「ロニエとの接し方が分からない?」
「・・・まぁ、要はそういうことになるな」
真剣な表情で上条が切り出した相談内容とは、つまるところ人間関係の相談だった。自分が指導するロニエ・アラベルという傍付き練士と、どう信頼関係を築いていけばいいのか上条は切実に悩んでいた
「ほら、俺ってさ…記憶喪失だろ?まぁ色々と紆余曲折はあるけど。それでその…覚えてる限りじゃ、れっきとした『後輩』って呼べる間柄の誰かの面倒を見た覚えがなくてだな…先輩なんて呼ぶことはあっても、呼ばれたのはロニエが初めてなんだよ」
「・・・はぁ〜…珍しく真剣な顔で何を悩んでいたのかと思えば…予想の斜め上すぎて驚いたよ」
「う、うるせぇな。俺はこれでも割と真剣に…」
「あのねぇカミやん。仮にも僕らは相部屋なんだから、僕とティーゼのぎこちなさを君だって見てるだろう?そんな僕に相談しても意味ないって普通分からない?」
「すっげぇ勢いで手の平返すなお前!?」
ユージオはため息をつきながら、やれやれと言った具合に両手を広げて首を振った。上条がロニエとの接し方に悩むように、ユージオもまた自分が指導するティーゼ・シュトリーネンという傍付き剣士との距離感を測りかねていた
「接し方が分からないとは言うけどね、僕とティーゼ達は出会ってまだ1ヶ月なんだよ?カミやんは去年リーナ先輩と出会って1ヶ月でもう打ち解けたって言うのかい?」
「ん〜…そうだな、もう大体打ち解けていたとは思う」
「えっ、そうなの?僕なんて稽古以外でロッソ先輩と普通に会話できるようになるまで、少なくとも2ヶ月はかかったのに…」
「いやぁ、なんつーか…リーナ先輩は見た目に合わず結構グイグイ来たんだよな。寮の管理人のお姉さんがタイプのカミやんさんとしては、甲斐甲斐しく後輩の面倒を見る包容力もあって年上のリーナ先輩と一緒にいるのは、その…悪くなかったと言いますか…」
「うわぁ…折角傍付きに指名してくれたリーナ先輩のことをそんな風に見てたなんて…僕ちょっと君のことを見損なったよ」
「いやだから、それはリーナ先輩の方からグイグイ来てくれたからであって、別に俺から邪な想いを持って接していたわけではねぇよ?本当にいい先輩だったと思う」
「それは剣術を教える云々を抜きにして、リーナ先輩の方から積極的に接してきてくれたってことかい?」
「まぁそういうことだな。だから一ヶ月経つ頃には世間話どころか、身の上話までするようになってた」
「ふ〜ん。不思議だなぁ…リーナ先輩はなんでそんなにカミやんを気に入ったんだろう?」
「そんなこと俺に聞かれても分からん」
『恋は盲目』という言葉があるが、この二人はどちらかといえば『恋に盲目』であった。そんな二人が複雑な女心に頭をひねっても、一向に答えが閃くことはなかった
「でもそれにしたって、学院に12人しかいない上級修剣士は、ある意味で鬼教官より近寄りがたく恐ろしい存在だ…ってのは、初等練士の共通認識じゃないか。それを1ヶ月で埋めるのは、流石に僕らじゃ難しいと思うよ?」
「い、いやぁなんつーか…ロニエの場合はそうじゃあねぇと思うんだよ…」
バツが悪そうな表情で、自分のツンツン頭を乱暴に掻き毟る上条を見て、ユージオは深くため息をつきながらも、一先ずは話をきちんと聞くことにした
「・・・ごめん。僕もちょっと浅はかだったよ。カミやんが悩むってことは、悩めるほどには原因か心当たりがあるってことだよね。何かあるのかい?」
「そうだな…さっきの上級修剣士が云々って感じじゃねぇんだ。最初の頃はそりゃ緊張感とかそういうのがあって、肩肘張ってたんだと思う。だけど、最近はなんつーか…『俺自身』を怖がって距離を取ってるように見えるんだよ」
「そう思う根拠は?」
「・・・ほら、俺ってウォロ先輩の一件以来、学院中で色々と噂されてるだろ?それもあると思う。それに俺、上級修剣士の中でも12位の末席だったからさ、傍付きも指名できるの最後だったろ?だから余り物同士…って言ったらロニエに失礼だけどよ、周囲からそう思われるのが嫌で距離を取ってんじゃねぇか…なんて思ったりしてな。剣術教えるのも下手くそだし、嫌われても無理ないかな〜…って」
上条はなんとも悲痛な顔で、切実に自分の悩みを打ち明けた。彼の噂については、ユージオも思うところがあった。あの場を実際に目にした自分でさえも、一度は上条に畏怖した。それを、彼という人間をまだよく知りもしない少女に怖がらないでという方が無理な話だ。自分には決して共有できない辛さを抱えてうな垂れる上条に、ユージオはせめて慰めの言葉をかけようとした
「な、なにも別にそんなこと…」
