とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第2話 神の領域

「・・・フラクトライトねぇ…」

 

 

まるで理解の追いつかない、底が知れない言葉を上条は静かに繰り返した。いくらキリトが自分とは別の世界に住んでいるとはいえ、生物学的には同じ人間だ。その理論が正しければ、自分の頭にも当然そのフラクトライトがあるということになる。いざそう考えると、頭の内側に言い知れぬ不快感が生まれ、思わず顔をしかめた

 

 

「とりあえずそのフラクトライトってのが人間の魂だって言ってるんだろ?その……」

 

「あぁ、ソウル・トランスレーター…長いから略してSTLって呼んでるんだけど、それを作ってるのは『ラース』って会社なんだ」

 

「そのラースってのが開発したSTLは、ソウルなんて名前つけるくらいだから、ソイツを読み取る…いや、この場合は解明しようってのが魂胆なんだろ?その機械を使って」

 

「それも間違いじゃないけど、STLは元々フラクトライトを観測するために作られた物なんだ。だけど、今やもう本質はそこじゃなくなった。上やん、考えてもみてくれ。今俺たちが使ってるアミュスフィアは、どうして脳が体に出す運動命令を読み取ることができるんだ?」

 

「はぁ?そんなん常識の中の常識だろ。アミュスフィアは俺たちの五感に再現する仮想世界の情報を書き込んでるわけで、その世界を体感してる俺たちの大脳にある運動神経がそれを判断すれば体は自然にうご…く……?」

 

 

流石にそれくらいは自分にでも分かっているとばかりに、上条は水を得た魚のようにつらつらと喋り始めた。しかし口が進むにつれて自分の話の中に違和感を覚え、徐々にその口調と表情に疑問の色が混じっていった。そのあまりにも分かりやすい彼の態度を見たキリトは、思わず笑って助け舟を出した

 

 

「ははっ。おおよその察しはついたみたいだな。その通り。アミュスフィアはその前提として、五感の信号を脳にそれぞれ情報として送り込んで俺たちに仮想世界を体感させてる。むしろ、そっちの方がフルダイブ技術の核心さ。それが出来なきゃ、STLは仮想世界の次世代機になんてなり得ない」

 

「・・・はっ」

 

 

思わず上条は鼻で笑った。技術云々の話やキリトの実体験を聞いている時は、どこか怪しい実験かと思った。しかし実際にキリトはその説明をどこか楽しそうにしていたため、そんな不安はいつの間にか消えていた。しかし、その不安はより明確な形となって現れた

 

 

「・・・魂に…情報を書き込める…?」

 

 

馬鹿げている、と最初は思った。自分達の世界の科学ですら行き着いていない、心や魂の存在の理論。それに飽き足らず、その魂そのものに介入しようなどと、それはもはや人ならざる『神の領域』にすら近いのではないかと上条は感じていた

 

 

「その通り。STLはフラクトライトに短期的な記憶を書き込むことで、使用者に見せたいものや聞かせたいものの情報を与えることができる。例えば…」

 

 

キリトは唐突に話を区切ると、自分の身の周りに目を配った。そして自分のコーヒーカップに目を止めると、上条の方からは見えないようにそのカップを自分の右手で隠した

 

 

「?なんだよ、別に勝手に飲みゃしねーって」

 

「違うよ、そういうことじゃない。俺は今、こうしてコーヒーカップを隠したよな。そのコーヒーカップは、上やんの中から一瞬で消えたか?」

 

「いや、流石にそこまで忘れっぽくはねーけど…」

 

「そこだ。つまり俺たちは何かを見る時、記憶・再生が可能な方法でそのデータをフラクトライトに保持するんだ。関係者は『記憶的視覚情報』って呼んでるんだが、目を閉じても瞬時にその記憶は消えたりしない。ということは、そのカップを見ていた時と同じデータを完全な形で入力されれば、現実には存在しないグラスを本物と変わらない精度で『見る』ことができるはずだ」

 

「いやそりゃ理屈はそうでも、記憶を外部からの操作で再生させる…なんて…」

 

 

そこまで口にして、上条はハッとした。自分が今体感しているこの世界。自分の体、感覚が何によって与えられているのかを実感し、途切れ途切れだった糸が一直線に繋がったような気がした

