とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第16話 巨神の最期

 

「ごっ、じゅう!」

 

 

翌日の朝、大杉がそびえ立つ丘の上には澄んだ音が響き渡っていた。その日最初の50回目の斧打ちを終えたユージオは、汗を袖で拭いながら斧を置いた。順番を代わろうと歩み寄ってきた彼に、上条はタオルを投げ渡しながら訊ねた

 

 

「傷の具合はどうだユージオ?」

 

「うん、丸一日寝込んだらすっかり良くなったよ。痕が少し残ってるけどね。カミやんの方は大丈夫?昨日は精魂尽き果てて死んだように寝てたって話だったけど…」

 

「ははっ、精魂尽き果てたのはお互い様だろ。それに俺はユージオがいなかったら死んだように寝るどころか、本当に死んでたのかもしれないんだからな」

 

「冗談に聞こえないのがかえって怖いよ」

 

 

ユージオが苦笑しながら言うと、上条は開いていた自分のステイシアの窓に再び視線を落とした。そしてなにかを確認すると、窓をそっと閉じて腰を上げた

 

 

「・・・なぁユージオ、あの洞窟でセルカの神聖術を受けていた時、誰かの声が聞こえてこなかったか?」

 

「声?いいや、僕はカミやんを庇ってからはもう全く意識がなかったから、別に何も聞こえなかったよ。カミやんは何か聞こえたのかい?」

 

「いや……じゃあもう一つだけ質問させてくれ。『キリト』。この名前に聞き覚えは?」

 

「キリ、ト…?う〜ん、なんだか引っかかるようなそうでないような…でも、聞き覚えがあったとしても会ったことは無いと思うよ。ルーリッド村にそんな名前の人はいないから。ひょっとして、カミやんの知り合いだったりするの?」

 

「・・・そうか。いや、俺もなんか頭の中に引っかかってるだけなんだ。気にしないでくれ」

 

(気のせい…で済ますには早すぎるか。元々このソウル・トランスレーターの世界はキリト側の世界の技術なわけだ。どっかでアイツが関わってたとしてもおかしな話じゃない。それに、俺の右手に幻想殺しがあるかどうかは分からず終いだ。まだまだこの世界には謎が多いな)

 

 

そう考えながら上条はギガスシダーに立てかけられた竜骨の斧ではなく、先日ユージオが持ってきてからそのままになっていた、鞘に収まっている青薔薇の剣の柄に手をかけた

 

 

「ちょっ、何してるんだよカミやん。おととい試してみて、その剣は使えないって結論に至ったじゃないか」

 

「まぁそう言わずに見てろって。それに、今回はちょびっとカミやんさんにも自信があるんだ」

 

(昨日のゴブリンの一件で俺のオブジェクトコントロール権限は青薔薇の剣が要求する45を上回った。まぁ純粋にクエストやらをクリアした影響かなんかで経験値的な何かが入ったんだろ。そんで俺のこの推測が合ってれば…)

 

「よっ!っと……」

 

 

微笑を浮かべながら言うと、上条は耳に心地いい金属音を響かせながら、見事な鞘走りで青薔薇の剣を抜いた。そして、剣を右手に持って何度か試し振りしてみたところで、ユージオが驚愕の声を漏らした

 

 

「ええっ!?お、重くないのかい!?」

 

「あぁ、軽い軽い。多分だけど、今ならユージオもこんくらいコイツを軽々と扱えると思うぜ」

 

(さって…んじゃ行きますかね。今度はちゃんと当たってくれよ…『ホリゾンタル』!)

 

 

上条は神妙な面持ちでギガスシダーの前に立ち、切り込んでいる溝に対して水平に青薔薇の剣を振りかぶった。そして脳裏にSAOで数えるほどしか使わなかったソードスキルを可能な限りでイメージし、流れるような身体の動きと迸る光の衝動の中で吠えた

 

 

「おおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

横一文字、一閃。かの『ホリゾンタル』の再演を、上条は確かなイメージ力で成し得た。青薔薇の剣の先は、非の打ち所もないほど完璧に溝を捉えると、まるで稲妻の如く走った刃は鋼鉄よりも硬い幹をごっそりと削り取り、天にも届く巨樹の体躯はビリビリと振動していた

 

 

「・・・お、おぉ…まさかここまで派手に削れるとは…あっ!?そういや今の天命いくつだったか見忘れてたな…まぁいいや、何回か今のやってればあっという間に切り倒s…」

 

「か、カミやん!ひょっとして今のは『剣術』かい!?」

 

 

自分の想像以上にギガスシダーの幹が削れた上条に対し、ユージオは削れた巨樹よりも上条の使ったソードスキルに深い関心を示していた

 

 

「んぁ?剣術?まぁそうっちゃそう…か?」

 

(まぁそりゃこんな風にソードスキルが発動するくらいだもんな…剣術とか剣に技なんて概念がある世界観なのか?)

