とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第13話 果ての山脈

 

「やっぱ早めの朝ってのは慣れねぇなぁ〜…まぁこの仮想世界じゃ単なる意識の問題なわけだけども。いや、そもそも俺の意識なんてそんな期待できるもんでもないか…」

 

 

まだ日も完全に登り切っていない早朝、上条はなんとか朝の礼拝の時間よりも前に起きていた。イマイチ冴えない目を擦り続けるのも癪だったので、一先ず着替えてから教会裏にある井戸で顔を洗っていた

 

 

「カミやんさん、おはようございます」

 

「あ、どうもおはようございます。アザリヤさん」

 

 

上条が顔に残っている水をタオルで拭き取ると、彼の背後からシスター・アザリヤが声をかけ、上条は軽く会釈して丁寧に朝の挨拶を返した。するとアザリヤは、上条の周りに視線を配ると、少し迷うように瞬きをして口を開いた

 

 

「・・・カミやんさん、セルカを見ていませんか?」

 

「え?セルカですか?いや…今朝は見てないですね。どうかしたんですか?」

 

「ええ、実は今朝からセルカの姿が見えないのです。セルカはあなたに懐いている様子だったのであなたのところにいるのかと思ったのですが…」

 

「姿が見えない…今日は一応休みなわけですし、一旦家に帰ってるんじゃないですか?それかどこか適当に散歩とか…」

 

「いえ、セルカは教会に来てからの二年間、一度も生家には帰っていません。もしそうだとしても私に何も言わず、朝の礼拝にも出ずに外に出るなど、今まで一度もありませんでした」

 

「し、心配なのも分かりますけど考えすぎじゃないですか?何か事情があったんだと思いますよ。しっかり者のセルカのことですし、きっとすぐに帰ってきますよ」

 

「・・・だといいのですが…」

 

 

尚も心配そうにため息をつくアザリヤだったが、起き抜けで思考もよく回らない上、昨夜の出来事でセルカにすっかり信頼を置いていた上条はそれ以上特に考えることもなく、朝の礼拝を終えた。そして手早く朝食を終えると、そのまま村の外口でユージオを待った

 

 

「あっ…つい昨日に習ってここに来ちまったが、さっきも自分で言ったように今日は安息日じゃねぇか。ユージオもここには来ねぇだろうし…仕方ねぇ、今日は教会で子ども達の遊び相手にでも…」

 

「やっ、おはようカミやん。今朝はちゃんと起きれたみたいだね」

 

「あれ?よぉユージオ。今日は安息日じゃなかったのか?」

 

「そうだよ。だから今日はカミやんに村中を案内しようと思って。これからは服とか生活用品とかなにかと必要だろう?」

 

「なんだそうだったのか。悪いな、すっかり世話になっちまって。まぁ村中見て回れるってんなら、そのうちセルカもひょっこり見つかるだろ」

 

「え?セルカを探してるの?」

 

「あぁいや…まぁ探してるっちゃあ探してるんだ。今朝から姿が見えないらしくてな。どうもシスター・アザリヤが言うには初めてのことらしいんだが、ちょっと大袈裟だよな。セルカにはセルカの事情もあるだろうから、ほっときゃそのうち…」

 

「な、なんだって!?」

 

「え?」

 

 

上条が今朝の事情を軽い口調で説明していると、ユージオはこの世の終わりでも見たかのような顔で驚いて、そのまま上条の両肩に手をかけた

 

 

「大袈裟なもんか!僕はシスター・アザリヤより長くセルカを見てきてたから分かる!セルカに限ってそんな行動取るはずがない!カミやん、昨日セルカと何かあったりしなかったのかい!?どこか様子がおかしかったとか!」

 

「い、いやあったとしたら俺の部屋で話をしたぐら…い………」

 

 

ユージオに迫られるがまま、上条は昨日の夜に部屋でセルカと話した記憶をたどっていき、やがて言葉に詰まるのと同時に、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった

 

 

「クソッ!バカか俺は!口が軽いにもほどがあるだろ!」

 

「ちょっ!?どこに行くのカミやん!」

 

