とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第81話 最終決戦

 

 

「「ーーーーーーーーいくぞっ!!!」」

 

 

爆音があった。それは、二人の少年の絶叫。今やアンダーワールドに存在する者の中で、贔屓目なしに最強最悪の力を手に入れたガブリエルに向かって、キリトと上条は強く地面を蹴って走り出した

 

 

「・・・・・ふん」

 

 

六本の異形な腕を背中に生やし、それを翼のように仰いで宙に浮かぶガブリエルは、自分に向かってくる二人の少年を無感情に見下ろしていた。然るに彼は、キリトと上条が自分の脅威になり得るとは欠片も考えていなかったのだ。だからこそ彼にとって、ソレは新たな力の試運転。ただそれだけの認識で、神の如き者を名乗ったフィアンマにとっての切り札である、第三の腕から莫大な閃光を放った

 

 

「ーーーーーッ!?!?!?」

 

 

未だかつて垣間見たことすらない、それこそ空想の御伽話に描写されるようなデタラメな力の奔流を前に、キリトは本能的に駆けていた足を止めた。そして体の前で二本の長剣を交差させ、自分のイメージ力が成せる最大限の硬さで不可視のシールドを目の前に展開した。しかし、本当にこの程度の防御であの一撃を防ぐことが出来るのか。冷や汗を全身から噴き出させながら、キリトがそう考えたのと同時に、ツンツン頭と学生服の後ろ姿が彼の視界に割り込んできた

 

 

「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

どこにでもいる平凡な少年、上条当麻はガブリエルがフィアンマの魂から吸い出し、自身の力へと昇華させた第三の腕から放たれた光に向かって、真っ直ぐに右の掌を突き出した。刹那、彼の心意によって右手に宿った幻想殺しが、甲高い音を発してガブリエルの放った光の球を受け止めてみせた

 

 

「ぐっっっ………!?」

 

 

しかし、それはあくまでも『受け止めた』だけだった。あらゆる幻想を殺すその右手でも、その一撃を打ち消し切ることは叶わない。それこそまさに、想像の埒外。あらゆる標的に対し、常に最適な出力を行う『聖なる右』は、魂の簒奪者にその力を掌握された今、一体何を指標に出力されているのか。そんな上条の疑問すらも吹き飛ばすように、光の一撃は更にその輝きを増した

 

 

「オラァッッッ!!!」

 

 

今も右手を肩口にめり込ませる勢いで襲ってくる光の弾頭を前に、上条は咄嗟の判断で右手を光の球の下に潜り込ませ、肩が外れても構わないという勢いで右腕を振り上げた。その挙動によって、莫大な閃光の軌道が上空へと逸り上がり、数秒遅れて神話級の一撃が爆散して大気に溶けこんだ

 

 

「・・・なるほど。君が話に聞く『カミジョウトウマ』という人間か。こうして相間見えるだけで分かる、極上の魂の持ち主のようだな。その魂を味わうのが今から楽しみだよ」

 

 

拭いきれない痺れを残す右手を、ぐっぐっと何度も握りながら感覚を呼び戻そうとする上条を一瞥して、ガブリエルは闇に染まった顔の口許を歪ませながら呟いた。そして彼は、上条当麻だと確信した少年の後ろにいる二刀の少年を、赤い眼光で睨みつけてから訊ねた

 

 

「お前は何者だ。なぜそこにいる」

 

 

途端、ガブリエルの全身を包む赤黒い闇のオーラが、とぐろを巻くように唸った。背後から微風が吹き、空気が…それどころか世界を構成する情報が、瞳の中に潜む闇に吸い込まれているのだと、キリトはガブリエルに問われる中で悟った

 

 

「お前の方こそ、一体何者だ」

 

「我が名はガブリエル…だった者だ。今の我を定義できる言葉があるのなら、我の方こそソレを聞いてみたいな」

 

 

キリトの問いに、ガブリエルが即座に答える。そして何が原因なのか、ほんの数秒だけ容貌が変化した。目つきが鋭くなり、氷のような冷酷さを帯びる。唇が薄く引き締まり、頰が削げる。それがガブリエルの、本物の顔だと分かった。やがて元の闇に覆われた顔に戻ると同時に、男の全身から噴き出す粘着質のオーラが一気に厚みを増した

 

 

「さぁ、我は答えたぞ。お前は何者だ。何の権利があって、我の前に立つ」

 

 

問答を交わすにつれ、吸引力も増していく。世界の情報だけではない。自分の意識そのものもまた、虚無的な重力に引かれるのをキリトは感じた。不意に、今では不定型になったガブリエルの口許に表情めいたものが浮かんだ。感情とは無関係な、希薄極まる笑み。その表情に視線を向けている間にも、何かが自分の中から吸い出され、奪われていく

