 

「せぃやあああああっ!!」

 

 

そんな叫び声とともに鋭く突き出されてきた剣を、リーファは左腕で受け止めた。返す刃で、その持ち主をひと息に斬り伏せる。リーファは、腕に突き刺さったままの剣を口に咥えて抜き取ると、血反吐とともに吐き捨てた

 

 

Charge ahead(突っ込め)ーーー!!」

 

「負ける、もんかあああああっ!!!」

 

 

途方もない数の敵を切り倒していくのと同時に、体に突き刺さる何本もの刃を、抜き捨てる余裕すらもうリーファにはなかった。全身の痛みが融け合い、まるで剝き出しになった神経を針で直に刺激されているようだった。幾つかの傷は、明らかに致命傷だ。腹部を貫く二本の剣は動くたびに内臓を切り刻み、背中から胸に抜ける一本は確実に心臓を直撃している。しかし、リーファは止まらなかった

 

 

「う…おおおおおおあああああっ!!!」

 

 

大量の鮮血とともに気合を迸らせ、何度目なのかも分からなくなったソードスキルを発動させる。長刀が緑の輝きを帯び、縦横無尽に敵を斬り裂く。大技を放った後の硬直時間を狙い、数人の敵が殺到してきた。ぎりぎりで飛び退き、攻撃の大半は避けたものの、長いハルバードの一撃に左腕を叩き斬られた

 

 

「うぐっ…こん、なの…!うああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 

リーファは衝撃と激痛で倒れそうになるのをぐっと踏みとどまり、横薙ぎの一閃で三人を斬り捨てた。地面に落ちた左腕を拾い上げ、傷口に押し当てながら強く右足を踏む。緑の閃光の直後に地面から草花が芽吹き、消えると同時に、ヒットポイントが上限まで回復し、惨い傷は残ったものの、左腕も蘇った

 

 

(絶対に、こんな傷くらいで…倒れたり、しない…!)

 

 

この状況では、テラリアの無限回復能力は、もう神の恩寵と呼べるものではなかった。むしろ、呪いと呼ぶのが相応しい。どれほど傷つき、激痛を味わおうとも、倒れることは許されない。不死ではあるが不可侵ではないが故の、想像を絶する責め苦。それを耐え続けるリーファを支えているのは、たった一つの信念だけだった

 

 

「あたしは、最強の剣士の…お兄ちゃんの…妹なんだからあああああっっっ!!!」

 

 

左手に握った長刀の切っ先が、真紅の輝きを迸らせた。重い金属音と共にに突き出された刀から、巨大な光の槍が解き放たれ、まっすぐに100メートル以上も戦場を貫く。バシャッ!と、両断された敵兵たちの体が鮮血を伴ってねじ曲げられ、飛散した

 

 

「・・・はっ、はあっ……!」

 

 

リーファが荒く吐いた息は、すぐに大量の鮮血へと変わった。赤黒く染まった口許を拭い、ふらりと立ち上がった彼女の左眼を、唸りを上げて飛来した長槍が貫き、後頭部へと突き抜けた

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛か゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

 

ここが仮想の世界でなければ、即死の一撃。脳髄を直接掻き乱される感触に、今までどんな激痛に耐えてきたリーファも、ほんの一瞬ではあるが、意識を手放さざるを得なかった。そして、彼女が半ば酩酊状態で槍を左眼から引き抜いた時、一振りの剣が彼女の眼前にまで到達していた

 

 

(あたし、頑張ったよね…お兄ちゃん………)

 

 

赤い血に濡れた剣の刀身が、リーファの顔目掛けて垂直に振り下ろされていく。しかし彼女は、最期の最期までまで戦うことは辞めまいと、自分を切り裂くであろう剣を片目で見つめ続けた。『自分を切り裂くであろう剣』を

 

 

「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」

 

 

不意に聞こえたのは、少し低い男性の声。一瞬の内に終わった宣告がの後には、リーファを切り裂くはずだった剣が…否。剣はおろか、それを握っていたはずの敵が、跡形もなく消え失せていた。

