「ここ最近、学園都市…あるいはALOで誰か一度でもアイツの姿を見た人はいる?」
ある日の夜、美琴はALOで自分の所属するパーティーが拠点にしているログハウスに、クライン、エギル、リズベット、シリカ、シノンを集め、開口一番に言った
「アイツ…ってもしかしなくてもカミやんのことよね?たしかに…言われてみれば最近見てない…わよねシリカ?」
「そうですね…以前はたまに学園都市で見かけることはあったんですけど、リズさんの言う通り最近は見てないですね。カミやんさんの学究会の発表はリズさんと一緒に見に行ったんですけど、会ったというか、カミやんさんを見たのはそれが最後でしょうか」
共有の円卓に備え付けられた椅子に腰掛け、まだ湯気が立っている紅茶のカップを片手に、自分の記憶を辿るようにリズベットが言うと、彼女の隣に座るシリカが言い、次いでエギルが口を開いた
「そういやウチの店にもしばらく来てねぇな。クラインはどうだ?」
「いんや?前に飲みに行こうってメールで誘ったんだが、そん時は学究会だかなんだかの準備が忙しくて無理だって断られちまってよ。そっからは俺も仕事が忙しくなっちまって連絡取ってねぇな。むしろミコトから連絡受けて今日ここにログインしたのが久しぶりなぐれぇだ」
自身のアバターの顎髭をいじりながらクラインが言うと、美琴は次にソファーへと腰掛けているシノンの方へと目配せし、その視線を受け取ったシノンも肩を少し浮かせ、両手の平を見せながらため息をついた
「私も見てないわ。近々GGOで第五回Bo Bが開催されるから、出場をけしかけてやろうと思ってはいるんだけど…前にここで見た時は学究会の資料書いてて、キーボードと真剣に睨めっこしてたから、軽く声をかけただけで辞めておいたわ」
「・・・やっぱり境目になってるのは学究会をやってた日…か…」
シノンの話を聞いた美琴は、机に両肘をついて組んだ手を鼻の下辺りに当てながら考えると、それぞれの供述に登場した行事の名を口にした
「はは〜ん?さては愛しのカミやんの顔が見れなくてヤキモキしてるわねミコト?」
「・・・リズ、あんまりこんな風に言いたくはないんだけど、そんな冗談言ってられるほど事態は軽くないと思うのよ」
目を細めながらからかうように軽く言ったリズベットに対して、美琴は一拍置いて真剣な眼差しを向けながら言った。そんな彼女の表情を見たリズベットは思わず怯んだ
「そんなに騒ぎ立てるほどかしら?現に今だってクラインさんも久しぶりにログインしたって言うくらいだし、カミやんにも事情があったりするだけなんじゃないの?学究会が終わって燃え尽きてるとか…」
「その学究会が終わってから1週間、アイツと連絡が一切取れなくなっててもそう言えるかしら?」
「・・・えっ!?」
シノンの言葉を遮るように美琴が口を開くと、どこか上の空で会話を聞いていたシリカも驚愕の声をあげ、彼女以外の全員も美琴のその一言に怪訝な顔を見せた
「連絡が取れないっていうのは…電話じゃなく、メールとかもダメってことか?」
「ええ。ALOのメッセでも、現実の携帯のメールでもね。最初は学究会のあった日に、私もアイツの発表見に行ったから労いのメールを送って、返信がなかっただけなのよ。でもその日は学究会を聞いてた他校の生徒とか教師からの質問のメールもあるだろうし、仕方ないかなって思ってたの」
エギルの質問に対して、首を縦に振ってから話す美琴の表情は、誰が見ても分かるほどに曇っていた。そのせいもあってか、ログハウスの中どころか、周りすらも異様な空気感が支配し始めていた
「私はそれから3日間、毎日ALOにログインしたり、第七学区を適当に歩いてみてもアイツに会えなくてね。だから夜に試しに一回電話してみたのよ。だけど、出てくれなかった。ALOのログは学究会の2日前くらいで止まったままだから、現実で生活してるのは間違いないのに」
