「よし、これなら大丈夫だ!インデックス!コイツが俺の友達のキリトだ!コイツを助けてやってほしい!」
「この人だね。分かった。少し見させて」
上条は自分達の壁となってくれた美琴達に内心で感謝しながら、改めてインデックスに声を掛けた。すると彼女は、キリトを挟んでアスナの向かい側に座り、彼の額にそっと右手を乗せると、静かに瞳を閉じくて意識を集中させた
「か、カミやん君…この白いシスターさんは?」
「コイツはインデックス。俺が高校生やってた時の同居人さ。大丈夫、普段はだらしねぇけど、ここぞって時は他の誰よりも頑張ってくれるんだ」
「・・・・・この人は、この世界が大好きなんだね。この世界で経験した、たくさんの大切な思い出や、この世界で出会った人達への想いが、意識の中に深く残っているんだよ。だけどこの世界で大切な人を失って、この人の心は、それ以上に深く傷ついてしまっているんだよ」
「た、大切な人?って言うと、キリトの恋人…アスナなら、ずっとここに……」
アスナと上条が話す中、インデックスはキリトの額に右手を乗せ意識を集中させたまま、静かな声で語り始めた。その中にあった、大切な人というワードに、上条はキリトとアスナを交互に見つめて言ったが、インデックスはその言葉に対して首を振った
「ううん。重要なのは、この人が心を失ってしまったのが、この世界であることなんだよ。この仮想世界で、この人が誰よりも心の支えしていた人…親友。その親友を、この人はずっと探し求めているんだよ。だけど、その人と過ごした記憶すらも、この人は失ってしまったから……」
「そ、そんな…!な、なんとか…なんとかならないんですか!?」
瞳に涙を溜めたまま、アスナは向かい合っているインデックスに必死に訴えた。それから白い修道女は、しばらくの間押し黙ると、その瞳を閉じたまま、もう一度口を開いた
「・・・いつだって人は、心の内側に自分以外の誰かを作る時は、その人との思い出…記憶を自分の心に置いておくんだよ。だからこの人が目を覚ますには、この世界で親友だった人の思い出と記憶を強く想起させる何か…つまり、その人が今も一緒にいてくれる『証』になる物が必要なんだよ。この人と、その親友にとっての絆の証…それは………」
そこまで言って、インデックスは今一度深く意識をキリトの心へと沈ませた。その場にいる誰もが、その光景を固唾を飲んで見守る中、やがてインデックスは確信を得たようにカッと閉じていた両眼を見開かせて言った
「『青い薔薇が咲いた剣』!その剣を、今もこの人は探し続けている!だからそれが、きっとこの人の心の扉を開く鍵になるはずなんだよ!」
「「「!!!!!」」」
「ユージオ先輩の…『青薔薇の剣』!!」
インデックスの口から飛び出した言葉に、上条とロニエとティーゼの三人は、全く同じ剣の名前を脳裏に思い描いた。その三人の中で一番最初にそれを叫んだのは、その剣の持ち主に…『ユージオ』に恋をした少女練士、ティーゼ・シュトリーネンだった。その声に突き動かされた上条が咄嗟にキリトの左腕の中を見やるが、そこには彼がかねてより所有していた黒い剣と、白い鞘しか残されておらず、肝心の青薔薇の剣は見当たらなかった
「ど、どこだ…青薔薇の剣は今どこに!?」
「あ、あの剣は確か、PoHがキリト君から無理やり奪い取って…それで……!」
「探し物は『コレ』かぃ?閃光」
アスナ達が必死にあちこちに首を回しながら戦場を見渡していた時、再びPoHは彼女らの目の前に現れた。その声に、上条達がバッと振り向いて視線を注いだ先にいた彼は、右手と右肩で今も空間神聖力を吸い続ける友切包丁を担ぎ、反対の左手で、刀身の折れた青薔薇の剣を弄んでいた
「なんつーかさぁ…俺も久々に割とマジでキレてんだよ、いやほんと。俺の黒に対するラブコールを散々邪魔してくれてよぉ。それだけじゃねぇ。この訳の分からねぇ手品をあれやこれやと使う連中ときたら、どいつもこいつも楽しそうに戦いやがって…俺の知ってる殺し合いとは、どう考えたってスタンスが違えんだよ」
「お前ら本当に分かってんのか?切られりゃアホほど痛ぇんだぞ?俺たち人間からすりゃあ、こいつぁもう歴とした殺し合いも同然なんだ。お前らそれ分かっててこんな楽しそうに戦ってんだったら、そりゃ正真正銘の殺人鬼だぜ?」