 

 

「・・・なるほどな。アミュスフィアはユーザーの脳、ひいては視覚に仮想世界のデータを見せるのに対して、STLは脳どころか『記憶』にダイレクトで書き込む。つまり当人が体感するその仮想世界は、意識においては本物…作り物じゃない」

 

「ご明察。俺もごく初期のテストダイブ中の記憶は残ってるんだけど…違ったよ。今までのVRワールドとは何もかもが違った。俺は最初そこが…『アンダーワールド』が仮想世界だと分からなかった」

 

「アンダーワールド…地下の世界ねぇ…まぁその仮想世界の情報は、後になって機密保持のためにキリトの記憶からは消されてるってわけだ」

 

「いや、現状ではそこまでは不可能らしい。俺の記憶がないのは、ダイブ中に記憶への干渉を遮断しているからだそうだ」

 

「なるほど。最初っから意識に壁みたいなモンを作っちまってるわけか」

 

「まぁ感覚的に言えば、要はリアルな夢を見ている感じに近いかな。ついさっきまでは何かを見ていたはずなのに、その断片なものしか覚えていない。そしてここからが、STL最大の目玉だ」

 

「まだあんのかよ…もうここまでで上やんさんはお腹いっぱいだぜ…」

 

「まぁそう言わず、デザートは最後まで取っておくもんだろ?」

 

「そう言ってくれてるとこ生憎だが、聞いてるこっちとしてはフルコースだと言われておいて、オードブルもなしにデザートをひたすら口に突っ込まれてる気分ですよ」

 

「あ、あははは…」

 

 

上条が敢えて皮肉めいた口調でそう言うと、キリトも思わず苦笑いした。しかしここで話を切り上げてしまっては悪友も浮かばれないだろうと思い、諦めて自らの手の平を差し出して話の続きを促した

 

 

「カミやんはさ、時々ものすごく長い夢を見ることはないか?起きたらグッタリ疲れてる怖い夢とか、中々醒めそうで醒めない夢を見たこと」

 

「あー…あるっちゃあるな。別に明確な記憶があるわけじゃねぇけど」

 

「そういう夢を見てる時って、どのくらいの時間が経ってる感じがする?」

 

「いやどのくらいって…2.3時間とか?あるいは寝てる間ずっと?」

 

「まぁそのくらいに感じるだろ。ところが実際に夢を見てる時の脳波をモニターすると、当人がものすごく長い夢を見たと感じていても、実際には目覚める前のほんの数分前だったりするんだ」

 

「例えば現実世界でも、緊急時はアドレナリンがドバーッと出て時間がゆっくり流れているように感じるし、反対にリラックスして会話に夢中になったりすると時間があっという間に過ぎてたりするだろ?」

 

「分かった分かった。例え話と前振りはもう聞き飽きたよ。さっさと結論言ってくれ」

 

「な、なんだよノリの悪いヤツだな。まぁいいや、ならお望み通り結論を。このSTLは、人が数分間の内に長い夢を見るように、実際のダイブ時間の数倍の時間を仮想世界で体感できる」

 

「・・・っていうとなにか?現実世界では1分しか経ってないけど、STLの作る仮想世界にダイブして時間は1時間以上経ってるってか?へへっ、竜宮城から戻ってきた浦島太郎じゃあるまいしそんなことあるわけが……」

 

「出来るぞ」

 

「出来んの!?」

 

 

あまりにも回りくどすぎるキリトの説明を聞いている内に、段々と耳の傾け方が雑になっていた上条だったが、よもや魂だけでなく時間という概念すらも捻じ曲げることの出来るSTLの機能に愕然とした

 

 

「まぁ、実際に中でどれくらいの日数が経ってたのかは分からないけどな。なんせ記憶がないんだから。だけど結果的に言えば今の俺は、同い年で同じ誕生日のやつと比べたら、精神的にはいくらか多く歳を取ってることになる」

 

「・・・もう冗談抜きで神の領域だな…そのうちキリトが史上最年少の仙人になるんじゃねーの」

 