「ぐ、偶然なんじゃねぇの?そん時は風呂入ってたとか、酒でも飲んでたとか…」
「それから今日までメール34通、電話15回をわざとスルーされてたなら、私のメンタルがバキバキになるだけで済んだんだけどね」
「お、おぉ…そうか…」
まだ事の重大さを感じ切っていないクラインに対し、美琴が皮肉を交えながら言った。そしてそこまで細かく把握していることに、クラインが少し引き気味で呟いた
「それこそ偶然なんじゃないの?携帯が壊れてて連絡が取れないとか、私もGGOの事件で実感したから言うけど、あんまり人の事情を詮索しすぎるのも良くないんじゃない?」
「私も…帰還者学校に通う身としてはそう思います」
「・・・そうね。私も、最初はそう思ってたのよ」
「そうよ、シノンとシリカの言う通り。間抜けのカミやんの事だし、そのうちひょっこりここにも顔出すわよ。はい、これでこの話はおーしま…」
「だけどこの1週間、学園都市のどの監視カメラにもアイツの姿が映ってなかった時は流石に焦りを覚えたから、私は今日ここにみんなを集めたのよ」
「「「!?!?!?」」」
リズベットが強引に話を切り上げて席を立とうとしたところに、美琴が今回の話の核心を突いてきた。その一言に、美琴以外の五人は全身から血の気が引いていった
「が、学園都市のどの監視カメラにもって…学園都市全体のこと言ってんのかミコト?さ、流石に冗談キツくねぇか?学園都市中の監視カメラつったら何万…それこそ何十万台はあるぜ?それしらみ潰しに全部調べたってーのか?」
「一昔前の刑事ドラマの見過ぎよクラインさん。今の学園都市の技術なら、書庫から調べようとしてる人のデータを監視カメラに照合させれば一致した人を勝手に割り出してくれるのよ。その何十万台ある監視カメラのデータを集めるのだって、私の能力と風紀委員の初春さんと、その初春さんの手塩にかけられた佐天さんの技術を合わせれば造作もないことだわ」
「じゃ、じゃあ学園都市の外に出たとかよ…いやそれこそ監視カメラに映らなきゃおかしいし、そもそも外出許可取るし…あ〜…」
あっさりと論破されてしまったクラインが頭をガシガシと乱暴に掻いた後で押し黙ると、続いてシリカが美琴に意見を呈した
「話の重大さはそれなりに理解しました。それで話の腰を折るようで悪いんですけど、カミやんさんの家とか大学に行ってみたりはしたんですか?私は監視カメラとかを確認するよりも先に、そっちを調べた方が手っ取り早いと思うんですけど…」
「もちろん調べたわよ。今の監視カメラ云々の発言は、その方がみんなに現状がいかに重大かを伝えるためのインパクトがあるだろうから引き合いに出しただけで、アイツの自宅と大学はいの一番に調べたわ」
「・・・んで、その結果は空振りだったわけね」
リズベットの言葉に対して、美琴は静かに頷いた。それから少しの間を置いて、なにかを思い出したようにハッとしたシノンが言った
「そういえば、学究会のあった日に、カミやんが大学でGGO事件の共犯の一人だった金本淳に襲われたって黄泉川先生が学校で教えてくれたわ。ひょっとしたらそれと関係が…って、それはカミやんが自力で解決したって言ってたわね…」
「ええ。私もその話をアイツの大学で聞いたの。だから持ち帰って風紀委員177支部の方でも調べてみたんだけど、別段その件はあっさり片付いたみたいで、特になんの問題もなかったみたい」
自分で自分の意見を否定したシノンに美琴が補足を入れると、普通にしていてもしかめ面に見えるエギルが、これまたバツの悪そうな顔をしながら口を開いた
「ある日を境に連絡も取れない、街中の監視カメラにも映ってない。そうなると、一番可能性が高いのは誘拐…か?」
「それこそあり得っこないわよエギル。学園都市の能力者を狙った誘拐事件とかは時たまあるらしいけど、無能力者のカミやんだったら、もし仮に誘拐されてたとしても目的は身代金じゃない?だったら一週間も身代金の要求とか、何かしらのコンタクトがないのはおかしくない?もしその要求とか事件性があれば今回の件を調べてる内に、アレやコレやとパイプで繋がってる風紀委員の方で何かしら情報があるはずよ」