 

 

「・・・・・え?」

 

 

その光景を目にしたリーファの口から漏れたのは、理解が追いつかない故の、疑問。残されたのは、何かに抉られたような爪痕を残す大地。その直線上に、一人の少年が佇んでいるのを、リーファは見た

 

 

「やれやれ。助けるはずの本人から、これはまた随分と遠くに派遣されたらしい。まぁでも、僕とて生物学上は男だ。同じ野郎を助けるよりも、可愛い女の子を助けられたのは、むしろ『幸運』と捉えるべきなのかな」

 

 

リーファの目の前にいた少年は、白のワイシャツに紺のブレザーと灰色のズボン、そして首にはネクタイの、一見すれば高校生にしか見えない『どこにでもいそうな少年』だった

 

 

「・・・あなたは、一体誰……?」

 

「僕かい?」

 

 

戸惑うような視線のままにリーファから訊ねられた少年は、首に手を当て、関節を鳴らそうとした。しかし、その首筋から続く音はなく、ただ首を傾げる動作にならなかったそれに、少年はため息を吐きながら返答した

 

 

「僕の名前は『上里翔流』。まぁ、あるいは『理想送り』とでも呼んでくれ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

第二射は、ほとんど同時だった。シノンとサトライザー、二丁の対物ライフルから放たれた鉛の弾丸たちは、ほとんど触れ合うような距離ですれ違い、大きく弾道を変化させて虚空へと飛び去った

 

 

「くっ…!?」

 

 

このような上下左右とも完全なオープンスペースで、しかも対物ライフル同士で撃ち合うのは、シノンにとって初めての経験だった。二脚を立てての伏射が基本であるヘカートの、空中での反動の大きさはシノンの想像を軽く上回っていた。しかし。だからこそ、シノンは確信を得た

 

 

(この勝負は、先に反動を抑えて、敵より一瞬でも速く次の弾を撃てた方が勝つ……!)

 

 

同じことを、サトライザーも狙っているのだろう。右方向へ回り込もうと飛ぶシノンの逆へ、逆へと位置取りを彼は繰り返した。何の合図があったわけではないが、まったく同時に、双方とも高速機動を開始した。それから僅か5秒後、サトライザーの構えるバレットがついにシノンの動きを捉えたのか、ヒュッ!と霞むほどの速度で動いた

 

 

(来るーーー!)

 

 

シノンは歯を食い縛り、両眼を見開いた。バレットの銃口から火炎が迸る。限界速度で飛行しつつ、体を左に捻る。胸元が焦げるほどの距離を、バレットXM500の銃弾が唸りを上げて、シノンの胸元を掠めながら通過した

 

 

「そこっ!!」

 

 

最初で最後の好機。サトライザーが反動を抑えるために静止した、その一瞬を撃つ。自分の狙撃手としての本能が命じるままに、ヘカートを構えようとしたシノンが見たのは。真正面から飛来する、新たな銃弾だった

 

 

(連射!?しまっ………!)

 

 

放たれた三発目の銃弾を捉えた瞬時に、シノンは思い出した。しかし、その一瞬が命取りだった。一発撃つごとにボルトハンドルを引く必要があるヘカートと違って、バレットはセミオートマチック・ライフルなのだ。その思考が弾けるのと同時に、シノンの左足が、膝の上で爆発するように千切れ飛んだ

 

 

「ぐうっ…!?」

 

 

片脚がまるごと吹き飛んだ痛みよりも、まともに飛べなくなることへの恐怖をシノンは味わっていた。ソルス・アカウントの無限飛行による急速回避は、無様な錐揉み回転へと変わってしまった

 

 

(負けて、たまるもんですかっ…!)

