とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第35話 たった一人の反抗

「ちわーっす」

 

 

ユージオがアリスと名乗った整合騎士によってセントラル・カセドラルへ連行された翌日。上条はその日が安息日ではないにも関わらず、昼間にサードレ金細工店を訪れていた

 

 

「・・・あ?カミやんの小僧か?手前、あの剣を持って行っておいて今さら何の用だ!?まさかもうあの剣の天命が尽きたなんて世迷言を言うつもりじゃあ…!」

 

 

カウンターの中から相変わらずの濁声で怒鳴るサードレの前に、上条はジャリン!という音を立たせながら茶色い巾着を叩きつけた。その急な出来事に驚くサードレに向かって、上条は真剣な眼差しを向けて言った

 

 

「俺の有り金全部だ。コレで出来る範囲まででいい。この金額に見合う、円形の盾をおやっさんに作ってほしい。今日から五日で」

 

「え、円形の盾だぁ…?というとバックラーか?衛兵でもない修剣士の小僧がなんだってそんなもん……」

 

 

そこまで言ってサードレは、叩きつけられた茶色い巾着から上条に視線を向けた。すると頑固者の金細工師は、上条と出会ってから今日まで見たこともない真剣な瞳に宿った覚悟のような何かを肌で感じ取ると、彼もまた真剣な表情で上条に訊ねた

 

 

「小僧…手前、あの剣を渡してからこの数日で…一体何があった?」

 

「詳しいことは言えない。だけど今の俺に必要なのは剣じゃない、盾なんだ。だからおやっさん、頼む」

 

 

そう言うと、上条はカウンターから一歩下がってサードレに頭を下げた。その姿勢のまま待つ上条をどうしたものかとサードレが悩んで頭を掻き毟ると、やがて茶色の巾着を上条の手元に押し返しながら口を開いた

 

 

「俺はこんなはした金なんぞ受け取らん。第一、俺の魂を預けた盟友から金を取る方が野暮ってんだ」

 

「そ、そんな…!頼むよおやっさん!今の俺にはどうしても…!」

 

「あのなぁ小僧。俺は金がいらんと言っただけで、作らんとは一言も言ってねぇぞ。そんな金銭面なんぞ気にして作ってたら、今の小僧に見合う武具なんぞ作れやしねぇよ。手前のその覚悟を見込んで、今ウチにある最高の素材で最高の盾を作ってやる」

 

「そ、それじゃあ…!」

 

「ただし!この前あの剣を寄越した時、将来の給料の5ヶ月分と言ったな。5ヶ月なんてケチなことは言わん、1年分だ!」

 

「あ…はっ!上等だぜおやっさん!契約書にでもなんにでもサインしてやるよ!足りないってんなら臓器だって売ってやる!」

 

「ケッ、そんなもん書いたところで失くしちまうのが関の山だ。それよりも円形の盾と言ったが、具体的にはどんなのだ?」

 

「えっと…まず大きさなんだけど、バックラーほど小さいと困る。直径で50センぐらいあるのが理想的なんだ。んで裏の取っ手は出来れば革で真ん中からある程度距離をとった辺りに二ヶ所、厚さと重さは……」

 

「お、おい待て待て。そんな大量に要望があるなら先に言えってんだ。確かメモが…」

 

 

そういうとサードレはカウンターの引き出しからメモ帳を取り出し、上条の出した要望をこと細かにメモした。そして上条が全ての要望を言い終えると、深くため息を吐いて言った

 

 

「かぁ〜〜〜…よくもまぁ、これだけの注文を出しやがって。これを5日で仕上げろなんざ、向こうの鍛冶屋だって声あげてブチ切れるぞ」

 

「悪い。もし厳しいようなら、何も全部その通りでなくてもいい。ただ、円形で投げられるってのが一番重要なんだ。それにかかる要望だけはなるべく叶えてほしい」

 

「盾を投げるなんて発想自体が信じられねぇよ。手前、前世は曲芸師かなんかで前世を思い出して戻りたくなったとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

「ははっ!すげぇなおやっさん。あながち間違いだとは言えねぇや。だけど訂正するなら俺の前世は曲芸師じゃなくて、どちらかと言うと『タンク』だな」

 