「私もそう思いたかったんだけど、やっぱり一番可能性が高いのは誘拐だと思うのよ」
エギルの意見を否定していたリズベットの言葉に美琴が首を振ると、引き合いに出ていた誘拐の可能性を改めて肯定した
「ゆ、誘拐って…さっきもリズが言ってた通り、美琴のその口振りだと身代金の話はないのよね?他の目的になにか心当たりはあるの?」
シノンの質問に、美琴は数秒の間沈黙してからゆっくりと頷いた。そして深く呼吸を置くと、静かでありながら、どこか重みを感じる口調で言った
「・・・この中で、アイツの学究会の発表を聞いたのは、私とリズとシリカさんだけ?」
「「「・・・・・」」」
美琴の言葉に、五人それぞれが言葉なく顔を見合わせると、美琴に視線を戻してから全員で静かに頷いた
「・・・そう。二人とも、率直な感想を聞かせてほしいんだけど…学究会のアイツの発表を聞いてて、どう思った?」
名指しで問われたリズベットとシリカは、互いに数秒の間見つめ合った。そして、すっと目を閉じた後で美琴の方に向き直ったリズベットが最初に口を開いた
「その…最初の方はね、まじめな顔で仮想世界の未来を話すカミやんなんて全然らしくなくて、あたしとシリカは二人で少し笑いながら聞いてたのよ。でも、後半になるにつれて、アイツの発表を聞けば聞くほど…怖くなった」
「私もです。話の大半は難しくて理解できなかったんですけど、空席が目立っていた会場には不釣り合いなほどに、聞いていた全員が騒ついてたのはよく覚えてます。その雰囲気だけで、カミやんさんが語っていたモノがどれほど規格外なのかは、嫌でも伝わってきました」
「そ、そんなスゲエ内容だったのか?カミの字の学究会のレポートってやつは」
真剣な表情でそう語るリズベットとシリカを見たクラインは、とても信じられないといった態度で尋ねた。そんな彼に対して、美琴はコクリと頷いてから答えた
「正直言って異様だったわ。私は辛うじてそれなりに内容は理解できたんだけど、最初は信憑性がない突拍子な話だと思ってた。けど、話の終わり頃には自分の中にある疑う気持ちがほとんどなくなってた。それと同時に、コレは本当にアイツが考えたものなのか。もしそうだとしたら、アイツは仮想世界に革命をもたらすんじゃないか…とすら思ったわ」
「・・・つまるところミコトは、そのレポートを狙った誰かの手でカミやんが誘拐されたんじゃないか…と、そう思ってるのね?」
シノンの問いに、美琴はゆっくりと頷いた。そのただ首を縦に振るだけの動作に、その場にいた全員が最悪の状況を想像し、言葉を失っていた
「やっぱりそんな風には考えたくなくて、今日みんなを集めて聞いてみたのよ。ひょっとしたら誰かアイツを見かけたりしてるんじゃないか…なんて思ったんだけど…ね」
「うん、まぁそりゃ…そう考えるミコトの気持ちは分かるわよ。むしろあたしの方こそ、最初は冷やかしたりして…ごめん」
「う、ううん。いいのよリズ。まだそうと決まった訳じゃないし、まだ最有力候補の人に話は聞いてないから」
しおらしく謝罪するリズベットに、美琴は一旦表情を緩めてそう言った。そして、美琴が口にした言葉を疑問に思ったエギルが尋ねた
「最有力候補?まだ誰か聞いてないヤツがいるってことなのか?」
「うん、まぁね。でも大丈夫。その子には私からちゃんと事情を聞いた後にみんなに話すから。色々と混みいった事情があってね」
「そ、そうか…」
「出来れば私としても…あの子達に疑いの目を向けたくはないんだけどね…」
「・・・?あ〜…その、よ。俺はその学究会とかいうのに行ってねーから分かんねーんだけど、本当にそんなスゲーのをあのカミの字が書いたのか?確かにあの野郎は、仮想世界にはそれなりの理解があるみてーだけどよ、そういうのに関しちゃキリの字のがいくらか上というか…」
