とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第41話 異物

 

「き、キツすぎる…」

 

 

デュソルバードとの戦いを終えた上条は、セントラル・カセドラルの大理石で作られた階段をひたすら登っていた。しかし、いつまでも終わりの見えないその階段に、彼の膝は軽く震え始めていた

 

 

「つ、つーか…なんで次の整合騎士が待ってんのが50階なんだよ…さっきのデュソルバードが教えてくれたからいいけど、知らずにずっと緊張しながら登ってたら、その内我慢出来なくなってキレてたぞ俺…」

 

 

ボヤきながらもひたすら階段を登り続けていたが、今自分が何階付近にいるのかも分からない上条は、ついに体を反転させて階段に座り込んだ

 

 

「ぶわぁ〜っ!ダメだ、一旦休もう…」

 

 

上条はそう言ってため息を吐いて天井を見上げると、まだ10階はあろう螺旋階段が目に映った。これをいずれ100階まで繰り返すのだと考えると、自然と再びため息が漏れた

 

 

「・・・要するに、あの天井が50階ってことか…でもその階にあるなんちゃらの回廊じゃ、複数の整合騎士が待ってるって言ってたよな…そうなると少し不利だな。大人数入り乱れての戦いは、俺が一番苦手な分野だ。まぁ、それでも何とかするしかねぇけど…」

 

 

ベルトに巻きつけた弁当袋から肉餡の詰まった饅頭を一つ取り出すと、それを口に運びながら上条は来たる次の戦いの戦略を立て始めた。しかし妙案が浮かばないまま、肉まんの最後の一口を飲み込んだ瞬間……

 

 

「うん、結構美味かっ………んぐっ!?」

 

吐き気にも似た嫌悪感が、上条の脳を一瞬で支配した。まるで何かに脳みそを直接シェイクされたような、脳の血流を無理やり止められたような得体の知れない違和感に、上条は思わず噎せ返った

 

 

「うえっ…げほっ!な、なんだ…今の?」

 

 

上条は未だ謎の感覚に包まれている頭を抱えながら再び天を仰いだ。しかしそこには依然として高みへ続く階段があるだけで、周囲を見渡しても何も変化は起きておらず、自分に起きた異常の答えは閃かなかった

 

 

「・・・この世界の管理者が、休んでる暇なんかねぇとでも言ってんのか…?少し癪に触るけど…まぁ確かにその通りだ。早くユージオを助けに行かねぇと…!」

 

 

そう思い立った上条は座り込んでいた階段から腰を上げ、今見える天井まで続く残りの階段を駆け上がっていった。そしてそれを半階残した先に、分かりやすいまでに端麗な装飾が施された二枚扉が鎮座していた

 

 

「アレが…なんとかの回廊か。とりあえず来てみたはいいけど、さてどう戦う……か?」

 

「わ、わあっ!こっち見た!?」

 

「こ、声出したらまずいよフィゼル…」

 

 

上条は扉と階段の間に広がる踊り場に、コソコソと隠れながらこちらの様子を伺っている2つ人影があるのを見つけた。階段の柱の影からこちらを盗み見る視線は、紛れもなく子供のものだった

 

 

「あ〜…そこのお二人さん?どちら様で?というかそれ、隠れてるつもりなので?」

 

 

上条が少し声のトーンを上げながら話しかけると、二つの人影はおずおずと身を乗り出し、ゆっくりと立ち上がって上条を見下ろしながら自己紹介を始めた

 

 

「あの…あたし、じゃない。私は公理教会修道女見習いのフィゼルです。で、こっちが同じく修道女見習いの…」

 

「り、リネルです…」

 

 

フィゼルと名乗った左側の女の子は、修道服に身を包み、勝ち気な雰囲気の短髪の少女だった。そしてリネルという右に立つ少女も同じ修道服を着た、茶髪をお下げでまとめた控えめな印象を感じさせる女の子だった。しかし二人の腰には、そんな修道服には不釣り合いな茶色い木剣が据えられていた

 

 

「えっと、ダークテリトリーからの侵入者っていうのは貴方ですか?」

 

「んぁ?侵入者…なのは否定出来ませんが、別に俺の出身はダークテリトリーじゃないぞ?」

 

 

上条が首を傾げながらそう言うと、二人の少女は身を寄せ合いながらヒソヒソ話を始めた。しかしそう距離も離れていないので、二人の内緒の会話は上条に筒抜けだった

 

 

「なによ。見た目は全然普通の人間じゃないのよネル。ツノも尻尾もないわよ。頭はトゲトゲだけど」

 

「うう…私は本にそう書いてあるって言っただけですよ。早とちりしたのはゼルの方です。確かに頭はツンツンですけど…」

 