 

 

「俺が何者か、だって……?」

 

 

しかし。己よりも遥かに強大な敵を前にして、キリトもまた不敵な笑みをその口許に浮かべた。アンダーワールドに降臨した勇者? まさか。人界を守護する騎士?違う。デスゲームSAOをクリアした英雄?否。最強のVRMMOプレイヤー?否。では『黒の剣士』か?『二刀流』か?答えは否だ。脳裏に否定の言葉を浮かべる度に、自覚する。どれも、キリト自身が望んだ存在ではなかった

 

 

「俺はキリト。剣士キリトだ」

 

 

夜空と青薔薇、二本の剣を鋭く構えながらキリトはガブリエルに向かって言った。白いスパークが弾け、キリトに纏わりつこうとしていた闇の触手を断ち切った。他人のフラクトライトにさえ干渉しうるガブリエルの心意を、長い眠いから解放され、確かな自分を確立させたキリトの強い心意が跳ね返したのだ

 

 

「・・・・・剣士、か。ありふれた答えではあるが、お前の魂がどんな味を秘めているのか、興味はある」

 

 

不可解な物質で構成された六本の腕を背中に携え、もはや人間ですらなくなってしまった顔で見下ろしてくる敵の視線と、キリトの視線が重なった。その視線と、その言葉を向けられただけで、あの男が恐れ、脅威だと認識するようなものなど、もう彼には何も思いつかなかった

 

 

「はっ。お前、自分で言ってることの意味ちゃんと分かってんのか?」

 

「?」

 

 

不意に、剣士の前に立つ高校生が口を開いた。鼻で笑いながら言った彼の言葉に、ガブリエルの漆黒の仮面が、ごく僅かながらも曇ったように動いた

 

 

「どうやら分かってないみたいだな。なら教えてやるよ。お前が必要以上に人の魂を欲する理由、それはお前自身が、人の心を知らないからに他ならない。人の感情が理解できない。だから求める。奪おうとする。壊そうとする。それはつまり……」

 

 

その表情を浮かべる理由がガブリエルにとって、神経を逆撫でされたからなのか、単に上条の発言の意図が分からなかったからなのかは定かではないが、少なくとも彼よりはその言葉の意味を理解できたキリトが続いて言った。そしてその言葉の核心へとたどり着いた時、キリトはこの瞬間に至るまでに出会った、多くの仲間たちの姿を思い浮かべながら言った

 

 

「怖れているからだよ。生きて、戦い、命を、心を繫いでいくこと…そんな俺たちが持っている『人の強さ』を、お前は怖れているんだ」

 

「・・・・・・・・」

 

 

キリトが言い終わると、上条は唇の端を吊り上げた。彼らの言葉に対する、ガブリエルからの返答はなかった。ただ口を閉じて、なおも二人の少年を無感情に見下ろしているが、それが今までの彼の佇まいから少し変容し始めていることを、上条とキリトは察した

 

 

「で、どうだカミやん?アイツの攻撃を直接受けたカミやんならもう分かってると思うけど、俺たち二人はアレを一撃でも喰らったら速攻でゲームオーバーだ。その上で、どうやって戦う?」

 

「それこそ、自分で言ってることの意味、キリトなら分かってんだろ?この世界の強さは心意…つまりは『心の強さ』だ。だったら戦い方の答えなんて、一つしかねぇだろ」

 

「・・・そうだな。やっぱりここは……」

 

「「強行突破だ!!!」」

 

 

強く笑って、二人の少年はもう一度敵に向かって走り出した。並走しながらそれぞれの武器である、右拳を、二刀を、強く握り締める。その瞬間、ガブリエルの背中の右側から生えている『聖なる右』の権能を有した三本の腕が持ち上げられ、死神の鎌にも似た鉤爪を伸ばす指達が天を仰いだ

 

 

「確かに、そう解釈できないこともないかもしれないな。故に我も『神』などという、人智を超越した力に手をかけたまでのことだ」

 

 

ズドオオオオオッッッ!!!という轟音が空間をかき鳴らして、三本の腕から放たれた光の球は遥かな上空で激しくぶつかり合った。一見すると目測を誤ったかに思われたそれは、衝突と共に巨大な爆発を引き起こし、数え切れないほどの光の槍となって地上へと降り注いだ

 

 

「止まるなっ!!!」

 

「当たり前だっ!!!」

 

 

