とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第24話 積み重なる嘘

「確かに、先生のその思想は立派なものかもしれない。もう猶予がないって、必死になるのも分かる」

 

「ご理解いただけて嬉しいよ」

 

 

冥土帰しの真剣な瞳を、美琴もまた真っ直ぐな視線を向けながら答えた。その言葉に冥土帰しが礼を言うと、美琴はその礼を受け取らずに首を振った

 

 

「いいえ。それでも私はその思想を理解するわけにはいかない。先生たちには、まだ重要な視点が欠け落ちている」

 

「『人工知能の権利』。だろう?僕だってそれは重々承知の上だよ」

 

「!!!!!」

 

「むしろ、君の妹さん達の事情を理解している僕達がそれを考慮していないとでも思ったのかい?もしそうだとしたら、その方が僕としては心外だね」

 

 

さも当然のことかのように、冥土帰しはそれを口にした。まさかそれすらも見透かされ、あまつさえ反論されるとは思ってもなかった美琴は驚愕するばかりで、続く言葉を見つけるのに時間がかかった

 

 

「で、でもっ!先生達の言う人工フラクトライトには、人間と同等の思考能力があるんでしょう!?だとしたら普通の生きてる人間と変わらないわ!そんな子たちに人殺しをさせるなんて、そんなの間違ってる!」

 

「では君が、とある軍隊を率いる隊長に就いたとするね。その時君は、君の妹さん1人に銃を担がせて戦地に送り出すか、自分が育てたアバターのデータ1つを戦地に送り出すか、という選択を迫られた時、果たしてどちらを選ぶかな?」

 

「そっ、それは……」

 

「先生、お姉様にその選択を迫るのは例え話にしたって残酷すぎます。と、ミサカは自身の命の重さを主張します」

 

「あっはっは。それはすまなかったね。けれど、つまりはそういうことなんだ。肉体がある、というのはそれだけで周りの人間に影響を及ぼす。それを殺す側にしたって、生身の人間を殺していると考えるよりも、機械を壊していると考えられた方がいくらか気は紛れるだろうね?」

 

「そんなの詭弁よ!どっちにしたって人殺しの道具を作ってることに変わりはない!人を救うために人を殺す人工知能を作るだなんて、そんなの矛盾してる!」

 

「たしかに、矛盾していると捉えることも出来るね。だが、その矛盾で失われずにすむ命が少なからずある訳だね。そのためなら僕は、喜んで地獄の釜に肩まで浸かってみせるよ」

 

「だ、だけどっ…!」

 

「御坂君の言いたいことはよく分かる。けれど僕にとって一つの人工知能の命は、目の前で失われる患者の命一つと比べて、あまりにも軽いんだね」

 

「そっ…そんなこと言われたって…納得できるわけが…!」

 

「くどいっ!!!」

 

 

反論のことごとくを切り返され、段々と声がくぐもっていく美琴を一喝したのは、吹寄の声だった。場をピシャリと沈めた彼女の怒声に、美琴はおろか冥土帰しすらも、肩をビクリと浮かばせた

 

 

「あのね、御坂さん。あなた何か勘違いをしているようだから言わせてもらうけど、私たちはなにも、あなたに納得してほしいからこの話をしてるんじゃないの。あなたが知りたいと言ったから、自力でここまでたどり着いたあなたには、当然に知る権利があると思うから話しているの」

 

「私だって、この計画が人道的なものだとはハナっから思ってないわ。だからさっき私はあなたと同類だって言ったの。正確に言えば同類どころか、幼い頃に騙される形で巻き込まれた御坂さんより、理解して協力してるだけ私の方が罪は重いかもね」

 

「言ってしまえば私だって、最初こそ巻き込まれるような形で先生に協力したわけだけれど、それでも迷いなんてしなかったわ。この先世界から戦争がなくなることはない。そんなのは一々考えなくたって分かる」

 

