とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第40話 紅の騎士

 

「ここは…武器庫か何かか?」

 

 

カーディナルが開いたドアをくぐった先は、明かりも灯っていない薄暗い武器庫のような場所だった。上条がまだ暗闇に慣れていない目を凝らしてみると、そこには剣はもちろん槍、鎧、盾といった様々な高パラメータを誇るであろう武具が揃っていた

 

 

「・・・いい盾だけど、おやっさんのほどじゃねぇな」

 

 

上条は、そこに立てかけてあった純白の塗装がなされた円形の盾に手をかけながら呟いた。おそらく天命やオブジェクト権限はその盾の方がいくらか上だろうが、上条は決してサードレの作った背中の盾を手放すことはなかった

 

 

「にしても、なんでこんなに武器を…って考えるまでもなかったか。アドミニストレータは軍隊を作りたいんじゃなくて、作らせたくなかったんだろうな。公理教会の権利を脅かされかねないから…」

 

 

ようやく暗闇に慣らされた目で武器庫を眺めながら上条が先に進んでいくと、突き当たりに周りの大理石とは違う色で塗られた二枚扉の取り付けられた出口があった。それを見た上条は咄嗟に周囲を確認すると、なるべく足音を立てないように小走りで扉の前に走り寄った

 

 

「・・・物音はしないな。よし……」

 

 

その壁にピッタリと貼り付いて向こう側に何も気配がないのを確認すると、二枚扉の右側の手すりに手をかけ、自分の体で扉を押し込みながら慎重に開いていった…その時だった

 

 

「うおっ!?」

 

 

シュカカカカッ!という鋭く空気を割く音と共に上条の頬を4本の矢が掠め、そのまま武器庫の床に突き刺さった。矢が打ち込まれた扉の先にはどこぞの城のような絨毯が敷かれた大階段が広がっており、それを上がった先の踊り場に、昨夜の庭園で同じ弓を射掛けてきた紅の鎧を纏った騎士が立っていた

 

 

「出てこい侵入者!騎士エルドリエを堕落させた罪!ここで貴様に贖ってもらうぞ!」

 

「おいおい、まるで俺がここから出てくるの分かってたみたいな風じゃねぇかよ…!?」

 

 

紅の騎士は頭部をすっぽりと覆った兜越しに叫ぶと、その弓にまた4本の矢を番えた。上条は弦がキリキリと張る音を微かに感じ取ると、背負った盾を左手に持って革の取っ手を固く握った

 

 

「またお得意の弓か…!悪いけど、こっちはお前の独壇場にハナっから付き合うつもりはねぇ!システム・コール!ジェネレート・ルミナス・エレメント!」

 

 

上条は叫びながら神聖術を唱えると、右手の指先に三つの光素を出現させた。そしてそれを扉の隙間に向かって軽く放ると、自分の視界を盾で遮ってから再び声高に叫んだ

 

 

「バースト・エレメント!」

 

「むっ!?」

 

 

上条がそう叫んだ瞬間、三つの光の球が激しい光を放って弾けた。その瞬間、攻撃を仕掛けてくると考えた紅の騎士は、反射的に番えた4本の矢を放ったが、全く狙いを絞れなかったその矢は全て床に突き刺さった。それを好機と見た上条は勢いよく扉の裏から飛び出し、次の矢を番える前に紅の騎士との距離を詰め切ろうと懸命に走った

 

 

 

「下らぬ真似を」

 

「ーーーッ!?」

 

 

しかし紅の騎士が矢を番える速さは上条の予測を大きく上回っており、上条が階段を登り切る前に一本の矢が放たれた。上条はそれを盾を振って弾き飛ばすと、弾き飛ばされた先で神聖術により火の属性を付与された矢そのものが爆発した

 

 

「お、おいおい…爆発とか…GGOじゃねぇんだぞここは…!」

 

(だけどそれ以上に、矢を番えるスピードが早すぎて近寄れねぇ!こうなったら、相手の矢が尽きるまでひたすら避けるか盾で防ぐしか…!)

