とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第18話 修剣学院

 

「1年間の総ざらいだ。そのつもりで来いカミやん」

 

 

えー…この場は上条さんによる自分語りの提供でお送りいたします。ルーリッド村を出てはや2年が経過しました。俺とユージオはザッカリア剣術大会で優勝を果たし、ザッカリアの衛士隊へ入隊。その後、まぁ特に目立った活躍したかと言われりゃ特に覚えもないが、若い俺たち二人組の頑張りに目を見張った衛士隊のお偉いさんが『北セントリア帝立修剣学院』なる剣の学び舎へ推薦状を書き、断る理由も特にないので入学試験を受けて合格。入学及び入寮したのであります。それが丁度一年前

 

 

「オッケーです、『リーナ先輩』」

 

 

それから1年間、私こと上条当麻はユージオや目の前で手合わせしている超絶美人な先輩と共に、剣の修行に励んでいたわけであります。俺自身もSAOではあっさり剣を捨てて拳を握ってしまったため、自分の剣の才能がどれほどのモンなのか、果ては自分がもしも必死に剣術に励めばどれほど大成するのか…なーんてSAOを体験した身からすれば密かに気にはなっていたので、この修剣学院で過ごした一年は良くも悪くも様々な刺激に溢れていてそれなりに楽しかった訳です

 

 

「ーーー始めっ!」

 

 

そんでこれは…まぁ持論になってしまう訳ですが、俺自身が普段身をもって実感しているように人には運気の差があり、無能力者である手前、人間には向き不向き、才能の差がかくあるものだと思うわけです。え〜…折角の自分語りで悦に浸っているところ名残惜しくはあるのですが、妙に長ったらしいのも苦手なのでこの辺で締めたいと思います。結論から申し上げますと、私こと上条当麻には………

 

 

「はあああああっ!!!」

 

 

剣の才能はなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「くあああぁぁぁ…」

 

「欠伸をするならせめて口を閉じなよ、カミやん」

 

 

アンダーワールドの太陽、『ソルス』が頂点に差し掛かる少し前、特大の欠伸を奥歯から噛み殺しながら、上条はユージオとセントラルの市場を練り歩いていた。様々な店に食べ物や装飾品、娯楽品が立ち並び、多くの住民で賑わうその光景はさながら王道RPGの城下町を連想させるほどだった

 

 

「いやぁこればっかりはなぁ…なんせ農場の藁で眠る生活が長すぎたせいでベッドが気持ち良すぎて眠りが深いんだよ」

 

「まぁその気持ちは分からないでもないけどね。でも学院の寮に入って一年経つんだよ?藁で眠ってた時間ともうほとんど変わらないじゃないか」

 

「おぉ、もうそんな経つのか…しかし、我ながらよく俺たち二人ともザッカリアの剣術大会で優勝できたこった」

 

「何言ってるんだよ。僕に剣を教えたのはカミやんなんだから、そうでもしてくれないとアインクラッド流の示しがつかないよ」

 

「ユージオは俺を買いかぶりすぎだよ。俺が剣術大会の決勝で勝てたのは、相手の流派の『秘奥義』が単発技で、俺の使った『スネーク・バイト』が二連続技だったってだけ。実力ってより技の勝ちだ。今じゃ俺なんかよりユージオの方がよっぽど強えよ」

 

「そ、そんなことないと思うけど…それに、技の違いだって言うなら、技だって立派な実力の内だと僕は思うよ」

 

「謙遜すんなって。いい機会だ、なんだったら後で一回本気で立ち合ってもいいぜ?今日は安息日だけど、別に一度くらいは…」

 

「ほう?私はお前をそんな規矩準縄を重んじない人間に育てた覚えはないぞ、カミやん」

 

 

市場を歩く二人に横から声をかけたのは、上条達と同じくらいの背丈に、腰のあたりまで伸びたダークブラウンの髪をポニーテールで結い、桜色を基調にし、少し紫を覗かせるワンピースを着た麗しい女性だった。その女性、『ソルティリーナ・セルルト』を目にした途端、上条は背筋を伸ばして焦るように口を開いた

 

 

