とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第37話 図書館の番人

 

「どわあああああああ!?!?!!?」

 

 

上条が飛び込んだ扉の先は、彼の予想に反して広く深い茶色の木目が目立つ空間だった。上条はその中を情けなく叫びながら宙を回ると、やや弾力のある木製の床に尻で着地した

 

 

「痛っでえええええ!??!?!」

 

 

既に割れている尻がさらに割れそうなほどの勢いで尻餅を着き、あまりの痛みに臀部を抑えながら上条はのたうち回った。痛みが和らいで平衡感覚が戻って来た上条が立ち上がって振り返った先には、彼が飛び込んできたが故に一段も踏むことはなかった階段の上に、小柄な人影があった

 

 

「・・・探知されたな。このバックドアはもう不要じゃ」

 

 

そう呟いて小さな人影は、自分の背丈より高い杖で木床を2回ほど小突くと、正面にあった扉をなんらかの術で消滅させた。そしてゆっくりと上条の方へ振り返ると、床に杖をつきながら階段を降りてきた。そこにいたのは、上条の胸くらいまでの背丈で眼鏡をかけ、膨らんだ帽子とローブを見にまとった少女だった

 

 

「いてて…えっと、一先ず助けてくれてありがとな。助かったぜ。俺は…」

 

「ええい!とっとと前に進まんか!ここは通路ごと廃棄じゃ!しっしっ!」

 

「のわぁっ!?な、なぁ!ここってセントラル・カセドラルの中なのか!?」」

 

「そうであるとも言えるし、違うとも言えるな。わしが本来の扉を消去した故、ここはカセドラル内に存在するが何人たりとも入ってくることは出来ない。ワシが招く時に限って例外じゃがな」

 

「は、はぁ!?」

 

 

眼鏡少女に怒鳴られながら杖で背中をグイグイ押し込まれていく上条は、前につんのめりそうになりながら早足で木製の廊下を渡っていった。そして謎の少女の話に疑問を抱きながら、廊下の一番奥にある開きっぱなしの木製扉をくぐった

 

 

「ほいっ!」

 

「・・・ふぁっ!?」

 

 

扉を閉じて眼鏡少女が可愛らしいとも年寄りっぽいとも取れる口調で杖を振ると、そこにあったはずの扉が消え、コンクリート製と思しき壁に一瞬で様変わりした

 

 

「な、何がどうなって……」

 

「付いて来い。さして面白い物があるわけでもないがな」

 

「あ、はい…ってうぉわぁ!?」

 

 

驚き疲れた上条が自分の前を行き始めた少女を追おうと振り返ると、そこには更なる驚きが待っていた。遥か頭上まで何段も続く階層と、それを埋め尽くさんばかりの本棚と書物だけで構成された世界が広がっていた

 

 

「大図書館じゃ。そう珍しいものでもあるまい。この世界が創造された時よりのあらゆる歴史の記録と、天地万物の構造式、そしてお前たちが神聖術と呼ぶシステム・コマンドの全てが収められておるだけじゃ」

 

「い、いや十分珍しいしすご……ん?今システム・コマンドって言ったか!?」

 

「あぁ、それがどうかしたか?」

 

「嘘だろ…そんな言い回しを知ってるなんて、アンタ一体何者なんだ!?」

 

「人に名前を聞くときは、まず自分からと教わらなかったのか?」

 

「あ…えと、俺の名前はカミやん。そうだ、さっきは助けてくれてありがとな」

 

「なに、気にすることはない。単身ここに乗り込んできた時は、ただのバカだと思い捨て置いたが、整合騎士を独力で倒したとあっては話も変わってくる。もっとも、それだけで助けた価値があったかどうかはまだ判らんがな」

 

「か、勝手に連れ込んでおいてヒデェ言われようだ…って!だからアンタは一体誰なんだって聞いてんだろ!?」

 

 

上条が怒鳴りながら訊ねると、少女は眉間のブリッジに指をやって丸眼鏡をかけ直すと、巻かれた栗色の髪と同じ色の瞳に、無限の知性を予感させる口調で言った

 

 

「ワシの名は『カーディナル』。かつては世界の調整者であり、今はこの大図書室のただ一人の司書じゃ」

 

「か、カーディナルって…SAOやALOみたいな仮想世界を運営したり、制御するための自律型プログラムのことか!?アンタはそれが…その、擬人化したモンなのか!?」

 

「ほう、それを既に知っておったか。じゃが擬人化したという訳ではない。あちら側でワシの同類と接触したことがあるのか?」

 

