とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第34話 Il posto giusto di Dio

 

「御坂さん、あなた上条のこと好きなんでしょ?」

 

 

吹寄に連れられ、STLとして改造されたメディキュボイドに頭部を突っ込んでいる上条を前にした美琴に、吹寄がなんの前触れもなく訊ねた

 

 

「す、すす…好きって!?あぁ隙のことですか!?そうですねぇ!確かにコイツはいつも隙だらけで!ALOはおろか、あまつさえSAOの時だって…!」

 

「いいのよ、別に誤魔化さなくたって分かってるから」

 

「い、いや!その、本当に!そんなんじゃないんですってば!」

 

「め、めちゃくちゃ往生際悪いわね…その反応がむしろ答えよ」

 

「うっ……」

 

 

吹寄に聞かれた内容に、美琴は顔を真っ赤にして腕をあべこべに振り回しながらどうにかして話題を逸らそうとしたが、吹寄に半ば呆れた顔でそう言われてしまい、言葉につまってしまった

 

 

「えっと、じゃあその…どうしてそうだと?」

 

「えっ?あぁ…実は私も好きなのよ。上条当麻のこと。実はってほどでもないかもしれないけど」

 

 

美琴が聞くと、さも当たり前のことのように吹寄が言った。自分がこんなに必死になって誤魔化そうとしていたことを、ごくあっさりと言われてしまったため、理解が追いつかず固まってしまった

 

 

「・・・あー、ごめんなさい。私聞き間違えたかもしれない。もう一回言ってもらってもいいですか?」

 

「えぇもちろん。私も好きなのよ、上条のこと」

 

「こ、このバカ…!やたら女の人が周りに多いとは前から常々思ってたけど…よりによって吹寄さんまで…!」

 

「ふふっ、それについては私も同感。こうなると私たちは、恋のライバルってことになるのかしらね?」

 

「そ、それは…うぅん…」

 

 

それがやはり聞き間違いでなかったことを認識するなり、美琴は目を丸くして後ずさりしながら驚いていた。そんな彼女がおかしかったのか、吹寄が笑って言うと美琴はまたも言葉に詰まってしまった

 

 

「あははっ、からかってごめんなさいね。でも私、これでも御坂さんに同じこと言ったことあるのよ?まぁ当時寝たきりだった御坂さんには知る由もないでしょうけど」

 

「・・・えっ?と、それはつまり…コイツのことが好き…っていうことを?」

 

「まぁ、ひょんなことからSAO事件で隔離されていた御坂さんのお見舞いに行けることになって、その時にね。上条が好きになったきっかけとか、理由とか色々とね。まぁ、その時は御坂さんが起きないっていう確証があったから言えたことなんだけど」

 

 

吹寄は上条の眠るSTLの隣に試作機に片手を添えると、どこか懐かしむような口調でそう言った。そして美琴は一度深く呼吸すると、吹寄に向かって言った

 

 

「・・・その時と同じこと、この場でもう一回話してもらってもいいですか?」

 

「え?き、急にどうして?別に聞いても面白いものじゃ…」

 

「いい機会じゃないですか。この際ですから、腹を割りましょうよ。私も、なんでコイツのこと好きになったのか話します。今回は私も起きてる分、いくらか聞き上手だと思いますから」

 

「・・・本当、上条に似て残酷ね。まぁ叶わない恋を諦めきれない私がダメなだけか」

 

「え?す、すいませんよく聞こえませんでした」

 

 

美琴の提案に対して吹寄が呆れたように呟くと、美琴はその内容を問いただそうとしたが吹寄は小さくかぶりを振って口を開いた

 

 

「気にしないで、ただの独り言だから。いいわよ、高校生にそこまで言われちゃあ、大学生の私が腹を割らないわけにはいかないわね。話してあげる、要望通りもう一度同じやつをね。ずっと立ってるのもなんだし、外の廊下に長椅子があるからそっちに行きましょ」

 

「はい、もちろん」

 

 

そう言うと、吹寄と美琴ははメディキュボイドだらけの部屋のドアを開けて廊下に出た。そして少し歩いた先にある、病院の待合室にあるような茶色い長椅子に腰掛けると、吹寄が語り始めた

 

 

「それじゃ話すんだけど…最初はね、上条のことなんてなーんとも思ってなかった。高校時代なんて、そんな私のことをみんなは『対カミジョー属性を持つ女』なんて呼んでたのよ?笑っちゃうわよね」

 

「た、対カミジョー属性…?」

 

 

腕と足を組んで話し始めた吹寄の話の中に、美琴が聞き慣れない単語を復唱すると、それに対して吹寄が笑いながら補足した

 

 

