「これが果ての山脈?闇の国がもうすぐこの向こう側にあるってのか…?」
天高く聳え立つ山岳。見渡す限り灰白色の岩壁。どこか肌寒さを感じさせる冷気と、今まで自分たちが遡ってきた小川を、氷混じりに吐き出している洞窟。明確なまでの境界という意図を感じるそれを目の当たりにした上条は、ただ呆然と立ち尽くしていた
「僕も初めて来た時は驚いたよ。まさか、世界の果てがこんなに近いとは思わなかった」
「・・・行こうぜ。どんなに少なく見積もっても30分はセルカと差がついてる。見つけたらすぐに引き返すんだ」
「うん、ちょっと待って。洞窟の中は暗いから」
そう言うとユージオは、いつの間にか拾っていた猫じゃらしのような草穂を懐から取り出し、その先に向かって祈るように何かを唱えた
「システム・コール。リット・スモール・ロッド」
「・・・し、システム・コールだぁ!?」
ユージオによって何らかの手解きを受けた草穂は、不思議なことにその先端がライトのように光を放ち始めた。しかし、それよりも上条が驚いたのは、ユージオが唱えた言葉の意味の方だった
「ゆ、ユージオ今のは…?」
「神聖術だよ。すごく簡単なやつだけどね」
「あ、いや見りゃ察しはつくんだが…システムとか、そこんとこの意味は分かって言ってんのか?」
「意味?そんなのないよ。式句だからね。神様に呼びかけて、奇跡を授けて下さるようにお願いするんだ」
(ある種の呪文扱いってことか?今の機械めいた用語の羅列が…?)
現実世界では魔術、仮想世界ではALOの魔法に関わってきた上条だったが、この世界における神聖術には理解を示すことが出来ず、どうにも煮え切らない感覚に囚われていた
(・・・試してみる価値はある…か)
故に、上条の神聖術に対する興味はさらに深いところまで達していた。自分の中で湧き上がる疑問に解を求め、上条は光を放つ草穂の先を、右手の平で包み込んだ
「え?ど、どうしたのカミやん?」
「・・・消えないのか…」
実にシンプルな結果だった。あらゆる幻想を殺してきた上条の右手は、神聖術で灯された草穂の光を打ち消すには至らなかった。上条としてはその結果は不服であり、すぐさま右手を草穂から離し、顎を右手で支えながら考察を始めた
(・・・この世界じゃ俺の右手には『幻想殺し』がない…?いや、そう結論づけるのも早計か?なにしろ呪文でシステムがどうとか言ってるんだ。神聖術がこの世界のシステムで設定された何かで、異能の力とか、スキルじゃないことも容易に考えられる)
(結局はなにも分からずじまい…いや、待てよ。確証はないかもしれないが、その選択肢を減らすことはできるかも…)
「なぁユージオ、俺にもその神聖術って使えるもんなのか?」
「え?うーんと…僕がこの術を使えるようになるのに、毎日仕事の合間に練習しながら二ヶ月くらいかかったんだ。アリスが言ってたんだけど、素質のある人なら1日で使えるし、できない人は一生かかっても出来ないって。だからカミやんの素質次第じゃないかな」
「そ、そうなのか…」
自分の疑問に対するユージオの解答を聞いた上条は残念そうに言うと、神聖術に触れた右手を見つめながら大きくため息を吐いた
(人によっては一生かかっても出来ない…か。ユージオでも二ヶ月かかったんだ。今ここで結論出すことは難しいか…)
「・・・よし、急に色々聞いて悪かったな。セルカはこの奥にいるんだよな。行こう」
「うん。僕がコレで洞窟を照らしていくから、カミやんは後ろからついてきて」
洞窟に入ってから20分ほどが経過した。上条とユージオは、ここまで来た道と同じように、洞窟の中を流れている小川をたどりながら右へ左へ曲がりながら進んでいた
「なぁ、ユージオは6年前もこれと同じ道を通っていったのか?」
「そうだよ。白竜の骨がある場所にはこの川をたどっていけば自然とたどり着くんだ」
「じゃあ…この道を辿っていけばそのうちダークテリトリーにも行き着くのか?」
「いや、それは違うよ。あの日の僕たちは元から道が分かっていなかったから、白竜の骨があった場所から帰ろうと適当に進んでいたら、偶々洞窟を抜けちゃったんだ」
「なるほど…あっ!ユージオ、ここ照らしてくれ!」
上条が歩きながら何かに気づくと、その場に跪いたので、呼び止められたユージオも跪いて上条の足元を照らした。するとそこには、誰かに踏み砕かれた凍った水溜りがあった
「・・・この亀裂は…誰かに踏まれた跡だよ。やっぱりセルカはここを通ったんだ」
「間違いなさそうだな。まったく無鉄砲というかなんといいますか…幼いゆえに恐れを知らないんですかねセルカさんは…」
