「なお双方の合意により、今回の手合わせでは両者共に実剣を使用し、寸止めは行わない実戦形式によるものとする!」
その言葉を合図に、向かい合ったウォロと上条はほとんど同時に腰の鞘に収めた剣を引き抜いた。金茶色の柄と磨き上げられた鋼の刀身を持つウォロの剣には、周囲から「おおっ」という感嘆の声が上がった。しかしその後、見すぼらしい汚れが目立つ粗雑な材質の鉄で出来た上条の剣へと視線を落としたのか、周囲のそれはどよめきと不安の声に変わっていた
「おやおや、アレでは剣が当たった途端に折れてしまうのではないかな?」
「そう言ってやるなウンベール。平民出身の貧しい身分では、あのような剣が限度いっぱいなのだろう。もっとも、折られた自分の剣で怪我などしなければいいがね、あっはっは!」
などと観覧席のライオスとウンベールが皮肉を漏らすと、周囲の貴族出身から失笑が上がり、上条やユージオのような貴族でない院生は居た堪れない表情を浮かべていた。しかしその中で、ウォロの剣を誰よりも近くで見ている上条だけは、真剣な眼差しを失っていなかった
(この男、一体何者だ?)
どこの武具屋にでもあるような見すぼらしい鉄剣を中段で構える上条に対し、ウォロは自らが得意とする『ハイ・ノルキア流』の秘奥義『天山烈波』の構えを取っていた。彼の放つ威圧感は空間を振動させ、先ほどまで嘲笑が騒がしかった人間すらも押し黙らせていた。しかし正面に立つ上条だけは、そんな彼を見ても顔色一つ変えていなかった
(・・・間違いない。このカミやんという男…こうして相対して改めて分かるが、剣のセンスは全くない。であるにも関わらず、私がこの剣の糧にしてきた並みいる強者とは、比べ物にならないほどに…強い)
試合開始の合図を待つ中で、ウォロは確信していた。迷いのない眼光、まるで隙の見えない構え、大地にどっしりと根を下ろしたような堂々たる立ち姿に、今まで自分が出会ったどの剣士でも勝てない何かをこの男は持っていると確信していた
「始めっ!!!」
立会人のリーナが開始を宣言したにも関わらず、両雄は微動だにしていなかった。しかして場内にいる誰もそれを疑問には思わなかった。この二人の放つプレッシャーを肌で感じ取り、同じ空間にいるだけで恐怖していた。数秒だったのか、数分だったのか、はたまた数時間経っていたようにも感じる圧縮されきった空気の中で、上条の額とウォロの額から汗が一粒、地面へ落ちた。それこそが、二人にとっての本物の開始の合図だった
「カアアアッッッ!!!」
先に踏み出したのは、ウォロの方だった。裂帛の気合いと共に、SAOの両手剣スキル『アバランシュ』を原型にした、ハイ・ノルキア流秘奥義『天山烈波』が発動し、彼の剣が赤金色に光った
「うおおおっっっ!!!」
先に動いたのはウォロだったが、上条の初動の速さは決してウォロに負けてはいなかった。アンダーワールドはおろか、SAOですら一度も成功させたことのない片手剣四連撃ソードスキル『バーチカル・スクエア』の発動を心に決めると、力強い踏み込みで飛び込み気味に一撃目の前斬りを放った
「ヅッーーー!?」
その初撃はウォロの剛剣にあっさりと真下に叩き落とされ、剣を握る右腕にとてつもない衝撃が襲った。しかし、体勢を大きく崩さない限り、ソードスキル発動によるシステム・アシストは止まらない。上条は二撃目の真下からの斬り上げを断行した
「だあっ!!!」
体を懸命に捻りこみ、全身の筋肉を使って剣をぶつける。だが、上条渾身の二撃目もまた後方へと弾かれた。しかし、ウォロの剣の勢いが確実に落ちているのは明白だった。上条はもう一度歯を食いしばり、三撃目を真っ向からウォロの剣にぶち当てた。そしてついにガアンッ!!という凄まじい轟音を立て、ぶつかり合ったウォロの剣と上条の剣が空中で静止した
「ぬうっ!?くんっ!!」
「うおっ!?あ゛あ゛っ!!」
「と、止めたっ!!」
その光景を見たリーナは、つい反射的に叫んでしまっていた。ついぞ自分が止めたことのない秘奥義を、目の前の教え子が見事に受け止めたのを見て叫ばずにはいられなかった。どこか歓喜しているように見える彼女の表情とは裏腹に、懸命にウォロの剣に自分の剣を押し込む上条の心の内は穏やかではなかった
(畜生ッ!こっちが完全に止まった!勢いがまるでねぇ!やっぱ四連撃ソードスキルは無理だったか!?こっからどうすりゃいい!?)
上条の剣は辛うじてライトエフェクトこそ失っていなかったが、もはやそれも風前の灯火だった。彼の剣は既にシステム・アシストによる勢いと、ソードスキルたる威力を失っていた。それ故に、学院随一の剛剣と呼ばれるウォロの天山烈波を、半ば自力で受け止め続けるには限界があるのを悟った
「行け!カミやん!押し切れ!」
(無茶言うんじゃねぇよユージオ!そもそも俺の剣はもうとっくに限界なんだぞ!?)