「あ、あちら側…アンタ、この世界の住民じゃないな!?運営…この世界のシステムの管理者に、限りなく近しい人間なんだな!?」

 

「いかにも。そして、それはお主も同様じゃな。無登録民カミやん」

 

「ッ!?お、教えてくれ!俺はこの世界のことを知ってるようで全然知らない!聞きたいことが山のようにある!」

 

「分かっておる。いいからまずは落ち着け。冷静になって聞かんと腑に落ちる話も腑に落ちんじゃろう。そこに座るといい」

 

 

カーディナルがそう言って自分の背丈よりも長いスタッフを振ると、すぐそこに木製の円卓と二脚の椅子が出現し、上条とカーディナルはそれに腰掛けた

 

 

「まず言っておかねばならんのは、ワシは別にこの世界を管理しているわけではない。操れるのはせいぜいこの図書館内のオブジェクトだけじゃ」

 

「わ、分かった!じゃあアンタは現実側と連絡が取れるのか!?」

 

「だからまず落ち着けと言っておろう。絶対今のワシの話聞いとらんかったじゃろ。そんな急いても状況は説明できるだけで劇的に変わるわけではない。ほれ、これでも飲め」

 

 

ため息を吐きながらカーディナルが杖を振ると、机の上に暖かい紅茶の注がれたティーカップが二つ出現した。彼女がそれを上条の方に寄せると、上条はティーカップの中の紅茶を一気に飲み干した

 

 

「おおう…豪快な飲みっぷりじゃな。よもや紅茶の作法などカケラもないの」

 

「ぷはぁっ!悪い、もう落ち着いた。実は学院出てから何も飲んでなくて死ぬほど喉渇いてたんだ。助かった」

 

「よい。して質問に答えるが、ワシは外部と連絡する手段は持っとらん。それが出来ればこんな埃っぽい場所に何百年も閉じこもってはおらんからな。残念じゃが、その手段を持っておるのは公理教会最高司祭だけじゃ。ここにある創世記を作り出したのと同じ…な」

 

「創世記を作った…ってことはつまり、やっぱりこの世界に神様は存在しないってことなんだな?『創世神ステイシア』、『太陽神ソルス』、『地神テラリア』、『暗黒神ベクタ』…どれもその最高司祭ってやつの作り話なんだな?」

 

「そうじゃ。アンダーワールドの民が信じる神話は教会が支配権を確立するために作り広めたものに過ぎん。神達の名は緊急措置用のスーパーアカウントとして登録はされているが外の人間がそれでログインしたことは一度もない」

 

「道理で…ユージオから聞いた限りどうにも胡散くせえ話だと思ってたんだ」

 

「じゃが創世の時代、今より450年前似たような者たちは存在した。わしがまだ意識を持たぬ管理者だったころ、四人の外界人達がこの世界に降り立ち、八人の『人工フラクトライトの子ども』を育てたのじゃ。文字の読み書きに作物の育て方、家畜の飼い方から…後の禁忌目録の礎となる善悪の倫理観に至るまでな」

 

「ちょ、ちょっと待て!人工フラクトライトだぁ!?フラクトライトってのはアレだよな?今の俺にこうしてアンダーワールドの世界を体感させてる、人の魂なんじゃねぇかって言われてる脳にある光のことだよな!?そのフラクトライトの人工って…新しく人の手で魂を作ったって事なのか!?」

 

「な、なんじゃお主…外界から来たくせにそんなことも知らんのか?こりゃ想像よりも話が長くなりそうじゃの」

 

 

カーディナルの話に驚愕する上条に、逆に彼女自身が驚いていた。カーディナルは自分の話が長丁場になるのを覚悟し、紅茶で喉を潤して咳払いすると、真面目な表情で話し始めた

 

 

「まず始めに人工フラクトライトとは、お主ら外界の人間が幼子の無垢なフラクトライトのコピーから生み出したものじゃ。そしてこのアンダーワールドの住人全てが、人工フラクトライトで出来ておる。ワシも然り、最高司祭もな。そしてワシら人工フラクトライトは、お主ら実際の人間と同等の思考能力と感受性を有しておる。それはお主がこの世界に来てからよーく実感しておるじゃろう」

 

「ふ、フラクトライトのコピーって…要するにそれってめちゃ頭のいい人工知能ってことだよな?一体誰が、何のためにそんなことを…」

 

「それはワシとて知るところではない。じゃがお主らの世界の何者かが、フラクトライトを使って何かを画策しておる。それは間違いないじゃろうな」

 

「わ、分かった。じゃあアンタの知る現実世界の情報に、学園都市って街はあるか?それと俺のこの体と意識は、STLによって送り込まれてるって解釈でいいんだよな?」

 