「違ぇよ、バカ」
影のように蠢きながら喋るPoHに短く返答したのは、上条当麻だった。それから彼はゆっくりと立ち上がって彼と真正面から相対すると、どこか重みを感じさせる口調で続けた
「この世界はSAOじゃない。俺たちはみんながみんな、命を賭けて戦ってるわけじゃない。痛みがあることについては、否定は出来ない。だけど、どんな傷を負うよりも、痛くて誤魔化せないものがある」
「・・・はぁ?」
「それは、心の傷を負うことだ。自分にとって大切な誰かが傷ついたり、大切な誰かを失った時、その瞬間に心に刻まれる傷は、簡単には誤魔化せない。そんな心の傷を負う誰かを守る為に、俺たちは戦ってんだよ。苦痛に嘆くよりも、笑顔になってほしいから、俺たちも笑うんだ」
「おいおい、言ってることが矛盾してんぞ。テメェの言うメンタルダメージってのは、どっかの誰かがお亡くなりになったら感じるモンなんだろぉ?じゃあ、これが殺し合いじゃねぇって言い切るんなら、どの道そんなダメージ誰も受けねぇだろうが。どんな大義名分並べようが、テメエらのやってることの事実は変わらねぇ。俺には分かる。テメエら全員、痛みに叫ぶ誰かの顔を見て、それが楽しくて笑ってんだ。そうだろ?お?」
「いいや。お前はなにも分かってねぇよ」
もはやPoHの口調は、どこか必死さが滲み出ていた。どうにかしてこの戦場を、自分の思い描いた殺し合いの舞台に戻そうと躍起になっているようにすら見えた。そんな煽動を誘う彼の口車に対して、上条はどこまでも自分の主張を崩さずに答えた
「この世界にいる人工フラクトライト達は…アイツらはみんな、この世界で等身大の命を持って生きてる、正真正銘の人間なんだ。みんなが誰かを失う悲しさと辛さ、涙を流して心の傷を負う痛みを知ってる。だから俺たち現実の人間のいざこざに巻き込んで、その命を悪戯に奪うことなんて、誰にも許されない」
「かくいう俺も、苦しかったからな。いくら戦争の敵だったとは言えど、実際にこの世界で生きてる人工フラクトライト達と戦うのは、どうしようもなく辛かった。その上フィアンマの言葉に徹底的にうちのめされて、心の傷を負った。そういう意味でなら、俺はお前らの思惑にどっぷりハマってた。だけど、今はもう違う」
「お前はミスったんだよ。他でもない、現実のプレイヤーを煽動してたお前が失敗した。人間同士が殺し合いで見せる悪意を、過信しすぎた。俺はもう、そんなの怖くもなんともない。大切な誰かを守れないことの方が、よっぽど怖い。そう思う俺の背中をみんなが押してくれて、一緒に戦ってくれてるんだ。こんなに心強い味方はいない」
「だから俺も証明してやる。守る為に戦う意志の強さを、お前に見せてやる。キリトを失って、涙を見せる誰かの姿を楽しもうとするテメエが、もう二度と笑えなくなるようになるまでな」
「・・・あぁ〜、っそ」
上条当麻は、真剣な眼差しと言葉を最後まで絶やさなかった。それから数秒の間を置いて、PoHは右肩に向けて大きく頭を持ち上げる予備動作の後に、深く被ったフードが返りそうになる勢いで首を左肩に振りながら吐き捨てた
「だったら、おう。証明してくれよ?要するに黒は、この剣がねぇと目覚めねぇんだろ?だったら俺が、ぶっ壊してやるよ。その後でさぁ、テメエの守る意志とか言う屁理屈が本当に正しかったのかを証明してみろよおおおおおおおおっっっ!!!!!」
「ーーーッ!?」
タカを括っていた。あそこまでキリトに執着を見せたこの男が、そんな凶行を起こすワケがないと上条は踏んでいた。しかし、その期待はあっさりと裏切られた。PoHは地面に青薔薇の剣を放り捨てると、柄頭の青薔薇に向けて、巨大化した友切包丁を大きく振りかぶった。上条が懸命に地面を蹴って青薔薇の剣に手を伸ばすも、包丁の刃の方が限りなく剣に近い。万事休すか、と。上条の脳裏によぎった最悪の予感も、また裏切られた
「ぐおおおおおおええええええ!?!?」
ゴウッ!!と、ミサイルじみた早さで『誰か』が飛来した。PoHは訳の分からぬまま、その『誰か』に絶大な威力の拳を顔面に叩き込まれ、口や鼻から体液を撒き散らすと、青薔薇の剣を放り捨てたその場所から30メートル以上吹っ飛んだ