 

上条は肩に乗せられたユージオの手を振り払うと、半ば衝動的に走り出した。そんな彼に置きざりにされたユージオも、気づけば上条の後を追いかけて駆け出していた

 

 

「ユージオ!果ての山脈ってどっちだ!?」

 

「は、果ての山脈!?なんだってそんなところに…っていうかダメだよ!もし立ち入って万が一でもダークテリトリーとの境界を跨いだりしたら…!」

 

「そこにセルカが行ってるかもしれねぇんだ!禁忌目録なんか知るか!」

 

「セルカが果ての山脈に!?一体なんで!?」

 

 

上条は一心不乱に村の外口を出てから北を目指して走り続けた。ユージオの話でぼんやりと北の洞窟を抜けた先にあると聞いていた程度で、記憶が定かではなかったが、ユージオが必死について来ているあたり北で間違いはないだろうと確信すると、地面を蹴る力を強めていった

 

 

「俺、昨日の夜セルカとアリスについて二人で話してたんだ!そんでセルカに、なんでアリスは整合騎士に連れてかれたのかって聞かれて…!」

 

「ま、まさか教えたって言うのかい!?アリスがダークテリトリーに入ったことを!」

 

「悪いがそのまさかだ!迂闊だった…俺がセルカの立場でもそうするだろうな。だから早く連れ戻さねぇと手遅れになるかもしれねぇ!最悪は同じ轍を踏んで…!」

 

「考えたくもないね…僕が子どもの頃にアリスと一緒に行った時は洞窟まで5時間しかかからなかった。子どもの足でそれならセルカはもうその距離の半分はいってると思う!」

 

「ほ、本当に間に合うのかこれで…!?」

 

「とにかく走るしかない!幸いこのまま少し行けば川に出る!そしたらそのまま川に沿っていくだけだ、水の心配はない!」

 

「なら本当に体力と足の速さだけが問題か…間に合ってくれよ…!」

 

 

その後、上条とユージオは北の洞窟を目指し、二人で並走しながら川沿いを一心不乱に走り続けた。途中で川の水を喉に流し込みながら懸命に走ると、道の途中でしなびた花をユージオが見つけた

 

 

「カミやん!ちょっとストップ!」

 

「どうした!?」

 

 

息を切らしながら上条を呼び止めると、ユージオはしなびた花の前に跪いてS字をなぞった。その軌跡の上に現れたステイシアの窓で花の天命を確認すると、眉をひそめながら口を開いた

 

 

「やっぱりだ…踏まれたせいで天命が少し減ってる。減り方が小さいから大人じゃなくて子どもが踏んだんだ。こんなところに来ようとする子どもなんて、6年前の僕とアリスぐらいしか…!」

 

「急ぐぞ。もう考えてる余裕もねぇ。セルカは間違いなく果ての山脈を目指してる!」

 

 

出来れば違っていてほしいと願ってはいたが、ここまで判断材料が揃ってしまっては否定のしようもなかった。上条は己の軽率さを悔やむように奥歯を噛み締めると、額から滴る汗を拭いもせずにまた走り始めた

 

 

「なぁユージオ、念のために聞いていいか?」

 

「なに?」

 

 

上条は、極力呼吸のペースを乱さないようにユージオに声をかけた。ユージオも息が切れ始めているが、自分の右を走る上条の方へと振り向いた

 

 

「もしセルカが闇の国…ダークテリトリーに入ったとしたら、その場で整合騎士が来て捕まえられるのか?」

 

「いや…整合騎士はたぶん、そうすぐには来ないと思う。6年前も来たのはアリスが境界を越えた翌日の朝だったから」

 

「そりゃ不幸中の幸いだな…なら最悪の場合でもセルカを助けるチャンスはあるわけだ」

 

「え?ど、どういうこと?」

 

「なに、もしその境界を超えてたとしても、翌日までにセルカを連れて村から出れば整合騎士様はやり過ごせるかもしれねぇだろ」

 

「そ、そんなのできっこないよ!第一それだとカミやんだって禁忌目録に反することになるかもしれないんだよ!?」

 