「学園都市…知ってるも何も、お主が今言ったSTLとフラクトライトを見つけ出した街のことじゃろう?もっともワシとて参照できるデータ領域の中で見聞きに及んだ程度じゃが、そもそも外界の人間はSTLがないとこのアンダーワールドに来れないのではないのか?」

 

「あぁいや…俺もそこまで詳しい訳じゃないんだ。ひょっとしたら別のアクセス方法もあるのかも…しれない」

 

(だけど、現実に学園都市があるのは確定だ。ってことはつまり…この世界はキリト達の方の世界とは無関係。誰かが俺のレポートを使ってSTLを完成させたか、実は元からあったけど、俺がそれを知ってしまったから強制的にSTLの中にぶち込んで何かの実験をしてる…ってとこか?)

 

「わ、分かった。じゃあ俺がこの世界に来て約2年経つんだが、FLAって機能があるだろ?それが使われてるか、今現実ではどのくらいの時間が経ってるか分かるか?あと、俺の体が今どこにあるかっていうのは……」

 

「すまんな、先も言ったが今のワシはシステム領域にはアクセスできんのじゃ。データ領域ですら参照できるところは微々たるものゆえ、お主の現状は分からん」

 

「あぁ、いや。いいんだ。ちゃんと現実世界があって、そこに学園都市があるって知れただけでも御の字だ」

 

「というかお主…本当に何も知らんのじゃな。自分がどうしてこちらの世界に来たのかも覚えておらんのか?」

 

「あ、あぁ…俺が覚えてんのは、現実で学級会の発表を終えて吹寄と…あれ?ふき、よ…せ……い゛っ!?」

 

 

上条が二年も前の記憶を必死に呼び起そうとすると、頭に鈍い痛みが走り、思わず顔を顰めた。するとそれを見かねたカーディナルが、上条の目の前に杖を突きつけながら言った

 

 

「無理に思い出そうとするでない!おそらくは、現実の世界の人間からアンダーワールドに送り込まれる寸前の記憶がロックされておるのじゃろう。そのロックを無理矢理外そうとすれば最悪の場合、お主の脳は記憶障害を引き起こす。やめておけ」

 

「わ、分かった…しかし記憶をロックするか…キリトもそんなようなことを言ってたが、なんかそうする理由があんのか?」

 

「何か思い出されると不都合なことが起こるのじゃろう。じゃがその事からも分かるように、つまるところお主は自分の意思でここに来たのではなく、何者かによってSTLに入れられ、気づいたらアンダーワールドにいた…ということになるのじゃな」

 

「あぁ…多分、そういう事なんだろうな。俺なんかを何の目的で入れたのかは俺にもよく分からねぇけど…」

 

 

上条は深くため息を吐きながら椅子の背もたれに背中を預けると、自分がこの世界に来た真相までのヒントだけを得たこの状況に、広大な図書館の天井を仰いでしまった。しばらくそうしてから頭の意識を入れ替えると、カーディナルの丸眼鏡に視線を戻して言った

 

 

「話の腰を折って悪かったな。俺が聞きたかったことは今ので大体全部だ。アンタも話があるから俺をここに呼んだんだろ?話してくれ」

 

「・・・ではそうさせてもらうが、お主はなぜこの特に争いもない平和な人工世界に、フューダリズムが出来たか考えたことはあるか?」

 

「?????」

 

「どうじゃ?」

 

「・・・すまん。現実世界も含めてカミやんさんはそんなに頭が良くない。もうちょいと分かりやすい言語で頼む」

 

「あ、あのなぁ…要は封建制じゃ。お主も知っておろう、この世界の住人たちは原則として法に背かん。殺人、傷害、窃盗、独占あらゆる犯罪が禁じられているだけで、絶対にそれを破らん。なぜか分かるか?」

 

 

カーディナルに問われた上条は、腕を組んで机の木目を見ながらなんとなく考え始めた。唸りながら悩んだ末に、先のカーディナルの発言を思い出した

 

 

「ひょっとして…さっき言ってた、善悪の倫理観を教えたっていう四人の外界人が…?」

 

「おお、察しはいいようじゃの。その通り、その結論をワシはこの図書館に幽閉されてから考えついた。この『原初の四人』は課せられた八名の人工フラクトライトの育成という困難な使命を見事に果たしたことから、人間としては最高級の知性を備えておったことが解る」

 

「今のアンダーワールドの住民達に生来の善性を育んだのだから、倫理的にも見上げるべき者たちだったのだろう。じゃがそれは、その四人全てがそうではなかった」

 

