とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第78話 覚醒

 

10万3000冊の魔導書を記憶する少女、インデックスはその膨大な知識でもって、明確なるイメージを確立し、心の在り処を失ったキリトの深層意識への干渉に成功していた。しかし、魔術の真髄に関わってきた彼女にとっても、心意によって他人の魂に潜り込むことは初めての経験だった

 

 

「これは…想像以上に厳しそうかも……!」

 

 

インデックスから見えるキリトの深層意識、ひいてはフラクトライトの内部の景色は、ほとんどが暗闇だった。その暗闇の中に、様々な色の光が灯っている。知性、理性、夢、感情、記憶といった、キリトのフラクトライトに保持されている様々な意志が淡い光となって、夜空のような黒いキャンパスに浮かんでいた

 

 

「どうしてっ…この人の心の扉を開く鍵は、ちゃんと届けたハズなのに……!」

 

 

しかしその光は、あまりにも弱い。宇宙を思わせる夜空の黒が、限りなく濃い。これでは星の光る夜空どころか、光の一切届かない深海に突き落とされたようだと、インデックスは歯噛みした。明確な心の座標も分からず、道標もない。そんな暗い闇を覗かせるキリトのフラクトライトの中で、彼女はただ浮かぶように彷徨い続けるしかなかった

 

 

「あの青い薔薇の剣だけじゃ、足りなかったの…?目を…目を覚まして!とうまや、あなたの大切な人達は、ずっとあなたを待っているんだよ!!」

 

 

月明かりもない夜空、無限にも等しい暗闇に向かって、インデックスは叫んだ。しかし、その言葉に対する、キリトのフラクトライトの反応はなかった。その声が届いていないのか、はたまた届いているのに無反応なのか、それすらもインデックスには分からないままだった

 

 

「ッ…もうダメ…これ以上は、私の意識が……!」

 

 

どこか拒絶されているようにすら思えた。何より、こんな何もないような真っ暗な空間で、正気を保つには限界があった。インデックスには、もうキリトのフラクトライトの中に、自分という存在を定義できるだけの明確なイメージ力を練ることが出来なかった。そして、彼女を形作っている心意の力が揺らぎ始めた、その瞬間。暗闇に浮かぶ意志を象徴した星の一つが、一際強く、青く輝いた

 

 

『君はキリトの…いや、カミやんのお友達かな?』

 

「・・・え?」

 

 

その青い輝きは、インデックスの真隣に差し込み、やがて人の形へと変わった。アッシュブラウンの髪に、緑色の瞳。そして、一切の汚れがない蒼く澄んだ服の腰周りには、青い薔薇の剣。優しく、暖かな表情で、インデックスの隣に現れた『少年』は、彼女に訊ねた

 

 

「あなたは…ひょっとして……!」

 

 

キリトの心の扉の鍵となる、柄頭に青い薔薇の咲いた剣。その剣を手にした上条当麻が、剣を白革の鞘に納める前に、誰かの名前らしきものを祈るように口にしていたのを、完全記憶能力者であるインデックスが、忘れるハズがなかった。その名前を彼女が言う前に、少年は自ら口を開いた

 

 

『僕の名前はユージオ。キリトとカミやん…『二人の英雄』の、親友だよ』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うおっ!?ととっ……」

 

 

フィアンマが気絶と同時に意識を手放した瞬間、上条は弾き出されるように人払いの術中から抜け出た。まだ僅かながらも天命が残っているのか、フィアンマの姿は健在だが、その体は地面に横たわってピクリとも動かなかった。その様子を見て上条は太く息を吐き出しつつ、周囲の状況を確認してみると、中国・韓国人プレイヤーである闇の軍勢は、当初の五万人から100人いるかどうかというレベルまで減少していた

 

 

「よう、上条ちゃん。用事は済んだか?」

 

 

周囲を見渡す上条の視界に突然割り込んできたのは、雷神トールだった。つい先ほどまで、五指に溶断ブレードが噴出していたのであろう右手を振りながら話しかけて来る彼に対して、上条は笑いかけながら答えた

 

 

「あぁ、まぁな。終わってみれば楽勝だった」

 

「よく言うぜ。俺たちが来るまでは完全敗北だったクセに」

 

「はは、それ言われると弱いな。しかしお前たちも凄いな。あんなにいた敵がもうほとんど残ってねぇ」

 

「だけど、俺たちはもう時間だ」

 

 

言って、トールは上空を指差した。その指先を追うように上条も空を見上げると、またも青く光るコードラインが何本も伸びてきているのに気づいた。しかし今度はその中から現れる人間はなく、戦場に散らばる仲間達を次々に照らしていた。すると、その直線を遡るようにして、彼らの姿が次々にアンダーワールドから消えて行くのを見て、上条は暫しの別れの時が来たのだと悟った

 

 

「・・・そうか。ありがとな、トール。本当に助かったよ。お前の方からオティヌスにも礼を言っておいてくれ」

 

「嫌だね」

 

「え゛」

 

「どうしても礼が言いたいんなら、もちょいマジメにALOやって、ラスボス張ってる魔神様のとこに行ってやれ。いい加減に退屈してきて俺らも困ってんだよ」

 