「人道的とか、倫理とか、正義とか、そんなことはどうだっていいの。そんなものを振りかざすだけで世界が平和になるのなら、どの道戦争なんて起こってない」

 

「あなたも過去に妹さんのことや、仮想世界に深く関わった身として、自分なりの正しさだったり、思うところがあるのはとても立派よ。だけど先生には、もうそれに構ってあげられるほどの余裕も時間もない」

 

「今この瞬間にも、私たちの肩には、何百、何千、何万、何十万という、未然に救うことのできる命が懸かっている。御坂さんは、この命を見殺しにできるというの?私には絶対に出来ない。絶対にね」

 

「これでもまだ私たちの計画を止めたいというのなら、どうぞ自分の正義を語って止めに来るといいわ。だけど私たちはそんなものじゃ止まらないし、止まれない。もし世間が私のことを血も涙もない殺戮者だと吊るし上げるなら、それも結構。もし今後、あなたの謳った正義で救えた命があったのなら、地獄の底で片手間くらいには聞いてあげるわ」

 

 

吹寄がそう締めくくると、口をへの字に曲げたまま椅子の背もたれにドカッと身体を預けた。美琴もまた彼女の言葉が心に重くのしかかり、両手を膝の上で握りしめながら頭を垂れ、目に見えて落胆していた

 

 

「あ〜…なっはっは。まだ大学生の吹寄君にここまで言わせてしまうとは…僕も指導者としてはまだまだみたいだね。けれど御坂君も誤解しないでほしいんだね。僕らは決して君の志が……」

 

「・・・いいですよ、慰めなんて。否定しないあたり、先生も吹寄さんと同じってことですよね。私がどれだけ反論したところで、絶対に辞めることはない。それに今の先生と吹寄さんの言葉聞いたら、自分の方が正しいなんてとても思えませんから…」

 

「そう気を落とさないで御坂さん。世の中には『絶対に正しいもの』なんてないのよ。どの口が言うんだって思うでしょうけれど、私も言葉がキツくなりすぎたと思う。ごめんなさい」

 

 

吹寄の言葉に、美琴は俯きながらも大きく首を振った。「頼むから今はもう何も言わないでくれ」と、口にせずともそう言っている気がして、冥土帰しと吹寄はそれ以上彼女に言葉をかけることはなかった。それから1分ほど経った後に、美琴は自分のショートヘアを振り払いながら顔を上げた

 

 

「・・・ごめんなさい、お待たせしました。先生たちの事情も、理由も…理解しました。でも、最後にこれだけは聞かせてください」

 

「うん、どんな質問にも答えるんだね」

 

「なんでアイツを、この場所に連れ込んだんですか?」

 

 

それが、美琴がここに来た本当の理由であることはその場にいる全員が理解していた。少しの沈黙の後、冥土帰しは美琴と視線を合わせ口を開いた

 

 

「実を言うとね、上条君をここに連れて来たのは、別に彼にSTLの内部に入ってもらうことが目的ではなかったんだね」

 

「保護、ですよね。ここに来るまでに…というか、都市伝説の掲示板でプロジェクトに目を通した時からそんな予感はしてました」

 

「・・・あぁ、その通りだよ。彼の拉致監禁は、彼の身を守るためだね。僕たちはボトムアップ型人工知能の開発が目的だが、STLはその性能や人の魂を観測するという本質から、利用価値は非常に多岐にわたり、裏表を問わずあらゆる組織、あらゆる分野の人間が欲するだろうね。御坂君も知っての通りだろうけど、学園都市の暗部には…」

 

「先生、話の腰を折るようですいません。少しだけ時間を下さい。御坂さん、これ見てもらえる?」

 

 

美琴がそう言うと、冥土帰しはゆっくりと頷いた。すると彼の言葉を待たずして、吹寄が美琴の注意を引き、パソコンにある映像を表示した

 

 

「ふ、吹寄君…それ、見せるのかい?僕としてはその映像を見せなくとも、説明には何の支障もないわけだけど……」

 

