とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第32話 怪物

 

「・・・おい」

 

「「「ーーーッ!?」」」

 

 

低く、重い声が部屋に木霊した。余りにも酷い罰を受けたティーゼとロニエ、左腕を無くしたウンベール、剣を持つライオス、そして彼の親友であるユージオでさえ、上条当麻の佇まいに戦慄した。一言で言うなら、彼は異様だった

 

 

「お前ら」

 

 

上条の表情には、激しい憤怒と憎悪が色濃く現れていた。こめかみには青筋が浮かび、見入る全てを貫くような鋭い眼光がそれを如実に語っていた。そして、そこにいる全員が上条当麻ではない、そこには存在しないはず『何か』の視線を感じていた。そんな中で上条はギリギリと歯を食いしばりながら、血の臭いが漂う部屋の中へ一歩を踏み出した

 

 

「俺のロニエに、」

 

 

バギリ!という食いしばりすぎた上条の歯が欠ける音があった。だが、当の本人はそんなことは気にも留めず、腰に据えた翡翠色の剣を躊躇なく鞘から抜いた。腹わたが煮え繰り返りそうな程の怒りと憎しみを叫んだ彼はもう、止まらなかった

 

 

「俺のロニエに……何してくれてんだあああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ッ!?」

 

 

上条がライオスに切りかかったその瞬間、彼らの間にいたユージオは動かない体に鞭を打ってベッドの方へと飛び退いた。上条の威圧感に気圧されていたライオスもそこでようやく自分が切られると判断すると、握っていた剣の刃で上条の翡翠色の剣を受け止めた

 

 

「くくっ…ドアを蹴破って入って来るとは少し驚かされたが、ようやくのお出ましかカミやん修剣士…!しかし少々遅すぎたようだな!そこの田舎者は、もはやこの学院の生徒どころか帝国の臣民ですらない!禁忌目録に背いた大罪人だ!付け加えるなら、貴族裁決権による裁決を行なっていた私を妨害した貴様も既に罪人だ!」

 

「うるせぇっ…!」

 

 

ガリガリッ!と互いの剣の鍔を削り合う音が伝播する。身に余る怒りに揺れる上条の目は、半ば焦点が合っていなかった。ただ彼の奥底に眠る本能が、力任せにせめぎ合う剣を押し込んでいた

 

 

「それとも何か?自分の可愛い可愛い傍付きの、自分が奪う予定だった純潔を私たちに汚されたことがそんなにも憎いのかな?いや、カミやん殿にも聞かせてあげたかったよ。体を弄る度にあの二人は、実に良い声で鳴いてくれたもので……!」

 

「うるせえっつってんだろっ!!」

 

 

ガァンッ!という耳障りな金属音を奏でながら上条の剣がライオスの剣を押し飛ばした。ライオスは壁際ギリギリまで後ずさり、上条は畳み掛けるようにもう一度剣を振り上げた

 

 

「禁忌…?貴族の権利…?知るかよそんなの、例え何があったってユージオは俺の親友だ!ティーゼとロニエは俺の大切な後輩だ!そしてテメエは…闇の国のゴブリン以下のクズ野郎だ!!」

 

「ッ!?あまり図に乗るなよ平民…!修剣士末席の貴様が、主席の私に敵うと思うなぁぁぁ!!!」

 

「うおおおおおおおっっっ!!!」

 

「死ねええええええっっっ!!!」

 

 

ギィンッ!という凄まじい金属音を立てながら再び上条とライオスの剣がせめぎ合うのを、ユージオは唖然として見つめていた。銀と翡翠の交錯点から、赤黒い光が噴出した。それは間違いなく、自分がウンベールと対峙した時に見た、彼らの自尊心が具現化したものと同じだった

 

 

「ぐっ、うおっ!?」

 

「か、カミやんっ!」

 

「ははははは!所詮貴様の力などその程度なのだ!あの気取ったリーバンテインを倒した事実など偶発的なものに過ぎん!ここで貴様は無様に跪き、私に首を断たれるしかないのだぁぁぁ!!」

 

 

