時は三月も末。まだ少し肌寒さが残る夜の帳の中、煌々と明かりの焚かれた部屋に、見た目はどうにも不釣り合いの男女がいた
「改めまして、卒業おめでとうございます。ソルティリーナ・セルルト主席」
「ではこちらも。進級試験合格おめでとう。カミやん上級修剣士殿」
「まぁ12人中12位の末席ですけどね」
そう言って、二人の男女はワインの注がれたグラスで乾杯した。現実世界では、このアンダーワールドにログインした年で20歳になる予定の上条だったが、どこぞの野武士ヅラの男のヤケ酒に毎度付き合っているせいで、酒はとっくに飲み慣れていた。しかしてワインなどと言う大人びた雰囲気のある酒には覚えがなかったので、ワイン集めが趣味であるリーナの仕草を真似しながら口に含んだワインをしっかりと味わいながら飲み干した
「すまないね。ユージオ君には無理を言って部屋を出てもらってしまった」
「いえ、気にしないで下さい。ユージオもロッソ先輩と最後に一回立ち合いするみたいです。やっぱ練習場付きの専用寮があるってのはいいモンですね」
「しかし意外だよ。お前とは違って、彼はもっと上の順位に食い込むのだとばかり思っていた」
「そうそう聞いて下さいよ。それがユージオのやつ、俺と個室隣になりたいからって手抜いたって言うんですよ?俺としてはまぁ、よく知りもしないやつの隣になるくらいだったらユージオが隣がいいですけど、アイツが何もそこまでするとは…」
「・・・よもやとは思っていたが、君たち本当にそうなのか?同性愛は禁忌目録違反だぞ?」
「んなわけないでしょ!?本当にそうだったら意地でも上位に食い込んでやりますよ!」
「それでも彼は付いてきそうだがな」
リーナは不敵に笑って、もう一度100年もののワインに口をつけた。先日の進級試験で見事にユージオは11位、上条は特待生認定スレスレの12位で合格し、個室が一つながりになっている上条とユージオが共同で使う居間の居心地は、それなりのものだった
「しかし、本当にギリギリだったな。最後の12位を決める立ち合いなんて、見ていたこちらは心が休まらなかったぞ」
「そんなの俺だって同じですよ。傍付き剣士もスレスレ、特待生認定もスレスレ…主席のリーナ先輩に教わってたのに、なんで俺はこうも…」
「おいおい、私が君の指導生だった時はまだ私だって次席だ。今回の修剣士検定試合だって、ウォロが万全であれば主席になれたか分からなかった」
「・・・えっと、それは…その…」
「あ、あぁいや!違う!そういうつもりで言ったんじゃないんだ!」
リーナのそれは、上条とウォロの立ち合いのことを気にしての発言だった。あの立ち合いでウォロは上条の右拳を喰らい、修練場の壁に叩きつけられ全身打撲、数ヶ所の骨を折り、天命が僅かに減少した。神聖術による治療も行ったが、修剣士検定試験には完治が間に合わず、それが起因して初戦で姿を消した
「・・・あんなことになるなんて…私がきちんと止めるべきだった」
普通であれば禁忌目録違反、学院則違反による懲罰は避けられないが、実剣による一本先取の立ち合いが双方合意の上で行われた時点で天命の損失も同意したものと見なされ、禁忌目録にも反していない以上、学院内で上条に科すことのできる懲罰はないものとされた
「いや、本当に先輩は悪くないです。剣が折られた時点で、俺は即座に降参すべきだったんです。そうすれば、リーナ先輩は今日ちゃんとウォロ先輩と決勝戦で立ち合って、自分が本物の首席だって胸を張って卒業できたのに…」
「やめろっ!!!」
寮室いっぱいにバァン!という破裂音にも似た音が響き渡った。一瞬浮かび上がったグラスやワインボトルは、コトコトと揺れ動き、やがて止まった。そこでやっと自分が机を思いっきり叩いていたことに気づいたリーナは、頭を左右に振って咳払いした
「・・・すまない、取り乱した」
「で、ですから…本来なら謝るべきなのは俺の方…」
「分かった、ではこうしよう。ここから先は双方、謝罪の言葉は一切禁じる。この禁を破った者は、初等練士寮のアズリカ女史に『年増』と声をかける懲罰を科す。どうだ?」
「し、死んでもゴメンですね。てか実際やったら死にますよ本気で」
「あぁ。私も初等練士だった頃に口を滑らせたことがあってね。まぁ『行き遅れ』を示唆する文言を口にしてしまった訳なんだが…あの時のアズリカ女史の鬼の形相は、今でも忘れられないよ」