「そうでもないよ。この洞窟にはもう白竜もいないし、それどころかネズミやコウモリだって一匹もいないんだ。むしろ何を怖がるんだって話だよ」
「な、なんだそうなのか…」
(てっきりなんかしらモンスターがいるもんだと思ったんだけどな…そんでそれにかこつけてレベルでも上がればと思ったんだが…アンダーワールドには竜以外の敵Mobはいねぇのか?それはそれで嬉しいような残念なような…)
「きっと、ここを通ったならセルカはやっぱり白竜の所を通ると思う。だとしたr……」
「きゃああああああーーー!!!」
「「ッ!?」」
洞窟の岩肌が共鳴しあうように、女の子の悲鳴が残響の尾を引いていた。それを聞いた上条とユージオは、思わず息を呑んだ
「おいユージオ今の…!」
「セルカの声だ!間違いない!」
「ま、まさかもうダークテリトリーに入ったとか言うんじゃねぇだろうな…!」
「いや、ダークテリトリーの境界はここからまだ少し離れてる!悲鳴が大きかったとしてもこんなところまで聞こえるはずが…!」
「だとしても悲鳴であることには間違いねぇってことだよな…行くぞ!」
「うん!」
ユージオは草穂で先を照らしながら一心不乱に走り出した。今度ばかりは上条もはやる気持ちが抑えきれず、後ろではなく彼の隣を並走していた。そして必死に走り続けていると、辺り一面が水晶と氷に覆われた空間にたどり着いた
「見た目に反して温けぇな…それになんだか焦げ臭い。火でも焚いてるのか?」
「シッ!カミやん隠れて!ゴブリンだ!」
「ご、ゴブリン…?」
その空洞を覆う水晶とは似ても似つかぬほどに醜悪な体躯をした異形が20体ほど。緑色の肌に鋭く伸びた爪と牙、どこからどう見てもファンタジー物語に登場する『ゴブリン』そのものだった
「おいユージオ、どうなってんだ?洞窟にはコウモリもネズミもいないから怖がることはないって…!」
「・・・ごめん、僕もすっかり失念してた。実は最近、ダークテリトリーから闇の軍勢の侵入が増えてるらしいんだ。でも、普通はそんなの整合騎士があっという間に退治するものなんだ。だけどまさか、それとこんな場面で出くわすなんて…!」
「どうする?なんとかやり過ごすk…」
「いやっ!離してっ!」
「へへっ、今日はついてるなぁ。こんなところで白イウムの女が手に入るなんてよぉ」
「「!!!!!」」
上条達がしばらくゴブリン達の様子を伺っていると、ゴブリンが群れているところの少し奥あたりで、ゴブリンに力ずくで抑えこまれているセルカの姿が見えた
「野郎っ!」
「セルカッ!」
「ああ?おい見ろや!今日はどうなってんだぁ?また白イウムの餓鬼が二人も転がりこんできたぜぇ!」
「待ってろよセルカ!今助けに行くぞ!」
「えっ!?カミやん…それにユージオまで…!こ、こっちに来ちゃダメよ!早く逃げて!」
「どうする?コイツらも捕まえるかぁ?」
ユージオが叫ぶと、ゴブリンたちが二人に気づき、ゴブリンとは思えないほど悠長な発音で、下卑た笑いとともに舌なめずりをした。すると20はいる群れの中でも、一際デカい体躯を持つゴブリンが腰を上げ、グルルという唸り声の後に嗄れた低い声で言った
「男のイウムなんぞ連れ帰っても売れやしねぇよ。とっとと殺して肉にしろ」
「「「ギャハハハハハ!!!」」」
「・・・ごめんカミやん。勇んで飛び出した割には、足の震えが全然止まらないや」
「心配すんなユージオ。殴りかかればすぐにそんなの無くなるさ」
「ご、強引だなぁ…でも、交渉の余地はなさそうだし、そうする以外に方法はなさそうだね。それに不思議なんだけど、カミやんと一緒ならなんでも出来そうな気がするんだ」
「ははっ。さっきの説教が聞いたか?まぁこんな奴ら、ギガシスダーに比べれば可愛いもんだ。とっとと全員ぶっ飛ばしてセルカを連れて帰ろうぜ」
「うん。でも、どうやって戦う?」
「俺が最初に手前のゴブリンをぶん殴る。そしたらユージオはソイツから剣を取り上げて他の奴らを牽制しといてくれ。鉄の剣なんて扱いは斧とほぼ同じだ。青薔薇の剣ほど扱えないわけじゃないからなんとかなる」
「え?それじゃあカミやんはどうやって戦うの?」
「一か八かの勝負になっちまうんだが、腕っぷしの良さには自信があるんだ。自分の拳でなんとかしてやるさ」
「じ、自分の拳って…」
「ケケケッ!作戦会議はもう済んだかぁ?」
小兵のゴブリンたちは不気味に笑い、その手で斧や剣などの武器を弄びながら上条とユージオにジリジリと迫ってきていた
「もう待ってくれる時間はなさそうだな。5秒数えたら突っ込むぞユージオ。5・4・3・2・1…!」
「「うおおおおおおおおっ!!!」」