 

「では、これで」

 

「は、はあっ!?」

 

 

その光景に、上条は思わず目を疑った。彼から見てまだ階段の10段先にある踊り場に立つ騎士は、背負った矢筒に残った全ての矢を束にしてまとめて番えていた。普通であればまともに打てないとは分かっていても、優に30は超えているであろうその矢の本数に圧倒された上条は一気に階段から飛び降りた

 

 

「クソッ!」

 

 

ビンッ!と空気が鳴った。その瞬間、一本の糸にはあまりにも酷な過負荷に紅の弓の弦が中央から途切れたものの、騎士が番えた30を超える矢の全てが雨のように上条に向かって降り注いだ。上条はその弓の性能と騎士の膂力に目を疑いつつも、全ての矢を盾で受けては盾の天命が保たないと判断するや否や、可能な限りまで神経を研ぎ澄まし、矢が一番散漫として飛んでいる左端へと駆け出した

 

 

「うおおおっ!!」

 

 

動体視力を極限まで冴え渡らせ、上条は必死に体を捻りながら矢から身を逃した。そして前に転がりながら避け切ったと思った瞬間、右足の指の隙間に矢が一本突き刺さった

 

 

「あ、ははっ…靴の底まで切れてやがる…流石に今のは肝が冷えたぜ。けど、自慢の弓の弦が切れちまったみてぇだな?それに矢もない。降参して道を開けてくれるとありがたいんだけどな」

 

「神の従者である整合騎士が、自ら膝をつくなどあり得ん。それと一つ、その蛮勇を評して忠告しておいてやろう」

 

「忠告…?」

 

「弦も切れ、矢もないと言ったな?それが普通の弓であれば、貴様にそれ以上の射撃が来ることはあり得まい。しかし整合騎士の武具もまた、ただの武具であることはあり得んっ!」

 

 

凄みのある声で叫ぶと、紅の騎士は弦の切れた弓を高々と掲げた。そして弧を描いた紅の弓が火を灯したように赤く煌めいたその現象に、上条はエルドリエの鞭が伸びた瞬間を彷彿とさせた

 

 

「システム・コール!エンハンス・アーマメント!」

 

「ッ!?武装完全支配術…!」

 

 

紅の騎士はあっという間に長文の式句を詠唱すると、支配術の最後の一文にたどり着いた。その瞬間、弓から燃え上がるような火焔がメラメラと燃え猛り、紅の騎士の鎧をまるごと包み込んだ

 

 

「こうして『熾焔弓』の炎を浴びるのは実に二年振りだ。成程、騎士エルドリエ・サーティワンと渡り合うだけの技量はあるようだな、咎人よ」

 

「お褒めに預かり光栄だけどよ、暑くねぇのかそれ。アンタ、整合騎士になる前は暖炉が天職だったんじゃねぇの?」

 

「何をバカげたことを…整合騎士になる前だと?我らに過去など存在しない。冗談のつもりでも到底笑えるものでもない」

 

「・・・少しでも、思うところがあるなら聞かせてくれ。本当に何も覚えてねぇのか?整合騎士になる前の自分の天職でも、住んでた場所でも、友達でも、なんでもいい。本当に何か思い当たる所はねぇのか?」

 

 

互いの距離は離れていつつも、神妙な面持ちで上条は訊ねた。紅の騎士は兜を被っているため、どれだけ真剣な視線を向けても、その騎士の表情を窺い知ることは出来ない。しかし、少なくともその整合騎士が怒りに顔を歪めているであろうことは、次に騎士から放たれた叫びから読み取ることが出来た

 

 

「・・・実に無駄な問いかけだな。我らは天界より召喚されたその時から!常に高貴なる整合騎士である!騎士になる前の記憶など断じて持ち合わせてはおらぬ!」

 

「本当に何も知らねぇんだな…分かった。いいぜ!そこまで言うってんなら、俺がテメエのその兜を叩き割って、テメエの記憶が蘇るまで殴り続けてやる!」

 

「戯言を!生かして捕らえろとの命故に貴様を消し炭にはせずにおいたが、こうして熾焔弓を解放した以上は、腕の一本、骨の一片も残らず焼け落ちると覚悟せよ!」

 

 