「いいんです。見せるとしたらこのタイミングしかありません。それに、他でもない私がコレを御坂さんに見てもらいたいんです。あれだけ豪語しておいて、自分は嘘を突き通すなんて、そんなのフェアじゃありませんから」

 

「・・・これって、細工する前の監視カメラの映像?」

 

「そうよ。ちょっとショッキングな映像が流れるけど、我慢してね。それと、最初に謝っておくわ。ごめんなさい」

 

「・・・え?それってどういう……」

 

 

まるで美琴の追及から逃げるように、吹寄はカーソルを映像の再生ボタンに合わせ、マウスをクリックした。再生が始まったその映像には、学園都市の通りの歩道で互いに向かい合って立つ2人の男女の姿が、斜め上あたりから映し出されていた。何分か話し合って満足したのか、別れを告げたように2人は背を向けて歩き出した、次の瞬間だった………

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

美琴は鋭く息を呑んだ。背を向けて歩き出してから間も無く、2人の男女はもう一度向かい合った。だが先ほどとは違って、女の手には黒い拳銃が握られていた。映像の中で半歩後ずさった男がその光景に目を疑う頃には、女の手から凶弾が放たれていた。男はそのまま地へと膝をついて倒れこみ、円のように広がっていく血の海へと沈んでいった。そして男の意識を完全に刈り取るように、女は無抵抗の男にもう一発銃弾を撃ち込んだ

 

 

「・・・嘘……」

 

 

それから10秒と経たずに、どこからともなくテールランプを赤く光らせる救急車が近くに停車し、中から4人の救急隊員が倒れた男の元へと駆け寄った。顔が見えないようヘルメットを深く被っているが、それが全員、自分と同じ顔であることを美琴は分かっていた。隊員は2人がかりで男を担架に乗せ車内へと運ぶと、男を銃撃した女も続いて車内へと乗り込み、救急車はそのまま走り去っていった。現場に残った2人の救急隊員のうち1人はまだ固まっていない鮮血を何かの液体薬品で路肩の排水溝へと流し込み、もう1人が監視カメラの真下へ移動したのか姿が見えなくなった。それから5秒ほどした後に映像が途切れ、画面が暗転した

 

 

「・・・吹寄さん、撃ったの?」

 

「ごめんなさい」

 

 

それで十分だった。この映像は合成でもなんでもない、あの日に本当に起こった出来事だと、頭を垂れて謝罪の言葉を口にする彼女の姿を見れば嫌でも分かった

 

 

「・・・御坂君。誤解なきようお願いしたいんだけどね、これは僕の指示だね。拳銃を用意したのは僕だし、この方法が一番……」

 

「やめて先生。例えそうだとしても、その指示に従ったのは私だし、実際に上条を撃ったのも私。どんな大義名分があったにしても、これは誤魔化していいものじゃない。私が背負うべきものなの」

 

 

吹寄を庇おうとする冥土帰しに、そんな気遣いは無用だとばかりに彼女自身が彼の言葉に割って入り、心中を吐露した。美琴は暗転した映像をしばらく見続けた後、そっと目を閉じて、吹寄の方へと向き直った

 

 

「一つだけ確認させて。これは、アイツを守るためにやったことなのよね?そしてアイツが撃たれた場所は、もう問題なく治ってるのよね?」

 

「勿論だ。執刀は僕が担当し、傷痕も残らないよう完璧にオペした。隣の部屋で眠る彼には何の後遺症もないし、身体には傷一つ残っていないよ。もっとも、四年前の夏休みに君と妹さんを守るために負った傷で死んでない彼の生命力の強さもあると思うけどね」

 

「・・・分かった。それなら私は、先生と吹寄さんには、何も言わない。ただアイツが起きたら絶対に謝って。アイツが許すまで」

 

「・・・ありがとう、御坂さん」

 

 