声高に笑うライオスの剣に宿った自尊心の光がより強く脈を打つように膨れ上がり、その力を増した。彼が生涯を掛けて成長させたイメージの力にジリジリと押し込まれ、上条はついに床に右膝を着いた

 

 

「ンの、野郎っ…!」

 

「・・・くくっ、こんな簡単ではまるで面白くないな。少し余興を足すとしよう」

 

「・・・え?」

 

 

余裕を持った顔でニヤリと笑うと、ライオスは押し込んでいた剣を素早く引いた。咄嗟の出来事に、上条の剣はライオスの刃の上を滑るように外れ、勢い余って両手を着いてライオスの前に平伏すような形になった

 

 

「処刑までの前座だ。目には目を、歯には歯を、腕一本には腕一本で返礼するのが作法というものだろう?」

 

 

ボトッ…という嫌な音がした。ユージオは視界が半分潰れているため、それがすぐに見えなかった。違う、その音は自分の聞き間違いだと、そう思いたかった。そう考える彼の顔に、何かが付着した。人肌ほどに暖かい、少し粘り気のある液体。それと同じ物が上条の右肩から壊れた蛇口のように出ているのが左目に映った時、ユージオは全てを悟った

 

 

「ッ!?カミやんっ!」

 

「嫌ぁぁぁ!カミやんせんぱぁぁぁい!!」

 

 

上条当麻の右腕が、肩口からごっそりと失くなっていた。その残酷な光景に、傍付きとして彼を心の底から慕っていたロニエが泣き叫んだ。今すぐ彼に駆け寄って治療がしたい。しかしまだ腕を縄で縛られている彼女は、上手く体のバランスが取れず身じろぎするのが精一杯で、自分の無力さに涙することしかできなかった

 

 

「あはははは!クセになりそうだ!これが人の肉を断つ感覚か!素晴らしい!この感覚を味わえる者がこの帝国に何人いるのだろうか!?さぁ次は首だ!今生の別れは済ませましたかなカミやん修剣士ぃ?あはははは!」

 

 

ライオスは弓のように体を反って狂ったように笑うと、自分の剣に付着した血を舌で舐め取った。右腕の肩口を左手で押さえ込みながら蹲る上条の渇ききった唇が、岸に上がった魚のように酸素を求めて痙攣しているのを見ると、ライオスはもう一度高く笑った

 

 

「あっ…かっ…はっ……!?」

 

 

その時、上条の背を見つめるユージオだけが背筋にぞわり…という悪寒を感じていた。違う。何かが違う。目の前にいるのは、自分の親友ではない。翡翠色の剣を握ったまま床に落ちた彼の右腕と、不自然なほど早く出血の止まった彼の肩口を見比べる。ウンベールがそうだったように、普通は肩を落とされた人間が叫ばないでいられるハズがない。苦痛に喘いでいる?いや、嘔吐いている?いや、むしろ上条当麻は…飢えている?

 

 

[ーーーーーセ]

 

「・・・・・せ」

 

 

遠い声が、聞こえる。確か前にもこんなことがあった。そうアレは、一方通行の黒い翼が自分の右手を落とした時だ。しかし、あの時よりも明確に『ソレ』は上条当麻の頭に警鐘を鳴らしていた。とっとと身を委ねて意識をこちらに渡せ。わたせ。ワタセ

 

 

[ーーーーロセ]

 

 

「・・・・るせぇ」

 

 

違う。『ソレ』は渡せなんて行儀のいいことは言わない。手負いの獣ですら容赦なく咬み殺す猛獣が如く、上条の自我を侵食してくる。頭の中に黒い感情が流れ込んでくるのが分かる。ユージオを傷つけられた憤怒、自分の後輩を汚された憎悪、心の底で明確に芽生える殺意。その黒い感情を言い訳にして、そんなものを担ぐつもりなどサラサラないのに『ソレ』は上条当麻を騙る

 

 

[ーーーコロセ]

 

「・・・うるせぇ」

 

 