 

 

ユージオに問われた上条は、すっかり軽々と扱えるようになった青薔薇の剣を逆さにして杖代わりにすると、頬を掻きながら慎重に言った

 

 

「驚いたよ…正式な剣術っていうのは普通、衛兵隊でなきゃ教えてくれないんだから。ひょっとすると記憶を失う前のカミやんは、大きな街の衛兵だったのかも」

 

「い、いやそう言われてもな…こんなのただちょっとだけ想像力を捻って剣を横に振っただけなんだぜ?そんな衛兵になれるほど剣の腕が立つなんてとても…」

 

 

そこまで言って上条はハッとした。自分は2年半前のSAOでは第一層で剣を捨てたが、それは半ば致し方ない理由だった。もし仮に、同じくSAOにいた御坂美琴のように剣を振り続けていたらどれほど上達したのだろう、と考え込んでしまった。しかし、そんな事情など知る由もないユージオは瞳を輝かせながらまくし立てるように続けた

 

 

「そんなことない!そもそもそれがすごいことなんだよ!カミやん、君の剣術の流派はなに!?その名前も思い出せない!?」

 

「り、流派…?そうだな…」

 

 

またしても頭を抱えて考える。特に流派はないのだが、自分が剣を振り続けた将来を考えたビジョンがどうにも脳裏に残る。上条は何度か首を唸って一呼吸置くと、少し勿体ぶりながら口を開いた

 

 

「強いて言うなら…『アインクラッド流』…ってとこだろうな」

 

 

それは上条にとって、ある種のリスペクトのようなものだった。例えあの世界で拳を握らずに剣を振り続けたところで、土台になるのはあの世界の剣術に他ならない。そう考えた末に、自分が使った剣技にそう名前をつけたのだった

 

 

「へぇ…不思議な名前だね。聞いたことはないけど、もしかしたらそれが君の先生の名前か、それとも暮らしていた街の名前なのかも」

 

「あはは、師匠に街なぁ…あながち間違いでもないか…」

 

「・・・ねぇ、カミやん。その…もしよかったら…!」

 

「剣術を教えてくれないか、って?」

 

 

ユージオの真っ直ぐな瞳を見て察した上条が聞くと、ユージオは少し驚いた様子をみせたが、すぐに何の躊躇いもなく首を縦に振った

 

 

「あ〜…そりゃ別にいいんだけどよ…さっきも言ったように俺ほんとに剣の腕が立つわけじゃないんだぞ?使える剣術だって覚えてて6つがいいところだ。それでも…」

 

「技の数なんて関係ないよ。僕はもう決めたんだ。たしかに禁忌目録では、『複数の天職を同時に兼務すること』は禁じられてる。これから僕が剣術を学ぶことは、今の自分の天職を…疎かにすることかもしれない…」

 

 

服が皺になるほど強く、ユージオは拳を胸元で握りしめていた。それはまるで、彼の心からの叫びのように上条には聞こえていた。ユージオは俯いていた顔を上げると、強い光と覚悟を宿した緑色の瞳で上条の眼を見据えると、掠れそうな声で言った

 

 

「・・・でも、それでも僕は強くなりたいんだ。もう二度と、同じ間違いを起こさないためにも。失くしたものを取り戻すため、僕はこの木を切り倒して剣士に…いや、整合騎士になって、アリスを助けに行くんだ!」

 

「だからカミやん、僕に剣を教えてくれ!」

 

 

上条は思わず自分の目頭が熱くなったのが分かった。それほどまでに心が打ち震えた。目の前の少年の決意に、込み上げてくるものがあった。上条はそれをごまかすようにくっと笑うと、ゆっくりと頷いた

 

 

「わかった、任せろユージオ。だけど修行は厳しいぞ。なんたって教える俺がそもそも凡骨なんだからな」

 

「百も承知だよ。それがずっと、僕の望んできた道なんだ。よろしく、カミやん」

 

 

上条が悪戯っぽく言って右手を差し出すと、ユージオも少し口許を緩めてがっしりと彼の右手を握り返した。そして上条は突き刺していた青薔薇の剣を抜くと、持ち主であるユージオにそっと手渡した

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

上条がユージオに剣を教え始めてから5日が経過していた。剣術を教えるとは言っても、上条に剣道の覚えなど全くないので、大雑把な剣の振り方と、かろうじて覚えているソードスキルを、一先ずユージオに詰め込んだ。そしてユージオは上条から教わったそれを、格好の練習台であるギガスシダーにひたすら叩き込んでいた

 

 

「せいっ!やあっ!」

 

「ZZZZZZ( ˘ω˘ )」

 

 

そのギガスシダーの木陰で、自分が覚えている大方の剣術を教え終わった上条は昼下がりの惰眠を謳歌していた。体温をほどよく暖ためてくれる木漏れ日と涼しげな風に晒されては、襲いかかる睡魔に歯が立たなかったのだ

 

 

「もう、カミやん。起きてちゃんと僕の剣を見てよ。もう今日で200回は振ったよ?」

 

 

そんな彼を見かねたユージオは、ギガスシダーの根元に青薔薇の剣を突き刺して彼の元へ寄り、寝息を立てる肩を揺らした

 