「あははっ、さっき御坂さんも言ってたように、高校の時も上条当麻はね、それはそれは重度の天然女たらしだったのよ。気づけばクラスの女子の大半が上条のこと好きになってたわけ。それでクラスで毎度バカをやらかす上条を注意していた私を、誰が呼んだかついたあだ名が『対カミジョー属性を持つ女』ってわけ」

 

「ぶふっ、なんか想像つくかも。吹寄さんって根っからの委員長タイプって感じですし」

 

「お褒めに預かり光栄なことだわ。でもそんな私だったんだけどね、好きになっちゃったんだ。きっかけは、上条がSAOに囚われて入院して、そのお見舞いに通うようになってから。最初は本当に委員長だから、クラスにあいつが戻って来てくれないとクラスに活気が戻らないから。って理由だけで始めたことだった」

 

「はい。コイツも以前言ってました。寝てた俺は看護婦さんに言われるまで知りもしなかったけど…って」

 

「それはしょうがないわよ。私も通ってる時たまに『意味ないなーこれ、もう行くのやめようかなー…』って思ったことあるから。だけどね、お見舞いに通うようになってたから気づいたの」

 

「気づいた…というのは?」

 

「まぁ…恥ずかしながら言うと、本当に寂しかったのは私だったんだってことかな。上条と過ごす日々が突然なくなって悲しかったのは私の方だったんだってね。ほら、よく言うじゃない?本当に大切な物は失った後に気づくって」

 

「・・・それは…よく分かります」

 

「でも、それをもってこれが恋だなんて最初は全く思わなかった。本当にただ寂しいだけなんだって思ってた」

 

 

その時に初めて、これまで流暢に話していた吹寄が、辛そうな表情を見せて話を区切った。どうしたものかと美琴が声をかけようとしたが、それよりも先に吹寄が再び話し始めた

 

 

「だけどね、上条がSAOに囚われて1年ぐらいのある日に私…夢を見たの。その夢で私はいつも通り上条の病室にお見舞いに行ってたの。だけどその日は、病室のドアを開けたら上条が目を覚ましていて、私に向けて笑顔を見せてくれる…そんな夢を見たの」

 

「その夢を見て私はバッ!って飛び起きたの。そしたらいても立ってもいられなくなって、まだ夜中の3時ごろだったのに、私は着の身着のまま自分の家を飛び出したの。今の夢はきっと正夢なんじゃないか、今の夢はきっと上条が目を覚ましたことを私に教えてくれたんだ…そう思って病院目がけて全速力で走り出した」

 

「それで真夜中の病院に忍び込んで、上条の病室にたどり着いた。ドアを開けたら上条はきっと目を覚ましてくれてる…そんな淡い期待を寄せてね」

 

「でも、上条当麻は目を閉じたままだった。私が体を揺すっても、返事の一つも返してくれない。今までと…何も変わってなかった」

 

「・・・・・」

 

 

当時のことを密に思い出したように、吹寄の声は悲しみに満ちて、いつの間にか俯いていた。美琴は、自分には到底分からない苦しみだと思った。自分がそちら側になったことがないから、どんな声をかけても同情になると思った。数秒の静寂が支配したのちに吹寄は顔を上げると、一息に言った

 

 

「そしたら私ね、涙が止まらなくなっちゃったの。もの凄く泣いたわ。それはもうわんわんと声をあげて泣き喚いたわね。上条が寝てるベッドに縋り付いて、ちっとも動かない上条の胸を借りてね。きっと今までの人生で1番泣いた自信があるわ」

 

「それでその時に気づいたのよ。『ああ…私は自分ではどうしようもないぐらいに、上条の事が好きなんだ….』ってね」

 

「それでそこからはいつか自分の手で上条の目を覚まさせてやるんだー…って意気込んで高校で医学の勉強を始めて、大学の医学部に進学したと思ったら、SAOから一人戻ってきた上条も死にもの狂いで勉強して私と同じ大学の文学部に進学して、気持ちを伝えられずにズルズル引きずり続けて今に至る〜…って感じかな」

 

 

そう言い終えると、吹寄は美琴の方に顔を向けてニッコリと笑って背筋を伸ばした。そして彼女は伸びを終えながら息を吐き出すと、両手をパン!と合わせて自分の話を締めくくった

 

 

「はい、これで私の話はおしまい。どうだったかしら?」

 

「どう、だったと言われると…ごめんなさい、少し感想考えるので時間もらってもいいですか?」

 

「え、別にいいのよ?そんな真剣に考えてくれなくても適当で」

 

「いや、私がそうしたいんです。時間を」

 

「あなた…結構頑固ね」

 

「吹寄さんには言われたくないですけどね」

 

 