「おっ、おはようございますリーナ先輩!いえ、今のはそのなんというか、言葉の綾と言いましょうか…!えっとですね…!」

 

「冗談だよ。こんなところで会うとは奇遇だな。そちらの君は…ユージオ君、だったかな?カミやんから話は聞いているよ」

 

「あ!はい!お目にかかれて光栄です!ソルティリーナ上級修剣士殿!」

 

 

リーナに声をかけられたユージオもまた、上条ほどとはいかないが背筋を伸ばして顎をひき、ハキハキとした口調で返事をした

 

 

「ふふっ、そんなに緊張するな。そこの私の『傍付き』が言っていた通り、今日は安息日だろう?」

 

「ソルティリーナ先輩は、今日は何の用事で?」

 

「私か?実家に帰っていたのだが、買い出しを頼まれてしまってね」

 

「お、お手伝いいたしましょうか?」

 

 

手元にある小包を見たユージオは、一歩前に出てそう聞くと、リーナは少し面食らった表情を浮かべたが、フッと笑ってからユージオに言った

 

 

「君がか?君は『ゴルゴロッソ・バルトー』殿の傍付きだろう?」

 

「で、出すぎた事を…失礼しました!」

 

「それに、もし名乗りでるとしたら私の傍付きが先じゃないか?」

 

「そ、そりゃもちろんですとも!今のはユージオに先を取られただけですのことよ!?」

 

「まったく口だけは達者だなお前は…気持ちはありがたく貰っておくよユージオ君。だが、大した物は買わないので大丈夫だ。折角の安息日くらい、仕事を忘れていいのだぞ?先のカミやんへの言及の意味も含めてな」

 

「き、肝に命じておきます…はい…」

 

「と言っても、その仕事ももうお終いか…私達は卒業だからな」

 

 

ガックリと肩を落として、後ろ頭を掻きながら言う上条に、リーナは少し微笑むと喧騒のやまない市場を見つめながら、どこか名残惜しいように言った

 

 

「もっと色々教えて貰いたかったです。リーナ先輩」

 

「そう言ってもらえると、先輩名利に尽きるよ」

 

「・・・明日からも、よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「・・・あぁ、こちらこそよろしく頼むよ」

 

 

そう言って上条とユージオは、腰の角度がほぼ直角になるほど深々と頭を下げた。二人していきなりハリのある声で言われたせいもあって、しばらく呆気に取られていたリーナだったが、先ほどまでの哀愁を感じる表情は既に見えなくなっていた。清々しげな口調で軽く手を振ると、彼女は市場の雑踏の中へと消えていき、上条とユージオはしばらく無言のままその背中を見つめていた

 

 

「・・・はぁ〜〜〜…」

 

「そんなため息吐くほど緊張することか?」

 

「だってソルティリーナ先輩綺麗だし、すごく迫力があるからさ」

 

「ははっ、そりゃ違いないな。稽古で手合わせする時のリーナ先輩の気迫は凄まじいの一言だからな」

 

 

リーナと別れてそのまま市場の奥へと歩を進めていく上条は、ユージオの言葉に日頃のリーナとの鍛錬を思い出し、少し苦笑しながら言った

 

 

「ゴルゴロッソ先輩の気迫も凄いんだよ。僕、なんだかんだ一年間の稽古で先輩から一本も取れたことないんだよね」

 

「そんなんカミやんさんだって同じだよ。リーナ先輩の強さたるや、アレで次席とか世の中どうなってんだか。主席の『ウォロ・リーバンテイン』先輩は一体どれだけの怪物なんですかねぇ…」

 

「本当だよね。僕たちが先輩に勝つところなんて、想像もできないよ…」

 

「全く、なんでそんな優秀なリーナ先輩が俺みたいなのを傍付きに指名したんだろうか…永遠の謎だよなぁ…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっ!はっ!」

 

 

日も暮れ始めている中、上級修剣士寮の修練場では、上条当麻と彼の先輩に当たる人物、紫色でカスタムした学院の制服に身を包み、茶色の髪をポニーテールで結わえた麗人『ソルティリーナ・セルルト』が練習用の木剣で互いの剣術をぶつけ合っていた