「あ…ははっ。なるほど、そりゃ確かに退屈だよな。分かった。じゃあ俺もこの世界から帰ったら、攻略サイトでも見ながらそっちに行くよ」

 

「なる早でな。そいじゃ、バイビー☆」

 

 

いつもの彼らしい軽薄な口調で言い残すと、トールもまた青いコードラインにその体を囲まれ、アンダーワールドから去って行った。そんな彼の姿を見送った直後、上条に声を掛けたのは、イギリス清教の『必要悪の教会』のメンバーだった

 

 

「これで、少しはあなたへの借りを返せたでしょうか。上条当麻」

 

「いいや、これじゃあ借りを返してくれるどころか、むしろ余分に貸しちまってるよ。だから、今度改めて返させてくれ。神裂」

 

「・・・そうですか。それでは、その今度を楽しみに待っています」

 

 

人の背丈ほどはある長刀、七天七刀を腰の鞘に納めながら言った神裂に、上条は明るい声色で返した。そんな自分の言葉に神裂がフッと笑い返して言うと、続いて彼女の隣に立った赤髪の魔術師が口を開いた

 

 

「まったく…間違っても僕をその場に呼ばないでくれよ。僕は金輪際、こんなヤツと馴れ合うのなんて御免だ」

 

「・・・ありがとな、ステイル。結構効いたぜ、お前の説教」

 

「ふん。少しでも礼を返すつもりがあるなら、もう二度と僕にそのツラを見せないでくれ。何度でも言うが、僕は君が嫌いなんだ」

 

 

そう吐き捨てて、ステイルは神父服の内ポケットからタバコを取り出して口に咥えると、その先端で指を鳴らし、飛び散った火花で火をつけた。相変わらずな彼の態度に、嫌いと言われたにも関わらず上条が口許を綻ばせていると、背中に重みと衝撃が乗っかった

 

 

「どーーーん!!!」

 

「うぉわぁ!?何すんだ土御門…って相変わらず血だらけだなお前!?」

 

「いやぁ、イメージで魔術を発動できるって点は良かったんですたい。だけど俺の場合、その後のオマケも既に当たり前になってイメージと直結して、結局は敵よりも血だらけになっちまったぜよー…にゃー……ごふぅ」

 

「出てるっ!いつもの軽快な口癖もどこか重い上に、それに続くように重くて粘っこくて赤い液体が俺の背中にぶち撒けられているっ!!」

 

 

額やら脇腹やら胸やら様々な所から出血しながら言った、血まみれ陰陽師こと土御門元春に、上条はまるで高校時代を思い出したようにツッコミを入れた。そんなどこか懐かしさを覚えるやり取りに、二人が同時にほんの少しの笑い声を漏らすと、上条の背中から降りた土御門がトレードマークのサングラスをかけ直しながら言った

 

 

「カミやん、もうすぐ俺たちも二十歳だ。言いたいことは分かるな?」

 

「あぁ。やろうぜ、同窓会。クラスの皆で、朝まで飲み明かそう」

 

「何をそんな呑気なこと言ってるぜよ!学園都市の義妹系○俗店に突入するに決まってんだにゃ!」

 

「誰がんなふざけたとこ行くか!?ってかそんな店が学生の街にあってたまるか!?」

 

 

ここまでくると、懐かしさを通り越してもはや上条は呆れ果てた。頭を抱えながら、特大のため息を吐いて、もう一度顔を上げると、やはりと言うべきか。上条の目の前には、白い修道服の少女が立っていた

 

 

「ありがとう。インデックス」

 

「どういたしまして。とうま」

 

 

彼女に伝えたい言葉は、これしかなかった。上条から唯一の言葉を受け取ったインデックスは、暖かく微笑んだ。そして、パタパタと白い修道服の裾を揺らしながら走り出すと、上条の胸の中へと飛び込んだ。そして上条もまた、抱きついてきた彼女の体を、優しく抱き寄せた

 

 

「頑張って。とうまなら、きっと大丈夫なんだよ。だから、最後まで自分が信じた道を真っ直ぐに歩いて、元気に帰ってくること」

 

「あぁ。ちゃんと帰るよ。そしたら、また会おうぜ。美味い飯、お前でも食い切れないほど用意して待ってるから」

 

「ふふっ。しょうがないから、食べに行ってあげるんだよ」

 

 

上条の首元にこそばゆい吐息と笑いを残して、インデックスは彼の腕の中を離れた。そして、それを合図としたかのように、青いコードラインが彼女を含めた四人の体を包み込むと、神裂、ステイル、土御門と、次々にアンダーワールドから立ち去っていき、最後に残ったインデックスにも、その瞬間が訪れた

 

 

「・・・またな!インデックス!」

 

「・・・またね!とうま!」

 

 

お互いに笑顔で言った。それは別れの言葉ではなく、再会を誓う言葉。インデックスと上条当麻が、互いにその言葉を心に刻み込んだその時には、白い修道女の姿が、まるで最初から幻だったかのように、少しの影も残さず青い光の中へと溶けていった

