(・・・ダメだ、やっぱりどう考えても繋がらねぇ…)
衝撃的な惨劇の夜の後、上条とユージオは学院内の地下懲罰房で一夜を明かした。その早朝、ユージオがまだ隣で眠る中、上条は自分の右手を見つめながらひたすら自問自答を繰り返していた
アレイスターとSAOで邂逅した時、彼は上条の真名を『神浄の討魔』。その魂を『素戔嗚尊』という日本の神の生まれ変わりだと言った。そしてその魂と共に『幻想殺し』があることで、先代の幻想殺し『天羽々斬』がその中に封じ込めた『竜王の顎』が宿る
ここまでは理解できている。だがそうなると色々と辻褄が合わないと上条は考えた。まず、今の自分の右手に幻想殺しは存在しない。この世界で『異能』と呼べる代表例の神聖術に右手が触れても打ち消されることはなく、自分がその神聖術を使えることが何よりの証拠だ
だが、昨夜自分の失われた右腕の肩口から噴き出したのは、まず間違いなく自分の右手に起因する『何か』だろう。かと言って、アレが竜王の顎か、スサノオだとは思えなかった。かつてスサノオと思しき力が一方通行と戦った時に飛び出したことがあるが、あの時の『何か』は他人はおろか自分でも視認できなかったにも関わらず、今回の『何か』はその場にいる全員が視認できていた
(『コイツ』は…本当に、前のヤツと同じモンなのか?)
右の手の平を見つめて、自問する。しかしどれだけ問いを重ねても、解が閃くことはない。それに上条はこの世界になぜ自分がログインさせられたのかも記憶にない。そもそもここが本当にSTLの中で、この世界がアンダーワールドなのかという確証もない。この世界に来て初めて、自分の無知を上条は痛感していた
「それを知るには…あの『セントラル・カセドラル』とかいうこの世界の中心に行くのが一番手っ取り早いか…まぁ、連れてってくれるってんなら都合がいいや」
隣で眠るユージオを起こさないよう一人小さく呟くと、本当に何の力も持たない右手を強く握った。するとその瞬間、懲罰房の重い扉が開く音が聞こえ、扉と床が擦れる音にユージオが起き上がった
「出なさい」
開かれた扉の先でそう言ったのは、初等練士寮のアズリカ女史だった。上条とユージオは彼女に言われるままに懲罰房から出た先の廊下に横に並んだ
「システムコール。ジェネレート・ルミナス・エレメント。リコストラクト・ロスト・オーガ」
するとアズリカは、閉じたままのユージオの右目の前で、懐から取り出した空間神聖力を閉じ込めた緑色の球を指先で優しく潰し、彼の瞼の上にそっと右手を添えた。そして学院の神聖術学科教師を遥かに上回るであろう速さで彼女が神聖術の式句を詠唱すると、ユージオの右目の周辺に暖かな光が凝集した
「ユージオ修剣士、眼を開けてごらんなさい」
「・・・はい…ッ!?」
「うおっ!マジか!?」
ユージオはアズリカにそう言われると、昨夜からずっと持ち上げていなかった右目の瞼をゆっくりと開いた。するとそこには当たり前のように彼の右目があり、上条が感嘆の声を漏らした
「す、すごい…ありがとうございます。アズリカ先生」
「いえ、礼は不要です。それよりもユージオ修剣士、私はこれからあなたを迎えの者に引き渡さねばなりません」
「・・・は?」
上条はアズリカの言っている意味が分からず、疑問の声が漏れた。迎えの者が来るという意味は、当然分かっている。禁忌に背いた自分たちを裁く公理教会のあるセントラル・カセドラルに連れて行くための迎えだろう。しかし彼女は明確なまでに、ユージオを…と言ったのだ
「い、嫌だなあアズリカ先生。いくら俺が不出来な生徒だからって、俺はいない者扱いですか?冗談にしたって笑えませんって」
「・・・カミやん修剣士。これは決して冗談ではありません。迎えの者の話によると、今回連行するのはユージオ修剣士のみ…という話になっています」
「んなっ!?」
