とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第25話 剣とイメージ

 

「・・・ふぅ」

 

 

年度始めの進級試験が終わり、上級修剣士となって1ヶ月ほどが経ったある日の暮れ方のこと。ユージオは上級修剣士寮の専用修練場で木剣を振り、型の稽古に励んでいた。彼の振る木剣を一身に受ける練習用の丸太には、既に幾つもの切り込みが入っており、それは全てユージオの努力の証だった

 

 

「シッ!」

 

 

上条からアインクラッド流剣術を学び、ゴルゴロッソからバルティオ流剣術を学んだ今も、決して慢心せず、こうして丸太に基礎の型を打ち込むのが彼の日課だった

 

 

(・・・僕は、この剣に何を込めればいいんだ…)

 

 

しかし、この日の彼の打ち込みは所々に荒さが目立ち、心ここにあらずといった様子だった。そんな彼の内側では、少し前に上条から言われた『ある言葉』が反芻していた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「イメージの力?」

 

「まぁ、俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけどな」

 

 

上条とユージオが晴れて上級修剣士となって隣部屋になった数日後のことだった。二人は共有の居間で神聖術の書き取りの課題をこなしており、その片手間に話し始めたことがそもそものきっかけだった

 

 

「俺が思うに、この世界では剣に何を込めるかが重要なんだ。自分の中でイメージする強さが、剣の強さにそのまま現れるんだ。ソードスキ…じゃない。秘奥義なんかはその最たる例だ。最初の型に合わせて、技のイメージを昇華させることで剣が力を増すんだ」

 

「つまりは僕たちの意志の力が、そのまま剣に上乗せされるっていうこと?」

 

「端的に言えばそういうことだな。俺はこれをイメージの力と仮称することにした。まぁ憶測の域を出るもんじゃないけどな」

 

 

そう言いつつ何か手頃なものはないかと上条が一度身の回りを見渡すと、書き取りをしている用紙とは別で傍に置いてあるメモ帳に目をつけ、スラスラと羽根ペンを走らせた

 

 

「去年の先輩達を例に説明すると、ウォロ先輩の場合は『誇りと重責』」

 

「騎士団剣術指南役の跡取りに生まれた誇りと責任ってこと?」

 

「そうだ。そんでユージオの指導生だったロッソ先輩の場合は、鍛え上げられた鋼の肉体から生み出される『自信』」

 

「じゃあ、リーナ先輩は?」

 

「リーナ先輩の場合は、独自流派の担い手として、研ぎ澄まされた『技の冴え』だ」

 

「先輩たちの強さにはそれぞれ相応の理由があるんだね…じゃあ、今年主席と次席になったウンベールとライオスにもあるのかい?」

 

「あの二人はむしろ分かりやすいな。子どもの時から育て上げた巨大な『自尊心』だ。アイツらは他人と自分を比べることでそれを育ててきた。だから貴族でも央都出身でもない俺たちを事あるごとに馬鹿にしてくんだよ」

 

「お、穏やかじゃないね…」

 

「全くだ。それが力として昇華するにしても他人を蹴落とすってのは、なんとも世俗的な貴族然としているというか…それを剣に乗せるってのは如何なものかとカミやんさんは思いますねぇ」

 

「・・・じゃあ、僕は剣に何を込めればいいと思う?」

 

 

ユージオの質問に上条は一瞬呆気にとられたが、次第にくっくと笑うと頬づえを突いてユージオを指差して言った

 

 

「そりゃユージオ自身で見つけないとな。俺の教えた剣術はあくまでも足掛けで、心の在り方まで他人に委ねることねぇんだぞ?少なくとも言えることは、型の練習してるだけじゃ見つからねぇと思うぜ。まぁアレをやり続けられるユージオの勤勉さは十二分に凄ぇけど」

 

「それを言うなら、僕だってカミやんの実剣を事あるごとに振る癖は凄いと思うけど…」

 

「あ、あれは言ってもそんなに身にはならねぇよ。どうにかしてアインクラッド流の秘奥義を再現…もとい、増やせないもんかとただ闇雲に振ってるだけで、むしろユージオの型の練習のが、秘奥義のイメージ力には繋がりやすいんだぜ?まぁどっちにしたって、剣に込める何かに直結するようには思えねぇけど」