しかし二人の少年は、驚異的なスピードで疾駆しているにも関わらず、華麗な身のこなしで次々に襲いかかってくる神の威光の中をくぐり抜けていった。そして広範囲に渡るガブリエルの光線網を最初に飛び抜けたのは、キリトだった

 

 

「システム・コール!ジェネレート・オール・エレメント!ディスチャージ!!」

 

 

駆ける足にブレーキをかけ、二本の剣を体の前で交差させてキリトは声高に叫んだ。炎の矢が、氷の槍が、風の刃が、その他幾つもの色彩が宙を走り、猛然と漆黒の天使へと襲いかかった

 

 

「・・・なるほど、ようやく見つけたよ。今の我を、定義しうる言葉をな」

 

 

謳うように口が動いて、ガブリエルの赤黒い瞳が怪しく明滅した。すると、火炎、凍結、旋風、水弾、鋼矢、晶刃、光線、闇呪、その全てが、見えざる気流に呑まれていくように渦を巻きながら、その体の奥へと吸い込まれていった。当然、彼の体を包む闇のコートには一つの傷もない

 

 

「我は刈り取る者。あらゆる熱を、光を、存在を奪う者。即ち……『深淵』なり」

 

 

遂に、ガブリエルの背に翼のように生えた第三から第八、三対にして六本の右腕たちが唸った。一本一本が神話級の破壊力を内包する、全ての右腕の中心が輝いた直後、その一撃は放たれた。それは、まるで巨大な恒星のようだった。目を開いているのさえ億劫になるほどの、凄絶な光の塊。一つの惑星を消し飛ばしてなお有り余るであろうその一撃は、たった二人の少年に向けられた

 

 

「カミやん!!!」

 

「分かってる!!!」

 

 

常軌を逸した威力と規模を併せ持つ一撃を前に、回避、および防御が可能だと思わせる要因は一つもなかった。さればこそ、キリトは背後を追随してくる相棒の名を叫ぶと、上条が学ランを大きく翻しながら、莫大な閃光と向かい合った

 

 

「おおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

不可避にして即死。事と次第によれば太陽系すら一瞬にして無に還すであろう絶対的な破壊。神の如き者が有していた六本の右腕からなる一撃を前に、上条が雄叫びを上げながらぶつけたのは、たった一つの拳。あまりにもちっぽけな、一本の右手だけだった

 

 

「・・・あぁ。別にもう大して言うことはねぇよ。『ソレ』の持ち主だったヤツに、粗方吐き出してきたからな。だから俺がテメェに言わなきゃいけねぇことは、たった一つだ」

 

 

それが現実の幻想殺しで御しきれる一撃ではないことは、長年その右手と共に戦ってきた上条をして明白だった。幻想殺しが打ち消し切れる異能のリソースを遥かに超える眩い光の球体とぶつかった瞬間、有無を言わさず後方に押し返される。しかし、それでも。『どこにでもいる平凡な高校生の右拳』は、絶対に止まろうとしなかった

 

 

「テメェが誰かとか!テメェの都合なんざ!俺たちが知ったことじゃねぇ!だからテメェで精算しろ!今日までテメェが見限ってきた人の感情に対するツケを!この戦いで失われた全ての人たちの命に!そのツラ下げて詫びてきやがれえええぇぇぇーーーっっっ!!!」

 

 

少年の吹き荒ぶような絶叫があった。それこそが長きに渡って続いた、神の右手と少年の右手の戦いに、幕を下ろす叫びだった。数多の幻想を晴らし、いつだって自分の都合だけではなく、誰かの為に拳を握ってきた、上条当麻の持つ純然たる心意を昇華させた右手は、神話すらも飲み込む深淵を覗かせた一撃に正面から打ち勝ってみせた

 

 

「な、なんだとっ…!?」

 

 

それはガブリエルの邪悪極まるイマジネーションがなし得る限りの、最大の一撃だった。同時にその一撃が右手一本に打ち消されるという光景は、彼にとって驚愕そのものだった。六つの聖なる右による、圧倒的な攻撃を無力化され、ガブリエルのイメージ力が決定的に揺らいだその時には、既にキリトが両手を目一杯に伸ばし、記憶解放の術式を叫んでいた

 

 

「リリース・リコレクション!!」

 

「ぐおっーーー…!?」

 

 

瞬間、青薔薇の剣から氷の蔓が幾筋も放たれ、ガブリエルの体を十重二十重に絡め取った。そして、真っ直ぐに天へと掲げた夜空の剣から、巨大な闇色の柱が天へと屹立した。宙に浮かぶガブリエルの頭上も超えて伸び上がった漆黒の光は、血の色の空を貫いて遥かな高みまで届き、まるで太陽そのものに激突したかの如く、四方八方へと広がって、ダークテリトリーの空が覆われていく。血の赤が凄まじい速度で塗り潰され、昼の光が消える

