とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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最終話 終わることのない冒険を

 

「・・・クライン。昼から飲んで悪酔いでもしたか?それとも男泣きか?」

 

「だ、だって、だっでよぉ…俺たちが今日まで必死こいてやってきたことは、無駄じゃなかったんだって思えてよぉ…うぐぅ……」

 

「ははっ…ったくしょーがねぇな。エギル、俺にも一杯だけ酒くれ」

 

「いいのかカミやん?ウチに置いてあるのは、どれもそこいらのより強いぞ?」

 

「たまにはいいさ、どうせVRだしな。それに、このままじゃ俺まで貰い泣きしそうだ」

 

 

世界を跨いでアリスの声を聞いた仲間たちは、皆揃って目尻に涙を溜め込んでいた。ウィンドウに映ったテレビ画面の中にある、広大な記者会見会場には、再び神代博士の声が響いていた

 

 

『・・・長い、長い時間が必要でしょう。結論を急ぐ必要はありません。今後、新たなプロセスを経て誕生してくるはずの人工フラクトライトたちと、仮想世界を通じて交流し、感じ、考えてほしい。それが、当機構がこの放送をご覧になってる皆様に望む、ただ一つのことです』

 

 

演説を終え、神代博士が着席した。しかし、会場の記者達から彼女に送られる拍手はなかった。彼らの顔には、なおも途惑いだけが色濃く浮かんでおり、すぐに次の質問者が手を挙げて立ち上がった

 

 

『博士、危険性についてはどのようにお考えですか?つまり、AIたちが我々人間を絶滅させて地球を支配しようと考えることが、絶対にないと言い切れるのですか?』

 

『たった一つの場合を除けば、有り得ません。その可能性があるのは、我々の方から彼らを絶滅させようとした時だけです』

 

『しかし、昔から多くの映画や小説では…』

 

 

質疑が続こうとしていたその時、着席していたアリスがガタッ!と勢いよく立ち上がった。記者が気圧されたように体を引いたのを彼女の青い眼が捉え、まるで遠い音に耳を澄ませるかのように視線を虚空に彷徨わせたアリスは、数秒の間を置いてから短く発言した

 

 

『急用が出来ました。私はここで失礼します』

 

「ぶーーーっ!!!きゅ、急用だぁ!?」

 

 

アリスの発言に、上条はエギルに注いでもらったばかりのジンライムを盛大に吹き出した。しかし、画面の向こう側にいる上条達のことなど露知らず、アリス長い金髪を翻し、機械の体が出せる最大の速度で、ステージの袖へとたちまち姿を消してしまった。そんなあまりにも突然の出来事に、記者たちも啞然と言葉を失った

 

 

「きゅ、急用って…この会見以上に重要なことなんてあるの?」

 

 

ダイシー・カフェにいる全員に目を配りながら美琴が訊ねたが、誰一人として答える者はいなかった。テレビ画面も中継映像からワイドショーのスタジオへと切り替わり、コメンテーター達が何やら忙しなく話しているが、そんなものはるもはや彼らの耳には入らなかった

 

 

「ほ、本当に中継終わっちゃいましたね…」

 

「え、いやこれって…どうなの……?」

 

「さ、さぁ…少なくとも私があそこにいたらこんなことしないでしょうけど…」

 

 

感動のあまり溢れていた涙が、急展開によってすっかり引いてしまったシリカが呟くのに乗じてリズベットが言うと、シノンもまた何が起こったか分からないといった様子でテレビを見る目を瞬かせた

 

 

「えと…リーファ、このワイドショーってそっちの世界での生放送なんだよな?この中継も当然リアルタイムなわけで?」

 

「そ、そのはずだけど…」

 

「じゃあ、この会見を二の次に出来るような急用ってのに心当たりは……」

 

「さぁ…お腹でも空いたのかなぁ…?あはは…」

 

 

上条から次々と投げかけてくる質問に、リーファは最適解を見つけられず、冗談を交えながら引き笑いで言った。すると、今までその場にはなかった声が、彼女の冗談に言及した

 

