とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

16 / 144
第15話 最果ての戦闘

 

「喰らえこの野郎っ!!」

 

「ギィヤッ!?」

 

 

大声を出すという行為が威嚇になったのか、ゴブリン達は黄緑色の目を丸くさせ、少しばかり怯んだ。それを好機と見た上条は、脇目も振らずにゴブリンへと突進し、右ストレートを見舞った。その拳は一番先頭にいたゴブリンの頬に直撃し、渾身の力が込められた一撃にゴブリンはたまらず体ごとぶっ飛され、手にしていた剣を地面に落とした

 

 

「ユージオッ!」

 

「剣ならもう拾ったよ!」

 

「コイツら…!白イウムのくせに舐めやがって!やっちまえ!」

 

「ギイイイイイイッ!!!」

 

 

緑色の怪物が、まるで雪崩のように上条へ次々と襲いかかっていく。上条は幾多の戦場を生き抜いてきた経験を生かし、襲い来るゴブリンを躱しながら確実に右拳を叩き込んでいった

 

 

「オラアッ!」

 

「ガバアッ!?」

 

「お、おい!コイツ強えぞ!」

 

「仕方ねぇ、コイツは後回しだ!もう一人のの方を狙え!」

 

「「「グキャア!!」」」

 

「えっ!?」

 

 

上条の強さに舌を巻いたゴブリン達は、上条に向けていた敵意をそのままユージオへと移動させた。ゴブリン達の突然の行動に、ユージオは完全に呆気にとられていた

 

 

「ユージオ!危ねぇ!」

 

「うわあっ!?」

 

「ギャアッ!?」

 

「・・・え?」

 

 

悪鬼の形相で襲いかかるゴブリンに恐怖したユージオは、ぎゅっと目を瞑って両腕を頭の上で交差させた。すると襲いかかってきたゴブリンは、襲いかかるどころか、左手に持っていた光る稲穂に怯えるように後ずさりした

 

 

「そうか…ゴブリンはこの光が苦手なんだ…カミやん!僕の方は大丈夫!今のうちにセルカを!」

 

「よ、よしっ!よく分からんが任せろ!」

 

「グオアァッ!イウムの餓鬼が!この『蜥蜴殺しのウガチ』様と闘ろうってのかぁ!?」

 

「蜥蜴殺しだぁ?はっ、笑わせんな。蜥蜴の一匹や二匹殺した程度じゃあ、小学生の自慢話にも劣るってもんだぜ!」

 

「意味の分からねぇこと言ってんじゃねぇ!ガアアアアアァッ!!」

 

 

唸り声とほぼ同時に、ウガチは上条の背丈ほどはある蛮刀を振り下ろした。上条はその一太刀をすんでのところで避けると、すぐさまウガチの懐に潜り込み、身体を捻りながら右拳を突き上げた

 

 

「うおっ!ラアッ!」

 

「ごっ!?ぐふぉあ!?」

 

 

上条の右アッパーは確実にウガチの顎を捉え、軽い脳震盪を起こさせた。その隙に上条は何度も右拳と左拳を交互にウガチの頬に決め、緑色の異形の体にところ構わず拳を叩き込みまくった

 

 

「ぶあぁっ!?」

 

(いける…!このまま押し切れば…!)

 

「でやっ……」

 

「調子に乗ってんじゃ…ねぇっ!!」

 

「なっ…!?」

 

 

血生臭い蛮刀が、上条の肩めがけて鈍く閃いた。既に次の拳を振りかぶっていた上条は防御の姿勢を取ることも出来ず、右斜めに切り上げたウガチの刃が上条の左肩の肉をゴッソリと切り裂いた

 

 

「がっ!?あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

(なんだ、これ…!?ペインアブソーバーが云々とか、痛覚に訴えてくるとか、そういう次元じゃねぇっ!?まるで本当に肩の肉が切られたような、こんなリアルすぎる痛みをどうやって…!?)

 

 

あまりにも明確な感覚で体中を駆け巡る痛みに、上条は身悶えした。刻まれた肩口から滴る鮮血は、あっという間に上条が横たわる地面を覆いつくした

 

 

「か、カミやん!は、離してよ!あのままじゃカミやんの天命が…!」

 

「へへっ、逃げようったって無駄だぜ。お前はここで、ボスの手でズタズタにされるアイツを見てるしかねぇんだ、キヒヒ!」

 

「嫌っ!やあっ!触らないでぇ!」

 

「セル、カ………ああっ…!!」

 

 

セルカはその華奢な身体を懸命に振り回し、ゴブリンの腕を振り解こうと努力するが、ゴブリンはそんなか弱い仕草さえも楽しむようにセルカの身体を弄び始めた。目の前で一人の少女が悪意に侵される悔しさで胸の内側を燃やし、上条は痛みが残るその体に無理を押して、半ば力づくで立ち上がった

 

 

「ほう?その傷でまだ立ち上がるか。随分と活きのいいイウムだな。こりゃどう痛ぶって殺すか楽しみだぁっ!」

 

「ごふっ!?」

 

「オラオラオラァ!!!」

 