話によると、アズリカ先生は7年前の四帝国統一大会に於ける、ノーランガルス北帝国第一代表剣士だったらしい。この大会で優勝すると、整合騎士の仲間入りを果たすことが出来る。つまり、アズリカ先生はその手前まで行ったのだ。上条は先ほどユージオからこの事実を聞かされた時、一年間の自分の行為を思い出しながら顔面いっぱいに冷や汗を浮かべたのは言うまでもない
「まぁそんなアズリカ先生に勝てないのは当然として、結局俺もリーナ先輩には勝てず終いでしたか。最後くらい、弟子が師匠を超える感動ストーリーにしてみたかったんですけどね。技は多くても戦術の多彩さじゃ、俺とユージオのアインクラッド流は先輩のセルルト流には及ばないってことですね」
上条に言われたリーナは少し苦笑しながらワインの注がれたグラスをゆるりと回しながら弄ぶと、頬づえを突きながら語り始めた
「・・・実はな、カミやん。我がセルルト家は、遠い祖先が皇帝の不興を買ったが故に、正統剣術たるハイ・ノルキア流の伝承を禁じられているのだ」
「・・・まぁ、なんとなく理由はあるんだろうとは思ってました。なんで事あるごとに名家だって言われてる先輩が、正統派の流派を使っていないのか」
リーナを見ていた上条は当初から、何故彼女はここまで自分の流派をコンプレックスに思っているのだろうと常々疑問に思っていた。しかしその理由を彼女が学院を去る今日まで知ることは叶わず、実に一年越しに明かさられた真実に上条はどこか感慨深いものを感じた
「そのために実戦的…いや、変則的な剣術を学ぶしかなかった、それがセルルト流だ。別に不満に思っているわけではない。むしろ私は、我が流派を誇りとしてきた。だが、心のどこかには迷いがあったのかもしれない。二年間、ハイ・ノルキア流を伝承しているウォロを凌駕し得なかったのは、それ故だったのかもしれないな」
「だが、お前は違った。私と同じように独自流派を使っていながら、正統剣術に対して、まるで引け目を感じていない。それが嬉しかった。一年間お前を見てきて、それが何となく分かった気がした」
「・・・先輩」
「お前は私たちの力の源を、イメージの力だと言った。それはつまり、どんな時も強い自分を持っていられる、心強さだと私は思う。そしてお前は、周りと違っても決して引け目を感じない…誰よりも強い自分と、強い心を持っている。そんな強さを持つお前の指導生でいられたこと、そして私がセルルト流の後継者であることを、今は心の底から誇りに思っているよ」
そう言って微笑んだ彼女を見た上条は、少し救われた気がした。今日の試合でリーナがウォロと試合を出来なくなったことを、自分は心のどこかで負い目に感じていた。しかしリーナはそんな自分を、何にも引け目を感じない強い人間で、誇りに思うと言ってくれた。上条にとってその言葉は、これ以上なく胸に突き刺さった
「ありがとうございます、リーナ先輩。実は俺、あの日から何となく自分って奴が怖くなってたんです。俺はあの時多分、イメージの力の核心に触れたと思うんです。その時に思ったんです。俺は今まで、たくさんの人から助けられて、色んな力をもらってきました」
「だけどあの日の俺の力は…自分だけで生み出す、独り善がりなモンに感じてたんです。そして蓋を開けてみたら、想像以上にとんでもない力で、それを扱える自分に怖くなったんです。でもリーナ先輩の言葉を聞いて、今の俺を先輩が誇りに思ってくれるなら、それも悪くないのかなって思いました」
「・・・・・」
「えっと…せ、先輩?」
上条の独白を聞いていたリーナは、いつの間にか赤ワインに写った自分の顔へと視線を落としていた。そして深くため息を吐くと、崩れていた姿勢を直して上条の方へと向き直っていった
「カミやん。たしかに私はどんな時も強くあれるお前を誇りに思う。だが同時に、自分の在り方が分からなくなった時は、きちんと自分と向き合ってほしい。そしてその時には、今から私が言う言葉を、どうか思い出してほしい。約束してくれるか?」
「え?」
「私は今日の卒業を境に、お前の顔を観れることはほとんどなくなる。だから、どうか約束してくれ」
「・・・はい。約束します」
リーナはテーブルの上に無造作に置かれていた上条の右手を手に取り、真剣な眼差しで上条に2度重ねて言った。上条もまた、彼女の真剣な眼差しから目を背けることが出来ず、右手を手に取られたまま、深く頷いた
「『怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』」