 

 

「せいっ!」

 

 

リーナが気合の掛け声を発しながら連続で木剣を振る。上条はその剣筋を瞬時に見極め、攻め入る連撃を自分の木剣の刃ではたき落としていく。アンダーワールドに数ある流派の中でも、リーナの扱う『セルルト流』はかなり実戦的な剣術であり、これまで数々の仮想世界で戦ってきた上条と言えど、彼女が繰り出す剣技を防ぐのには四苦八苦せざるを得なかった

 

 

「でやっ!」

 

 

だが上条もそれだけでは終わらなかった。リーナの剣を防ぎきった上条が、勢いよく彼女の懐に飛び込んだ。だが上条の振る木剣はリーナに悉くかわされ、身体を捉える手前で彼女の木剣に防がれてしまう。そして上条が息を整えるために一歩後退すると、リーナはおもむろに後ろ腰に巻いていた鞭を左手に取った

 

 

「・・・それいっちゃいます…?」

 

「まぁ、これが最後だしな。少しくらいいいだろう?一年間の総ざらいだと言った」

 

「ごもっともで…お願いします!」

 

「しっ!!」

 

 

まるで気性の荒い蛇の如く、リーナが振るった白革の鞭が空気を裂きながら上条へと襲いかかった。この鞭はリーナが長剣以外で最も得意とする武器であり、動きには一切の淀みがない。間合いを物ともしないこの攻撃は確かに脅威だが、鞭の長さ故に初動から命中までのタイムラグが存在し、それをおよそ一年間見てきた上条にとってそれを躱すのは難しくなかった

 

 

「遅いっ!」

 

「そりゃこっちは片手なわけで…!?」

 

 

しかし、彼女が左手に鞭を取った後も右手の木剣は健在で、その双方を見切るのは流石の上条でも骨が折れた。やがて一進一退だった攻防が崩れ、上条が防御に徹し始めた

 

 

「ちょっ…!?」

 

「やあっ!!」

 

 

それを好機と見たリーナは、鍔がかち合った木刀を押し込み、ドン!と左足を踏み込んだ。そして木剣が翡翠色に輝き、セルルト流秘奥義『輪渦』を放った。その力強い押し込みに態勢を崩した上条には、ソードスキルの力を得た彼女の木剣を受け止めるだけの力は残っておらず、手にしていた木剣を弾き飛ばされてしまった

 

 

「・・・はぁ、流石ですね。リーナ先輩」

 

「お前も成長したな、カミやん。少なくとも鞭への対処は非の打ち所がない」

 

「いやいや、まだまだですよ。今のだって結局は押し負けたんですから」

 

「謙遜するな。稽古を始めた最初の頃とは見違えたではないか。それに最後だから言うが、アインクラッド流にはまだ私に見せていない『先』があるのだろう?」

 

「・・・まぁ」

 

 

リーナのその言葉に、上条は思わず喉を詰まらせた。たしかに上条がSAOから持ち込んだソードスキルは片手剣汎用型のものだけでも両手の指では数え切れない。しかし、上条がアンダーワールドで再現できたソードスキルは、片手剣汎用のなかでも三連撃までが限界だった。彼女の言う『先』という言葉に、自分の使えない技を含めていいものか思い悩んだ上条は、これといった答えを出せずにいた

 

 

「・・・えと…それは…」

 

「いや、いい。そのまま聞いていてくれ。一年前に私がお前を傍付きに指名したのは…いや、これは言わないでおこう。今のカミやんにこれを言うのはむしろマイナスだ」

 

「そ、そこまで言われると逆に気になるんでせうが…」

 

「ははっ、許せ」

 

「入学試験の順位だってユージオはまだしも、俺なんか上位12人中ギリギリのギリで12位ですよ?どうしてそんな俺なんかが次席のリーナ先輩の目に留められたのか、1年間それがずっと気がかりで、どうも何か裏があるんじゃないかと…」

 

「確かに傍付き指名制度を持つ特待生である上級修剣士は、進級試験の上位12名からなり、その席次順に指名を行う決まりになっている。だが指名される側の12人の初等練士に順位は関係なかろう。選ぶのはこっちの自由だ。それに、お前の剣風やアインクラッド流の剣技を見て、自分の剣術や流派がまだまだ未熟だったことを、私は嫌でも思い知ったよ」