 

「ははっ。ロボットが空腹だって訴えたら、そりゃ確かに一大事だな。しこたまガソリン飲ませるか、充電でもすれば満腹になるんじゃないか?」

 

「みんな、お待たせしちゃってごめんね」

 

「き、キリト!?それにアスナも!」

 

 

スプリガン由来の黒服に身を包んだキリトが笑いをこぼしながら言うと、その隣で水妖精に扮したアスナが挨拶代わりにと胸元まで手を上げて言った。いつの間にやらログインしていた二人に上条は驚くのも束の間、すぐさま彼らに訊ねた

 

 

「な、なぁ。お前らもリアルでこのニュース見てたんだろ?アリスが会見そっちのけにした急用ってのは一体…」

 

「大丈夫だよカミやん、その理由ならもうすぐ分かる。それと、念のため心の準備をしておいた方がいいぞ」

 

「・・・は?心の準備?何の?」

 

「パパ!ママ!お待たせしました!アクセス完了!異常なしです!」

 

「流石ユイちゃん。ありがとう」

 

 

自分の肩に手を置かれながらキリトが言った内容に、上条の脳内をひしめく疑問が更に加速していると、ダイシーカフェの小窓から飛びこんできたユイが元気よく言った。彼女の言葉に、アスナとキリトが目を見合わせながら笑みを浮かべているのを、彼ら以外の全員が不思議そうに首を傾げて見ていると、カランカラン!というドアベルの音と共に一人のプレイヤーが中へと入ってきた

 

 

「みなさん、お久しぶりです」

 

「「「・・・あ、アリス!?!?」」」

 

 

ダイシーカフェのドアから入ってきた女性プレイヤーは、頭に尖った三角の耳を生やした猫妖精族。背中に長く垂らした髪は、眩いほどの金色。肌は透けるような白。瞳はサファイアのような蒼。冴え冴えとした美貌は、先ほどまでワイドニュースで見ていた現実世界の…いや、アンダーワールドのアリス・シンセシス・サーティそのものだった

 

 

「ついさっきな、俺の家の周辺危機をいじり終わったんだよ。元々は仮想世界で生まれた人工知能なんだから、このALOにアリスが来れない道理なんてないだろ?ただアリスの場合、仮想世界で感じる五感をどうすればいいかって課題が残ってて、今日までずっと試行錯誤してそれがやっと今さっき終わったんだ…うぁ、眠い…」

 

「私も今日まで、様々なテストや実験に忙殺されていましたから。キリトからその報告を受けた時には、いても立ってもいられませんでした。皆さんとの再会、とても嬉しく思います」

 

 

その言葉通り、アリスのログインまで多くの問題をクリアして、疲弊しきったのであろうキリトが欠伸をしながら言った。そして整合騎士改めケットシーとなったアリスは、ダイシーカフェに集まっている全員の顔を見て表情を綻ばせた

 

 

「え?じゃあニュースで言ってた急用って…まさかこのALOにログインすることが……」

 

「あ、そうでした。私とした事が、皆さんと再会できた喜びですっかり忘れてしまいました。しかし、わざわざ自己申告するとは感心しますね」

 

 

アリスが自分達との再会を、心の底から喜んでくれている。それは勿論嬉しいのだが、同時に一世一代の記者会見を途中で投げ出す理由としては、流石に軽すぎるのではないかと上条が心配になりながら訊ねた。するとアリスはハッとしたように、自分の左掌に右手をポン、と置いて言うと、上条の方へとスタスタと歩み寄った

 

 

「は?自己申告って…それどういう…?」

 

「・・・カミやん。目を、閉じなさい」

 

「!!!?!?!?」

 

「め、目ぇ?これでいいのか?」

 

「はい。どうか、そのまま……」

 

 

なんの話か分からないまま、とりあえず言われた通り目を閉じた上条の左頬に、アリスは優しく右手を添えた。それは、まるでラブロマンス映画のワンシーンのようだった。故に、次に彼女が行おうとしている事がハッキリと分かってしまった御坂美琴は、顔を真っ赤にしてアリスを止めに入ろうとした