屈託のない顔で美琴は言った。吹寄はたしかにその免罪符を彼女から受け取ると、感謝の言葉を述べて深く頭を下げた

 

 

「ええ。それはそれとしてアンタ、アイツのこと運ぶの雑すぎよ。仮にも撃たれてんだから、もっと丁寧に運べなかったわけ?」

 

「えー、それはねーよ。と、ミサカは身内に対してあからさまに厳しいお姉様にケチをつけます」

 

「はっはっは。それは僕の指導不足だね。やはり僕は指導者には向いてないみたいだね。吹寄君、もういいかな?」

 

「はい。急に話に割り込んじゃってすいませんでした」

 

「いやいや、これはとても重要なことだね。僕は自ら茨の道を選んだ君のことを心の底から称賛するよ。それは並大抵の人間に出来ることじゃないね」

 

 

そう言って冥土帰しは吹寄の肩に手を置いて優しく微笑んだ。それから場を取り持つように軽く二、三回咳払いすると、再び神妙な面持ちで語り始めた

 

 

「話を戻すと、僕たちは彼をあえて襲撃することで彼を保護した。そうすることで、彼を狙うようになる他の集団への牽制になると思ったからだね」

 

「牽制…って言っても、もうこの監視カメラの映像は細工がされてて、真相に辿り着く人なんてそういないんじゃ…」

 

「それはあくまで、警備員や風紀委員といった公的な組織に気づかれないためさ。彼らに察知されては、吹寄君は学園都市中に指名手配されてしまうからね。ところが、裏社会に生きる彼らの嗅覚は凄まじい。どこからか必ず情報を嗅ぎつけて、あっという間にあの映像の細工に気づくだろうね。だから先んだって、細工する前の映像は既に裏社会の界隈に流してある。もちろん吹寄君の顔が見えないようにしてね」

 

「じゃあ、なんでわざわざ学究会の発表の後に?発表する前なら、ほとんど目なんてつけられないでしょう?」

 

「それがそうもいかないんだね。学究会のお題目は、数日前にはネットにアップされる。今年は『仮想世界の未来について』という触れ込みだったけれど、そこでSAO生還者としてそれなりに名前が売れている上条君が、発表予定だったにも関わらず欠席になったとして、御坂君が裏社会に通ずる人間だった時、どう考えるかな?」

 

「・・・何者かに拉致されたんだと考えるのと同時に、拉致するだけの価値があるレポートを手がけていた…そう考えますね」

 

「うん。そうなれば後は早いもの勝ちだね。彼を拉致した組織を探しだし、彼を奪取しようとする可能性が出てくる。そうなれば万が一バレた時、僕らどころかこの病院の職員や患者も危険に晒される。けれど発表した後なら、最重要であるレポートはある程度世に広まる。レポートさえあれば、後は自力でなんとかしようと考える集団も出てくるね」

 

「それに、アイツを狙おうとする団体は俺たちだけじゃないハズだって組織同士で睨み合いになる。もしそんな状態で真っ先に手を出したら、いくつかの組織で徒党を組んだ連中に袋叩きにされるかもしれない…という不安要素が生まれて牽制になる。加えて学究会という公の舞台での発表の後だと、表社会にも知れ渡るから連中は行動しづらくなる。と…そういうことですね?」

 

「お、おお…もはや僕が説明するまでもなかったね。おっしゃる通りなんだね。少なからずそういった組織には、資金繰りなどの影響で派閥みたいなものもあるらしい。だから発表した直後に襲撃された…という筋書きの方が僕らにとっては都合が良かったんだね」

 

「だからあまり時間をかけずにとっとと上条を大学内で拉致したかったんだけど、あのジョニー・ブラックとかいう変人のせいでかなり予定が狂って焦ったわ。まぁ簡単に撃退できたから良かったけど」

 