「がっ!?ぎい!?ぐぼぉっ!?」

 

「ガッハッハッハッハ!こりゃいい的だ!日頃の鬱憤を晴らさせてもらうぜ!」

 

「も、もうやめて……もうやめてぇ!私はどうなってもいい!だからこれ以上カミやんを傷つけないで!」

 

 

もはや一方的な蹂躙だった。立ち上がって早々で足元がおぼつかない上条を、今度はウガチが両拳で滅多撃ちにした。上条の体には撃たれた痕がくっきりわかるほどの青痣がいくつも刻まれ、悲痛すぎるその光景にセルカは耐えきれず、泣きながら助けを懇願した。しかし緑の怪物はそんな必死な願いを聞くことなく、傍らに置いていた蛮刀を再び拾い上げた

 

 

「さぁて、そろそろテメエの腹わたでも覗いてやろうか」

 

「・・・ぁ…ぅ………」

 

「うおらああああああっ!!!」

 

「カミやあああぁぁぁん!!!」

 

 

ウガチの蛮刀が、横薙ぎに振るわれた。殴られすぎて視界すら霞んで見える上条に、それを躱すほどの体力は残っていなかった。ついに死を覚悟した上条が目を瞑ったが、切られる感覚が襲って来ないことに疑問を感じ、恐るおそる霞む目を開けると、その視線の先には、振り下ろされた蛮刀ではなく、一人の少年の身体があった

 

 

「・・・ゆ、ユージオ…?」

 

「・・・ケッ、どこにでいるようなイウムが下手な真似しやがって。興醒めだぜ」

 

 

上条は何が起こったのか理解が追いつかず、降りかかってきたユージオを支えられずに尻餅をついた。そして自分の膝の上で横たわるユージオの腹部から流れる血を見るなり、上条は全身の血が抜けたような真っ青な顔になり、懸命にユージオに呼びかけた

 

 

「お、おいユージオ!しっかりしろ!大丈夫か!?ユージオッ!!」

 

「ごはっ!だ、大丈夫だよカミやん…僕はまだちゃんと…戦えるよ。ここで、セルカまで失ったら…アリスに合わせる…顔が…ぶはっ!?」

 

 

ユージオは咳き込みながら、喉口から血を吹き出した。真一文字に斬られた腹部から流れる血は、もはや上条が切られた左肩の傷口とは比べものにならない量だった。それでもなお立ち上がろうとするユージオの口から、もう一度血飛沫が上がった

 

 

「も、もういい!それ以上喋るな!このままじゃ本当に死んじまうぞ!?」

 

「約束したんだ…三人で…生まれた日も…死ぬ日も一緒だって…だから、今度こそ…守るんだ…僕が……………………」

 

「・・・ユージ、オ…?」

 

「・・・・・」

 

 

今にも絶えそうだった声が、絶えた。優しい緑色の瞳が、静かに閉じれられた。上条が肌で感じられるユージオの体温は、もうほとんどなくなっていた。まるでその命の灯火のように、神の加護を受けていた草穂の光が消えた。力の抜け切った彼の身体を、上条はそっと地面に寝かせ、膝に手をつきながら立ち上がった

 

 

「・・・痛みが、なんだ」

 

 

自分に言って聞かせるように、静かに上条の口が動いた。自分の不甲斐なさに歯を軋ませながら、手のひらに爪が食い込んで血が滲むほど強く右手で拳を握った

 

 

「あぁ?なんか言ったか?」

 

「こんなのより、ユージオはずっと痛かった…辛かったはずだ。目の前で大切な女の子が連れていかれるのをただ見ているしかできなくて…だけどお前は変わったよ、ユージオ。お前は俺なんかよりよっぽど強くなった。俺を守ってくれた…だから俺は、こうしてまた立ててるんだよ」

 

「・・・・・?」

 

 

上条の纏う空気が明確に変わったのを、ウガチはどことなく感じていた。そして首を傾げた。なぜ自分の額に、冷や汗が滲んでいるのか分からなかった。そして、戦慄した。俯いていた顔を上げ、視線が重なる。その瞳の奥に宿した彼の意志の強さに、ウガチは背筋を凍らせた

 

 

「ーーーーーッ!?」

 

「・・・見てろよユージオ。お前の意志は、俺の中で生きてるぞ!!!」

 

「こ、のっ…!くたばり損ないめがぁ!!」

 

「ぅぉぉぉぉぉおおおおおーーーっっっ!!!」

 

 

剣と拳。即ち、鉄と体。幼い子どもでさえわかる、圧倒的な力の差。しかし、その場にいたセルカは見た。普通ではありえない、その光景を。ぶつかり合った蛮刀と右拳。崩れ去ったのは、自分と友の血を啜った鉄の塊。拳は剣に敵わない……そんな当たり前の事象すらも『幻想』であると言わしめるかのように、彼の右手は鉄の刃を打ち砕いた

 

 

「な、なんだとぉぉぉ!?なんだそりゃ…あり得ねぇだろぉぉぉ!?お前は一体なんなんだぁ!?」

 

「俺は何かって…?そうだな…俺は多分…」

 