「へっ!生憎だが、カミやんさんはそんなルールを逐一守れるほどいい子に育てられた記憶すら持ち合わせてないんでな!」

 

 

自信満々な表情でそう答える上条の横で、ユージオはなんともやり切れない思いを抱えながら走り続けていた。かえって挑発するような上条の言葉に、ユージオは数秒の沈黙の後に首を左右に振りながら言った

 

 

「・・・やっぱり、無理だよカミやん。セルカにだって天職があるんだ。たとえ騎士が捕まえに来るって分かってても、天職を投げ出して君についていくハズがない。それにそもそも、そんなことにはならないと思う。闇の国に足を踏み入れるなんて重大な禁忌を、あのセルカが犯すなんてとても…」

 

「けど、アリスにはそれが出来たんじゃないのか」

 

「・・・・・」

 

 

上条とて、返す刀でこんなことを言うのは不本意だった。しかし、何故ユージオを含めたルーリッド村の人々は、300年の歴史の中でたった一つの例外を除いて、そこまで禁忌目録という法を忠実に守るのか甚だ疑問だった。段々と上条自身の中でも大きくなりつつあるアリスという少女の存在を知るためには、この疑問は遅かれ早かれユージオにぶつけなければならないと思っていた

 

 

「・・・アリスは…特別な存在だった。彼女は、村の誰とも違っていた。僕とも…もちろんセルカとも…だからアリスには禁忌を破れても、僕やセルカなんかに同じことが出来るハズが……」

 

「ーーーッ!!」

 

 

自分の目の前にいるのは、人の手によって作られたNPC、或いはAIだと上条分かっていた。けれど、ユージオの口からそれ以上の言葉を聞きたくないと、走る脚を止めて彼の胸ぐらに掴みかかった

 

 

「痛てっ…!?」

 

「おいユージオ…お前それ本気で言ってんのか?」

 

「い、いきなりなんだって言うんだよ…カミやんの方こそ!いい加減目を覚ましたらどうなんだい!?記憶を失くして何を思い上がっているのか知らないけど、僕らにとって禁忌目録は絶対なんだ!僕だって禁忌目録さえなければ、あの日なにがなんでもアリスを助けに行ったよ!だけど仕方ないじゃないか!今の君と違って僕にはちゃんと天職があって…それを君は…!」

 

「人にとって禁忌目録は絶対だぁ?笑わせんな!ならそれを守らなかったアリスは人間じゃなかったとでも言うのかよ!?」

 

「ッ!?」

 

「違ぇだろ!?俺もお前も、セルカだってアリスだって同じ人間なんだろ!特別だとかそうじゃないとか、禁忌だとか天職だとかそんなの関係ねぇ!自分が本当に大切にしたいのはなんなのか、アリスはそれを選んだだけなんじゃないのか!?俺はたしかに、その時のことは見てもねぇから分かんねぇし、ダークテリトリーに何があるのかは知らねぇよ。だけど!もしも本当にそうだとしたら、ユージオがそれを踏みにじることは、禁忌を犯すよりも悪いことなんじゃねぇのかよ!!」

 

「カミ、やん……」

 

 

走りっぱなしですっかり息が上がっていることも忘れ、叫び続けた上条はもはや腕に力を入れることも難しくなり、ユージオの胸ぐらから落ちるように両手を離した

 

 

「・・・悪い、少し熱くなりすぎた。今セルカがいなくなったのは元は俺が口を滑らせたからだっていうのに、それを棚に上げて…」

 

「ううん、いいんだカミやん。君に言われて気づいたよ。言い訳しかしてこなかったのは僕の方だ。セルカをきっと連れ戻したら、あとでもう一度、僕を大声で叱ってくれ」

 

「・・・あぁ、お安い御用だ」

 

 

そう約束した二人の表情は、先ほどまでとは比べようがないほど晴々としていた。そしてユージオは息を整えるために深く深呼吸すると、向かい合っていた上条の肩越しに少し遠くを指差した

 

 

「見えたよ、カミやん。あの洞窟を超えた先が、果ての山脈だ」

 

 

 

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