 

 

「・・・夜空?」

 

 

ガブリエル・ミラーは、同時に二つの疑問を抱いた。一つは、ほんの一瞬前には、あらゆる属性の魔法攻撃を完全に無効化してのけたにも関わらず、たかが氷如きになぜ己が拘束されているのかということ。もう一つは、血のような赤色をしていたはずのダークテリトリーの空が、滑らかな質感と、微かな温度を持つ『無限の夜空』へと変わっていく中で、無意識の内に自分の視線が泳がされていたことだ

 

 

「うおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

その咆哮が耳へ届くなり、ガブリエルは今も広がり続ける夜空を見上げていた顔を、正面へと戻した。その視線の先には、上条当麻。彼は宙に浮かぶガブリエルの体を縛りつつ咲いている青薔薇の一本の蔦から、階段のように突き出ている茨を次々にスニーカーの底で踏み締め、地上から伸ばされた親友の導きを一心不乱に駆け上がり、踏み出した最後の一歩で高く飛び上がっていた

 

 

「歯ァ!食いッ!縛れぇぇぇっっっ!!!」

 

 

炸裂する轟音と衝撃に、ガブリエルの表情が歪み、幻想殺しが発する甲高い音と共に、彼の顔面を覆っている闇の衣がいくつもの破片となって振り撒かれた。その後を追うように、ガブリエルの背中で蠢いている、元は魔術によって作り出された六本の右腕が、水泡の如く消え去った。そして上条は、右拳を叩き込んだ勢いのまま、翼を失った漆黒の天使の体を、無数の青薔薇が咲いた地面へと叩き伏せた

 

 

「ごあああああああああっっっ!?!?!」

 

 

バガァンッ!という硝子にヒビが入ったような音と共に、ガブリエルの体は硬い氷の上に叩きつけられた。けれど、それではまだ足りない。依然として彼の体を覆う暗闇は健在のままだ。露わになったガブリエル・ミラーの顔を一瞬で塗り潰し、その右手に長大な虚無の刃を握らせた

 

 

「NU……LLLLL!」

 

 

人のものならぬ異質な唸りが、ガブリエルの喉の奥から漏れ出した。もう一度その背中から、三対六枚の黒い翼が伸びる。そして一瞬の内に、それらは全て右手の剣と同じ虚無の刃へと変貌した。激しく羽ばたいて、周囲の空間を切り裂く。七本の虚な剣が振り上げられたその時、少年もまた、その瞬間こそが勝利だと確信し、二本の剣を大きく振りかぶっていた

 

 

(ーーーーーここだっ!!!)

 

 

その少年の頭上に広がる、無限の夜空。北の空から無数に流れてきた星たちが、虹色の滝となって剣に流れ込んだ瞬間、キリトは何が起きたのかを察した。夜空の剣の力は、広汎な空間からの神聖力を吸収することにある。そして、この世界に於ける最強のリソースは、決して太陽や大地からシステムに定められたとおりに供給される空間神聖力ではない。人の、心の力だ。祈りの、願いの、希望の力なのだ

 

 

「これで…最後だっ!!!」

 

 

無限に降り注ぎ続けると思われた星々の、最後のひとつが剣に吸い込まれる。そして、たった二つだけ地上から舞い上がってきた、金色と虹色の星が刀身に融けた、その刹那。キリトの夜空の剣が、数多の人々の想いを映して七色に輝いた。光は、柄から彼の腕へと流れ込み、体を満たしていく。星の光は左腕にも集まり、握られた青薔薇の剣もまた眩く煌めいてーーー

 

 

「う…おおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

「LLLLLLLLL!!」

 

 

左の青薔薇を前に、右の夜空を後ろに構え、地面を蹴り飛ばしながらキリトは叫んだ。その眼前で、七本の刃を鋭利に尖らせたガブリエル・ミラーが、奇怪な咆哮を放つ。彼らの間合いに広がる距離はわずかなもので、フルスピードの突進は一秒にも満たなかった。そしてキリトは、かつてないほどの力に満たされた両腕で、最も修練し、最も頼った二刀剣技を放った

 

 

「ぜぇりゃあああああああっっっ!!!」

 

 

連続16回攻撃『スターバースト・ストリーム』。星の光に満たされた剣が、眩い軌跡を引きながら撃ち出されていく。 同時に、ガブリエルの六翼一刃が、全方向から襲い掛かってくる。光と虚無が立て続けに激突するたび、巨大な巨大な閃光と爆発が世界を震わせる

 

 

(速く…もっと、速くっ…!!)