 

 

「やったわね」

 

 

インデックスを見送って上空を見上げた時には、もう空から伸びてくる青いコードラインはなかった。すっかり元に戻ったダークテリトリーの赤い空を見上げて、ため息一つ置いた上条に声を掛けたのは、御坂美琴だった。彼女の後ろには、もう顔に一切の悲壮の色が残っていない100人ほどの人界守備軍の人工フラクトライト達と、クラインやリズベット達を含めた、200人ばかりの日本人プレイヤーが続いていた

 

 

「あぁ。だけど、まだ全部が終わった訳じゃないぞ美琴」

 

 

隣に立った美琴に言って、上条はもう一度戦場へと視線を戻した。その視線の先には、大量の援軍がアンダーワールドを去ったのを機に、一ヶ所に固まった中国・韓国人プレイヤーがいた。そして、彼らの先頭には、影のように揺れながら佇む黒ポンチョの男、PoHの姿があった

 

 

「痛ってぇなぁ…おい。マジで死ぬほど痛ぇぞコラァ……」

 

 

嗄れた声で、悪魔は呟いた。相手にしていた風斬氷華にこっぴどくボコボコにされたのか、彼の姿はもはや見るに耐えないものだった。目深に被った黒ポンチョを含め、全身の服が破れているのはおろか、穴だらけになった体の至る所から、その傷口を塞ぐように黒い煙が立っていた

 

 

「もう許さねぇ…猿どもの殺し合いが見てぇなんてチンケな事は言わねぇ。殺してやる…ここにいる全員、俺が殺してやるよ」

 

 

天命が尽きたプレイヤー達の残した空間神聖力を吸収し続け、巨大化していた友切包丁は、PoHの負った傷を塞ぐために、一度は集めた神聖力を使い過ぎたのか、すっかり元のサイズに戻っていた。しかし、それでもPoH自身の邪悪な心意は衰えるどころか、更なる憎悪が相乗したように、体の周りにどす黒い霧を発生させていた

 

 

「黒はどこだぁ!?とっとと俺の前に連れて来やがれぇ!ここにいるクソ共の殺戮ショーを、一番の特等席で見せてやるよ!そうすりゃアイツもいい加減に目ぇ覚ますだろ!あぁ!?分かったらとっとと黒の剣士を…キリトを連れて来やがれぇぇぇ!!!」

 

 

ゴウッ!!と、PoHの周囲に立ち込めていた黒い霧が爆風となって弾けた。この期に及んでも、まだこんな力を発揮できるのかと、一度は彼を倒しかけた美琴は驚愕した。そして、一度は彼の闇の波動に右手ごと吹き飛ばされた上条も鋭く息を呑んだ。しかし彼らのPoHに対する緊張は、一瞬の内に解けた

 

 

「・・・言われなくたって、こっちから出ていってやるさ」

 

 

漂ってきたのは、薔薇の香り。さっきまでは黒っぽい砂利が剝き出しになっていた地面に、白い霧が薄くたなびいている。薄絹で作られたリボンのようにたゆたいながら、上条達の足許を泳いでいた

 

 

「・・・ったく、寝坊が過ぎるぜ」

 

 

上条はフッと、笑みとささやかな息を溢した。白い霧は、いつしか上条達と相対している中韓連合軍の足許に達し、尚も広がっていく。摩訶不思議な力を使う援軍によって、大半の戦力と戦意を削ぎ落とされた彼らは、もはやそんな霧など気付いても気にも留めていないようだが、既に膝の下あたりまでが純白のリボンに吞まれつつあった

 

 

「・・・あぁ?」

 

 

そこでようやく、邪悪な心意を身に纏ったPoHも異変に気付いたようだった。まず足許を凝視し、次いで弾かれたように敵陣の後方を見やる。長身を一瞬だけ強くわななかせ、右手の友切包丁をバシッと握り直して目を凝らす。すると次の瞬間。戦場全体に、囁くような、詠うような…しかし、確たる声が響き渡った

 

 

「エンハンス・アーマメント」

 

 

上条の頭の中に響いたそれは、彼の記憶する通りの『少年』の声だったが、もう一人、共にアンダーワールドを生きた親友の声が重なっているようにも思えた。そしてその声の先では、途方もない規模の…それこそステイシアの地形操作にも匹敵するほどの超現象が、戦場全体を包み込んでいた。白い霧の中から、青く透き通る氷の蔓が伸び上がり、残された全ての中国人と韓国人プレイヤー、そしてPoHの体に絡みついたのだ

 

 

「・・・ユージオ、流石だぜ」

 

 

見た目にはとても華奢で、指で触れただけで折れてしまいそうなのに、氷の蔓に巻きつかれたプレイヤー達はあっという間に白い霜に覆われながら凍結していった。PoHもその例に漏れず、真っ白に凍り付いていく。その現象を、武装完全支配術を見て、上条は呟いた。そして、ついに。人外守備軍の列を割りながら、瞳に涙を溜めたアスナとロニエ達を連れて、自分の隣に立った『少年』に言った

 

 

「・・・久しぶりだな、キリト」

 

 

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