 

「え、ええっ!?そんな、リーナ先輩は強いですよ!俺は結局、この1年間リーナ先輩からは一本も取れなかったじゃないですか!?」

 

「あぁ。だから私も二年間、ついにあやつを…ウォロを一度も凌駕しえなかった。君の言う通り『次席』のままでな」

 

「・・・・・」

 

 

上条に背を向けたまま語るリーナの背中は、女性とは思えぬほどの大きさで、生まれてからどれほど剣の鍛錬に打ち込んできたかを物語っていた。しかし、そんな彼女の背中も今だけは言いようのない不安が影を落としているように見えた

 

 

「正直に言おう。私はウォロと相対すると…竦んでしまうのだ。どれほど修練しても、あの剛剣を受け切れるという確信を我が身に宿すことができない。初等練士の頃から…いや、二年前の入学試験で初めてヤツの剣を見た時から…ずっとだ」

 

「先輩…」

 

 

弾き飛ばされた上条の木剣を拾い上げながら語る彼女の声は、とてもか細く弱々しいものだった。そんな彼女の様子にいたたまれなくなった上条は、かける言葉が見つからずにただ自分の唇を噛み締めていた

 

 

「だが、お前が私に勝てない理由は違う。お前自身も十分自覚の上だろうが、お前には剣の才能がない」

 

「・・・改めて言われると結構キますね」

 

 

それはこの修剣学院に入って一年で、上条が嫌というほど思い知った言葉だった。入学試験以外にもあった剣術の試験の結果のみならず、かつて自分が剣を教えたユージオにさえ劣る始末。周りとの差を感じ、上条が自分の剣の才能の無さに悲観するまで、そう時間はかからなかった

 

 

「だがそう悲観的になることもない。お前が私に勝てない理由は、剣の才能でも流派でもない。もっとお前自身という人間の根幹に関わる………」

 

「お、俺自身…?」

 

「っと…口を滑らせすぎたな。これ以上の言及は避けよう。正解を教わるのではなく、自らの手で導き出すのも、修練の一環だ」

 

「・・・そりゃまたなんとも難題なことで…」

 

「そう言うな。教えてやれるのはこれが最後なんだからな」

 

「だったら難題を残していくリーナ先輩は先輩としてどうなんです?」

 

「ヒントをやっただけ優しい方だろう」

 

 

少し微笑みながら言うと、リーナは木剣を上条の方へと投げ渡した。胸元に飛び込んできた木剣をしっかりと掴むと、上条は木剣の柄を握る右手を訝しげに見つめ、視線をリーナの方へと戻し、何かを決意したように口を開いた

 

 

「じゃあその教えとヒントのお返しとして、俺からも一つプレゼントを贈らせて下さいよ」

 

「プレゼント…というのは?」

 

「まぁ端的に言えば…この一年の集大成もかねて、今の俺…ひいては今のアインクラッド流が見せられる最高の技を見せます。どちらにせよその内完成させなきゃいけないと思ってたんで、良い機会です」

 

「私としては別に構わないが…明日は安息日だぞ?未完成の剣技をどう完成に仕立てるつもりなんだ?そもそも剣技が贈り物だなどという話は聞いたことがないが…」

 

「げっ、マジか!?明日って安息日だったのかよ!?で、ですけど…それはほら!下準備ってことですよ!どんな贈り物するにせよ準備は必要でしょう!?そのための準備だったら別に剣技の練習だってOKですよ、きっと…ええ…」

 

「ふふっ、よもやこれまでの安息日もそのような言い訳で鍛錬に励んでいたのではないかと不安になるが、私が育て上げた一人前の剣士の晴れ姿が見れるのであれば…ありがたく受け取るよ」

 

「は、はい!喜んで!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・た、ただいま〜…誰もいらっしゃらない…ですよね?」

 

「おほん」

 

(・・・不幸だ…)

 

 