その言葉に、上条は激しい目眩を覚えた。意味が分からなかった。どうしてユージオだけが連行されるのか。確かに自分達は他人の天命を減らすという禁忌を犯した。だというのに、そこに上条は含まれていないということだった
「そ、そんなのおかしいだろ先生!ユージオはウンベールの左腕を刎ねただけだ!それに引き換え俺はライオスを殺した!殺したんだぞ!?先生だって現場を見たはずだ!だったら…だったらなんで、どうしてっ!?」
「落ち着きなさいカミやん修剣士。私にも詳しい理由は分かりません。ですが迎えの者には罪人しか会ってはいけないという決まりはありません。あなたもユージオ修剣士と同伴し、直接話しを聞くと良いでしょう」
「ッ…分かりました。すいません、声を荒げて…」
「気にすることはありません。当然の疑問でしょう。私とて不思議でなりませんから」
「でも、ユージオは……」
「ええ。その事実が覆ることはありません。ですからユージオ修剣士、あなたを引き渡す前にこれだけは言っておきます。あなたは私には破れなかった封印を破った。なればきっと、私には行けなかった所までいけるはず。その剣と、そして友を信じなさい」
「・・・え?それは一体、どういう…」
「行きましょう。もう時間です」
ユージオの言葉に答えることなく、アズリカは身を翻した。そしてそのまま彼女に連れられながら、上条とユージオは大修練場の扉の前まで歩くと、そこでアズリカは二人に別れを告げて自分が担当している初等練士の校舎まで戻っていった
「・・・ねぇカミやん。この奥にいるのって…ひょっとして整合騎士なのかな?アリスの時と同じように…」
「可能性は捨てきれないな。たしかそん時村に来たおっさんは…なんだっけ、でゅ…でゅ…」
「『デュソルバード・シンセシス・セブン』だよ。でもそれ話したの出会って間もない頃なのによく覚えてたね?」
「記憶喪失の割に記憶力はいいみたいだからな俺は。まぁ、会ってみりゃあ分かるだろ。行くぞ?」
「うん」
ユージオが頷くと、上条はゆっくりと大修練場の大扉を押し開いた。中はまだ早朝ということもあり薄暗く、足元が見えづらい。そんな中、修練場のど真ん中に人影が見えた。それを見てユージオと目配せすると、二人はゆっくりと人影の手前まで近づくと、ユージオが上条より一歩前に出て言った
「・・・北セントリア帝立修剣学院所属、ユージオ上級修剣士です」
「同じく、カミやん上級修剣士です」
騎士礼を取ったまま言ったユージオに上条が続くと、同じく騎士礼の姿勢を取った。すると人影がこちらに振り向いた。その様相から、予想通り整合騎士だと察しがついた。金の鎧と揺れる青のマント。しかしそれが不釣り合いに見える小柄な身体と腰まで伸びた金髪。目の前の人物は、紛れもなく女性だった。そして短く息を吸うと、金色の騎士が名乗った
「セントリア市域統括、公理教会整合騎士。『アリス・シンセシス・サーティ』です」
「・・・あ、アリス?」
上条は目の前の女騎士が口にした名前に聞き覚ええがあった。それはついさっきもユージオが語った、彼の幼馴染の名前だったはずだ。そう思って彼の方に視線を向けてみると、その視線の先にいたユージオら、自分の目を疑うように瞼を擦って、恐るおそる手を伸ばしていた
「あ、アリス…君なのか…?」
その手を拒むように、アリスと名乗った騎士は腰に据えた剣を鞘に納めたまま横薙ぎに振るった。それはユージオの脇腹に直撃し、その小さな体からは想像もできない膂力にユージオは成す術なく吹っ飛ばされた
「うわっ!?」
「ゆ、ユージオッ!」
「言動には気をつけなさい。私にはお前の天命を7割まで奪う権利があります。次に許可なく触れようとしたら、今度はその腕を切り落とします」
「・・・ユージオ、あの騎士はお前の探してたアリスなのか?」
「た、多分間違いないよ…本当に彼女にそっくりだ。だけど、ここで下手な真似をしたら彼女は本当に手首を切り落とすよ」
「仮にも幼馴染にやることじゃねぇな…」