美琴がそう言って笑うと、吹寄も笑ってそれ以上は何も言わなかった。そして美琴は目をつぶり、両手の指先を合わせてそこに顔を置いてしばらく黙って考え込むと、やがてゆっくりと口を開いた

 

 

「・・・やっぱり、とてもすごいことだと思います。私はSAOでもアイツとは事あるごとに顔を合わせて話もしてましたけど、吹寄さんは顔を合わせるとは言っても、口も聞けないアイツのために約二年もお見舞いに通い続けて、ずっと好きでいられたのは本当にすごい事だと思います」

 

「・・・・・」

 

「それにきっと、まだ恋を自覚してない時にお見舞いに通うのも辛かったでしょうけど、恋を自覚してからはもっと辛かったと思います。それでもアイツの事を思い続けて、医学の道に進んだ…っていうのは、多分私には真似できないんじゃないかと思います。私は妹達の事件の時、途中で完全に心が折れてへこたれちゃいましたから」

 

「・・・・・」

 

「だから、こんなことを言うのも変な話ですけど…そんな立派な吹寄さんと、あまつさえ同じ人間を好きになって、こうして話し合えたことが、私とっても嬉しいんです。だから、恋のライバルとしても、良き友人としても…これからもよろしくお願いします」

 

「・・・あはっ、こりゃ本当に敵わないなぁ…分かってはいたことだけど、もう私が勝てる要素一つもないじゃない」

 

「そ、そんなことないですよ!約束ですから話し始めますけど、私がアイツのことを好きだって認めたのなんて、元々はSAOで出会った一人の親友のおかげで、それまではつまんない意地張ってばっかりで……」

 

 

地下の天井を仰ぎながら言う吹寄に、美琴が必死になって話し始めた瞬間、廊下の一番奥の大部屋のドアが開き、中からミサカ10032号が自分の出せる限界の声で言った

 

 

「吹寄さん、大変です。と、ミサカは緊急事態が起きたことをお知らせします」

 

「き、緊急事態…ですって!?」

 

 

吹寄はミサカ10032号の付け足した言葉を復唱すると、血相を変えて白衣の胸ポケットに差していた眼鏡をかけ直して大部屋へと駆け込んでいった。それに続いて美琴も駆け足で部屋に入っていくと、そこには先ほど自分たちが会話をしていた机の付近で眉間を抑えながら項垂れる冥土返しの姿があった

 

 

「どうしました先生!?頭が痛みますか!?体のどこか痺れてますか!?それとも…!」

 

「あぁ、すまないね。今の僕が頭を抱えてこうしていると、吹寄君にはそう映ってしまうね。僕はなんともないよ、ご心配どうもありがとう。もっとも…なんともないのは僕の方だけだがね…」

 

「ということは…つまり…!」

 

「あぁ、やられたよ。コンピュータウィルスだ。STLの情報をいくつか盗まれてしまったね」

 

「「ッ!?」」

 

 

自分の肩に手をやって語りかける吹寄に冥土帰しがそう告げると、美琴と吹寄は驚愕のあまり言葉を失った。そして冥土帰しは頭を抱えたまま、一つの添付ファイル付きのメールを開いた画面を指差していた

 

 

「・・・なにこれ?イタリア語?」

 

「僕は腕の良さから、いくつか繋がりのある外部の病院の医師から、難病や処置の難しい患者のデータが送られてきて助言をお願いされることがあるんだ。その中でも、何度もこういうやり取りをしていた医師からメールが来ていて、そういった大まかな相談内容と一緒に添付ファイル付きのメールが送られていたんだ」

 

 

美琴がそのメールに書き記されている言語を見ながら首を傾げると、冥土帰しがそう説明したが、彼の額には脂汗が滲んでいた

 

 

「僕はその添付ファイルを、いつものように患者のカルテやレントゲンだと思って開いたんだ。しかしそれは写真でもデータでもなんでもなく、メールの内容とも全く関係ない、コンピュータウィルスのファイルだった。そして瞬く間にこちらの電子機器の操作を奪い取り、データを拝借していった。実に狡猾で手際の良さも満点だと舌を巻くしかないね」

 

「そんな…被害の規模は!?」

 

「実際に調べてみないことには詳しい部分までは分からないが、かなり甚大だね。気づいて直ぐに妹さんにファイヤーウォールを張り直してもらって接続を遮断したが、STLに何らかの『異物』が入り込んだのは間違いない。その証拠に、1000倍に設定していたフラクトライト加速倍率が元の1倍に固定されてしまっているね」

 

 

そう言って冥土帰しは、パソコンの左端の方を指差した。そこには『1.0 fold』と表示された枠があり、現在STLが置かれている状況を如実に示していた

 

 

「それってつまり…誰かがこのメールのアカウントを乗っ取って成りすましたなり、この人を脅して無理やりこのメールを送らせたか、あるいはパソコンごと盗んだか、実際に本人に手を下して奪ったってことよね?一体誰がそんなことを?」