 

「じゃあそう言うカミやんは…『あの時』一体何をイメージしたの?」

 

「・・・・・」

 

 

ユージオのその問いかけに、上条は露骨なまでに口を閉じ、彼から視線を逸らした。そして唇を細めながら後ろ頭を掻きむしると、羽根ペンをメモから書き取り用紙に戻した

 

 

「・・・よ、よーっし。とっとと書き取り終わらせるかー。剣の才能がないカミやんさんは、どうにかして神聖術と座学で差を埋めないと…」

 

「いい加減はぐらかすのは止しなよ。カミやんだって、今自分がどれだけ学院で噂になってるか知らないわけじゃないだろう?中には面白がって、わざと話に尾ひれをつけてる人も出てきてる」

 

「・・・・・」

 

「僕は気にしないようにしてるし、カミやんも気にしないようにしてるのは全然いいと思う。だけど、もうそろそろ限界だよ。どの話も信じられないのは分かってる。だけど、あのウォロ先輩の剛剣に真っ向から拳をぶつけて粉々に砕くなんて、どう考えても普通じゃない」

 

 

上条はユージオの言葉の端々に、尖ったものを感じた。出会ってからおよそ二年間、彼が怒ったことは一度もなかった。だから、これが初めてだった。彼は今、彼の知りたいことに知らぬ存ぜぬを突き通している自分に対して、心の底から怒っているのだと分かった

 

 

「・・・先に断っておくが、俺もあの出来事が完全に理解できてるわけじゃないぞ?それでもいいってんなら……」

 

「いいよ。僕にとっては周りが囃し立てる話よりも、カミやんの口から出る言葉の方がよっぽど信じられる」

 

「即答とは…本当によくできた親友だよお前は」

 

 

そう言って上条は手にしていた羽根ペンを机の上に置くと、覚悟を決めたように深く息を吐いて話し始めた

 

 

「ユージオも分かっているとは思うけど、俺はあの時、ウォロ先輩の剣を拳で砕き割った。見間違いだと思うだろうが、これは間違いない」

 

「うん。そして、ウォロ先輩の体を壁まで殴り飛ばした」

 

「あぁ。俺はこれは多分、さっき言ってたイメージの力によるものだと思ってる」

 

「じゃあ、具体的には何をイメージしたの?」

 

 

ユージオの質問に、上条は口元を手で覆って数秒間なにやら考えを巡らせた。そして自分の右手をぼんやりと見つめると、それをゆるく握って口を開いた

 

 

「・・・俺はベクタの迷子…つまり記憶を失ったってことになってるんだが、なんというか、夢…みたいなモンでな、色んな世界を渡り歩いたのを覚えてるんだ」

 

「色んな世界って…この世界とは別の?」

 

「あぁ。そんでウォロ先輩に斬られそうになったあの瞬間に、その色んな世界の記憶の断片みたいなものがドバーッと流れ込んできて、目に見える光景全てがスローに見えるほど、感覚が今までにないくらい研ぎ澄まされたんだ」

 

「なんだろう…身の危険を感じたことでアドレナリンが大量に出て、頭の中で記憶がフラッシュバックしたってことなのかな?」

 

「詳しい理屈は俺にも分からん。だけど、俺はあの瞬間『俺の右手は剣にも負けない』っていう確信が持てたんだ。そしてその確信に任せて右手の拳を振り抜いた。それだけだ」

 

「・・・なるほど」

 

「それと二年前、ユージオと果ての山脈でゴブリンと戦った時にも、実は似たようなことがあったんだ。俺の右手が、ユージオを切ったあの一際デカいゴブリンの剣を砕いた。あの時は多分、絶対にユージオの敵を取るとか…そんな感じの事を考えてた。まぁイメージって言う割には、酷く抽象的だとは自分でも思うけどな」

 

 

記憶喪失の話は完全にでっち上げだが、他は全て正直に話した上条ですら、突拍子もない話だと思った。しかし、異能の力の定義すら分からないこの世界で幻想殺しを引き合いに出すのも難しく、この話で納得してもらう他なかった。そんな不安を内に秘めながらユージオを見つめていたが、やがて彼はさっぱりとした顔で言った