「ユーザーの意識に鑑賞した結果として、同期した仮想世界内の時間も加速する。実際のダイブ時間の、何倍もの時間を仮想世界で体感できる。これがSTL最大の目玉…『フラクトライト・アクセラレーション』。略して『FLA』さ。はい、ご静聴ありがとうございました」

 

「・・・なるほどねぇ…まぁそりゃ確かに、仮想世界の未来の話なわけだ」

 

 

全ての話を聞き終えた上条は半ば呆れかえっていた。よくもまぁ魂だなんだと非科学的なものを論理的に捉えたり、時間の概念をひっくり返そうとする人間の傲慢さと科学の進歩にもはや言葉が出なかった

 

 

(そういやいつかトールが言ってたっけ。『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』とかなんとか…いやほんと、言い得て妙だな)

 

「で?なんでまた急にキリトさんはそんなご高説をカミやんさんにしたので?」

 

「・・・まぁこれを聞いたカミやんなら、ある程度分かってくれると思うけど、STLは単なるアミューズメントマシンじゃ終わらない気がするんだよ」

 

「俺からすりゃ、もうアミューズメントの域を出てるように見えるがね」

 

「あぁ、だからこそ俺は知りたいんだ。際限なく可能性を広げているフルダイブ技術…仮想世界は、一体どこに向かっているのかを」

 

「仮想世界がどこに向かっているのか…か」

 

「なぁ、カミやんはどう思う?こうして別世界の存在である俺たちを繋げた仮想世界は、その道の先に何にたどり着くと思う?」

 

 

そう上条に問いかけるキリトの目は、真剣そのものだった。そんな彼の表情を見た上条はクスリと彼に笑いかけると、徐ろにズボンのポケットに手を突っ込んだ

 

 

「・・・そうだな。その結論は、レポートが書き終わったら自ずと出てくるだろうよ」

 

「・・・え?」

 

「はい。本日は貴重な題材のご提供をどうもありがとうございました」

 

 

ピコンッ!という軽快な音と共に上条がポケットの中から取り出したのは、『メッセージ録音クリスタル』だった。上条の持つ八面体のそれを見るやいなや、キリトは目の前の男が何を考えているのか全て察した

 

 

「な、なあっ!?カミやんお前それ一体いつから…!?」

 

「んー、飯食い終わったぐらい…だな」

 

「いやほぼ初めっからじゃないか!?ひょっとしなくても今の話をレポートに書くつもりじゃ…!?」

 

「なに、そう焦るなよ。丸パクリするわけじゃないし、どうせキリトの方の世界の話だ。発表したって誰も分かりゃしねーよ」

 

「・・・はぁ、しょうがないな。分かったよ、俺がカミやんの立場なら多分そうするだろうしな。だけど本当にあんまり詳しく書くなよ?」

 

「へへっ、ありがとよ。まぁ悪いようにはしねぇさ。今度そのうち高難度クエストにでも付き合うよ」

 

「何て言うと思ったか!著作権侵害も甚だしいわ!そのクリスタル寄越せぇぇぇ!!!」

 

「甘いぜ相棒!転移!『央都 アルン』!」

 

 

上条から録音クリスタルを奪い取るために騙し討ちを仕掛けたキリトだったが、それすらも見越していたように上条はベルトポーチから転移結晶を取り出した。そして結晶に向けて転移先を告げると、その身体が光に包まれ一瞬にして消えた

 

 

「クソッ!野郎みすみす逃すと思うなよ!転移『央都 アr……」

 

 

続いてキリトも上条の後を追うべく転移結晶を手に取り、アルンへと転移しようとしたが、行き先を言い切る直前で彼の右肩に屈強なノームの男の手が置かれた

 

 

「失礼ですがお客様。お勘定は?」

 

「覚えとけよぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

この時、上条とキリトの二人は、これはどこまでいっても所詮別の世界の技術、別の世界の話…そう思って割り切ってしまった。しかしこの瞬間、仮想世界を蝕む新たな闇が生まれ落ちた。時間を加速することは出来ても、過ぎた時間を巻き戻すことは出来ない。ゆっくりと、けれど確実に、底知れぬ闇は仮想世界へと根を下ろし始めていた

 

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