「・・・雨、強えな」
「そうだね。ちょっと遅めの春の嵐かな」
五月も二十日を跨いだある日の夜、この世界に来て2年が経つ上条が一番だと思うほどの荒れ狂った嵐が吹き荒んでいた。暴風に乗った雨が窓ガラスを激しく叩き、ガタンガタンという格子が揺すられる音が上条とユージオの耳に痛いほど響いていた
「ところでカミやん、その剣の銘はいい加減決めたのかい?」
雨で外に出られず、やる事が見当たらなかったユージオと上条は、互いに自分の剣を磨いていた。翡翠色に輝く水晶の剣は、ユージオにとっても物珍しく映っており、上条がそれを持ち帰った日から事あるごとに気にかけていた
「うんにゃ、これといっていいのが思いつかんくてな。当分の課題だ」
「早いとこ決めなよ。呼び名がないと剣がかわいそうだし、サードレさんのお店の名前を広めるのにも困るだろう?」
「生憎、ロニエにも普段から口酸っぱく言われてるんで分かってますよ。ま、おやっさんの頼みってなら少しは頑張るよ。カミやんさんは義に厚く情が深いんだ」
「ごめん、最後だけよく聞こえなかったよ。最後だけもう一回言ってくれるかな?くれぐれも最後だけ」
「お、お前な………ん?」
上条はそこでハッとした。風に攫われてほとんど聞こえないが、現在の時刻を知らせる学院の低い鐘の音が聞こえた。この学院では30分置きにその鐘がなるが、60分で高い音、30分で低い音を現在の時刻と同じ回数分鳴らす。その鐘が低い音で4回鳴ったので、現在の時刻は4時半ということになる
「なぁユージオ、今の4時半の鐘だよな?」
「え?あ、本当だ。嵐のせいで4時の鐘が聞こえてなかったのかな」
「・・・ロニエ達、ちょっと遅くねぇか?」
「言われてみれば…いつも4時には部屋に掃除に来るのに。でも、この嵐だし雨が止むのを待ってるんじゃないかな?別に掃除をする時間が決まってる訳じゃないし」
「・・・嫌な予感がする。あの二人が掃除に遅れたなんて事は一度もなかった。去年の俺と違ってな」
時折稲光が走る窓を見つめながら、上条は静かに言った。自虐を交えつつ喋るのは彼のある種の癖だが、今回のそれは少し違うとユージオは肌で感じ取った
「どういうこと?虫の知らせ…ってヤツ?」
「まぁ、それに近いヤツだな。あの生真面目な二人が、雨くらいで遅れるなんて考えられねぇ。俺ちょっと初等練士の寮まで見に行ってくる。行き違いになるかもしれねぇから、ユージオはここで待っててくれ」
そう言うと上条は翡翠色の剣を鞘に納めてテーブルの上に置き、強風でガタガタと揺れる窓の格子に手をかけた。そして留め具を外して一気に開くと、吹き荒ぶ嵐の中へと身を乗り出した
「ちょ、ちょっとカミやん!そんなことしなくても表から行った方が…」
「こっちのが早い!」
返す刀でそう言うと、上条は二階であることを物ともせず窓から飛び出した。ユージオはそんな野生的な彼にため息を吐くと、開けっ放しの窓を閉じて鍵を掛けた
「まったく…ついこの間の安息日まではあんなに悩んでたのに。今じゃすっかり親バカ…もとい後輩バカじゃないか」
誰にも聞こえない愚痴をこぼしつつユージオは椅子に戻ると、磨きかけだった青薔薇の剣を再び手に取った。すると、剣を磨き始めて数分としないうちに、ドアから小さなノックが聞こえた。いつもなら軽く「どうぞ」と言って入るのを待つのだが、心配していた手前自分からドアを開けに行った
「よかった。ちょっと遅かったんで心配し……」
そこまで言って、ユージオは目の前にいる少女を見て唖然と言葉を飲み込んだ。そこにいたのは、ロニエでもティーゼでもなく、灰色の制服を水に濡らし、薄茶色の髪を雨風で乱した見知らぬ女の子だった
「あ、あの…ユージオ上級修剣士殿でいらっしゃいますか?」
「あ、うん…君は?」
血の気が引いて真っ青になった頬に水を垂らした少女は、小刻みに震えながら訊ねた。ユージオは多少戸惑いを覚えながらも頷いて、雨に濡れた少女を居間へと招き入れた