 

 

歯噛みをしながら、シノンは唯一可能な機動、真っ直ぐな後退で飛行を始めた。可能な限りの速度で距離を取りつつ、サトライザーを照準し、三発目の弾丸を発射した。しかし、余裕の表情で追ってくる敵のライフルも同時に火を吐き、四発目を発射した

 

 

「んなっ!?」

 

 

同一直線上を突進する二つの銃弾は、交錯した瞬間、甲高い不協和音と鮮やかな火花を撒き散らして軌道を逸らし、それぞれ遥かな虚空へと飛び去った。胸の奥に広がり続ける恐れを、ボルトハンドルを引いて空薬莢と一緒に排出し、シノンは四発目を発射した。するとまたしても、二つの雷鳴が重なって轟いた

 

 

(・・・・・まさか……)

 

 

弾丸たちは接触した瞬間、巨大なエネルギーを空中に放散し、螺旋を描いて飛び去っていく。第五射。第六射。結果はまったく同じだった。サトライザーが、わざとシノンの射撃に合わせてトリガーを引き、弾丸を衝突させ続けているのは明らかだった

 

 

(こ、これがコイツのイメージの力なの…!?バレットの弾丸だけじゃなく、私のヘカートが放つ弾丸の軌道さえも変えることが出来るほどの……!?)

 

 

それでシノンにはもう、ボルトを引き、照準を合わせ、トリガーを絞るという三動作以外のことは何ひとつできなかった。七発目の弾丸が、哀切な悲鳴を撒き散らしながら大きく右へと逸れ、消えた。排莢。照準…………

 

 

カチン。

 

 

続く爆発音はなかった。シノンの指の動きに合わせて撃針が空しく鳴った。ヘカートⅡの装弾数は、ワンマガジン七発。予備の弾倉はない。対して、バレットXM500の装弾数は十。まだ、あと二発も残っている。それを分かった上で、サトライザーは冷たい笑みを浮かべた。百メートル以上離れた場所で構えられた黒い銃が、炎を吐いた瞬間。左脚に続いて、シノンの右脚が付け根から吹き飛んだ

 

 

「ヅッ!?あああああああああっっっ!!」

 

 

途端、一直線の飛行すらままならなくなり、シノンの体は徐々に垂直落下を始めた。反動を抑え込んだサトライザーが、最後の一撃を放つべく右眼をスコープに当てた。レンズいっぱいに広がる青い硝子のような瞳が、シノンの心臓を捕捉した

 

 

「・・・ごめんね、アスナ。ごめんね、キリト。ごめんね、ミコト。ごめん…カミやん……」

 

 

シノンが呟いた直後、バレットXM500が十発目の弾丸を、その銃口から解き放った。サトライザーの視線を正確にトレースして飛来した弾が、シノンの青い鎧を粉砕し、上着を蒸発させ、その先端が肌に到達するかに思われた瞬間ーーー

 

「あっ…!!」

 

 

バチンッ!と強烈な火花が散った。閉じかけた両眼を見開いたシノンの目の前で、高速回転する細長い弾丸を、ちっぽけな銀色の円盤が食い止めていた

 

 

「・・・そうよね、カミやん。あの時あなたが、最後の最後まで決して諦めずに戦い続けたから…今の私がいる…!」

 

 

渦巻く白いスパークの中心で、厚さ二ミリもない金属が、断固たる意志を示して光り輝いているのを見た瞬間、シノンの目にもう一度確かな闘志が宿った

 

 

「私は、諦めないっ…!!」

 

 

激しい閃光の直後、銀の円盤とライフル弾が同時に蒸発した。シノンはヘカートIIを力強い動作で構え、トリガーに指を掛けた。心意の力によって銃に変形してなお、本来の武器に与えられたシステム上の特性は残されていた。周囲の空間からリソースを自動吸収し、攻撃力としてチャージするソルスの弓、『アニヒレート・レイ』の力。さればこそ、彼女は撃てる。マガジンの弾は尽きても、絶対にヘカートは応えてくれると信じてーーー!