「・・・はぁ?まぁた珍妙なこと言い出しやがってこの小僧は…まぁいい。5日と言ったな、まぁなんとか間に合わせてみる。見たとこ訳アリなんだろ、完成したらウチのせがれに直接学院に持って行かせる。事務連中に話を通しておけ」

 

「悪いな、何から何まで本当に助かるよ」

 

「ケッ、何を今さら水臭えことを。やっぱり手前にはあんな豪勢な剣なんて寄越さず、安モンのなまくらを押し付けときゃよかったのかもな」

 

「そう言うなよ。これからおやっさんが一生かけても稼げねぇ、俺の一年分の給料叩きつけてやんだから」

 

「ぬかせぇ木っ端が。ちぃと予定は狂ったが今度こそ、その日までウチの敷居を跨ぐんじゃねぇぞ!」

 

 

そう言うと上条とサードレは先日と同じように、もう一度拳を突き合わせて上条は店を後にした。そしてその5日後には、素材こそ剣と違って鉄ではあるが、剣と同じ鮮やかな翡翠色に塗られた円盾が上条の自室のベッドの上に置かれていた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・本気、なのですね?」

 

「はい。もう決めたことです」

 

「そうですか…残念です、とても。ユージオ元修剣士が学院を去った以上、今年度の学院代表剣士はあなただと確信していたのに」

 

「上級修剣士とはいえ、末席の俺にそこまで期待してくれても困りますよ」

 

 

ユージオが連行されてから6日目の夕方、窓から差し込む茜色のソルスを背にしたアズリカの前に上条は立っていた。初等練士寮特別教官室にいる二人を遮る教官机の上には『退学届』と書かれた白封筒が置かれていた

 

 

「・・・分かりました。ではこれは私の方で学院管理部に通しておきます。ですが、なぜ私にこれを?普通は管理部に直接持っていけば何かと都合がいいでしょう」

 

「俺がこの1年と2ヶ月、一番世話になったと思ったのがアズリカ先生でしたから」

 

「私としては、1年どころか赴任してからこれまでで一番謎の多かった生徒ですがね」

 

 

皮肉めいた口調で言ってアズリカが笑うと、上条も続いて力なく笑った。そしてアズリカは白封筒を手にとって服の内ポケットに入れ、椅子から立ち上がり上条の元へ近寄ると、彼の肩に手を置いて言った

 

 

「カミやん元修剣士。あなたが学院を去ってこれから何をしようとしているのか、私はなんとなく察しがついています。分かった上で止めていない時点で、私はきっと生徒を導く教師としては失格です。ですが、あなたのその決意を目の当たりにして、私にはそれを止めることは出来ません」

 

「気にしないで下さい。元から俺が不出来なだけなんです。アズリカ先生の指導は決して間違ってませんでした」

 

「そう言っていただけると助かります。思えば去年のリーバンテイン元修剣士との立ち合いの時から、私はあなたが何者なのか薄々は分かっていたのかもしれません。その勘が正しければ、あなたがあの塔に達した時、きっと何かが起きます」

 

「・・・?何か、というのは?」

 

「それは私にも分かりかねます。ですが、その結果何があっても、自分の信じる道を真っ直ぐに行きなさい。この学院で学んだ全てと、友を信じてどこまでも進みなさい。その道の先に光があらんことを、私は祈っています」

 

「そうですか…分かりました。アズリカ先生、今日までありがとうございました。それじゃあ俺はこれで…」

 

「あぁ、その前に少し待ちなさい。あなたに渡さなければならないものがあります」

 

 

そう言うとアズリカは、コツコツと革靴の音を立てながら教官室の奥にある小部屋のドアを開き、中へと消えていった。そして2分ほどした後に、薄い正方形の木箱を両手で持って出てきた

 

 

「先生、これは…?」

 

「昨年度の主席である、ソルティリーナ・セルルト元修剣士からの預かり物…もとい、あなたへの餞別です」

 

 

アズリカは教官机の上にそれを置くと、パコッ!という木箱の中に入っていた空気の抜ける音を立たせながら蓋を持ち上げた。するとその中には、いかにも高級そうな布地と装飾で仕立てられた黒い洋服が畳まれていた

 

 

「これ…リーナ先輩が?」

 