 

「おおおおおーーーーーッ!!!」

 

「NULLLLLLLLL!!!」

 

 

キリトが咆哮しながら、意識と同化した体をどこまでも加速させ、二刀を振るう。ガブリエルも絶叫しながら七枚の刃を撃ち返してくる。十撃。十一撃。一撃を経る度に激突し、放出されるエネルギーが周囲の空間を飽和させ、稲妻となって轟く。十二撃。十三撃。キリトの胸の中にはもう、怒りも、憎しみも、殺意もない。全身に満ち溢れる膨大な祈りの力だけが、彼を動かしていた

 

 

「この世界の、」

 

ーーー十四撃

 

「人々の心の輝きを……!!」

 

ーーー十五撃

 

「受け取れ!ガブリエルッ!!!」

 

 

最終十六撃目は、ワンテンポ遅れるフルモーションの左上段斬りだった。ガブリエルの人ならざる双眸が、勝利を確信してかわずかに細められた。キリトが放った渾身の斬撃よりも一瞬速く、敵の右肩から伸びた黒翼が彼の左腕を付け根から切り飛ばした。光に満たされた腕が爆散し、空中に青薔薇の剣だけが宙を舞った

 

 

「ーーーーーッ!?!?!」

 

「フハハハハハハハハハッッッ!!無駄なことだ!私の飢えを!果てなき虚無を!光で満たそうなどと!その魂を一滴残さず吞み干し、喰らい尽くしてやろう!!!」

 

 

左腕を失った痛みにキリトが顔を歪ませた直後、高らかな哄笑とともに、ガブリエルの右手に握られた虚無の剣が、黒い稲妻を纏いながら振り下ろされた。しかして、その次の瞬間。パシッ!と頼もしい音が響き、二人の英雄の親友の両腕が、宙に漂う青薔薇の剣の柄を握った

 

 

『さぁ!今だよ、キリト!カミやん!』

 

「いくぜ!ユージオッ!キリトッ!」

 

「ありがとう!ユージオッ!カミやんッ!」

 

 

凄まじい炸裂音とともに、白と黒の閃光が炸裂した。青薔薇の剣が、虚無の刃をがっしりと受け止めている。剣を握るユージオが、亜麻色の髪を揺らして、二人の少年の名を呼んだ。ユージオの向こう側には、上条当麻が勝利を確信した微笑みと共に叫び、右拳を固く握って、左足を踏み出していた。異世界という隔たりを超えて、一人の親友で繋がった『ヒーロー』の顔を見て、『英雄』もまた弾けたように笑って叫び返した

 

 

「・・・いいぜ。この期に及んでテメェが、人の魂を喰い散らかして、アリスを、アンダーワールドの人を利用して、ふざけた目的を果たそうってんなら…まずはっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「「その幻想をぶち殺す!!!」」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条の口からその言葉が紡がれ、最後には、三人の叫びが重なり合った。上条当麻の右拳がガブリエルの顔面に突き刺さった。そしてキリトは、十七撃目となる右上段斬りを、ガブリエルの左肩に渾身の力で叩き込んだ。漆黒の流体金属を飛散させながら深々とめり込んだ拳と、斬り込んだ夜空の剣と青薔薇の剣を満たす星の光の全てが、虹色の波動となってガブリエルの心臓に流れ込んだ

 

 

「NU…!?LLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLGGGGGGGGGGGGGGGGGG!?!?!?!!」

 

 

ガブリエル・ミラーは、自身の内側に広がる虚ろな深淵に、無限の色彩を持つエネルギーが大瀑布となって流れ落ちてくるのを感じた。ガブリエルの眼窩と口腔から長々と伸びる青紫色の光が、徐々にその色彩を崩し始め、汚れのない純白へと変遷した瞬間。ぴしっ、と微かな音が響き、虚無なる体にほんの小さな亀裂が走った。もう一本。さらにもう一本と増えていく亀裂からも、次々に白い光が溢れ出た

 

 

「GDXHJNWPIRLSECBVKMUOPFYQZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 

背中の六枚の翼が、根元から炎に包まれていく。闇を吐き出していた口許が大きく欠損し、肩や胸にも穴が開いた。ガブリエル・ミラーの全身のひび割れから四方八方に光の柱を伸びて、もはや言語にすらなっていない、金属音の周波数にも似た聞くに耐えない断末魔が漏れ出す。黒い大天使の全身が、くまなく白い亀裂に包まれて一瞬、内側へ向けて崩壊、収縮し。解放され。恐るべき規模の光の爆発が、螺旋を描いて遥か天まで駆け上った

 

 


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