「わ、私はフレニーカ・シェスキ初等練士にございます。ご…御面会の約束もなしに訪問する無礼を、どうかお許し下さい」
「あぁ…君が、ティーゼ達の言っていた…」
「で、でも私…もうどうしたらいいか分からなくて…!」
ただならぬ焦りを見せながら話すフレニーカの表情を見て、ユージオは上条の言っていた嫌な予感という言葉が頭をよぎった。まさか、とは思いつつもそれを拭いきれないユージオは、傍にあったタオルを手に取ってそれをフレニーカの頭に被せ、自分より少し背丈の低い彼女に視線を合わせながら声をかけた
「落ち着いて、ここなら大丈夫だから。一体何があったんだい?」
「あの…ユージオ修剣士殿にはこの度、私とウンベール修剣士殿の事でご尽力を賜り、心より感謝しています。ですが、ジーゼック修剣士殿は本日の夜間に私に…その、この場では少々説明の難しいご奉仕を命じられておられまして…」
「ッ!?」
「わっ、私…このような御命令が続くくらいならいっそ学院を辞めようと思って…それをティーゼとロニエに打ち明けたんです。それを聞いた二人が、直接ジーゼック殿に嘆願すると言って寮を出て行ったきり…戻って来てなくて…!」
「な、なんてことだ!」
なおも止まらぬ震えを抑えながらフレニーカが語った状況に、ユージオは雷に打たれたような衝撃を味わった。もはや一刻の猶予もないと感じた彼は、磨いていた青薔薇の剣を手にしたまま部屋のドアへと手をかけた
「フレニーカ、君はここで待っててくれ。もし僕がここに戻って来る前にカミやんが部屋に来たら、辛いだろうけど今した話と同じ話をしてほしい。頼んだよ!」
(多分、アイツらの狙いは僕らじゃなかったんだ。アイツら二人は最初から、ティーゼ達を…!)
不安げに頷いたフレニーカを残し、ユージオは廊下へと飛び出した。上級修剣士寮の大きさ特有の長い廊下を走り抜け、上へと続く階段を駆け上がり、三階の一番東にある閉ざされた扉を乱暴に叩いた
「おやおや。随分と遅いお出ましだな、ユージオ修剣士殿。さぁさぁ、遠慮などすることはない。どうぞ入ってくれたまえ!」
「ーーーッ!!」
まるでユージオが来るのを予感していたかのようにドア越しでライオスが言うと、ユージオは湧き上がる怒りのままにバァン!という音を立てながらドアを押し開いた
「芳しく良い香だろう?ユージオ殿。先日実家の使いにこちらへ送らせた代物でね。この香を焚くと非常にいい気分になるんだ」
押し入るような形で入った部屋の中には、ウンベールが語った香のせいか、鼻にベッタリと纏わりつくような独特な匂いが充満しており、部屋に一歩踏み入ったユージオは思わず眉間に皺を寄せ、鼻に手を当てた。しかしその匂いの奥では、そんな彼の様子を気に留めることもなく、バスローブを身に纏ったライオスとウンベールが椅子にもたれかかっており、赤ワインの注がれたグラスを揺らして歪んだ笑みを浮かべていた
「・・・つかぬ事をお伺いしますが、本日こちらの部屋に僕の傍付きであるティーゼ・シュトリーネン初等練士と、カミやん修剣士の傍付きであるロニエ・アラベル初等練士が訪ねては参りませんでしたか?」
「ふむ…あの二人はユージオ殿とカミやん殿の傍付きであったか。全生徒の頂点に立つ主席及び次席である我々に突然の面会を求めるとは…いやはや実に勇敢な初等練士だ。流石はお二人の傍付きといったところか」
充満する匂いに眉間に皺を寄せたまま、丁重な言葉遣いとは裏腹に威圧するような態度を醸し出して言ったユージオだったが、ライオスはそんな彼を嘲笑うかのような口調で言うと、ワインを一口飲んでグラスを置いた
「しかして、少し教育が足りておらぬのではないかな?威勢の良さは時として非礼になり不敬ともなる。そうは思わないかな?ユージオ修剣士殿」
「御高説はまたの機会に拝聴します。ティーゼとロニエはどこにいるのです!?」
前回の忠言では冷静を装ったが、今回は別だった。二人の態度から鑑みるに、ティーゼ達に何かあったのは明白だった。口調を荒げるユージオを視線で笑いながらウンベールは立ち上がると、西側の寝室のドアを開けた