 

 

「にわかには信じられない話だけど、それはきっと僕がイメージの力を体現できてない先入観のせいもあると思う。これからは、そのイメージの力を僕も使えるように頑張ってみるよ」

 

「し、信じるのか?俺が言うのもなんだが、素手が剣に勝つなんて普通あり得ないだろ?」

 

「そりゃ普通はあり得ないけど、あり得ないことはまず起こらないじゃないか。ならそこには必ず起こった理由がある。まずはそれを探さないとね」

 

「・・・なんつーかお前…図太いな」

 

「他人事じゃないんだからね。カミやんの謎を解くためでもあるんだから、僕が剣に込めるものを見つけられるまで、ちゃんと協力してよ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(とは言ったものの、貴族でも剣士でもない今の僕には、ルーリッドの森で何年もの間斧を振り続けた経験とカミやんから教わったアインクラッド流しかない……)

 

 

心の中で自問しながら、ユージオはひたすら丸太に木刀を打ち込み続けた。だが自問すれば自問するほど、自分の心の引き出しは想像以上に空っぽだということが分かるだけだった

 

 

(・・・いや、本当はもう一つあった)

 

 

その時ユージオが脳裏に思い浮かべたのは、幼馴染だった少女の笑顔。いつか必ず連れ戻すと誓った、アリスへの気持ちだ。そしてあの日、鎖に繋がれ連れて行かれるアリスを、見ていることしか出来なかった自分を責めた。そしてその片隅に、必死になって誰かに呼びかける小さな男の子がいた

 

 

(・・・そう言えば、誰だったんだろう…あの男の子。歳は僕と同じくらいで…どことなくカミやんに似てるような…)

 

 

飛竜に連れ去られてゆくアリスと、必死に叫ぶ男の子。そして見上げるだけの自分。こうして木剣を振っている間も、その光景だけは忘れることができない。そんな過去を想起させる内に、記憶の深いところまで意識が潜りかけた時だった

 

 

「おやおやユージオ殿。こんな時間まで鍛錬とは精が出ますなぁ。しかし丸太にひたすら打ち込むだけとは、まだ天職が体から抜けきっていないのではありませんか?」

 

 

出たよ…とユージオは心の中でため息を吐いた。考え事に耽っていたためか、死ぬほど嫌いなライオスとウンベールがこれほど近くにいるとは全く気づかなかった自分にもゲンナリしながら、木剣を握り直して丸太に向かって構えると、二人の貴族に構うことなく無視を決め込んだ

 

 

「そう言ってやるなウンベール。なにしろ流派があれほど珍妙なのだ。丸太くらいしか受けてくれる相手がいないのであろう」

 

 

初等練士の頃から、平民出の上条とユージオになにかと突っかかってくるこの二人だったが、進級試験で主席と次席に着いてからは更にひどくなった。しかしそれはユージオが一人でいる時のみで、上条がいる時はすっかりナリを潜めていた。やはりこの二人でもあの時の上条は異常だったと肌で感じ取り、自然と彼を遠ざけていることは明白だった

 

 

「これはしたり!そのような事情があるのなら同じ寮で修練する者として、せめて型の一つなりとも教示して差し上げるべきだったかな?」

 

 

ウンベールのその言葉に、無視を決め込んでいたユージオがピクリと反応した。もしかしたら、これは好機なのではないかと考えた。仮にもこの二人は学院の主席と次席。上条の言うイメージの力を少なからず持っているかもしれない。それを目にできるのならば…と思考を巡らせ、意を決して言った

 

 

「・・・それではお言葉に甘えて、一手ご教示願えますか。ウンベール修剣士殿」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「んでその結果、ライオスに横槍入れられて引き分けにされた訳か」

 

「ウンベールは納得してなかったみたいだけどね。まぁ僕は彼の自尊心が生み出す力を体験できたから別にいいけど」

 

 

その日の夜、食堂から運んできた夕食を口に運びながら、ユージオはウンベールと一戦交えた感想を上条へと話していた

 