美琴が俯きながら何かを呟いていたが、特に気にもせずクラインが歯切れ悪そうにずっと疑問に思っていたことを口してみたところ、俯いていた美琴が顔を上げて話した
「私もそう思って、アイツの発表にあった…ソウルトランスレーション・テクノロジーについて色々と調べてみたのよ。でも、それらしい情報なんて一切なかった。とても信じられないけど、あれはやっぱりアイツ自身が考え出したモノなんじゃないか…そう思った時だった」
「・・・え?」
話を締めようとしたところで、美琴は180度話題を変えるような明るめの口調で言った。その口調に少し驚いたシリカが素っ頓狂な声を上げ、五人は今以上に食い入るように美琴の話へと耳を傾けた
「ソウルトランスレーション・テクノロジーそのものについてはなんの情報もなかった。でも佐天さんが都市伝説の掲示板で、フラクトライトに関して1つだけ、とある話を見つけてきたのよ」
「と、都市伝説って…そりゃカミやんのあの発表自体が都市伝説っぽいところはあったけど、そんなマユツバなもんアテにしていいわけ?」
「それに関しては私も同意見。だけどよくよく考えたら私って、佐天さんに話を聞いたり、巻き込まれたりしてるウチに学園都市の都市伝説と結構エンカウントしてるのよ。だから学園都市にまつわる噂みたいなものって、あながち全部が全部噂とか、空想上の産物って片付けるのは早計だと思うの」
「じゃあその都市伝説って、具体的にはどんな内容なの?」
シノンに聞かれた美琴は、左手をスライドしてメニュー画面を呼び出すと、ブラウザを起動して件の都市伝説掲示板サイトを開き、五人の手元へウィンドウを飛ばした。そして各々が目を通していく中で、淡々と語り始めた
「これがその都市伝説。学園都市が秘密裏に進めていたと言われている計画の内の一つ。事の発端は4年前のSAO事件が起きる少し前のこと。第三次世界大戦の幕開けが懸念されていた頃の話」
「アイツのレポートの場合は、仮想世界とフラクトライトが一緒になって出てきたけど、この都市伝説が言う内実はその逆。学園都市は仮想世界を作り出した頃には、とっくにフラクトライトの存在に気づいていた。そしてそのフラクトライトを用いて、ある新型の人工知能の開発を学園都市は秘密裏に画策していたらしいわ」
「けれど、その人工知能の活躍の場として期待されていた第三次世界大戦が開戦に至らなかったことで、結局この計画はお蔵入り。それどころか、SAO事件が起こってからは仮想世界に関する都市伝説の情報はSAOの事ばかり。おかげで佐天さんはこの話を探すのにかなり苦労したみたい」
「・・・なるほど。胸糞悪い話だが…都市伝説と捨て置くには確かに早計だな」
一足先に掲示板の全文に目を通したエギルが、腕を組んでため息をつきながら言った。そしてそれに続いて、首筋に冷や汗を滲ませながらシリカが口を開いた
「これってつまり…この計画が行き着く先に誕生するAIって…!」
「戦争で人を殺せる…人工知能…?」
震えた声で聞くリズベットに、美琴は静かに頷いた。そして自分も手元のウィンドウへと視線を落とし、その続きを読み上げた
「汎用型人工知能を超えた人工知能。その名も『Artificial Labile Intelligent Cyberneted Exsistance』。それぞれの頭文字を取って『A.L.I.C.E』」
「・・・『人工高適応型知的自立存在』…ね。言い得て妙というか…もはや末恐ろしいわね。そんな代物を考えついたこの都市が」
美琴が放った英単語の羅列を瞬時に翻訳したシノンがバツの悪そうな顔で言った。そして美琴が話をまとめ上げるように、どこか重みを感じさせる口調で言った
「この都市伝説で語られてる計画の究極の目的は、この人工知能A.L.I.C.Eを生み出すこと。それが…」
「『プロジェクト・アリシゼーション』」