もう肩口に痛みなんてない。ただ頭が割れるように痛む。だが上条当麻が痛む頭を抑えることはない。ただ必死に、右腕が落ちたのに痛くもない肩口を抑え込む。ここが瀬戸際だ。『ソレ』はもうすぐそこまで来ている。ここで『ソレ』を何としてでも抑えなければ、自分は決定的に進むべき道を間違える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[コロセ。ソレデオマエハスベテヲスクエル]

 

「うるせえええええぇぇぇぇっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴボンッ!と泡立つような音を発しながら、上条当麻の失われたはずの右腕から『何か』が噴き出した。血ではない。肉や骨でもない。もっと禍々しくも神々しい『何か』に抗うように、上条は必死に肩口を抑え込んでいた

 

 

「あああああああああああああっ、うわあああああああああああああああああああっ、ぐぅおあああああああああああああああっ!?!?!!?!」

 

 

ガキガキガキボコボコボコ!!と、断面から次々と顔を出してくる『何か』は、赤黒い泡だった。しかし泡と呼べるほどの球体ではなく、三角形、平面の集合体で、ポリゴングラフィックのような、ある種で人工的なモノだった。その1つ1つの大きさは、まるで不規則で整っておらず、泡の表面から次の三角形の泡が次々と湧きたち、全体で巨大な一本のラインを形作ろうとしていた

 

 

「な、何だこれは!?貴様、一体…!?」

 

「か、カミやん…?」

 

 

『何か』を正面から見ていたライオスは、背後がもう壁しかないというのにも関わらず、恐怖から後退りするのを決してやめようとしなかった。『何か』を後ろから見ていたユージオは、唸るように形作ろうとしているそれが『腕』であるというイメージが未だに湧いていなかった。赤黒い『何か』は、上条の腕の断面から飛び出しているというのに

 

 

「だめだ!ダメだ!!駄目だ!!!やめろおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

 

駄々をこねる子どものように叫ぶと、上条当麻はついに肩口から左手を離し、今なお金槌で殴られているような痛みを訴える頭を握り潰す勢いで抱え込んだ。そこからはもう収拾がつかなかった。肩口から噴き出した深い深い赤がほんの僅かに透き通って更に巨大化し、その中で『何か』がくるりと回って蠢きだした

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

アレは、マズイものだ。アレは上条当麻の意志など関係なく、善も悪もなくただそこにいる者を全て貪り殺す。そう認識したユージオは、ほとんど反射的にベッドに駆け上がっていた。いつまでも呆けているウンベールをベッドから蹴落とし、拘束されて動けないティーゼとロニエを庇うようにして二人に覆い被さると、二人の頭を守るように抱え込んだ。そしてその瞬間、圧倒的な絶望が幕を開けた

 

 

「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?!??!??」

 

 

ズドオアッ!!!バリィンッ!!!という二つの音が重なった。一つは『何か』が振り下ろされた音。一つはその衝撃で部屋中の窓ガラスが全て割られた音だった。ティーゼとロニエを守るユージオにガラス片が容赦なく突き刺さり『何か』が振り下ろされた先にいたライオスは、成す術もないまま赤黒い泡の中に囚われ、その中を泳ぎながら胎動する『何か』に体中の肉を貪られながら叫んでいた

 

 

「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇっ……黙れーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

上条当麻はそんなライオスの断末魔には耳も貸さず、必死に頭を抑えてもがき苦しんでいた。既に上条は半ば諦めかけていた。もうこの『何か』は、どうにもならない。仮想世界で未曾有の窮地に陥った時にだけ使っていた『竜』とは似ても似つかない。そんな自分には理解の追いつかないモノなんて、どうしたって止められる訳がなかった

 

 

「カミやん先輩ーーーっ!!」

 

「ろ、ロニエ!?行っちゃダメだっ!」

 

 

そんな混沌の中、ロニエの腕の中からプチッ!という何かが小さく切れる音がした。彼女は自分の手元に落ちたガラス片を使い、手を縛っていた縄を切っていた。そして小さい体を活かしてユージオの腕からスルリと抜け出すと、悶え続ける上条の体を背後からキツく抱きしめた

 

 