「いやぁ、あの時の吹寄君の正拳突きは実に見事だったね。まぁそんなこんなで多少予定にズレは起こったが、無事に上条君をこの病院に匿うことができたわけだね。こんな端くれの民間病院の老人集団が攫ったなんて、連中は夢にも思わないだろうけどね」

 

「先生、私まだ今年で20歳のピチピチの若者なんですけど。老人集団だなんて先生と一緒にしないでいただけます?」

 

「おっと、これは失敬。でもね吹寄君、ピチピチなんて言葉は、僕らの年代でももうほぼ死語なんだね。それに君、まるでオバさんなんじゃないかと思うくらい健康グッズ買い込んでるじゃないか。それを踏まえるととても若者とは…」

 

「それ以上言うなら、もう一度拳銃をお借りしても?あぁ、頭に当たれば腫瘍が少しは小さくなって長生きできるかもしれませんね」

 

「こ、これはこれは……」

 

「ブラックジョークにしたって切れ味鋭すぎです。と、ミサカは目が笑っていない吹寄さんにガクガクブルブルします」

 

「あ、あははは……」

 

 

こんな状況だというのにも関わらず、冗談を飛ばしあえる彼らに、美琴は苦笑いを浮かべると、その雰囲気に流されないように話を戻した

 

 

「で、アイツを連れ込んだ本当の目的が保護だってことは分かりました。じゃあ、なんでアイツは今STLの中に?」

 

「・・・なぜ人工フラクトライトは禁忌目録に背くことができないのか、それはライトキューブに保存されたフラクトライトの持つ構造的な問題なのか、あるいは育成過程に問題があったのか、あらゆる可能性を僕は検討したね。前者であれば保存メディアの設計からやり直す必要があるが、後者ならば修正できるかもしれないからね」

 

 

訊ねてきた美琴に、少し間を取ってから冥土帰しはその質問に答えた。そして顎に手をやって思考を巡らせてから、もう一度話を切り出した

 

 

「御坂君は上条君のレポートを読んでいるのなら、STLが使用者本人のフラクトライトに情報を書き込んだり、記憶をブロックしたりすることが出来るのは分かっているね?」

 

「ええ、知ってるわ」

 

「そこで、僕らは一つの実験を試みた。本物の人間の記憶を全てブロックして胎児の状態へと戻し、アンダーワールドの中で成長させることにしたんだね。その行動パターンが人工フラクトライトの同一になるのか、それを確かめるために」

 

「胎児にして成長させるって…具体的にはどのくらい?」

 

「10歳くらいまでだね。禁忌目録を破れるかどうか知るにはそれくらいで十分だからね。無論、向こう側の記憶は目覚める時に再びブロックされるから、現実に戻った時にはSTLに入った時と全く同じ状態が保たれているわけだね」

 

「で、生身の人間を突っ込んで成長させたその結果は?」

 

「僕と吹寄君、そして病院の職員2人でそれぞれ異なる村や町といった生活環境に身を置いて成長実験を行った。しかし結果は驚くべきことに、その10年で禁忌目録を破った者は誰一人としていなかった。しかし重要なのは結果ではなく、その10年間の僕らの生活の方が問題だったんだね」

 

「問題…というのは?」

 

「私と先生を含め四人全員、人工フラクトライトの子供たちよりも非活動的で外に出ることを嫌い、周囲にうまく馴染めなかったのよ。早い話が、目的の実験にすら到達できなかった…というところかしら」

 

 

美琴の疑問に吹寄が割り込みながらそう答えると、パソコンに四分割したウィンドウを開いた。そこにはグラフのようなものが表示されており、それを指差しながら説明し始めた

 

 

「これはね、私たちが仮想世界にいたことがある経験と、どれだけの期間アンダーワールドで活動できたかを比較したものよ。私と博士がほとんどゼロなのは言わずもがななんだけど、協力してくれた職員の2名の内、1人は週3回、1人はなんとダイブしない日はほとんどないくらい仮想世界に経験がある人だったんだけど、この2人もアンダーワールドで外に出て誰かと接していた時間に、そう大した差はなかったの。これを私と先生は、仮想世界に対する違和感だと推測したわ」