「・・・それはつまり、その四人の内の誰かが…他とは違う倫理観を、八人の人工フラクトライトの内どれかに植えつけた…って?」

 

 

上条が恐るおそる訊ねると、カーディナルはそれにゆっくりと深く頷いた。そして深くため息をつくと軽く杖を振って、上条の空いたカップに紅茶を注ぎ足してから口を開いた

 

 

「左様。知性には秀でていても、善ならざる者が一人だけ存在したのじゃ。そやつが子に支配欲や所有欲といった利己的な欲望をも伝えてしまった。その子どもが祖先となったのじゃ。今の人界を支配する貴族や公理教会の上級司祭達のな」

 

「・・・まったく余計なことしてくれたぜ、ソイツ」

 

「まぁ今さらその人物への愚痴をこぼしたところで、現状は変わるまい。そして彼らの頂点に立つのが、公理教会最高司祭にして今ではシステム管理者ですらある一人の女じゃ。『アドミニストレータ』などという不遜極まりない名を名乗っておる」

 

「ん?あぁそれ、さっき倒したエルドリエって整合騎士も言ってたな。確か、最高司祭アドミニストレータ様に自分は召喚された…とかなんとか」

 

「あのエルドリエという男は、今年の四帝国統一大会の覇者なんじゃが…それは一旦後回しじゃな。まずはあの女の出生から追って話そう。おぞましいことにアドミニストレータは、言うなればわしの双子の姉でもある」

 

「ふ、双子の姉…?どういうことだ?」

 

「原初の四人のログアウトから数十年後、とある二つの領主家の間で人界初の政略結婚が行われ一人の女の赤子が生まれたのじゃ。その名を…『クィネラ』と言った」

 

「はぁ、政略結婚ねぇ。仮想も現実も世知辛い世の中なのは変わらねぇってか…んで、その領主同士ってのはやっぱり、善ならざる外界人に倫理観を教えられた子どもの子孫なんだろ?その子孫同士の政略結婚から生まれた子どもなんて、どう考えたって支配欲と利己心が具現化したようなサラブレッドが生まれて来るだろうな」

 

「い、言い得て妙じゃな…じゃが、それだけならまだ良かった。しかしこともあろうにクィネラは『神聖術の修練』という未だかつて存在しなかった天職を領主に与えられた。屋敷の部屋でクィネラはその知性を生かし、神聖術…つまりはシステム・コマンドの解析を行った」

 

 

そこで言葉を区切ると、カーディナルは自分の顎が許す限りの力で歯噛みした。ギシギシと音を立たせながら震える彼女の姿から、そこが全ての始まりであったことは上条が見ても簡単に分かった

 

 

「そしてあやつは、ついにコマンドの単語の意味を解析するに至った。『ジェネレート』や『エレメント』、『オブジェクト』といった、奇怪な異世界の言葉をな。そしてクィネラは元は生活を便利にするための道具でしかなかったシステム・コマンドから…命ある対象を傷つけるための攻撃術を開発するまでに至った。後はお主ほどの察しの持ち主ならば想像に難くあるまい」

 

「・・・こ、攻撃って…まさか、レベリングか!?俺たちがゴブリンを倒してオブジェクト権限を上げた時みたいに!?クィネラってヤツは、それに自力で気づいたってのか!?」

 

「左様。じゃが闇の国のモンスターを、ではない。元々この世界は人間を含むあらゆる動的ユニットを破壊すれば、いわゆる『経験値の上昇』が発生するのじゃ。それに気づいたクィネラは、片っ端から鳥やキツネといった、目につく限りの動物を神聖術で攻撃して殺していった」

 

「そしてクィネラの権限レベルは際限なく上昇していき、コマンドの解析も着々と進んだ。やがては天候予測や天命回復といった、当時の民には奇跡にも等しい術の数々を会得したのじゃ。そしてそれに比例するように神々しい美貌を得ていたクィネラを、13の子にして周囲は『神の申し子』と信じ奉った。それを以ってクィネラは、底無しの支配欲を完璧に満足させる時が来たことを悟ったのじゃ」

 

「・・・そう悟った結果が、あのバカみたいにデカイ塔を生み出すに至った…ってか」

 

「その通り。クィネラは自分の優位を示すためにセントラル・カセドラルの端緒となった塔の建造を命じた。そして自分を脅かす権限レベルを持った存在が現れないよう、公理教会なる団体を設立し、明文化された法を作り上げた。その法を世界のあらゆる人々に向けて施工した。それがお主も知るところのこの世界絶対の法…『禁忌目録』じゃ」

 

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