「ね、ねぇ!あなた一体何者なの!?」
二千人のアメリカ人プレイヤー達を相手取っているのは、たった二人の少年少女だった。内一人の少女、リーファはソードスキルで敵を切り払いながら、背中合わせで共に戦う少年に問いかけた
「僕の自己紹介なら、ついさっき済ませたばかりのハズだけど?」
「いや、そうじゃなくって!その右手の事とかって意味よ!」
「コレかい?この場においては『理想送り』の名前の通り、ステータス的な防御力もHPも関係なしに、相手をただ現実に送り返しているだけさ。もっとも、その先に待つ現実が彼らにとっての新天地なのか、そもそも理想と呼ぶに値するのかは、僕の知るところではないけどね」
リーファの方を見る事なく、上里翔流は小さく唇を動かして答えた。彼がその異質も異質すぎる右手を振るう度に、真紅の兵士たちが100人単位で敵が消え失せていくのを見ると、リーファは重ねて上里に訊ねた
「やっぱり、そういう右手繋がりってことで、あなたもカミやん君と同類ってことなの?」
「いいや、彼とは違うよ。彼の右手は本物だが、僕のコレは偽物だ。所詮は仮染め、現実じゃ正真正銘ただの右手さ……まだ、ね」
「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」
会話の途中で、上里は囁くようにトリガーとなる言葉を口にした。その瞬間、彼の差し向けられた右手の先にいる数え切れない兵士たちの一角が、ゴバァッ!という音と同時に丸ごと消失した
「・・・何っか、話しづらいなぁ…」
「それは失礼。生憎と、これが性分なんだ」
「じ、自覚はあるんだ…でも、助かったわ。正直あたし一人じゃ、この局面は切り抜けられないと思ってたから」
「常人なら普通、この人数を見た時点で逃げ出すと思うけどね。君の方こそ、一体何者なんだい?」
切り払い、消し飛ばす。それをひたすら繰り返している内に、リーファと上里の周囲を取り囲む敵は、当初の2000人から1000人ほどにまで減少していた。劇的な速度でアメリカ人プレイヤーが減少していく中で、上里がリーファに訊ねると、彼女は口許に少し笑みを浮かべながら言った
「妹よ」
「・・・妹?」
「そう。あたしの名前は、リーファ。SAOをクリアした英雄の…たった一人の妹よ!!」
言って、リーファはもう一度、眩い緑の閃光を宿した長剣を、紅い鎧を身に纏った兵士達へと振り下ろした。少女とは思えないほどの勇猛さを見せつけるリーファの自己紹介を聞いた上里は、彼女と同じく、フッと鼻を鳴らしながら微笑んで右手を掲げた
「・・・なるほど。それは中々どうして…ここまで向こう見ずなワケだ。納得した」
バゴオオオッッッ!!!と、上里の右手が横薙ぎに振るわれたかと思えば、それに伴って大量殺戮が起こった。もはやアメリカ人プレイヤー達の士気は、諦めムードだった。たった2人のプレイヤーなど、ここにいる1000人で容易に押し潰せるハズなのに、彼らの中にはそんな希望を抱く者はもう一人としていなかった
「せぃやあああああああっっっ!!!」
「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」
リーファの咆哮と、上里の常套句が交差する。それだけで、赤い兵士達の仮染めの命は悉く消え去っていった。そして、時間にして5分後。当初30000人の大軍勢でアンダーワールドへログインしたアメリカ人プレイヤーは、最後の一人を残すのみとなった
「さて、君としては大変不本意だろうが…相手が悪かったと思ってくれ。最後に何か言い残すことがあれば、どうぞ?」
最後に残されたプレイヤーは、まだどこか垢抜けていない雰囲気を残す、高校生くらいの年の瀬の…それも、赤い兜のバイザー越しに見える限りでは、女の子のプレイヤーだった。たった一人残され、地面にへたり込んでいる彼女に対し、上里は右の掌を差し向けて言った。するとアメリカ人の女の子は、その日本語を理解しているのかいないのか、唇の端を吊り上げながら、上里に向かって右手の中指を突き立てながら高い声で叫んだ
「
「おっと、流石にそれは教育上良くないな。君みたいな女の子は、もう少し丁寧な言葉遣いを覚えるべきだ。こんな風にね」
「
瞳に青さを残す女の子が、彼女の母国では忌むべきスラングを口にする前に、上里が流暢な口使いで言った。その言葉を最後に、最初にこの世界へ飛び込んだ3万人のアメリカ人プレイヤーは、全員が現実世界へと帰還した
「・・・お、終わったあああぁぁぁ……」
上里が最後の一仕事を終えて、右手をズボンのポケットに突っ込んだ直後、リーファは安堵の息を大きく吐き出しながら大の字になって地面に寝転んだ
「しかし驚いたな。あの幻想殺しにこんなにも強く、可愛い妹がいただなんて」
「・・・ふぇ?」