「彼女も私と同じく、今年の学院代表はあなたが選ばれるに違いないと、あなたを指導していた一年間で確信していたようです。だから来年の剣舞大会の日が来たら、彼にこれを着せて欲しいと私に託しました。小遣いの少ない彼が、見すぼらしい格好で大会に出て笑い者にされてしまっては、指導生である自分のメンツが立たない…と」

 

「あ、あははは…やっぱり流石だなリーナ先輩は。たしかに言われてみれば、これから学院出て行くのに制服で出ていこうとしてた俺が、剣舞大会くらいでお洒落しようとするとは思えねぇな」

 

「このように、先ほども言いましたがあなたを信頼している者は、実際には見えないところにもたくさんいるのです。そしてその全員が、あなたを心の底から信じています。その皆が信じる自分を信じて、行きなさい。あなたを待つ友の元へ」

 

「・・・ありがとうございました、アズリカ先生。いつかまた、きっと会いに来ます。本当に、お世話になりました」

 

 

上条はそう言ってアズリカに深々と頭を下げると、もう一度蓋をされた木箱を脇に抱え、夕暮れに染まった教官室を後にした

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

アズリカに退学届を出して自室に戻ったその日の夜、上条は身支度を整えていた。しかし身支度といっても、制服から先ほど譲り受けたリーナの残した黒い服に着替え、腰に巻く剣帯を、斜めがけに改造するという簡単な準備だった

 

 

「力を借りるぜ、おやっさん」

 

 

そう言うと、サードレがほぼ自分の要望通りに仕立てた円盾の革で作られた持ち手を、同じく革製の剣帯に結び、それを背負って体に縛り付けた。そして最後に盾と背中の間に翡翠色の剣を、剣帯の穴に通すようにして差し込んだ

 

 

「ま、こんなもんか…」

 

 

もうほとんど二ヶ月前に入ってきた時と同じ状態に戻ってしまった自室を見渡すと、上条はため息を吐きながら言った。そしてもう一度体に巻いた剣帯のベルトを締め直すと、自分の頬を叩いた

 

 

「よしっ、行くか」

 

 

自室で焚いていた明かりを消すと、ドアノブをひねって部屋から出た。そしてそこから足並みを止めることなく寮を出ると、校舎に続く石畳を遡り、門の手前で立ち止まり月夜に照らされる校舎の方へと振り返った

 

 

「ありがとな、北セントリア帝立修剣学院。お前と過ごした1年と2ヶ月、俺は結構楽しかったぜ」

 

 

そう言って上条は最後に校舎に向かって深々と頭を下げると、その校舎で過ごした様々な日々を思い出したように顔を上げて笑った。それから自分の顔を真剣な表情に戻すと、踵を返して最後の石畳と校舎を跨いだ…その直後だった

 

 

「カミやん先輩っ!!」

 

「ーーーッ!?」

 

 

背後からそこにはいないはずの…否、いてはいけない少女の声が聞こえた。この約2ヶ月、自分の傍付きとして指導してきたロニエ・アラベルという少女の声だった。息を切らしながら校舎からこちらに走ってくる少女の気配を感じ取ると、上条は背を向けたまま一切の容赦なく叫んだ

 

 

「止まれロニエッ!」

 

「ッ!?」

 

 

上条のあまりにも痛烈な叫びに、ロニエは肩を震わせ、走らせていた足を止めた。上条は背後の足音が止まったことに安堵すると、そのまま喋り始めた

 

 

「ロニエ。俺はもう退学届を出して、学院の門を超えた。この石畳から足を出した時点で、もうこの修剣学院に俺の居場所はないんだ。だから俺は、今はもうロニエの指導生じゃないし、ロニエだってもう俺の傍付きじゃない。だからこれから先、俺の傍に付いてくる必要なんてない」

 

 

それは明確な境界線だった。この学院の中にいる限り、自分は安全に暮らせる。だが一度この境界線を超えて外に出れば、後戻りは出来なくなる。その境界はあまりにも大きく、深い。だがそんなことはロニエにとって百も承知だった

 

 

「い、嫌ですっ!ユージオ先輩がいなくなって一週間、カミやん先輩が何を考えているかなんとなく察しはついてました。もう私の覚悟は決まってます!私はカミやん先輩と一緒に行きます!実剣だって持ってきました!止めたって無駄です!カミやん先輩のいなくなった学院なんて、私にはなんの未練も…!」