 

 

「ちょ、ちょっと待って!流石にここが仮想世界と言えどそれはーーー!!」

 

「歯ァ!食いッ!縛れぇぇぇっっっ!!!」

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 

 

次の瞬間、アリスは、熱烈なキス……ではなく、上条の頬に添えた右手を大きくテイクバックし、怒号と共に右拳を振り抜いた。目を閉じていた上条は、アリスから繰り出された神風のような拳に反応できるはずもなく、野太い悲鳴と共に、ダイシーカフェのホールを転げ回った

 

 

「これが私の急用です。清々しました」

 

「な、なんだこの展開…不幸だ……」

 

「何が不幸なものですか。感謝や再会を約束する言葉一つ満足に言うことが出来なかった私の後悔が、あなたに分かりますか?」

 

(な、なぁんだ…キスしようとしてたんじゃなかったのね…)

 

 

上条が床に寝そべったまま口癖を呟いていると、殴り飛ばした右手をプラプラと振りながらアリスは吐き捨てた。その様子を見て、美琴は自分の思い違いで良かったと思いながら、ほっと胸を撫で下ろした

 

 

「あっはっは!流石だなアリス、カミやんの男女平等パンチに負けず劣らずのいい拳だったぞ」

 

「っておいキリトコラァ!お前一人だけ笑ってるけど、アリスがお別れ言えなかったのも、俺たちがお別れ言えなかったのも、元はと言えばお前が最後の時に有無を言わさずアリスをイジェクトしたせいだろうが!!」

 

「論点をすげ替えられた所で、アリスの鬱憤はもう発散されちゃったからな〜」

 

「・・・なるほど、カミやんの言うことにも一理ありますね。ではキリト、後ほどリアルの剣道場で10本ほど立ち合いましょうか。もちろん防具なしで」

 

「え゛」

 

「ザマァーーー!!!」

 

「「「あははははははは!!!!!」」」

 

 

三人の陽気な会話に、平和そのものとでも言うべき、皆の笑い声が混ざった。それこそが、きっと始まりだ。新たな人工知能と、世界の人々の架け橋。どんなに遠くても、どんなに違う存在でも、一緒に笑い合える。それがきっと、仮想世界における新たな可能性の小さな、けれど確かな一歩なのだ

 

 

「さて、皆これから何か予定はある?」

 

「あーいや、多分俺たちの方は特に何もなかったと思うけど……」

 

 

アリスと皆の自己紹介が終わり、歓談も一段落した頃に、アスナが言った。アリスと実際に会えるとは思ってもみなかったが、元より学園都市に住んでいるメンツは全員、今日は記念すべき日になるとは承知の上だったので、予定を丸っと空けていたのを知っていた上条が答えた

 

 

「それじゃ、ちょっと狩りにでも行かないか?アリスにもこっちの世界について色々と教えておかないといけないしな」

 

「さんせーい!あたしまだアリスが剣握ってること見たことなかったのよねー!」

 

「あ!私もそれは是非見てみたいです!」

 

 

キリトの提案にリズベットが机から身を乗り出しながら賛同すると、彼女に続いてシリカも手を挙げて言った。件のアリスは彼女たちの期待に少し気恥ずかしそうにしていたが、やがて開き直ったかのように嬉しそうに答えた

 

 

「えぇ、もちろん。ご要望とあらば24時間365日休みなしでお付き合いできますよ」

 

「そ、それはアリスだから出来ることであって、あたし達には無理だよ〜」

 

「流石アリスほどになると、ジョークもお手の物ってわけね」

 

「いや〜、あながちジョークになるかは怪しいとこなんじゃねぇか?ここにいる大半のヤツは、24時間365日どころか、約二年ずっとダイブしっぱなしだったことあるんだからなぁ」

 

「クライン。それが既にブラックジョークだ」

 

 