炎に包まれた紅の騎士が右手を本来弓の弦があった場所に据えると、熾烈な焔が矢の形となった。騎士はユラユラと燃える焔を右手と共に弓に当てがうと、その猛炎が矢そのものであるかのように引き絞った

 

 

「弦が切れようが矢が切れようが関係ありませんってことか…上等ッ!」

 

「笑止!貫けいっ!!」

 

 

紅蓮の騎士の右手から、熾焔の矢が離れた。陽炎のようにゆらゆらと揺れる火矢は、瞬く間にその姿が炎を纏った猛禽のように変化し、周囲の空気すらも燃やしつつ壮絶な火花を散らしながら上条へと襲いかかった

 

 

「ぐっ!?あああああっっ!?」

 

 

襲い来るその嘴を、上条は心意の力を宿した右手の掌、あらゆる異能を殺す右手で受け止めた。しかし紅の騎士が放った火矢の威力は、彼の想像の遥か上を行き、幻想殺しとなった右手でも受け止めることが精一杯で、打ち消し切るには至らなかった

 

 

「馬鹿め!自らその右腕を焼け落とすがいい!」

 

 

右手から漏れ出した火の粉が、上条の衣服の端々をチリチリと燃やし始めた。現実や仮想世界のスキルにおける上条当麻の幻想殺しには、無効にできる異能の力のリソースに絶対の限界がある。つまり、その処理限界を超えた異能の力は彼の身体へと到達してしまう

 

 

「・・・負けられねぇ…!この先には、俺が倒さなくちゃならねぇ敵が…俺がぶち殺さなくちゃならねぇ幻想が…ユージオが、アリスが、俺が助けたい誰かがいるんだ!」

 

「ぬ、ぬうっ…!?」

 

 

しかし、このアンダーワールドは例外である。この世界ではそもそも上条の右手に幻想殺しは宿っておらず、彼が右手を幻想殺しだとイメージし、打ち消せる異能の力だと定義したものを打ち消す。つまり上条の意志の強さが、そのまま打ち消せるリソースの限界へと変換されるのだ

 

 

「俺はこんなところで…まだたった二人目のテメエで!足踏みしてる暇はねぇんだよ!」

 

 

自分の右手は、この莫大な炎という幻想を殺すことが出来る。上条がそれを明確なまでにイメージしきった瞬間、焔の鳥は甲高い音を発しながら跡形もなく崩れ去り、上条は眼前に舞い散った火の粉を振り払いながら、右手で強く拳を握って紅の騎士へと続く階段を駆け上がった

 

 

「な、なんだとっ!?」

 

「うおおおおおおおっ!!!」

 

 

紅の騎士が立つ踊り場の三段手前の階段を、上条は左足で踏み切りながら飛び上がった。そして宙に浮かんだ体を限界まで捻りこみ、騎士の顔面めがけて右拳を振り抜いた

 

 

「ぐあああああっ!?」

 

 

ビキィッ!という音を立てて、兜の面にヒビが入った。上条の渾身の一撃にたまらず吹っ飛んだ騎士は、弓を手放しながら大理石の壁に体を叩きつけられ、上条は両足と左手を突いて着地した。そしてすぐさま紅の騎士へ翡翠色の剣を抜剣しながら駆け寄り、その首元に刃を突き付けた

 

 

「諦めろ。弦が切れようが矢が切れようが関係ないだろうが、流石に弓そのものがなきゃどうしようもねぇだろ」

 

「ぐうっ…よもや我が熾焔弓の炎が、咎人の気迫に気圧されるとは…見事也。人界の端から端まで、その果てを越えた先まで見てきたつもりでいたが…世にはまだ我の知らぬ技があったのか。さぁ、遠慮なく我が首を切り落とすがいい」

 

「・・・いや、いいよ。俺はお前の首なんていらねぇ。もう戦う気がないなら、それでいい」

 

 

そう言うと上条は紅の騎士の首に突きつけていた剣を背中の鞘へと戻し、左手の盾を背負い直した。そして続く階段を登ろうと踵を返した時、紅の騎士が上条に声をかけた

 

 

「待て、咎人よ。願いが二つある。一つは、その名を教えてほしい」

 