稽古を終えた上条は、おそるおそる初等練士寮の扉を開けてひっそりと中に入っていた。そして足音を極力立てないようにエントランスホールを歩いて行くと、ガラス張りのカウンターの奥に佇む20歳くらいの女性の視線を感じて即座に騎士礼を行った

 

 

「かっ!カミやん初等練士!ただいま帰着しましたぁ!」

 

「・・・刻限から38分ほど遅れているようですが?」

 

 

睨まれているこちらが凍りつきそうな視線を上条へ向ける女性は、この寮の寮監を務める『アズリカ女史』だ。彼女の視線に縮み上がりながらも、上条は騎士礼をとったまま意を決して口を開いた

 

 

「指導役・セルルト上級修剣士より、指導時間の延長を指示されましたので!はい!」

 

「修剣士の指導を受けるのは、傍付き練士の義務ですから止むを得ないでしょう。しかしカミやん初等練士、あなたの場合はそれを義務ではなく、門限破りの許可証と思っているのでは…という疑いをこの一年ついぞ晴らせませんでしたよ」

 

「い、いやぁ…そんなことないですよアズリカ先生。カミやんさんの目標はあくまで剣技の練達でありまして、門限破りはグリコのオマケ的な結果なわけで、そこを混同させているなんてことは決してないわけでありましてですね。そこのところも加味して寛大なご処置をいただけると、私と致しましては大変助かると言いましょうか…」

 

「その珍妙な言葉遣いの謎も、ついぞ晴らせず終いになりそうですね」

 

 

呆れたようにため息を吐いたアズリカを目の当たりにした上条は、これ以上の説法を阻止しようと後ろ頭を描きながらペコペコと頭を下げたが、どちらせよアズリカのため息の濃度を高めるだけだった

 

 

「はぁ…後17分で食事の時間です。なるべく遅れないようにしなさい」

 

「はい!全速力で行きます!」

 

 

ありったけ喉を鳴らして敬礼しながらアズリカに言い残すと、上条は一目散にその場から駆け出し、寮内の食堂へと向かっていった

 

 

「どうにもここの言葉使いには慣れねぇよなぁ〜…一年で大分染み付いたとはいえ、こんな軍隊だか貴族まがいなこと一般市民のカミやんさんには縁がなさすぎるぜ…まぁこの学院には実際に貴族もいる手前文句は言えないわけなんですがね…」

 

「あーっ、やっと来た。遅いよカミやん、僕もうお腹ペコペコだよ」

 

 

ひとりでに軽く愚痴をこぼしていると、食堂の扉の前で立っていたユージオが上条に声をかけ、上条は片手をあげて謝罪の意を示し、そのまま食堂へ入りテーブルへと向かった

 

 

「悪りぃなユージオ、待たせちまって。だけど別に先に食っててくれても良かったんだぜ?」

 

「それ何度目?そう言われて一度でも僕が先に食べてた時があった?カミやんが遅れるのは修練に集中している証拠じゃないか。それで怒れるほど、僕はアズリカ先生を見習えないよ」

 

「うーん、ユージオと結婚した人は確実にダメ人間になるだろうなぁ…」

 

「む、そんなことないよ。きっと僕は気が弱いから尻に敷かれちゃうよ」

 

「尻に敷いてる時点でその奥さんも大概ダメ人間だと思うけどな…さってと、今日の夕飯も美味そうだな〜」

 

 

根菜のスープや白身魚の並べられたテーブルの席に着くと、上条は律儀に両手を合わせ軽くお辞儀をした。ユージオも彼の隣の席に座ると、同じく手を合わせ軽く頭を下げ、二人で夕飯を口に運び始めた

 

 

「まったく羨ましい話ですなぁ!ライオス殿!」

 

「またですか、さいですか……」

 

 

上条が白身魚を、ユージオがパンを食していると、不意に背後から聞こえよがしの声が耳に入り、上条とユージオは見るからにげんなりとした表情になった

 

 

「我らが汗水垂らして掃除した食堂に、後から悠々とやってきてただ食べるだけとは、いや本当に羨ましい!」

 