「だけどさ、やっぱそんなの悲しいじゃねぇか。俺、リーナ先輩と過ごした一年間、本当に楽しかったんだぜ?折角傍付きと指導生になれたのに、あの楽しさを体験できないなんて絶対損だ。だからどうにかして、ロニエにもその楽しさを感じて欲しいって思うんだよ」
ところが、ユージオが慰めの言葉をかけようとするよりも先に、上条は内に眠る決意を間髪入れずに吐露した。まるで初等練士だった頃を思い出しながら微笑んで語るその姿に、ユージオは今必要なのは慰めの言葉ではないと思った
「あははっ、なんだよカミやん。もう答え出てるじゃないか」
「・・・え?ど、どうゆうことだ?」
「どうも何も、今全部自分で言ってたろ?ロニエにも傍付きを楽しんでほしいって。だったら、楽しんでもらえるように接すればいいだけじゃないか」
「そ、そうは言ってもな…避けられてるこの状況でどうやって楽しませろと?」
「一年前のリーナ先輩はグイグイ来たんだろ?それでカミやんが楽しいって思ったなら、カミやんもそれに倣ってグイグイ行けばいいんだよ」
「簡単に言ってくれますがね…というか俺はそもそも接し方が…」
「僕に言わせれば、それは接し方が分からないんじゃなくて、まだ接してないんだよ。楽しませ方は、そこから考えればいい。むしろ話はそれからなんじゃないかな?まぁ、僕も人のことはとやかく言えないんだけどね」
そう言って、ユージオは自虐を交えながら力なく笑った。だが上条にとって彼の言葉は、悩みを払拭させるには十分だった
「・・・そうだな。ありがとよユージオ。たしかに、お前の言う通りだ」
「僕も一緒に頑張るよ。とてもじゃないけど、ティーゼが僕といる時間を楽しいと思ってくれてるようには見えないからね」
「でも、いざ接してみようとは言ったところで、俺たちが一緒にいるのなんて稽古の時間か雑用の時間くらいしか…そんな時間に世間話ってのも剣を教える先輩としてどうよ?」
「いや何も世間話でなくても…ってまずいよカミやん。もう食堂が閉まる時間だ、食器を洗い場に戻さないと……」
ふと自分の前に置かれた盆と、いっぱいになった腹具合にユージオはハッと思い出して言った。しかし彼がハッとしたのはそれだけではなく、盆に置かれたナイフへと何となく視線を落としていたユージオは、その銀色に似た一振りの剣を連想していた
「お、そうだったな。ヤバイヤバイ。食堂のおばちゃんに怒られちま……ってどうした?急にボーっとして」
「・・・ねぇ、カミやん。今思いついたんだけど、こういうのはどうかな?今度の……」
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「「今度の安息日に外出に誘われた!?」」
ある日の夜、初等練士の女子寮で、驚愕の声が木霊していた。三人一組の一室でその叫びをあげたのは、林檎のような赤毛に同じ色の瞳をしたティーゼ・シュトリーネンという女の子と、『フレニーカ・シェスキ』という薄茶色の髪を短く切り揃えた、ティーゼと同い年の女の子だった
「う、うん…今度の安息日、よかったら一緒に街に行かないか…って」
そして、こげ茶色の髪を少し下めのツインテールで纏めた、小動物のような印象を受ける少女は、二人の声に思わず耳を塞いでゆっくりと頷いた。そんな彼女こそ、上条の悩みの種となったロニエ・アラベル初等練士だった
「そ、それってつまり…逢瀬ってこと!?」
「お、逢瀬!?そんなそんな!カミやん先輩は絶対に逢瀬なんてつもりで誘ってないよ!」
興奮気味に迫ってくるティーゼの言葉を、ロニエは頬を赤く染めながら両手をわちゃわちゃとあらぬ方向に振り回しながら否定した。彼女達も位の違いはあれど貴族なのだが年相応というか、こういった恋愛沙汰の話には目の色を変えて盛り上がっていた
「ほ、本当にそんなんじゃなくて、カミやん先輩はきっと気を遣ってくれただけだよ。緊張して私がいつも距離を取っちゃうから…その…」
「緊張して、じゃなくて照れちゃっての間違いでしょ。この恋する乙女め」
体の前で指をいじくりながら、ゴニョゴニョ喋るロニエに、フレニーカは半分笑いながらそう言って彼女のおでこを小突くと、頬どころか顔全部を真っ赤にしてロニエは慌てふためいた
「こ、恋っ!?わわっ、私は別に…本当に緊張してるだけだよ。だって剣を握ってる時のカミやん先輩、すっごくカッコいいんだもん。普通に接しろっていう方が無理だよ…」
「あ〜、なんていうか…うん。ごちそうさまでした」
「何が!?」
「とにかく、ロニエがカミやん先輩に恋してることぐらいとっくにバレてるから。今夜は洗いざらい吐くまで寝かせないからね。ロニエ・アラベル初等練士殿♪」