アリスの発言にたじろぐリーファを見て、シノンはふふっと笑いながら言った。それに続いてクラインもジョークなのか真面目に言ってるの分からない様子で言うと、彼の愚鈍さにエギルが頭を抱えてため息を吐いた

 

 

「ま、とりあえずは異論なしってことで。今日は効率とか何も考えないでパーっと暴れましょ」

 

 

パン!と一つ手を叩いて美琴が締め括ると、彼女が席を立ったのを皮切りに皆が続々とダイシーカフェのドアから外へと歩き出した。そして最後に上条も腰を持ち上げ、皆の後を追おうとした…その時だった

 

 

「さって、それじゃあボチボチ行くか……」

 

『・・・カミやん。キリトと一緒に、アリスをよろしくね、これからもどうか皆で、幸せに…僕もずっと、傍で見守っているよ』

 

「ッ!?ユージオ………」

 

 

鈴の音が鳴ったような、優しい声だった。上条が振り返った先に、その声の少年の姿はなかった。あるのはただ、薔薇の香り。しかし、それで上条には十分に伝わった。アリスがここにいるのだから、彼女の幼馴染である彼も…ユージオも、きっと一緒にいるのではないかと、そう思えたのだ

 

 

「・・・あぁ。いつかまた会おうぜ、相棒」

 

「・・・?どうかした?ボーッとしてると皆に置いてかれるわよ?」

 

「ん?あぁいや、分かってるよ。本当はゲームとか仮想世界って、こんな感じくらいが丁度良いよなぁ…って、噛みしめてただけだ」

 

「・・・そうねぇ…確かに言われてみれば、私たちにとって仮想世界は、楽しい思い出ばかりの場所じゃないわよね。まぁ、そんなの言ってみれば現実も同じなんだけど」

 

 

一人カウンターに残っていた上条に気づいた美琴が声を掛けると、上条は今度こそゆっくりと腰を上げて美琴の方へと歩み寄った。そしてカフェを出た皆の後を追いつつ、二人で並んで歩きながら話していると、不意に上条が美琴に訊ねた

 

 

「だったら美琴、お前は現実と仮想なら、どっちが好きだ?」

 

「えぇ?何よそれ…真剣に答えなきゃいけない感じのやつ?」

 

「任せるよ。パッと考えたらこっちが好きだな、くらいの感覚でも、色々と深く考えた末の結論でも、どっちでも。まぁ別に解答期限とかがあるわけでもねぇから、別に答えなくてもいい」

 

「お任せって…答える方からしたら一番迷うやつじゃない。いや、それでも悩む事には悩むわよねぇ…現実があるから仮想があるんであって、だけど仮想世界の繋がりも私にとっては全部本物で…う〜ん、どっちが好きかって言われると……」

 

「ちなみに俺は、お前が好きだ」

 

「へぇ、私が好きなんだ。まぁ、それはそれでちょっと意外…………………………」

 

「・・・・・・・・・・・ふえええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!」

 

「じゃ、じゃあ…えっと…別に…解答期限があるわけじゃ、ねぇから…だ、ダメならダメで、別に答えなくても…いいって言うか…う、う…うおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「あ!ちょ、ちょっと!?」

 

 

上条の言葉に、美琴が自分の耳を疑いながら呆然として、直後に全身を茹でダコのように真っ赤に沸騰させた。そして上条も言って恥ずかしくなったのか、顔からどっぷりと汗をかいて真っ赤になると、美琴の静止も聞かずにキリト達の方へと駆け出す。その恋焦がれた少年の背中を見つめながら、御坂美琴は小さく呟いた

 

 

「・・・その言葉の返事なんて、今さら私が迷うワケないでしょ…バカ」

 

 

少年少女が感じている熱は、そして思いは、もはやヴァーチャルではない。突き詰めれば電子の世界、仮想世界が伝えている作り物だとしても。彼らの言葉で、彼らの時間で、彼らの心で感じながら生きている世界はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーきっと『幻想』ではないのだから

 

 

 

 

 

[とある魔術の仮想世界 fin.]

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