「まぁそう言うなウンベール。傍付き練士の方々にも、きっと我らには伺い知れぬ苦労があるのだろう。平民出でなおかつ剣の才能が低いのであれば、その苦労は計り知れないのであろうなぁ」

 

 

そんな嫌味を上条とユージオの背後から垂れ込んでいるのは、『ウンベール・ジーゼック』という灰色の髪をオールバックで固めた四等爵家の貴族と、ウェーブのかかった金髪を垂らした三等爵家の『ライオス・アンティヌス』だった

 

 

「相手にすることないよカミやん」

 

 

貴族の二人からすれば、平民であるユージオと上条が、初等練士から12人しか選ばれない傍付き剣士であることが、平民の癖に生意気だと思っているのだろう。こんな小姑みたいな嫌味を言われるのはもはやしょっちゅうだった上条は、横で宥めようとするユージオすらも意に介さないように言った

 

 

「わーってるよ、俺に剣の才能がないのは事実だしな。後ろのお坊ちゃん達も、今でこそ順位は俺より下だろうが、どうせ上級修剣士からアレコレ支持されるのが嫌で、手抜きして試験受けてたんだろ。まぁだったら文句言うなって話なんだが…貴族が故のプライドで剣が上手くなるなら、そいつも少しは見習わないとねぇ…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「セルルト、ここいいか?」

 

上条達が初等練士寮で食事をしている時と同じくして、リーナもまた上級修剣士寮の食堂で食事を進めていたところ、同じ寮生でユージオを傍付きにしている『ゴルゴロッソ・バルトー』が、彼女の座るテーブルに食事の添えられた盆を置いて声をかけた

 

 

「ロッソ…?珍しいな、一人か?別に構わないが」

 

「なに、どうせここでの食事も残り少ない。だったら話を聞いておかないと損だと思ってな」

 

「話を聞く?別に私の方からお前にしなければならない話に、別段の心当たりはないが?」

 

「いやなに、知的好奇心…というよりも上級修剣士になってからずっと気になっていたことがあってな。聞いてもいいか?」

 

「聞くだけなら自由にするといい。もっとも、私から満足な解答を得られるかどうかは保証しないが」

 

 

そう言うとリーナは、千切ったパンを貴族らしく上品に口元へと運び、音を立てないように噛み砕いて飲み込んだ。それを見たゴルゴロッソは、一つ咳払いをして口を開いた

 

 

「では聞くがセルルトよ、なんだってカミやんみたいなのを傍付きに選んだんだ?」

 

「・・・ほぉ?ゴルゴロッソ・バルトー修剣士殿。君は私の可愛い可愛い傍付きにケチをつけようと?平民出という意味で聞いているのであれば、ユージオ君を指導している君も私と似たような物だと思うが?」

 

「い、いやいや何もそんなつもりはない。だが、お世辞にもアイツには剣の才能があるとは思えなくてな。それを見抜けないお前じゃないだろう?そう考えたら何か理由があるのかと気になってな。何かあるんじゃないのか?カミやんを選んだ理由が」

 

 

そう問われたリーナは、口にしていたコーヒーのカップをソーサーへと戻すと、しばらく押し黙って何かを考えこんでいた。そして深く息をすると、再びカップを口に運びながら答えた

 

 

「・・・では聞くが、ロッソ。君はカミやんと一度でも手合わせをしたことがあったかな?」

 

「ん…いや、一度もないな。そもそも初等練士と上級修剣士が手合わせする機会なんぞ、そうあるもんじゃない。だが、カミやんがお前や他の奴との立合ってるのを見たことはあるぞ」

 

「道理で。カミやんの真価は見てるだけじゃ分からんさ」

 

「どういうことだ?」

 

「最初はただの気まぐれだったんだ。良い傍付きを探すために、手当たり次第に成績上位の初等練士と立ち合ってみたんだ。もちろんその中には後に君が教鞭を振るうユージオ君もいたよ。そしてやがて、カミやんと手合わせすることになった」

 

「い、いつの間にそんな…で、どうだったんだ?」

 

「剣の才能云々より前に、相手に攻めてもらわないと見定めるも何もないからな。最初は様子見でカミやんにどんどん打ち込ませた。その結果は…まぁ彼の剣は私にカスリすらしなかったよ。彼からは剣の才能をまるで感じなかった」