「カミやん先輩!私は大丈夫です!私はここにいます!だから…お願いですから、目を覚まして下さいっ!カミやん先輩っ!!」

 

「ッ!?」

 

 

ロニエが上条を抱きしめながら必死に叫んだその瞬間、狂ったように暴れていた『何か』が、一瞬だけ動きを止めた。だが、その一瞬が勝負の分かれ目だった。黒く侵された自分の精神の中に、ほんの少し自我が戻る。後は上条がその自我をひたすら押し拡げるだけだ

 

 

「うぉ、うおおおおおああああああ!!!」

 

 

傷つけたくない。これ以上は誰も。この無益な殺戮の犠牲を出してはいけない。そう自分の魂に刻み込むように叫ぶ。するとその叫びに耳を痛めたかのように、ぼごんっ!という水っぽい何かが弾ける音がして、得体の知れない『何か』は虚空へと消えていった

 

 

「はっ…はっ…はっ…!」

 

 

体の中の悪いものを吐き出すように、上条当麻は吸うことも忘れ、ただ息を吐いた。そしてだらしなく口から垂れていた涎を『右手』で拭った。そこでいつの間にか右手が生え変わり、床に転がっていたはずの右腕が影も残さず消滅していることに気づいた

 

 

「ひ、ひいっ!?ライオス殿が…!?」

 

 

狼狽えるウンベールが指を差した先には、あれだけ『何か』が暴れたにも関わらず、不自然なほどに壊れた物の破片やその残骸が全くない、ただ抉れているだけの床と壁があった。そしてその中心に、ライオスだったと認識できる面影を欠片ほども残していない、ライオスだったと思しき肉塊がびくん、びくんと脈動しながら転がっていた

 

 

「ひ、人殺し…いや、違う!お前はもう人間じゃない…『怪物』だ…!ひえ〜〜〜っ!」

 

 

そう言い残すと、ウンベールは左腕を失った体を懸命に揺らしながら、脱兎の如く逃げ出した。一変して静寂が訪れたその空間で、上条がボソリと呟いた

 

 

「・・・『怪物』か」

 

 

お前に言われなくても、そんなことは分かっている。こんなのは異常だ。そして、別れの日に自分の指導生だった女性の残した言葉が頭をよぎる。『怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』。きっとリーナは、上条がウォロを倒したあの時からなんとなく分かっていたのだ。上条の中に眠る巨大な『何か』の存在を

 

 

「・・・否定は、出来ねぇな…」

 

 

力なく上条が笑って言った。ウンベールの言った通りだった。リーナの言葉通りに捉えるなら、自分は負けた。先ほどまで自分の心は、紛うことなき怪物だった。覗き込んだ深淵に身を委ねた。そんな喪失感に浸っていた上条の体を、ロニエがきつく抱きしめながら言った

 

 

「違いますっ…!カミやん先輩は、人間です…怪物なんかじゃ、ありません。私のために、あんなに怒ってくれた先輩が…怪物なんて、そんな…うわあああああああ……!!」

 

「・・・ごめんな、ロニエ…こんなダメな先輩で。ロニエが止めてくれなかったら俺はここにいる皆のことも…本当に、ごめんな」

 

 

力なく泣き始めたロニエのために、上条は後ろに振り向いて、謝罪の言葉を口にしながら彼女を優しく抱きしめた。ふとベッドの方へ目をやると、ティーゼも同じようにユージオの胸に顔を埋めて泣いていた。その時……

 

 

『シンギュラー・ユニット・ディテクティド。アイディー・トレーシング。コーディネート・フィクスト。リポート・コンプリート』

 

(・・・なんだ、今の?)

 

 

天井にステイシアの窓に似た紫色の板が浮かび、その奥から生白い肌をした顔だけの何者かが奇怪な声を発し、忽然と消えた。それを天を仰ぎながらボンヤリと見て聞いていた上条でも、その意味は分からなかった。同じく聞こえていたと思われるユージオに視線を向けたが、彼もふるふると首を振るだけだった

 

 

「・・・あぁ、もうなんでもいいか…流石に少し、疲れた……」

 

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