殴打されて尻餅を着いたユージオに上条がかけ寄り、耳元で囁きながら彼に訊ねた。それから上条はすっと立ち上がると、自分は決して舐められまいと不敵に笑って言った
「へっ、じゃあ何か?俺の親友の天命が7割以下になったら、アンタも禁忌目録違反ってことになるのか?その言葉通りのつもりなら忠告しとくが、腕なんか落としたら天命は7割も残らねぇぞ。昨日の俺とウンベールがそうだったようにな」
「・・・連行は彼一人に命じていたはずです。カミやん修剣士と言いましたね、貴公は一体どういう所存でこの場に顔を連ねているのですか?」
「聞きたいことがある。俺は昨日ユージオと同じように、ライオス・アンティノスの天命を損害…いや、殺したはずだ。それなのに俺は罪に問われず、ユージオだけ連行するってのはどういう了見なんだ?」
「私に聞かれても解答は出来かねます。禁忌の違反を判断するのは公理教会です。私たち整合騎士はあくまでも罪人の連行しか請け負っていません」
「ッ……」
埒が明かない。と、上条は舌を打った。じゃあその公理教会はユージオの連行を命じるあたり、昨日の現場の状況を把握してるんだろ?だったらなおさら自分を連れて行かないのはおかしいだろ。そう言おうと思った時、昨日の惨劇の最後に起こった出来事が脳裏に浮かんだ
(・・・あの訳の分からねぇ顔か…)
ロニエとティーゼは自分達の胸に顔を埋めて泣くばかりで気づいていなかったが、上条とユージオは天井に浮かぶ謎の顔を見ていた。おそらくはその顔のせいだ。あの顔が公理教会の人物なのかも、あの場にどういうカラクリで現れたのかも分からないが、あの顔が口にしていた謎の言語でユージオを罪人だと報告したのだろうと上条は考えた
「・・・そうか。変なことを聞いて悪かった」
「構いません。そもそも私には貴公に対しては一切の裁決権を得ていません。ですが、そちらの者は別です。付いて来なさい、上級修剣士ユージオ。そなたを禁忌条項抵触の咎により捕縛・連行し審問の後処刑します」
「・・・はい、従います」
アリスの突然の宣告と、それに大した抵抗もせずにユージオは頷いた。だが彼と違って上条は必死の形相でアリスに言った
「ま、待ってくれ!ユージオに渡したいモンがあるんだ!それに、最後にユージオに一目会いたいってヤツが他にもいる!だから少し時間が欲しい!それくらいはいいだろ!?頼むよ!」
「・・・いいでしょう。学院の敷地に飛竜を待機させています。そこに渡したい物とその者達を連れて来なさい。会話も1分に限って許可します」
「ッ!ありがとう!恩に着る!」
そう言って上条は大急ぎで駆け出し、大修練場を出て寮へと向かった。一方のアリスは立ち尽くすユージオに拘束具を巻き、敷地に悠然と佇む飛竜の元へ連れ出した。そして彼の上半身に革帯を巻いて飛竜の右脚に繋ぎ終わった頃に、上条がその手に青薔薇の剣を握り、ロニエとティーゼを連れて走って来た
「ユージオ先輩っ!大丈夫ですか!?」
「ティーゼ…!」
敷地を縦断しながら走って来た三人の中で、ティーゼが我先にとユージオの元へ駆け寄り声をかけた。そしてユージオの愛剣を持った上条が、アリスの前に立って言った
「待っててくれてありがとな。この剣をアイツに…って言っても罪人にはそれは無理だろうから、アンタが持っていってくれ」
「・・・なるほど、実に美しく良い剣ですね。分かりました、これは私が預かります。先ほども口にした通り、会話もこれより1分に限って許可します。思い残すことのないよう」
「なんか想像してたのと違って…結構いい人なんだな、整合騎士ってのは。俺はてっきり、もっと有無を言わさず首根っこ掴んで強引に連れて行くもんかと」
「そういう規則なだけです。それに整合騎士は公理教会に仕える、他の模範となるべき騎士です。そんな傲岸不遜な態度でいるようでは務まりません。それよりも貴方こそ、その不遜な言動には気をつけなさい。ここにいるのが私以外の整合騎士であったら、最悪首を刎ねています」