 

「じゃあなんで…」

 

 

彼女の言葉から、彼女が言う彼を指名した意図が読めず尋ねたゴルゴロッソに、ピシャリと話を切るようにリーナが言った

 

 

「話を最後まで聞け。カミやんの剣の才能を見限った私は、立合いを切り上げようと自分から攻めていった。形式上一本は取らないと終わらないからな」

 

「結論から言おう。私はその場でカミやんから一本も取れないどころか、剣の先を一度も彼にカスらせることさえ出来なかった」

 

「ほぉ、一度も………一度も!?な、なんだと!?一体なぜだ!?今では普通に一本取れてるんではないのか!?」

 

 

その当時を彷彿とさせるように、目の前のゴルゴロッソではなく、どこか遠くを見つめながら口にしたリーナの言葉に、ゴルゴロッソは思わず自分の耳を疑い、鋼の肉体を乗り出しながら言った

 

 

「それは今の話だ。カミやんの剣のクセもそれなりに分かってきているし、連続で何本もやれば疲れだって出る。それで一本取れない方がおかしいものだ。だが最初の立合いでは、本当に一太刀すら当たらなかったよ」

 

「今でもたまに思い出すのさ。自分から攻めていこうと剣を構え直したまではいい。だが、いざ攻めようとしても攻められなかった。理由は至極単純だ。全くと言っていいほど、彼には隙がなかったんだ。どこにどう打ち込んでも、私にはあっさりと自分の剣が防がれるビジョンしか浮かばなかったんだ」

 

「そ、そこまで言わしめるほどか…」

 

「けれど、それでは剣士として名折れだ。そんなものは蒙昧だと自分を鼓舞して打ち込んでみたさ。けれど、やはり私の中のビジョンは間違ってなかった。何度打ち込んでも私の剣はカミやんの剣に弾かれてしまった」

 

「まるで悪い夢でも見ているかのようだったよ。生まれてからこの歳まで死に物狂いで修練を重ねてきたのにも関わらず、目の前にいる自分よりも年下の、明らかに才能のない者に自分の剣をいとも簡単にはたき落とされるんだ。たった一本、だがその一本を取るまでが果てしなく遠い道のようだった」

 

「結局私はその場で彼から一本取ることは無理だと判断し、プライドを捨てて自分から勝負を降りた。そしてカミやんを傍付きに指名したんだ。無論、自分の腕を更に伸ばすためでもあるがな。まぁ、ザックリ言えばそれが理由だよ」

 

 

そう言って締めくくると、リーナは残っていたコーヒーを一口飲んだ。そしてそれに納得したように頷いたゴルゴロッソだったが、それでもまだなにか不服があるのか、首を傾げながら再び聞いた

 

 

「なるほど、百聞は一見に如かず…というところか。であるならば尚のこと解せないな。そこまで卓越した防御があるなら、なぜそこまで攻撃の才能がないのだろうな?むしろ防御の方が技術的には難しいだろうに。言うほど剣の才能がないということはないんじゃないか?」

 

「いや、ヤツに剣の才能はないよ。それは間違いない」

 

「なら……」

 

「私が思うに…彼の天職は剣士ではない。いや、天職というよりも本質だな。彼という人間の本質は、剣を取るには値しない」

 

「カミやんの護りは、彼自身の闘争本能…ひいては戦闘センスとでも言うべき代物だ。まるでこちらがどのように攻撃するかを分かっているかのように、こちらの攻撃に対して忠実かつ完璧に防ぐ。まぁ、私の直感のようなものだがな」

 

「だが、もし私の直感が当たっていたとして、彼が自ら剣を捨て、本質たる『何か』をその手にした時のカミやんは、おそらく…」

 

「お、おそらく…?」

 

 

自分の言葉を追ってくるゴルゴロッソに対し、リーナはすぐに返答することはなかった。そしてカップの底を遮る、黒が深いコーヒーへと視線を落とすと、その表面に立つ波紋を訝しげに見つめながら小さな声で呟いた

 

 

「『怪物』だよ。文字通りのな」

 

 

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