 

砕かれた蛮刀と、それを砕いた少年の右拳を狼狽えながら見つめるウガチの問いかけに、上条はそれを鼻で笑いながら呟いた。そして現実と仮想の世界で、数多の幻想をねじ伏せてきた右拳をもう一度強く握りながら、俯いていた顔を上げて答えた

 

 

「きっと俺は、どこまでいっても…ただの…『どこにでもいる平凡なヤツ』だよ」

 

「・・・・・ぁ……?」

 

「うおおおおおおっっっ!!!」

 

 

もう一度、右拳を振りかぶって、振り抜く。必死とも、悪鬼の形相とも取れる表情で、拳を突き出す。左足を踏み込んで、全身をコマのように回し、己の内に眠る力を全て引き出す。上条が放った一撃はウガチの顔面を捉えるだけに留まらず、その勢いで彼の首を捻り折った。据わるべき首の座を失ったウガチの巨体は、電池が切れた玩具のように地へと沈んだ

 

 

「ヒィィィィ!?ぼ、ボスが…死んだあああぁぁぁ!?」

 

「に、逃げろ…ボスを倒せるようなヤツに…こんなイウムに勝てっこねぇ…逃げろぉぉぉ!!!」

 

「ははっ、おととい来やがれってんだ…痛っ!?つぅ…」

 

 

自分達が仕えてきた長の生死なぞ知る由もなく、ゴブリンの群れは一目散に洞窟の奥へと逃げ出した。セルカを拘束していたゴブリンも、彼女をあっさり離して仲間を必死に追いかけていた。そしてようやく自由の身になったセルカは、左肩の傷口を押さえながら痛みに顔を顰める上条の方へと走り寄った

 

 

「カミやん!大丈夫!?」

 

「あ、あぁ…なんとかな。いや、俺の方はいい!それよりもユージオが重傷だ!」

 

 

冷たい地面に横たわるユージオの元へ駆け寄り、彼の上にS字を走らせる。こじ開けたステイシアの窓に示されていたユージオの天命は今も刻々と減り続け、既に風前の灯だった

 

 

「もう天命がほとんど残ってない…!このままじゃユージオは…!」

 

「・・・・・」

 

「クソッ!なぁセルカ!何か方法はねぇのか!?天命を増やすとか、元に戻すとか、何かユージオを死から救う方法はねぇのかよ!?」

 

「・・・あるわ。一つだけ」

 

 

ただ天命が減っていくのを見ることしか出来ない自分の無力さを痛感した上条は、血の滲む拳を地面に打ち付けた。しかしその横で、消え入るような小さな声でセルカが呟いた

 

 

「ほ、本当か!?」

 

「だけど、そんなに褒められた方法じゃないわよ。最初に言っておくけど、成功率はかなり低い危険な神聖術を使うことになる。あたしもカミやんも死んじゃうかもしれない。それでもいい?」

 

「運に自信があるわけじゃねぇんだが…やるしかねぇ!頼むセルカ!ユージオを助けてくれ!」

 

「解った。右手を貸して」

 

 

上条は頷いて右手を差し出すと、セルカは彼の右手を左手で強く握った。そして自分の右手でユージオの左手で握ると、大きく息を吸い込んで氷のドームに響き渡る声で言った

 

 

「システム・コール!トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ!レフト・トゥ・ライト!」

 

 

刹那、セルカを中心に光の柱が屹立した。そしてセルカを介するようにして、上条の右手からユージオに向かって光の粒が揺れ動いていた

 

 

(なんだか身体から力が抜けて…この光は俺の天命ってことか?俺の天命をユージオに分け与えている…?)

 

「ッ…カミやん、まだ大丈夫そう?」

 

「あ、あぁ…まだまだ余裕だ!もっともっとユージオに俺の天命を分けてやってくれ!」

 

 

少し苦しげな息の下で、セルカが上条に問いかける。セルカの問いに上条が力強く頷くと、セルカは今一度目を閉じて意識を集中ささせた。すると、セルカが纏う光がより一層強くなり、上条の倦怠感がどっと増した

 

 

(ッ!?耐えろよ上条当麻…今度は俺がユージオを助ける番だろ!)

 

「・・・ッ!?ダメよカミやんっ!このままじゃあなたの天命が…!」

 

 

己を懸命に鼓舞するが、先刻の戦闘のダメージの蓄積もあり、視界は朦朧としてセルカと繋いでいる右手の感覚以外の体に感覚はほとんどなかった。セルカの心配そうな声もどこか遠く聞こえる。そしてついに意識を手放しそうになった手前で、そっと誰かに寄り添われる感覚を両肩に覚えた

 

 

『キリト、ユージオ。待ってるわ、いつまでも…セントラル・カセドラルのてっぺんで、あなたたちを…』

 

(キリ、ト…?人違いだぞ、俺…は………)

 

 

妖精の国を模した仮想世界で共に旅をした、異世界の悪友の名が頭の中で朧げに反芻させながら上条はなけなしの意識を手放した。そしてセルカと繋いでいた右手を離し、ドサリとユージオの胸の上に崩れ落ちた

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。