 

 

「いっ…けええぇぇーーー!!!」

 

 

シノンがトリガーを引いた。発射されたのは、金属をまとった徹甲弾ではなかった。無限のエネルギーを凝縮した純白の光線が、マズルブレーキから七色のオーロラを放散させながら、一直線に宙を疾った

 

 

「ーーーーーー!?」

 

 

刹那。サトライザーの顔から笑みが消えた。右へとスライド回避しかけた瞬間、白い光がバレットの機関部を直撃した。オレンジ色の火球が膨れ上がり、サトライザーを完全に吞み込んだ直後に、凄まじい轟音と、爆発。押し寄せる熱い突風を肌に感じながら、シノンは石のように落下し、数秒後、岩だらけの地面に激突した

 

 

「あうっ!?」

 

 

地面に倒れたシノンはもう、飛ぶことはおろか、這いずることもできなかった。根元から吹き飛ばされた両脚の痛みは筆舌に尽くし難く、意識を保つことすら困難だ。それでもシノンは瞼を持ち上げ、渾身の一撃の結果を見極めようとした。空中にわだかまる黒煙が徐々に、徐々に晴れていき、その中から現れたのは………

 

 

「・・・日本ではこういう時、『キモガヒエタ』と言うのかな。いや本当に…兵士としての狙撃手にはない熱量だよ、シノン」

 

 

ホバリングを続ける、サトライザーの姿だった。しかし無傷ではない。滑らかだった顔の右側は焼け焦げ、焼け落ちた服に空いたいくつもの穴からは痛々しい火傷が見え隠れし、唇から一筋の血が垂れている。誤魔化し切れない手傷を負ったサトライザーの顔に、ついに凶悪な殺意が浮かんだのをシノンは感じた

 

 

「いいわよ…何度だって、相手をしてあげるわ…」

 

 

シノンは残された全ての力を振り絞り、ヘカートを持ち上げようとした。しかし、彼女の腕に力が込められていた時には、もう既にサトライザーが確かなイメージによって作り出した新たなマガジンをバレットに差し込み、そのスコープでシノンの心臓を射抜いていた

 

 

Your soul was so sweet.(君の魂はとても甘かったよ)

 

 

囁くような宣告と、鼓膜を貫く銃声。それだけでシノンは、己の最期を理解した。やがて来るその瞬間を覚悟して瞳を閉じ、半ば祈るように胸元に残されたチェーンの切れ端を掴んだ。しかし、それからいつまで経っても、シノンが待ち受けた瞬間は訪れなかった

 

 

「・・・・・?」

 

 

もうログアウトされてしまったのか…そんな失意を抱きながら、シノンはゆっくりと目蓋を持ち上げた。しかし、彼女の瞳に映ったのは、STLにダイブする際に装着したヘッドギアではなく、サトライザーよりも自分の手前に立っている一人の人間だった。白いコートに、白いズボン。そして白い髪。体の全てが白に包まれている人間は、コートのポケットに手を突っ込んだまま口を開いた

 

 

「おいおい、随分と面白そうなオモチャで遊んでンじゃねェか。俺も混ぜてくれよ」

 

「・・・うそ…なんで、あなたが……!?」

 

 

そう言った白い人間は、何らかの法則を使い、素手で掴み取った弾丸を放り捨てていた。その白い人間の後ろ姿に、シノンは見覚えがあった。しかし何故その後ろ姿が目の前にあるのかについては、なんの覚えもなかった。やがてスコープから視線をズラしたサトライザーは、凶悪な殺意を浮かべた表情を崩さず、白い人間に問いかけた

 

 

「・・・貴様、何者だ」

 

「あァ?ンだよ、俺のこと知らないンですかァ?じゃあ教えてやるよ。一回しか言わねェからな。聞こえなくても、それは耳掃除サボったテメエのツケってことにしろ」

 

 

その名を聞かずとも、シノンにはその白い男の全てが分かっていた。総人口230万人の学園都市の頂点に君臨する、七人の超能力者の、さらにその頂点。学園都市序列『第一位』にして、ありとあらゆる力のベクトルを掌握する白い怪物、『一方通行』は言った

 

 

「通りすがりの『最強』だ。クソッタレ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。