「・・・そうかよ」
そう言い残すとアリスは飛竜の背中へと飛び乗った。上条はそんな彼女の背中を見て息を吐きながら呟くと、飛竜の足元に繋がれているユージオの元へと歩み寄った
「ユージオ先輩…ごめんなさい。私が、私が愚かなことをしたせいで…!」
「違うよ、ティーゼ。君は友達のために正しいことをしたんだ。こうなったのは、全部僕のせいだ。ティーゼが謝ることなんて…なにもないよ」
革帯で巻かれたユージオの胸元に縋り付きながら涙を流すティーゼと、彼女を必死に宥めようとするユージオを見て、上条は心を痛めた。上条も気丈に振舞ってこそいるが、ユージオが鎖に繋がれて罪人扱いされることにも、自分が罪に問われないことにも納得していなかった
「今度は…私がユージオ先輩を助けます。私頑張って強くなって…きっと整合騎士になって先輩を助けに行きます。だから、待ってて下さいね。きっと、きっと…」
嗚咽がティーゼの言葉を飲み込んだ。ユージオが悲しみのあまり最後まで言葉に出来なかった彼女に繰り返し頷いていた。ティーゼがユージオの胸に縋り付いたまま、茶色い包みを持ったロニエがユージオの元へ近づくと、後ろに縛られた手にその包みを握らせた
「あの…ユージオ先輩、これお弁当です。お腹が空いたら、食べて…下さいっ」
「・・・うん、ありがとうロニエ。ティーゼとカミやんのこと、これからもよろしくね」
「ッ…はいっ…ひくっ…」
ロニエ手製の弁当を確かに受け取ると、ユージオは力なく笑って言った。そんな彼の悲痛な表情を見て、我慢していたロニエの涙腺から涙が溢れた。そして一歩引いて上条に場所を譲ると、その意を汲んだ上条がユージオの元へ歩み寄った
「カミや」
バシッ!という強めの音を立てながら、上条がユージオの肩に左手を置いた。上条はそれ以上ユージオに語らせまいと、彼の顔の真横に自分の顔を寄せると、ティーゼとロニエに聞こえないよう彼の耳元で静かに囁いた
「一週間だ。ユージオ、一週間なんとか連中をやり過ごしてくれ。俺は必ずお前を助けに行く。必ずだ」
それは、先ほど上条が昨夜の惨劇の現場に戻ってユージオの青薔薇の剣に手をかけた瞬間に、彼が決意したことだった。それだけ言うと、上条はユージオの肩から手を外し、静かに彼の元から後ずさった
「ッ!?か、カミや…!」
「時間です。離れなさい」
勝手に離れていく上条にユージオが声をかけようとした瞬間、大きく広げられた飛竜の羽音と冷徹な声がそれを遮った。そして最初から最後までずっと彼に縋っていたティーゼが離れると、飛竜の銀の翼が激しく打ち鳴らされ、巻き起こった風にたまらず全員が距離をとった
「ユージオ先輩…ユージオ先輩!せんぱぁぁぁい!わああああああん!!うわああああああああ…」
やがて飛竜と共に空の彼方へと連れて行かれたユージオに向かって、ティーゼが地に伏して泣き叫んだ。ロニエがそんな彼女に寄り添って共に俯いて泣いている中、上条は天に向かって聳え立つカセドラルの塔に向かって消えていく親友の姿が見えなくなるまで、ずっと空を見上げていた。そして……
「・・・ティーゼ、ロニエ。協力してほしいことがある。俺は今日から一週間で…たとえこの天命が尽きても身につけなきゃならねぇ力がある」
この理不尽な世界の頂点を睨みつけながら、上条はティーゼとロニエにそう言った。不意に話しかけられた彼女たちが上条の方へ振り返ると、彼は昨日落ちたハズの右手の平を見つめながら、微かに呟いた
「魂だとか、本質だとか…そんなことはもう考えねぇ。俺はこの『右手』で…ユージオを取り戻す」
誰の耳にも届かない声で静かに呟くと、上条は手の平に爪が食い込んで血が出るほど、強く硬く右手の拳を握った。そしてもう一度セントラル・カセドラルに視線を戻し、血の滲んだ右拳を突き向けながら言った
「よぉ、そこで見てんだろ。この世界の管理者。俺は壊すぞ。テメエのふざけた幻想を、粉々になるまでぶっ壊すッッッ!!!」