 

「んぁ?無理言うなよユージオ…今を生きる大学生のカミやんさんが、5時半起きを一週間続けただけで十分快挙なんだぞ?その上朝から晩まで剣と斧を振るってんだから、昼寝の一度や二度は大目に見ても『ステイシア神様』は怒らないと思いますのことよ?」

 

「だ、ダイガクセイ…?新しい剣術か流派か何か?」

 

「流派…というよりも天職だな。まぁそんなことはいいんだよ。まぁそのカミやんさんの惰眠を阻害しようと思うほどには、剣が上達したのでせうかユージオ君?どれ、アインクラッド剣術その1、ホリゾンタルをいっちょカミやん先生に見せてくれよ」

 

「まったく、調子いいんだから。でも、自分の腕に自信がないわけじゃないんだからね。驚いて腰抜かしても知らないよ?」

 

 

そう言うとユージオは、ギガスシダーに歩み寄り、突き刺していた青薔薇の剣を抜いた。そしてこの5日間、手に持っている剣で刻み続けた末にその巨躯の6割ほどまでに届いた切り込みの前に立ち、剣を構えて深く呼吸をした

 

 

「ふぅーーーっ……はあああああっ!!!」

 

「ーーーッ!?」

 

 

剣人一体。そう呼ぶに相応しい、非の打ち所がない一太刀だった。ユージオの凛々しい姿に、上条は思わず息を呑んだ。水平に振られた青薔薇の剣は、ライトエフェクトを伴って光り輝き、ギガスシダーの樹木と天命をゴリゴリと削っていった。剣を振り終えたユージオは、その確かな手応えに口許を緩めると、清々しい表情で上条の方へと振り返った

 

 

「どうだい?自分で言うのもなんだけど、完璧だったんじゃないかな?ホリゾンタルは連続技の『シャープネイル』ほど難しくはないからね。まぁ、カミやんが教えてくれた通りにやってるだけなんだけd…」

 

「あ、あわわわわわわわわ………」

 

 

満足げに語るユージオがふと上条の表情へ目をやると、その顔は動揺と焦りで覆い尽くされており、本当に腰でも抜かしたかのように足腰がガクガクと震えていた

 

 

「あ、あれ?そんなに驚くことかな?多少買いかぶったとしても、剣術はカミやんの方が全然上手だと思うんだけど…」

 

「・・・う、後ろ…後ろ…」

 

「え?僕の後ろがどうかした……!?!?」

 

 

不思議そうに尋ねるユージオのことなど気にもとめず、上条は何かに怯えるように彼の背後を指差していた。その指先を追うようにユージオが振り返ると、そこにはミシミシと不気味に軋む音を立てながら葉を落とし、こちらに向けて倒れようとする巨樹の姿があった

 

 

「け、削りすぎたのかな…?もう幹がギガスシダーの自重を支えきれてない?ひょ、ひょっとしなくてもこれは…」

 

「あ、あぁ…」

 

「「死ぬううううう!?!?!?」」

 

 

ユージオは青薔薇の剣と竜骨の斧を、上条は青薔薇の剣の鞘を大慌てで拾い上げてその場から駆け出した。みっともない悲鳴をあげたのも束の間、ギガスシダーはオレンジ色に染まり始めた空を裂きながらゆっくり、ゆっくりと倒れ、大地に向かって頭を垂れていった

 

 

「「ぎゃああああああああ!?!?」」

 

 

再び巻き起こる悲鳴、そして雷でも落ちたかのような凄まじい轟音と砂塵。ついにその巨体を横たわらせた巨樹は、周囲の村や街に届くほどの地響きを引き起こした

 

 

「・・・い、生きてるかいカミやん…?それとも死んだ…?」

 

「し、死んだと思う…あぁ、川の向こうで父さんが手を振って…いや、上条刀夜さんはまだご健在だったな…」

 

 

そのありあまる衝撃の余波で、カミやんとユージオの身体はまるでボロ雑巾のように吹っ飛んだ。舞い上がった砂塵の中で二人はゴロゴロと丘を転がっていくと、ようやっと勢いが止まった先で、掠れた声のまま冗談を言い合っていた

 

 

「・・・とりあえず、おめでとうユージオ。なんやかんやあったが、樵の天職、アインクラッド流剣術見習い、一緒に卒業だ」

 

「・・・ねぇカミやん。これって夢じゃないよね?」

 

「もしも夢だったら、今吹っ飛ばされた時にとっくに覚めてるさ」

 

「・・・そっか。あは、あはははははは…あはははははははははははははははははははははは!!!」

 

「へっへ…あっはははははははははは!!!」

 

 

夕暮れの日差しが暖かい丘の上、少し離れた村の喧騒が耳に聞こえる中で、上条とユージオは仰向けになったまま、無邪気な子どものように何もかもを忘れて、ただ面白おかしく笑った。新しい物語の始まりに胸を踊らせながら、上条とユージオは自身を照らす夕陽が落ちるまでひたすらに、心の底から笑い続けた

 

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