 

「なら、ここに残るティーゼはどうなる」

 

「ッ!」

 

 

真夜中であるのもそっちのけで叫ぶロニエに対し、極めて平坦な声で上条はロニエに聞いた。彼のその問いにロニエは言葉を詰まらせ、そのまま上条は続けた

 

 

「先輩だったユージオが公理教会に連れて行かれて、その後を追って俺が学院を出る。それだけならまだいい。けど、ロニエは違う。お前とティーゼは一緒にいなきゃダメだ。ティーゼはいつか必ず整合騎士になって、ユージオを助けに行くって言ってただろ。そのためには、一緒に切磋琢磨する親友が必要だ。そしてそれは、他でもないロニエにしか出来ないことだ」

 

「そ、そんなの!ここでカミやん先輩と一緒にセントラル・カセドラルに行ってユージオ先輩を助ければ同じことで…!」

 

「ロニエ」

 

 

上条が静かでありつつも重みのある声で言うと、ロニエは口を噤んだ。その瞳には既に涙が溜まり、頬へと滴り落ちているが、背を向けて話す上条にはそれが見えていない。けれど彼女が自分の後ろでどんな表情を浮かべているのか、なんとなく分かっていた。そしてそれを一度でも目にしてしまえば、この決意が揺らいでしまうこともまた、分かっていた。故に上条はそのまま前を向いて、絞り出すような声でロニエに言った

 

 

「・・・頼む」

 

 

もうそれ以上は、上条でも言葉には出来なかった。ロニエの涙が、石畳に落ちた微かな音が聞こえた。またしても彼女を泣かせてしまった自分の不甲斐なさに歯噛みしながら、上条は続けて言った

 

 

「ごめんな、ロニエ。そこまでしてロニエが俺について来ようとするのは、俺が頼りないからだよな。自分が守ってあげなくちゃって…そう思ってるからだよな。まぁ無理もねぇよ。その証拠に俺はあの夜、他でもないロニエに助けられた。情けねぇ話だ」

 

「だ、だから私もっ!傍付きとして先輩の隣に…!」

 

「だから俺は、必ず戻って来る。堂々と胸を張れる先輩になって、ユージオを連れて、この門を、もう一度超える」

 

「!!!!!」

 

 

ロニエには、学院の制服ではない服に身を包み、その背中に翡翠色の剣と盾を背負う上条の後ろ姿が、お伽話の『英雄』のように見えた。英雄、即ち『ヒーロー』。『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』の言葉には、誰かに寄り添うような不思議な暖かさがあった

 

 

「たとえそこに俺の居場所がもうなかったとしても、誰かが待っててくれる場所があるなら、俺は必ず戻ってくる。ちゃんと元気に帰ってきて、アズリカ先生や教官達に、ユージオと一緒になってコテンパンに叱られたら、またみんなで安息日にピクニックに行こうぜ」

 

「その為に、美味いサンドイッチを作る後輩がここにいてくれると助かる。俺がここに戻って来るための理由に、ロニエがなってくれるなら…俺はきっと、真っ直ぐこの場所に帰って来れる」

 

「カミやん、先輩っ…!」

 

 

上条が言った言葉を、ロニエは信じたいと思わずにはいられなかった。今の自分には出来ない無茶をせず、ここで待つことが彼を信じることなのだと思った。そんな思いを抱きながら、自分の名前を呼んだロニエの声に、上条がわずかに振り返った。そして、ロニエの中に残った不安を摘み取るように、自信に満ちた顔で言った

 

 

「約束するよ。俺は必ず、ユージオを連れてここに帰ってくる」

 

「・・・はぃ…はいっ!わたし…私っ!ここでずっと待ってます!カミやん先輩を信じて…!だから…きっと帰って来てください!」

 

 

涙を拭い去りながら叫んだロニエの言葉を最後に、上条は夜空へ高々と右拳を突き上げ、もう二度と振り返ることなく歩き始めた。かけがえのない友を救うために、聳え立つ白い巨塔に向けて歩き出した彼の背中が、地平線の向こうに消えて見えなくなるまで見送り続けたロニエは、彼の後ろ姿が夜に消えた後、誰にも聞こえないように微かな声で囁いた

 

 

「・・・大好きです」

 

 

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