「ユージオ修剣士殿、今夜の貴公はとても運がいい。今後どれだけ生き永らえようと、こんなに見応えのある演目は見れますまい」
「・・・え、演目…?」
薄気味悪く笑いながらライオスとウンベールが寝室に入り、ユージオも恐るおそる部屋に入った。そしてそこでユージオが見たのは、天蓋付きのベッドに並んで座っている、二人の少女だった
「なっ…!?」
否、それはむしろ座らされている、と言うべきだった。二人は灰色の制服の上から真っ赤な縄で幾重にも体を縛られており、その口には白い布を猿轡として押し込んでいた。そのあまりにも酷い仕打ちに、ユージオは悪鬼の形相でライオスに向かって叫んだ
「ーーーッ!これは一体どういうことですかっ!?なぜ僕とカミやん練士の傍付きが、あのような扱いを…!」
「いやいや、そうカッカせずに落ち着きたまえ。これはやむを得ない処置なのだよユージオ殿。シュトリーネン初等練士とアラベル初等練士は我らに甚だしい非礼を働いたのだからな」
ユージオの視線の先にいるティーゼとロニエの表情には、純然たる恐怖と助けを懇願する感情が入り混じっていた。そんな彼女たちの瞳には大粒の涙が溜められており、縋るようなその視線にユージオは心を痛めた
「一体何です!僕らの大切な傍付きにこのような処置を施すに足る、その非礼というのは…!?」
「あの下級貴族の娘共は事もあろうに、四等爵士たるこの私が自分の傍付きを理由もなく虐げ欲望を満たしてるなどと侮辱してくれたのよ。次席上級修剣士としてフレニーカを正しく導こうとするこの私をだぞ!?全く非礼極まりない!」
「それだけではないのだよユージオ殿。あの二人はウンベールと同室の私にも責任があるなどと道理の通らぬことを言ってくれてね。よもや六等爵家の娘ごときに三等爵家の長子たるこの私が、『貴族の誇りはないのですか』と言われようとは…いやはや、実に腹立たしい」
腹立たしいと語るウンベールとライオスの表情には怒りの色など一切なく、むしろくつくつと嘲るように笑っていた。ユージオは右手が腰に据える剣に伸びようとするのを必死に堪え、口調に最大限の怒りを込めて言った
「ですがライオス殿…もし仮にそのようなことがあったとしても、縄で縛り上げ寝室に閉じ込めるなど、修剣士懲罰権を甚だしく逸脱した行いでしょう!!」
「修剣士懲罰権?寝言は寝て言いたまえよユージオ殿。私がいつ懲罰権などという子供騙しの権利を行使したと口にした?」
「な、に………?」
「ここの学院則にはこう付記されてるのをお忘れなのではないかな?『なお、全ての懲罰において、上級法の規定を優先す』と」
長身を屈めてユージオに顔を近づけて話すライオスは、唐突に表情を変えた。紅い唇の両端を不気味なほど吊り上げ、両手を天秤のように広げると声高に叫んだ
「そう!上級法とは禁忌目録!そして帝国基本法のことを指す!これが優先されるということはつまり!三等爵家の長子たる私は、六等爵家出身のあの娘たちに、修剣士懲罰権ではなく貴族裁決権を行使できるということなのだよ!無論、禁忌目録には従わねばならないが、逆に言えば禁忌に触れなければ何をしても良いということでもある!」
「ッ!?で、ですが!何をしても良いからと言って、まだ16歳の少女達を縄で縛り上げるなど…あまりにも酷い……!」
「あーっはっはっは!お聞きになりましたかライオス殿ォ!ユージオ殿はこの娘達を縄で縛ることだけが我々の裁決だとお考えでいらっしゃる!なんとも慈悲に溢れ純真なことですなぁ!?」
「くっくっくっ。仕方ないさウンベール。辺境の山村からはるばる央都まで上ってきた平民ではな!まぁ、今日この時を境にユージオ殿も理解して下さるだろう。我々上級貴族が、いかに尊き存在であるかということをな!」
そう言って締めくくると、ライオス達は身を翻し、上半身を覆っていたバスローブを剥いだ。そしてティーゼ達のベッドに上がって膝をつくと、身動きの取れない彼女達を容赦なく押し倒した