地面に寝転んだリーファの元へ歩み寄ると、上里は肩を竦めながら言った。しかし、すっかりと体に疲労を溜め込んだリーファは、その言葉をあっさりと聞き逃し、惚けた声を出した。そんな彼女の様子に上里は思わずフッと吹き出して笑うと、ポケットに突っ込んだばかりの右手を出して、彼女の前に伸ばしながら言った
「それより、まだ休んでいる暇なんてないんじゃないのかい?君にはまだ、やるべき事があるんだろう?」
「・・・うん。そうだね。早く、お兄ちゃん達の所へ行かないと…!」
リーファが上里の手を自分の右手で掴み、彼に引っ張り起こされた次の瞬間、ドドドドド!と、凄まじい足音でオークの長がリーファに向かって突進してきた
「リーファァァァーーーーッッッ!!!」
「え?う、うわぁ!?リルピリン!?」
涙やら鼻水やらをそこら中に振り撒きながら迫ってくるリルピリンに、リーファは思わずたじろいだ。しかしそんな彼女に構う事なく、リルピリンはリーファにぶつかる直前で猪突猛進していく足にブレーキを掛け、上里の右手からリーファの右手を両手で奪い取って強く握り締めた
「なんて無茶をずるんだ!レンジュだけでなぐ、リーファにまで死なれでじまっだら、おでは…おでばぁぁぁ〜〜〜!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよリルピリン!あたしは別に大丈夫だから!」
ドバドバと滝のように泣くリルピリンに、リーファは彼の勢いに多少体を引きながらも笑顔で言うと、彼を宥めるように自分の背丈よりも高いところにある頭を何度も撫でた。それから時間をおかずに、リルピリンの配下であるオーク軍が彼に追いついてくると、せめて彼らの前ではオークの長らしくあろうとしてなのか、ゴシゴシと荒っぽく涙と鼻水を腕で吹いたリルピリンは、リーファの隣にいる上里に向き直って言った
「お前がリーファを助けでくれたんだな。礼を言わせでくれ。お前がいなかったら、おではリーファに、助けでくれた礼を何も返せないところだっだ」
「・・・いや、何も礼を言われるようなことじゃないさ。僕なんかがいなくても、彼女はきっと最期まで戦い抜けていたハズだよ」
オーク特有の豚を象った頭を深々と下げるリルピリンに、上里は最初こそ面食らっていたが、やがて首を振って穏やかな口調で言った。すると、リーファと上里の功績によってアメリカ人プレイヤーの侵攻から脱することの出来た拳闘士団の長が、ズタズタの右腕を同じくボロボロになった左腕で抱えながらリーファに歩み寄って声をかけた
「よう。お前がコイツら…オーク部隊を率いてきたリーダーだな?」
「え?り、リーダー?ううん。あたしは何もそんなんじゃ……」
「なんで人族が…それも人界人の女が、オークを引き連れてきたのか…理由は分からねぇがとにかく助かった。拳闘士ギルド第10代チャンピオンとして、礼を言う」
「や、やめてってば。だからあたしは……」
「いいじゃないか。少なくともオークの彼らは、君だから味方に付いたんだ。そういう意味でなら、リーダーという表現もあながち間違いじゃないだろう。彼のお礼は、何より彼らを助けようと戦った君が受け取るに相応しいと、僕は思うよ」
「・・・えっと…じゃあ、どういたしまして。あなた達も、無事で良かったわ」
右目の封印、コード871を眼球ごと取り除くという離れ業で解除した故に、隻眼となったイスカーンは、残された片目も閉じてリーファに頭を下げながら言った。そんなイスカーンの言葉にリーファが戸惑っていると、次いで上里が声をかけると、彼女は恥ずかしそうにイスカーンに言った。しかし今度は、その様子を傍目から見ていた上里に灰色の騎士が声をかけた
「・・・そうは言うけど、あなたも凄かった。あなたがいなければ彼女も、ひいては私たちも、助からなかったかもしれない。だから私はあなたにも…お礼を言いたい」
「・・・まぁ、彼女に言った手前だ。僕もありがたくそのお礼を受け取るよ」
黒百合の剣を失ってなお、騎士であることを忘れない整合騎士、シェータ・シンセシス・トゥエルブは静かに言ってから、握手を求めるように上里に右手を差し出した。そんな彼女の様子に上里は戸惑ったように右手で後ろ頭を掻いていたが、差し出した手をこれっぽっちも下ろそうとしないシェータに、やがて諦めたように一つ息を置いてから、彼女の右手を自分の右手で握り返した
「・・・ケッ、いけすかねぇ野郎だな。おいシェータ、言いてえ事が言い終わったんならとっととそのモヤシ野郎から離れろ。元からガリガリのお前ももっとガリガリになるぞ」
「おやおや、嫉妬ですかなチャンピオン?男の嫉妬は見苦しいですぞ」
「なっ!?そ、そんなんじゃねぇよ!!」
シェータと上里の握手を見ていたイスカーンが、ボロボロになった腕を組みながら、を唇の端をへの字に曲げて言った。すると彼の隣にいるダンパがクスクスと笑いを堪えながら言うと、イスカーンが元々赤い頬を更に赤くさせながら反論した。しかし彼への追及はそれで終わることなく、今度は上里との握手を終えたシェータがイスカーンに冷ややかな視線を注ぎながら言った