 

「違和感…っていうのは?」

 

「私たちがSTLでブロックしたのは生まれた後の記憶だけで、それも消滅するわけじゃないわ。そうじゃなきゃ現実に戻って来られなくなっちゃう訳だからね。つまりブロックした記憶の『知識』ではなくて、体の動かし方に代表される『本能』が、私たちが仮想世界に馴染むことを阻害したんだと思う」

 

「でも確か、アイツのレポートが言う分にはSTLはフラクトライトに保持する記憶的視覚情報を直接書き込むから、使用者が体感する仮想世界はナーヴギアやアミュスフィアとは比べ物にならない、限りなく現実に近いものだって言ってた気がしたけど?」

 

「いかにSTLの生み出す仮想世界が限りなく現実に近いとは言っても、所詮はザ・シードで作成した仮想世界に過ぎないからね。やっぱり現実世界との動作の感覚は微妙に違うのよ。御坂さんだって、今でこそ新しいVRゲームを始めてもそんなに疲れたりしないかもしれないけれど、SAOを始めた当初は少し歩きづらかったりしたでしょう?」

 

「つまり問題は…仮想世界への慣れ?」

 

 

言葉の語尾を少し上げながら、同意を求めるような口調で言った美琴に対し、吹寄は首を大きく縦に振ることで答えた

 

 

「散々実験を繰り返してから、仮想世界に慣れている人間が必要だと、そこで私たちもようやく気づいたの。それも1週間とか1ヶ月とかじゃなく、年単位でダイブしっぱなしだった経験のある人間が」

 

「・・・それが、アイツが今隣にいる理由なのね」

 

「そう。そんな人材が、なんと偶然にも手術を終えて私たちのそばに横たわっていた」

 

「なんとも皮肉な偶然ね。もしも目が覚めてたら、不幸だーって喚いてたのかしらね」

 

「かもしれないわね。まぁ、原因は私たちにあるわけだけど…」

 

 

美琴は向こう側で上条の寝ている壁を見つめると、少し苦笑するように言った。彼女の言うように叫ぶ上条を想像した吹寄も、少し目を俯かせながら同意した

 

 

「えっと…それでさっきも言ったけど、私達には本当に時間がないの。上条が起きてこの説明を聞いてくれれば一番いいんだけど、説明を聞いても反対して協力が得られない可能性だって捨てきれなかった。だから私たちは術後寝たままだった上条を、そのままSTLでアンダーワールドにダイブさせたの」

 

「それは…現実の記憶をシャットアウトして胎児に戻した状態で?」

 

「いえ、そうはしなかったわ。私が撃った弾は、実は結構当たりどころが悪くてね。監視カメラにも映ってたと思うけど、かなりの量の血液が体外に出たの。だから今上条の身体には、圧倒的に血が足りてない。それは脳も同じで、そんな状態で生後の記憶を丸ごとブロックなんてしたらどうなるか予想がつかない。最悪の場合、全ての記憶を忘れてしまうかもしれない。危険すぎるって結論に先生と話し合った末に至ったの」

 

「だから彼の場合は、STLの中で目覚めた時、吹寄君に撃たれたことがフラッシュバックして精神に異常を来さないよう、その部分だけ記憶をブロックして、彼と似通った身体データを作成してアンダーワールドに送り込んだ訳だね。もちろん、今はきちんと輸血を行いながら経過を見守っているね。彼の治療体制はどんな大病院にも劣らない。僕という専任の医師が常に備えているわけだしね」

 

 

吹寄の言葉に続いていくように冥土帰しが言うと、最後には自分の胸をドンと叩き、オマケにウインクしながら上条の身の安全を訴えた

 

 

「じゃあアイツは今、一体どれだけの時間をSTLで過ごしたんですか?」

 