「・・・カミやんだ。姓はない」

 

「咎人カミやんよ。カセドラル50階『霊光の回廊』にて、次なる複数の整合騎士が貴様を待ち受けている。生け捕りではなく、天命を消し去れとの命を受けてな」

 

「え?お、おい騎士のおっさん。そんなこと教えて大丈夫なのか?」

 

「アドミニストレータ様の御命令を完遂できなかった以上、我は騎士の証たる鎧と神器を没収され、無期限の凍結刑となろう。そのような辱めを受ける前に、貴様の手で天命を絶ってほしい。我…整合騎士、『デュソルバード・シンセシス・セブン』を…これが二つ目の願いにして、騎士である私の最期の願いだ…」

 

「で、デュソルバード…!?じゃあ、アンタがアリスを連れ去った整合騎士か!?」

 

「・・・何?サーティを…我が連れ去った?そ、そのような…我はそのようなことをした覚えはない!」

 

 

そこでデュソルバードのひび割れていた面が、ピキピキと乾いた音を立てながら完全に崩壊した。今まで兜の下に隠れていた彼の驚きに満ちた表情と、言葉の震え具合から、上条は彼がアリスを連れ去った後に記憶を上書きされたのだと悟った

 

 

「そうか、やっぱりアンタは…悪い。アンタの素性について、俺はそんなに詳しくねぇ。だけどアンタは8年前、北にあるルーリッド村で整合騎士になる前の11歳だったアリスを鎖に繋いで連行したんだ。そして多分その後に…自分が連れてきた罪人が仲間の騎士として現れたら都合が合わないってんで、アドミニストレータに記憶を上書きされた…ってことだと思う」

 

「我が11歳の少女を…?そして、記憶を上書きとは…貴様、一体何を…?」

 

「アンタは、最高司祭様に召喚された神の騎士じゃないんだ。記憶を操作されただけで、元は俺たちと同じ一人の人間なんだよ。残りの整合騎士も、全員がそうだ」

 

「我らが其方と同じ、人界の民だと?信じられん…最高司祭猊下が…我にそのような術を…」

 

「信じらんねぇだろうけど、それが真実なんだ」

 

「う、嘘だ…我は…い、いや…私は…!」

 

「嘘なんかじゃねぇ!どれだけ否定しても、アンタの中にも何か残ってるモンがあるはずだ!どんな術式でも消しきれない大切な記憶ってヤツがあるハズなんだ!その記憶を、大切だった何か思い出せよ!そうでなくちゃアンタは、いつか人ですら無くなっちまうんだぞ!?」

 

 

上条が語尾に力を入れながら、頭を抱えるデュソルバードの脳から記憶を呼び起こすように懸命に呼びかける。熱の込められた声に突き動かされるように、デュソルバードはやがて絞り出すような声を漏らした

 

 

「・・・あぁ、そうだ…人界に降り立った頃から、何度も同じ夢を見ていた。私を揺り起こす小さな手と、その薬指に嵌められた銀の指輪…しかし、起きるとそこには誰も……そうだ、あの人はきっと…私の……」

 

 

デュソルバードは震える声を押し殺しながら、空虚な左手で自分の顔を覆った。その薬指に、銀の円環は輝いていない。彼は全てを思い出したわけではない。しかし、大切な記憶に手を掛けた。上条はそれを感じ取ると、静かな口調で彼に言った

 

 

「・・・もう分かっただろ。アンタがやるべきことは、俺に首を差し出すことじゃない。今思い出した大切な人の…愛する人の墓の前に膝をついて、手を合わせることだ。そして、その人を忘れちまったことを謝って、向こうの世界での再会を誓うことだ。そうしたらアンタはまたその人と同じ指輪を嵌めて、笑顔で同じ道を歩けるハズだ」

 

「おぉ、おおおぉぉぉ……!」

 

 

ついに泣き崩れたデュソルバードを見届けると、上条は今度こそ身を翻して続く階段を登り始めた。愛する人の繋がりさえも消し去り、騎士と言う名の駒へと彼を変えたアドミニストレータへの怒りを、その右拳に込めながら

 

 


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