「・・・・・え?お、お前…!?」
「これが、必要だったんですよね?」
自分の姿を見て驚く上条に、突如として彼の前に現れた『少女』は優しく両手で拾い上げた青薔薇の剣を手渡して、そのまま上条の横を通り過ぎた。それからキリトの元に座るインデックスの元へ近寄ると、彼女の隣に座って言った
「久しぶり。助けに来たよ」
「ひょうか!?ひ…久しぶりなんだよっ!会えて嬉しいんだよぉぉぉぉっっっ!!!」
「わあっ!?」
その少女、名を『風斬氷華』。自分にとって大切な友人である彼女を見た瞬間、インデックスは思わず風斬に抱きついた。急にその体を受け止める事になった風斬は、驚きながらも嬉しそうに口許を緩めた後に、インデックスの肩に手を置いて、彼女の体を自分の体から剥がしつつ言った
「ありがとう。今はお互いに、出来ることを頑張ろうね。あなたのことは、絶対に私が守るから」
「・・・うん。私もありがとうなんだよ、ひょうか。今度、絶対に学園都市に遊びに行くからね。そしたらとうまにお願いして、ひょうかを探しに行くから…また、私と一緒に遊んでくれる?」
「・・・もちろん。約束する」
「絶対なんだよ!指切りげんまん!」
「ふふっ…いいよ!」
「「ゆーびきりげんまん!嘘ついたら針千本のーます!指切った!」」
二人の少女はお互いに笑い合いながら、それぞれ右手の小指を繋ぎ合わせて言った。それから風斬はゆっくりと立ち上がると、再び前線へと踵を返して、その先で転がっているであろうPoHの元へと歩き始めた
「・・・はは、ははは。またか。まぁたテメェらお得意の友情ごっこってヤツか?だが本物のモンスターまでお友達とは…もう笑うしかねぇよ。だからよぉ、いっそのことよぉ…俺を殺す勢いで笑わせてみろやぁ!この怪物があああああ!!!!!」
「・・・確かに、私は人間じゃありません。でも、その力で私の大切なお友達を守ることが出来るのなら…私は持てる力の全てを使って!あなたを止めます!!」
風斬の一撃を食らったPoHは、乾いた笑いを口にしながら再び立ち上がった。そして怒号を飛ばしながら、肉厚の包丁から毒々しい闇の嵐を巻き起こす彼の前に、『AIM拡散力場の集合体』にして『人工天使』の力を体の内に秘める少女、風斬氷華は、唯一無二の親友を守る為に立ち塞がる。人の皮を被った悪魔と、人の心を持つ天使が、凄絶な闇と光の中で衝突した
「インデックス、これがキリトの探してた青薔薇の剣だ。このユージオの剣があれば、キリトは目を覚ますんだよな?」
「うん。後は私の頑張り次第なんだよ」
「分かった。頼むぞユージオ…キリトに、お前の力を貸してやってくれ…!!」
ようやく取り戻した青薔薇の剣を胸元に手繰り寄せ、上条は瞳を閉じて親友の心意を秘めた剣を強く握り、念じた。やがて瞳を開けた上条は、キリトの腕の中にある純白の鞘に、半ばから刀身を失っている青薔薇の剣をそっと戻した
「・・・それじゃあ、始めるね」
青薔薇の剣が戻った直後、キリトがゆっくりと宙空を漂わせていた左腕を下ろしたのを見ると、インデックスは小さく呟いて祈るように両手を組んで意識を集中させた。すると、彼女の祈りに呼応するように、キリトの胸元に小さな光が満ちていくのを見ると、アスナもまた必死にキリトの左手を両手で握った
「お願い、戻ってきて…頑張って、キリト君…!」
(・・・これでもうキリトの事は、インデックス達に任せるしかない!後、俺に残されてるのは…!)
キリトの命運をインデックス達に預けた直後、上条は何かを決意したような、強い光を瞳に宿して立ち上がった。刹那、まるでその決意に呼応するかのように、その現象は起こった。曰く、『人払い』。その術中に入った瞬間、全ての音は消え失せた
「まったく、想定外にも程があるな」
「・・・だろうな。流石の俺もこれは想定外だったよ、右方のフィアンマ」
その中で唯一聞こえたのは、人の音。その声の主が誰なのか、上条は既に分かりきった上で、その声の聞こえる方へと振り向いて返答した。広く閑散とした、一切の遮蔽物すらない荒野に、上条当麻はたった一人でその男、右方のフィアンマと再び相対した