「や、嫌っ…!」
「ッ!?ティーゼッ!ロニエッ!」
猿轡を外された彼女達の口から、か細い悲鳴が漏れた。ユージオが声をかけるが、そんなのは気休めにすらならなかった。ライオスの醜い手がティーゼの頬に伸び、ウンベールの汚らわしい舌がロニエの脚を這い回った。間違いなく、この二人はティーゼとロニエの純潔を、自分の肉体で汚そうとしている。そう悟った瞬間、ユージオは叫んでいた
「やめろっ!さもないと…!」
「動くな、平民!!」
ユージオがベッドに駆け寄ろうと一歩踏み出した瞬間、ライオスが右手でティーゼの体を弄りつつ、左手でユージオを指差した
「これは、帝国基本法及び禁忌目録に則った、正当かつ厳粛なる貴族の裁決である!そして、裁決権の妨害もまた重大な違法行為!そこから一歩でも動けば、貴様は『法を破った罪人』になるのだ!!」
「そっ…!」
『そんなの知ったことか!』そう叫ぼうとした口が、頑なに声を出そうとするのを拒んだ。ユージオは自身を苛んだ不可思議な現象に驚愕を覚えたが、その現象は彼の声だけでは留まらなかった
(な、何で…!?いきなり、体が…!?)
さらに、何故か唐突に両足が鉄杭でも打たれたかのように止まり、ユージオは勢い余って膝をついた。慌てて立ち上がろうとしても、全身が強い金縛りにあったように微動だにせず、ただ『法律を破った罪人』という言葉だけが、ユージオの頭に鳴り響いていた
「先輩!先輩ぃ!」
「うふふふふふふっ…」
「嫌っ…やだぁっ!」
「あ〜は〜は〜は〜…」
「ティーゼ…ロニエ…ッ!」
少女達の悲鳴と、男達の下卑た笑いが交錯する。法律がなんだ!たとえ罪人になってでも僕はティーゼとロニエを助ける!そう脳髄を叩くように自分の思考に言い聞かせ、歯を食いしばりつつユージオは膝を着いていた足を持ち上げた。だが、それが限界だった。履き慣れたはずの革靴に、鉛でも入っているかのように足は床に縫い付けられ、どうしてもそこから前に進むことが出来なかった
「そうだ。そうして大人しくそこで見ていろ平民。いや、むしろ楽しんでくれてもいいんだぞ?自分の傍付きがその純潔を侵され泣き叫ぶ姿をなぁ!ははははは!!」
(友達の為に勇気を振り絞って行動したティーゼとロニエにこれだけの残酷な罰を与える法!その彼女達を罠にかけ辱めようとしてるライオスとウンベールを止められない法!)
ユージオの思考が加速する。額からは大量の汗が噴き出し、瞬く間に全身が熱を帯びていく。絶対であると教えられたこの世の摂理に、未だかつて経験したことのない反逆心を抱いていく。憤怒という言葉でも足りない怒りに、ユージオが青薔薇の剣へと右手を伸ばしかけた……その時だった
(そんな法を守ることが善だと言うのなら、僕は…僕はっ!!!)
「がああああああああああっっっ!?!?」
ズキン!という針でも刺さったかのような鋭い痛みがユージオの右目の奥に走り、ユージオは絶叫した。普通であれば即座に目を抑えこんで蹲りたくなるほどの激痛だった。しかし、赤く染まるその視界に浮かんだ『SYSTEM ALERT:CODE 871』という神聖語に似た文字への意識が、膝を突こうとするのを拒んだ
(な、なんだ…これ、はっ…!?)
「ユージオ先輩!助けてぇ!ユージオ先輩ぃぃぃ!」
「嫌、いや…助けて…助けに来て下さい…カミやん先輩…」
「「あははははははは!!!」」
「く、そ…!くそっ…クソッ…!!」
彼女達の制服は、もうとっくに剥がされ下着が露わになっていた。鮮烈な赤に染まった視界の端でそれを捉え、彼女達の悲鳴に本能を突き動かされたユージオは、ついに青薔薇の剣の柄へと手を掛けた。そして、右目の痛みに消し飛びそうになる意識を手放すまいと懸命に手繰り寄せ、自分の右目に施されたなんらかの『封印』を解く明確な境界線を、思考と感情の臨界点を、超えたーーー
(こんな痛み、もうどうだっていい…!この二人だけは絶対に…許せないっ!!)