「あなたの方こそ、女の人の方から先に話しかけた。私と所帯を持ちたい…とも言っていたのに、その行動は関心しない」
「なっ!?だ、だからそんなんじゃねぇって言ってん……だぁーーーっ!クソッ!この話はヤメだ!おいそこの女、お前らはこの後どうすんだ?」
これ以上続けるとまたダンパに揶揄われると思ったのか、イスカーンは一際大きく吼えて話を切り上げた。そして隻眼の瞳でリーファを見ながら訊ねると、リーファはゆっくりと頷きながら答えた
「うん。多分間に合わないだろうけど、あたしはこのまま南下を続けて、お兄ちゃんやアリスさん達を助けに行こうと思う」
「だったら、おで達はリーファに付いて行く。今度こそ、リーファが危なくなったら一緒に戦う」
「・・・分かった、ありがとうリルピリン。でも、その気持ちだけもらっておくわ」
「ど、どうしでだ!?もしまたあんな危ない戦いになったら、今度こそリーファは…!」
「ううん。多分、大丈夫だと思う。なんていうか…こう、ね。なんとなく雰囲気で分かるのよ。もうあたしが戦うことは、ないんじゃないかって。私はただ、見届けに行くの。この世界の行く末を。だからあなた達は、安心してここで待ってて」
恩人であるリーファにそう言われてしまっては、リルピリンはもう何も言えなかった。しかし、それでも一緒に戦えない心残りは拭えず、ガックリと肩を落としたオークの長に、リーファは微笑みと共にその頭を撫でながら、今度はイスカーンに向けて訊ねた
「それで、拳闘士の人達はどうするの?」
「いや、自分から聞いたとこ悪りぃが、俺たちもここに残る。もう全員走るどころか、こうして立ってるのもやっとだ。お前達に加勢したところで、ロクな戦いぶりは見せられそうにねぇ」
「私も残る。黒百合の剣は、折れてしまったから。それに飛竜の宵呼も、もう限界。後は静かに、休ませてあげたい」
首を振って言ったイスカーンに続いてシェータが口を開いた。リーファは彼らの言葉に対して、無理をしてでも付いて行くと言われなかったことに安堵すると同時に、大きく頷いてから言った
「分かった。今まであの紅い騎士達と戦ってくれてありがとう。あなた達の分まで、あたしが戦ってくるから」
「武運を祈ってるぜ」
「私も」
「えぇ。それじゃあみんな、行ってきます!」
「「「おおおおおおおーーーっ!!!」」」
リーファが右拳を掲げながら言うと、リルピリンを始めとしたオークの軍勢と、拳闘士達までもが高らかに吼えて彼女の背中を押した。そして、南に待ち受けるもう一つの戦場に向けてリーファが踵を返そうとしたが、上里がその場を一歩も動こうとしないのを見ると、彼女は疑問に思うよりも先に声を出してしまっていた
「あれ、どうしたの?上里君も一緒に……」
「ん?あぁ、悪いけど僕はどうせこの世界に長くはいられないし、ここで帰らせてもらうよ。実は後少しで朝食の時間だったんだ。折角の仮釈放中だというのに、寝坊したらしたで『ユナ』に叩き起こされて、しこたま怒られるんだ。それは僕としては避けたいところでね」
「か、仮釈放…って……」
今にも走り出そうとしていたリーファに、振り向きザマに訊ねられた上里は、やれやれとどこか自分自身に呆れたように首を振って、どこか嬉しそうに頬を緩めながら言った。しかしリーファは、それ以上に彼の口から出た言葉が引っかかり、その真意を訊ねるように繰り返したが、目の前のどこにでもいる平凡な少年はそれに触れることなく続けた
「それに、今日はお墓参りに行こうと思っていたんだ。長いこと拘置所にいたせいで、顔も出せていなければ、ロクに掃除も出来ていなかったからね。このままだとユナどころか『悠那』にも怒られてしまう。まったく、我ながら尻に敷かれてばかりだな……。ともかく、そういう事だから、後は頑張ってくれ。僕なんかいなくとも、君なら大丈夫だよ。妹さん」
「ち、ちょっと待って!上里君って一体…!?」
「 新 た な 天 地 を 望 む か ? 」
慌てふためきながら叫ぶリーファを他所に、不意に上里は頭に自分の右の掌を当てて、小さく呟いた。その瞬間を最後に、彼の姿はアンダーワールドから跡形もなく消え去ってしまった
(・・・拘置所に、仮釈放…かぁ。そんな悪い人には見えなかったけどなぁ……)
あまりにも突然すぎる別れに、リーファはしばらく呆気に取られてしまった。全て幻だったのではないか、そう考えもしたが、今もこうして自分がこの世界にいられることに変わりはなかった。リーファ、ひいては『桐ヶ谷直後葉』にとっては、一生に一度きりの、不思議な出会い。そんな奇妙な縁を感じ取ったのか、彼女はくすりと笑うと、今度こそ南に踵を返して走り始めた