観覧席から、ユージオの声援が背中を押しているのが分かった。しかし、上条がその声援に応えることは叶わなかった。彼の握る鉄剣は既に僅かな亀裂が入り、口があるなら間違いなく悲鳴を上げていることだろう。一見すれば互角に見える打ち合いでも、上条は自分が劣勢にあることが分かっていた。そしてそれは………
「・・・ふんっ」
修剣学院最強の男にも、分かっていた
(ッ!?こ、コイツ…!?)
「カアアアッッッ!!!」
ウォロが不敵に笑い、上条の背筋に悪寒が走った。そしてウォロがもう一度気合を入れて叫んだ直後、上条の瞳にに有り得ないモノが映った。それは彼の背後に立つ、彼と背格好や顔立ちの似通った亡霊のような剣士が五人以上ぼんやりと浮かんでいたのだ
(う、嘘だろ!?これ全部ウォロ先輩のイメージの力だってのか!?強いイメージの力は他人にも見えるっつーのかよ!?)
上条はウォロの放つ咆哮と、彼のイメージの力が生み出した、彼の背後に立つ、家名を継いで来たリーバンテイン家代々の当主達の気迫に戦慄した。コレを上回るにはどうするべきか、心の内側がかつてないほど狼狽していたその時、パキンッ!!と、不吉で決定的な音がした
「「「ーーーッ!?!?」」」
心許なかった上条の剣が、ついに天命を全うした。叩き折られた刀身の先は回転しながら宙を舞い、手汗で濡れた柄は無情にも上条の手から滑り落ちた。勢いを相殺していた上条の剣がなくなり、元から寸止めのつもりがないウォロの剣は容赦なく上条へと振り下ろされていった。最悪の未来を予感したユージオは思わず上条から目を背け、リーナは驚愕のあまり目を見開いて口元を両手で覆っていた
(・・・なんだ、これ…?)
しかしそんな中で上条には、目に見える景色の全てが、ストロボ写真のようにコマ送りで流れていた。ウォロの剛剣は、刻々と自分への距離を詰めている。そこで思い浮かべたのは、セルカを助けるためにゴブリンと戦った時のことだった。体を直に剣で切られた時の鮮烈なまでの痛みと、そしてーーー
(・・・俺…何やってんだ?普通に考えれば…こんなただの右手が、ウォロ先輩の剣に勝てるハズないのに…)
『幻想殺し』。これまで幾度となく、あらゆる幻想を殺してきた己が右手。それは自分の頭で考えるよりも先に、ウォロの振り下ろす剣に向かって真っ直ぐに伸びていた
(でも、なんでだろう…今はそうは思えない。俺は現実でも、剣の世界でも、妖精の世界でも、銃の世界でも、拡張現実でも、この右手で戦ってきたんだぜ…?)
気づけばその拳は、鉄のように固く握られ、ウォロの刃に触れかかっていた。脳裏に蘇るのは、かつて自分が陥った苦難の数々。時には見すぼらしい剣を、時には輝く神剣を握った。好んで盾を使った。けれど如何なる戦いでも、何処かに必ず『右手』はあった
(あぁ、そうか…………)
上条はその瞬間、全てを理解した。人間の拳は、人間の作り出した武器には勝てない。そんな事をいつ、誰が、どうやって決めたのか。ここにいる自分は、誰がどうやって説明出来るのか。そう考えれば、後は全て簡単な事だった
(イメージの力ってのは、こういう事なんだ)
殺すべき幻想は、目の前にあった
「ぐおおおあああっっっ!?!?」
音が3つ、重なって聞こえた。1つは、ウォロの振り下ろした剛剣が、木っ端微塵に砕け散った音。1つは、大気が何かによって分断された、強烈な風圧の音。1つは、ぶっ飛ばされたウォロが、修練場の壁に叩きつけられた音
「「「・・・・・」」」
ドサリ…とウォロの鍛え上げられた肢体が壁から剥がれ落ち、地へと伏した。駆け寄る者はいない。誰一人として、現状が理解できずただ唖然としていた。二人を同じ階下で見ていたリーナでさえ、地面に伏したウォロと、自分の右手を見つめながら立ちつくす上条を交互に見つめるしかなかった
「・・・ぇ?」
誰が口火を切ったのか、そんなのは知る由もない。だが誰とも知れぬ声に続き、会場は騒めきに包まれていった。封を切ったばかりの喧騒の中、大修練場のドアが重苦しく開けられた音が、全ての生徒の耳に留まった
「・・・これは…」
「アズリカ…先生…」
上条が開かれた扉へと振り返り、そこに立っていたのはアズリカ女史だった。彼女の姿を見て我に返ったのか、何人かの院生が観覧席から飛び降り、ウォロの元へと駆け寄った。傷を塞ぐ神聖術を唱える者もいれば、救護室へ全速力で駆け出す者もいた
「どういう状況か、説明してもらえますか。カミやん初等練士」
「・・・はい」
その喧騒は、日が暮れるまで止まなかった