「ツンツン頭がそんなに珍しいですかそうですか…おい、お前ら俺と話すんと怒られるんじゃねーの?特に後ろの扉にいるであろう整合騎士さんによ」

 

「ううん。今日は朝から全修道士・修道女と見習いは、私室の扉に鍵をかけて外には出ないようにって命令が出てるのよ。だから侵入者を見物に来ても、誰にもバレないってわけ」

 

「・・・へぇ」

 

「人間よ?」

 

「人間ですね」

 

「少なくともウニではねーよ。間違いない」

 

 

少女らしい仕草で確認を取り合う二人にツッコミを入れると、二人は階段を半分ほど降りたところで立ち止まって、フィゼルが再度上条に向かって話しかけた

 

 

「この神聖なカセドラルに侵入して、整合騎士を二人も倒したって言うから、てっきり闇の怪物か、本物の暗黒騎士が攻めて来たのかと思って待ってたんですけどね」

 

「そりゃどうも悪うござんした。想像に叶わない、こんな冴えない人間で」

 

「いえいえ。そんなことありません。平和であることに越したことはありませんから。最後に、お名前を教えてもらってもいいですか?」

 

「・・・じゃあ名乗る前に、とりあえず俺たちの立場をハッキリさせとこうぜ」

 

「「・・・え?」」

 

 

リネルが上条に訊ねると、上条はそう言っておもむろに背中に手を回し、呆けた声を出す二人を余所に翡翠色の塗装が施された鉄の盾を左手に装備した

 

 

「抜けよ、お前らの木剣…いや、短剣を。名乗るのはそれからでも遅くねぇだろ」

 

「ッ!?な、何のことでしょう…」

 

 

上条が身構えながらそう言うと、一瞬言葉を詰まらせながらもリネルが首を傾げた。しかし上条はそれに流されることなく、二人を指差しながら言った

 

 

「とぼけんなよ。お前さっき自分で言ったぞ?全修道女と見習いは部屋から出るなって言われてるって。ここに住んでる人間が、そんな簡単に命令を破るハズがねぇ。それに従ってないお前らは、少なくとも修道女でも見習いでもないってことだ」

 

「・・・へぇ…バカっぽい見た目の割に結構聡いんですね。お見事、正解ですよ。あなたの言う通り、これは木剣ではなく鞘で、中に収まってるのは緑色のナイフです。そして私は『リネル・シンセシス・トゥエニエイト』です」

 

「で、私が『フィゼル・シンセシス・トゥエニナイン』」

 

 

二人の可愛らしい修道女は、自ら名乗ると腰の鞘から濁った緑色のナイフを逆手に持ち、瞳を怪しく光らせて口角を吊り上げると不気味に微笑んだ

 

 

「ナンバリング…ってことはお前らも整合騎士か。随分と可愛い騎士がいたもんだな」

 

「実は私達は、このカセドラルで生まれたんです。アドミニストレータ様が塔内の修道士と修道女に命じて作らせたんですよ。完全に失われた天命を回復させる蘇生神聖術の開発の実験に使うために。私たちは5歳でその天職を預かりました。仕事は互いに殺しあうことです。玩具みたいな剣を与えられて、互いに殺しあうんですよ」

 

「・・・そいつぁ穏やかな天職じゃないな」

 

「アドミニストレータ様の蘇生術も最初の頃は全然上手くいなかったのよね〜。爆発して粉々になっちゃう子とか、変な肉の塊になっちゃう子とか、生き返っても違う人間になっちゃう子とかいてさ〜」

 

「私達も無駄に痛かったり、生き返れないのは嫌でしたから、二人でいろいろ研究したんです。それで、なるべく一撃で綺麗に殺した方が痛みも少ないし、蘇生成功率も高いって気付いたんです。ただ…その一撃でっていうのが難問だったんですけど」

 

「限りなく早く滑らかにするっと心臓を刺すか、それとも首を落とすかの二択ね。でも結局完全な蘇生は難しかったみたいでね。私達が8歳になった頃に蘇生術の実験は中止になっちゃって、その頃には30人いた仲間達もあたしとネルだけになっちゃったの」

 

「で、生き残った私たちをアドミニストレータ様が特例で整合騎士にしてくれたんです」

 

 

その記憶が本当か嘘か上条には判断しようがなかったが、この少女たちの醸し出す殺気は紛れもない本物だった。そしてその殺気を保ったまま二人はゲンナリした表情で話し始めた

 

 

「でも他の騎士みたいに防衛任務に就くには勉強が足りないから…って理由で、もう2年も法律とか神聖術とか教わってるんですけど、正直なところ私たちはウンザリなんです」

 