「嫌ァーッ!ユージオ先輩ーーーッ!!」
「うわああああああああああああああああああああああーーーーーっっっ!!!アアアアアアアアアアAAAAAAAAAAーーーーーッッッ!!!!!」
二度目の絶叫。瞬間、ユージオの右目が大量の血を吹き出し、眼球そのものが弾け飛んだ。それによって視界の半分が闇に消えたが、彼はそんなことを気にもとめず青薔薇の剣を鞘走らせ、水平切りソードスキルのホリゾンタルを放った
「何っ!?」
ユージオの眼前にいたライオスは、ティーゼを苛んでいる視界の端にそれを捉えたのか、ギリギリのところで屈んで下に避けた。しかし、その奥にいたウンベールはそれに全く気づく余裕もなく、青薔薇の剣の刃が彼の左腕へと埋まっていった
「ぎぃやあああああ!?!?!」
ウンベールの左腕は肘の辺りから真っ二つに断たれ、回転しながら宙を舞ってベッドの外へ落ちた。数秒遅れて彼の悲鳴と共に、切断面から血がスプリンクラーのように勢いよく噴き出した。飛び散る血はベッドどころかティーゼとロニエ、ライオスを濡らし、腕を落とした張本人であるユージオの青い制服にも赤い斑点を作った
「腕っ!俺の腕がっ!?血が…血がこんなに!?天命…天命が減っていくぅぅぅ!?ら、ライオス殿っ!神聖術を!いや、もうこれは普通の術じゃ間に合わない!天命を…天命を分けて下さいいいいいぃぃぃぃぃ!!!」
「・・・ははっ…あっはっはっは!素晴らしい!見たかウンベール!まさかここまでの禁忌を犯すとは!人の腕を剣で切り飛ばした人間を、私はこの目で初めて見たぞ!」
何が起きたのか理解しきれておらず、虚ろな目をする少女二人と、ロニエの脚を縛っていた赤紐を解いて懸命に血の溢れる切断面を縛るウンベールを置いて、ライオスはベットを降りた。そして壁に掛けていた剣を手に取ると、ギラリと光る刀身を鞘から覗かせた
「貴族裁決権の対象は原則として下級貴族と私領地民だけだが、他人の天命を減らすという禁忌を犯した大罪人とあらばその限りではない!」
弾け飛んだ右目になおも走る激痛と、全く動きもしなかった全身を無理に動かした疲労からなのか、ユージオは青薔薇の剣を握る右手をだらんと下げ、狂気的な喜悦を混ぜた声で笑うライオスが自分の首に長剣を当てるのを、ただ黙って見ていた
「ククク…私は剣で人の首を落とすのは初めてだ。これで私はさらに強くなる…!」
ライオスが鏡のような銀色に輝く剣を振り上げた。そしてユージオは、逃げなければならないという意志を、捨てた。自分はもう既に大罪人だ。整合騎士になって、アリスに会いに行く夢は絶対に叶わない。後で首が落ちるか、今首が落ちるかの違いだ。そう思ってしまった
[ーーーッ!ーーーッ!]
そんな彼に向かって、ティーゼが赤い髪を揺らしながら懸命に何かを叫んでいる。短い間だったものの、自分の傍付きとして頑張り、自分を好きになってくれた少女にユージオは一度だけ微笑むと、来たる断罪の刃への覚悟を決めて頭を垂れた
「ユージオ修剣士…否!大罪人ユージオ!三等爵士嫡男たるこのライオス・アンティヌスが、汝を貴族裁決権により処刑すーーー」
バァンッ!!という轟音が、ライオスの言葉を突き破って寝室中に響き渡った。乱雑に蹴飛ばされたドアの蝶番が外れ、部屋の端から端へ回りながら転がり飛んだ。そして、振り下ろされかけたライオスの長剣へと注がれていた全員の視線が、無意識の内に部屋の入り口へと吸い込まれていった
「・・・おい」
上条当麻は静かな怒りをその二文字に込めて言った