 

「御坂君の言う通りだが、この医師に関係していてSTLの技術を狙っていそうな人物に、心当たりはない…そう思っていたところに、このメールの文末に奇妙な名前のようなものを記載しているのを見つけたんだね」

 

 

冥土帰しはマウスを手に取ると、本文よりもずっと下の方まで余白を取っていたメールをひたすらスクロールしていった。そしてその最後の段落の右端に、通常のフォントよりも小さくイタリア語で何かが書き残されていた

 

 

「『Il posto giusto di Dio』…直訳すると…『神の正しい位置』?どういうこと?」

 

「いや、厳密に言えば御坂君の翻訳が正しいが、この場合はきっと…『神の右席』。そう読むんだろうね…」

 

「神の右席…?そう思うってことは…先生はこの名前に何か聞き覚えが?」

 

「・・・まぁ、聞き覚えというよりもむしろ…」

 

 

美琴と冥土帰しがそう話していたところに、吹寄が血相を変えて冥土帰しの肩に掴みかかると、二人の会話を強引に遮って震えた声で問いただした

 

 

「先生、上条は…上条は、無事なんですよね…?データをいくつか取られて、何かが入り込んだだけで、上条の身には何も起こってないんですよね…?」

 

「・・・現時点では、彼にはなんの影響もない。健康状態にも異常は見られないし、フラクトライトもいたって正常通りの反応を見せているね」

 

「じゃ、じゃあ!上条を一度STLの中から出しましょう!こうなってしまった以上はもう一刻の猶予もありません!一先ず上条を出して、ウィルスを除去してから万全の対策を練ってからもう一度…!」

 

「それがね、出来ないんだ」

 

「・・・え?」

 

 

冥土帰しが抑揚のない声でそう告げると、吹寄の手が彼の肩からズルズルと落ちていった。そして静かに横に首を振ると、冥土帰しは続けた

 

 

「おそらくこれは件のウィルスの仕業だろうが、僕たちの操作では上条君をアンダーワールドからログアウトすることが出来ないよう、システムにロックをかけられてしまっているんだ。外部側からの通信手段もシャットアウトというオマケ付きでね」

 

「そ、そんな…!それじゃあ上条はどうやって出ろって言うんですか!?向こうの世界のシステムコンソールが今どこにあるかなんて、私たちにだって分からないのに…!」

 

「あの〜お言葉ですけど…」

 

 

冥土帰しと吹寄が熱く議論を交わしているところに、美琴が申し訳なさそうに小さく手を上げながら言った。そして冥土帰しと吹寄が視線を美琴の方へ向けると、美琴は一呼吸置いてから口を開いた

 

 

「そりゃこっちからも向こうからもログアウトの方法がないってのは大変ですけど、何も電源切ったら即死のナーヴギアじゃないんだから、そんな行儀よく手順を踏まなくてもSTLそのものの主電源を切ればいいんじゃ…」

 

「・・・・・」

 

「え、何?私おかしなこと……」

 

「御坂君は…電気系の能力者なら、サージ電圧という現象を知っているかな?」

 

「サージ電圧…定常的に流れている電気回路に、回路の開閉や短絡なんかが原因で発生する、瞬間的に激しく変動する電圧のことで…ってまさか!?」

 

「そのまさか、なんだね。連中はSTLの電子回路にも何かウィルスを打ち込んだみたいなんだね。STLは一般アミューズメント向けだったナーヴギアなんかとは違って、要求する電気量は桁違いに多い。そんな状況下で正規の手順を踏まずに主電源を切るなんてことをすれば、サージが起きる可能性は捨てきれない。上条君のフラクトライトに干渉している今、もしそんなことが起きれば…」

 

「お、起きれば…?」

 

「フラクトライトが焼け落ちる。その結果として彼の身に何が起こるのか、もう我々には予測がつかない」

 

「ッ!?そ、そんな…!」

 

「これを送りつけて来た彼らは、たとえ何が起こっても上条君をSTLから出すつもりはないみたいだ…悔しいがもう、僕らには彼を信じて待つしか方法がないね」

 

「なんでよ…なんで私には、上条を傷つけることしか出来ないのよ…なんで上条を助けに行ってあげられないのよ…クソッ!」

 

 

冥土帰しが告げた事実を受け止めきれず、絶望に打ちひしがれる美琴の横で、吹寄が握りしめた拳を机に叩きつけた。そして冥土帰しは、パソコン画面にイタリア語で記された言葉を見つめると、静かな声で呟いた

 

 

「・・・パンドラの箱は、ここに開けられた。今の僕たちに、それを閉じる術はない…」

 

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