「え、え〜〜〜っ!?」
フレニーカはロニエの言い逃れになってない言い逃れに呆れつつも、指を小気味よいリズムに合わせて振りながら言った。ロニエはそんな彼女の宣言に半泣きになると、これまたなんとも可愛らしい悲鳴をあげた。そして彼女を逃がすまいとばかりに二人の少女はドア側に座り、ティーゼが彼女に迫った
「で、どこが好きなの!?」
「・・・やっぱり、優しいところ…かな。今回のお誘いもそうだし、稽古の時も優しく教えてくれるし…後は、傍付きになって始めて会った時に『こんな冴えない先輩だけど、よろしくな。残り物には福がある…というと語弊があるけど、ロニエの指導生になれて嬉しいぜ』って言ってくれたの…お世辞でも、嬉しかったかな」
「おー、いいねいいね!他には!?」
ティーゼの質問に、ロニエは所々つっかえながらも赤裸々に、初恋のような甘酸っぱさを交えながら答えると、羨ましがったフレニーカもロニエに迫った
「うぇ!?う、う〜ん…後は、私が貴族だからとか、自分が平民だからみたいなことを気にせず話してくれるのは、すごいなって思う。まぁ今は私の方が距離置いちゃってるのは否めないけど…」
「いいなぁ…なんで私あんなウンベールとかいう人に指名されちゃうんだろう…こればっかりは自分の爵士の高さが憎いよ……」
「あのねぇフレニーカ、そう言われちゃうと六等爵家の私とロニエの立場がないわよ。そりゃまぁ、ユージオ先輩の傍付きになれたのは嬉しいけどね。ユージオ先輩もすっごく優しいし」
「ふんっ、どうせ私は上級貴族ですよーだ」
「や、やめなよ二人とも…」
今の会話を実家にいる親族に聞かれたら、それこそ家から追い出されそうだが、この部屋だけは彼女達の楽園のようなものだ。恋バナからキツい冗談までお手の物。笑いが尽きない彼女達の会話は、夜更けまで続いた
「・・・その、ロニエ。一つ聞いてもいい?」
「ん?なぁに?」
ひとしきり雑談や愚痴を終えたところで新たに話を切り出そうとしたのは、ティーゼだった。その彼女に名指しで呼ばれたロニエは、急に真剣な顔つきになった彼女に小首を傾げた
「えっと、ロニエも聞いたことあるでしょ?カミやん先輩の噂。カミやん先輩が…去年の主席の実剣を…素手で砕いたっていう…」
「・・・『怪物』。カミやん先輩は、そう呼ばれてるんだよね」
それは仮にも去年度に起こった話であるというのに、ロニエ達初等練士の間で引っ切りなしに流れている噂だった。実しやかに囁かれる規格外な事件の当事者である上条は、彼ら彼女らの間では上級修剣士という羨望の眼差しよりも、畏怖や疑いの目を向けられていた
「それだけじゃないよ。『死神』とか『暴君』…果ては『闇の軍勢との混血』なんて言われてるんだよ?私だってそういう話を、全部鵜呑みにしてる訳じゃない。だけど、火のないところに煙は立たないって言うじゃない?だからその…本当のところはどうなのかなって……」
「ティーゼ。私のことを心配して言ってくれてるのは分かる。だけど、それ以上言ったら私、怒るからね。ティーゼだって、私にユージオ先輩のこと同じように言われたら、嫌でしょ?」
「・・・ロニエ…」
心配そうに話すティーゼに言ったロニエの声と眼差しには、言い知れぬ迫力があった。それからロニエはふっと力を抜くように表情を柔らげると、幼い頃から剣を握り続けた末に逞しくなった手を胸に当てながら言った
「私も最初にその話を耳にしたときはね、上級修剣士として尊敬していたカミやん先輩を、初めて怖いと思った。でも毎日真剣に稽古してるカミやん先輩のこと見てたら、とてもそんな風に思えないよ。あんなに自分にひた向きで、他人に寄り添おうと思える人、初めて見たもん」
まだ出会って1ヶ月の人にここまで全幅の信頼を寄せることは、そう出来る事ではないだろう。ロニエはここにいる誰も知らない上条を知っていることは、彼女の言葉と表情が何よりも物語っていた。そしてそんな彼のために友人の自分にあそこまで怒れるのなら、そんな心配はもはや杞憂だとティーゼは思った
「・・・そこまで言うなら、私はロニエが信じるカミやん先輩を信じる。今度の安息日、思いっきり楽しんできて!あわよくばその想いの丈をカミやん先輩に告白しよう!」
「こっ!?こここ、告白っ!?こく、こくこくこく…ふしゅうううぅぅぅ………」
握り拳を高々と天に掲げるティーゼの助言に、ロニエはついに全身の血管が破裂しそうなほど真っ赤に沸騰し、床に仰向けになって倒れた。こんな調子で次の安息日に道端で倒れないものかと不安になりながら、ティーゼとフレニーカは彼女をベッドへと運び、部屋の灯りを消して眠りについた