 

「最初、ウンベールはノルキア流の秘奥義『雷閃斬』を使ってきたから、僕も『スラント』を使って応戦して鍔迫り合いになったんだ」

 

「まぁ、純粋な力比べならユージオの勝ちだろうな」

 

「僕もそう思った。そしたらウンベールの木剣が放つ雷閃斬の蒼い輝きが、こう…どす黒い色を帯びたんだ」

 

「十中八九、そいつはウンベールの自尊心の賜物だろうな。しかしよりにもよって黒とは…あいつらの陰湿さにはこの上なくお似合いの色だな」

 

「でも、あの力は本当に凄かった。木剣から僕の腕に伝わってくる重みが、まるで違った。あそこで咄嗟に『バーチカル』を使ってアイツの剣を弾き飛ばしていなければ、きっと僕の右肩は砕けていたよ」

 

 

そう言うとユージオは、最後に残ったパン一切れを口の中に放り込んだ。対して基本的に聞き手に回っていた上条は食が進み、とっくに食べ終わってコーヒーを口にしていた

 

 

「・・・どうやら、俺が考えている以上にイメージの力ってのは強大らしい。修練場で汗を流したことすらないウンベールが、ユージオと力比べで勝つなんて到底考えられない。まぁ考えられないってのは、俺の時もそうだけどな」

 

「僕もそう思うよ。アインクラッド流なら、イメージの力を使わなくてもライオス達には勝てるかもしれない。だけど、僕が目指すのは整合騎士だ。例えここで主席になっても、その先の帝国剣舞大会、四帝国統一大会で優勝しないとそれは叶わない。そしてその大会を勝ち抜くには、必ずこのイメージの力は必要になってくると思う」

 

「そうか…そうだったよな。元々俺がお前に剣を教えたのは、そのためだったもんな」

 

「そこで僕思うんだけど、剣術を教えるのは当然として『ティーゼ』と『ロニエ』にもこの力を教えたらどうかと思うんだ。この力は、きっと練習でどうにかなるものじゃない。より多くの人の考えを参考にすべきだと思うんだけど、どうかな?」

 

「・・・えっ?そ、そいつぁちょっと…」

 

 

ユージオが口にしたティーゼとロニエという人物は、ユージオと上条がそれぞれ傍付き剣士に指名…というよりも席次順の関係で指名せざるを得なかった二人の女の子である。その二人の名を出した途端、上条の顔が見るからに曇っていった

 

 

「ど、どうしたの?やっぱり二人にはまだ早いかな?」

 

「い、いやそういうわけじゃないんだが…やっぱりまだ傍付きになって1ヶ月ちょいしか経ってないわけで…」

 

「・・・?言ってることが矛盾してるよカミやん。要するに1ヶ月じゃまだ早いってこと?やっぱりもう少し剣術の稽古をしてからの方がいいかな?考えてみたら、そんなに多くのこといっぺんに教えるのも良くないもんね」

 

「え、えーっとだな…そういうことではなくて…」

 

「・・・?」

 

 

上条の会話の歯切れがあまりにも悪いことにユージオは首を傾げた。視線をあちこちへ泳がせながら、しどろもどろに答える今の彼に、イメージの力について考察している時の姿は欠片ほども見受けられなかった

 

 

「どうしたのさカミやん。何か問題でもあるのかい?」

 

「問題…というほどのことでも…ないけども…」

 

「話してみなよ。カミやんの悩みは、僕の悩みでもあるんだ。それに、カミやんが自分で言ってたじゃないか。よく出来た親友だ、って。僕はきっと、カミやんの力になるよ」

 

「・・・あ〜…こりゃたしかに、リーナ先輩が勘違いするのも納得だわな」

 

「・・・え?なんて言ったの?」

 

「いいや、ただの独り言だよ」

 

 

上条はユージオらしい優しい心遣いに、口元を緩めてボソリと何かを呟くと、それを誤魔化すようにかぶりを振った。そしてテーブルに両ひじを突いて両手を口の前で組むと、むず痒そうにしながら口を開いた

 

 

「・・・じゃあ、モノは相談なんだが…」

 


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