「えーっと、今が12時だから…現実世界ではそろそろ丸一日経つ頃だよ。STL内の時間加速は1000倍にしてるから…2年とちょっとくらいだね。折角だから、彼の様子を実際に見てみるといい。吹寄君、御坂君を彼の元へお連れしてもらってもいいかな?」

 

「はい。分かりました。それじゃあ御坂さん、私についてきて」

 

「え、いいんですか?」

 

「いいも何も、君は元よりそのためにここに来たんだし、断る理由がないね」

 

「ありがとうございます。それじゃあ吹寄さん、よろしくお願いします」

 

「おっけ。足下気をつけてね。この部屋無駄に薄暗いから」

 

 

そう言って白衣を翻しながら歩いていく吹寄の後ろを美琴が追っていき、やがて部屋の一番端の方へたどり着き、この部屋にたった一つのドアから出ていく音がしたのが分かると、冥土帰しは緊張を解くように深くため息を吐いて背もたれに身を預けたが、ミサカ10032号はそんなお疲れの様子の彼にも躊躇わず声をかけた

 

 

「先生、嘘をついていましたね。と、ミサカは確信しています」

 

「え?ど、どうしてそう思うんだね?」

 

「あの人の記憶の操作についてです。先生は嘘をつく時、ほぼ必ず自分の身体のどこかを触ります。と、ミサカは付き合いが長いなりの分析を披露します」

 

「・・・あっはっはっは!参ったねこれは。たしかに言われてみればその通りかもしれないね」

 

「嘘をついた理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?と、ミサカは質問します」

 

「ん〜〜〜…他のみんなには内緒にするって約束できるかね?」

 

「はい、約束します。と、ミサカは一時的にミサカネットワークとの接続を遮断します」

 

 

特大のため息を吐いた直後であるというのに、冥土帰しは先ほどよりも更に特大のため息を吐き出し、自分の中の酸素を全て出し切ると、ミサカ10032号を信じて話し始めた

 

 

「実は件の彼はね、四年前の夏に、生まれてからそれまでの記憶を全て失っているんだね。彼はそれをずっと周囲の人間にはひた隠しにしている。だがここで彼を胎児の状態に戻すために記憶をブロックしようとしてしまうと、彼のあまりの記憶容量の少なさに吹寄君がその事実に気づいてしまうのではないかと考えたんだね」

 

「だから僕は彼の健康状態を理由に、記憶をブロックすれば障害が残るかもしれないなどという嘘をついた。本当は記憶を全てブロックして胎児の状態でダイブさせても、なんら問題はないんだね」

 

「・・・そうだったのですね。と、ミサカは衝撃の事実にちょっと驚きます」

 

「ははっ。きっと胎児の状態になった彼の方が、実験に大いに役立ってくれたと思うんだが…それは僕の患者である彼の意に沿わないからね。それは医者である僕の心情的には出来なかった」

 

「そうですね。それで仮にアリスが完成したとしても、彼の心持ちは複雑でしょう。と、ミサカは先生の優しい嘘を肯定します」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。もっとも彼がこの状況で手放しに喜んでくれるとは思っていないんだけどね。あぁ、早速で悪い悪いんだけど、僕の部屋から服用薬を持ってきてくれるかな?近くにペットボトルに入った水もあるから、それも一緒にね」

 

「承知しました。ただ今お持ちします。と、ミサカは一旦この場を後にします」

 

 

バタン!という音を最後に、巨大な部屋の中に冥土帰しはたった1人残されていた。電子機器の明滅する光と、圧倒的な静寂のみが漂う空間で、ただひっそりと、孤独を紛らわすように彼は呟いた

 

 

「結局、どれだけ多くの命を救えるものを考えついたとしても、彼という目の前の患者の事情を優先してしまったあたり、僕はまだまだ医者で、君と同じ『人間』だということなのか…こんな僕を君はどう思うんだね?『アレイスター=クロウリー』」

 

 

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