「それで、どうすれば早いこと飛竜と神器が貰えるかな〜ってあれこれ二人で相談してたら、カセドラルにダークテリトリーの手先が侵入したって警報が流れてさ。他の騎士より早く捕まえて処刑すれば、アドミニストレータ様もあたし達を正式な騎士にしてくれるかもって思ってここで待ってた…ってわけ」

 

 

そこで言葉を区切ると、二人は階段を下りながらジリジリと上条との距離を詰め始めた。そして上条もまたその距離を保つために後ろに下がったが、やがて後ろの壁に踵をぶつけて止まった

 

 

「・・・そうかよ。だけど生憎だったな。こっちも後がないもんで、そう簡単に殺される訳にはいかねぇぞ」

 

「ふふっ、大丈夫よ。このナイフには麻痺毒が塗ってあるだけだから、あなたのお望み通り、簡単には死ねないから」

 

「あ、でも安心して下さい。私たち、人を殺すの凄く上手いですかr………ッ!?」

 

「なっ…!?」

 

 

ズパァンッ!という音の後に、リゼルとフィネルの首が、喉から断末魔が飛び出す暇も与えず鮮血を吹き出して弾け飛んだ。上条はその一瞬の出来事に驚愕したが、すぐさま盾に身を隠した。すると何か薄い塊が盾にぶつかり、強い衝撃が伝わってきた。それから数秒過ぎた後、上条はゆっくりと盾から顔を出した

 

 

「なんだ、これ…粉?こんなのが、リゼルとフィネルを…一瞬で…!?」

 

 

上条の周囲には白い粉のようなものが舞っており、さながら霧の中にいるようだった。しかしその霧の中でも、首を綺麗に刎ねられた二人の少女が、失われた首元から血を吹き出して横たわっているのが見えた

 

 

「おやおや、防がれましたか。どうにもこの違和感には慣れませんねー。仕事は手早く済ませたかったのですが、やはりそう上手くはいかないものですねー」

 

 

霧の奥から、何者かの声が聞こえた。ボンヤリと見える何者かは、細くスラリと伸びたそこらの大人より一回り高い背丈に、奇妙なほど襟が広がった緑一色の修道服を身に纏っていた。そしてゆっくりと近づいてきていた人影が、階段の上の踊り場で立ち止まるのが見えた。上条は白霧の中で懸命に目を凝らしながら、得体の知れない人影に向けて言った

 

 

「・・・誰だ、お前?どう見ても整合騎士には見えねぇぞ」

 

 

上条を見下ろす男は、何とも形容しがたい異様な格好をしていた。段々と白い粉の霧が晴れていく中から見えたのは、無駄に広い襟につけられた5枚の長い羽毛と、修道服に倣った緑一色の頭髪、そして青紫に塗られた唇と瞼だった。男はくつくつと不気味に笑うと、聞いている者の神経を逆撫でするような口調で言った

 

 

「えぇ、もちろん違いますよ?そぉんな当たり前のことを聞かないで下さいよぉ『幻想殺し』いえ…『上条当麻』さん」

 

「ッ!?」

 

 

その男が呼んだ名前に、上条は肩を震わせた。約二年越しに呼ばれた現実の名前。この仮想世界に来てからは一度も名乗ったことがないその名を、目の前の男は知っている。何故かという疑問が湧くよりも先に、上条の思考は恐怖で埋め尽くされていた

 

 

「まぁこんなところで話すのも気乗りしませんから、アナタもこちらに来たらどうです?割と内装凝ってるんですよ、この部屋。冥光の回廊…とか言いましたかねー。冥土の土産にアナタも是非ご覧になって下さい」

 

「お、おい待てっ!」

 

 

そう言って緑の教徒は上条が掛ける声を気にもせず、未だ白煙がうっすらと立ち込める扉の向こうへと消えていった。上条は仕方なく警戒心を強めながら扉の中へ入っていくと、そこには予想だにしない光景が広がっていた

 

 

「な、に………!?」

 

「見事なもんでしょう?私の見立てだと、天井と壁のステンドグラスなんて結構お金かかってるんじゃないかと思うんですよねー」

 

 

男の口にしている景観など、上条にとってはどうでもよかった。彼の目に最初に飛び込んできたのは、大理石の床に無造作に転がる5つの血に塗れた死体だった。純白の鎧を纏った四人の騎士はそれぞれ兜を被ったまま、リネルとフィゼルのように首を刎ねられていた。そしてその中で唯一、濃い紫の鎧を纏った騎士は、鎧の継ぎ目から上半身と下半身が真っ二つに割かれていた

 

 

「これ…全部お前がやったのか?」

 

「はい?あぁ、コレですか。えぇと…確かそこいらの白のお揃い四人組は『四旋剣』とか言いましたかねー。それと一人だけ紫の鎧のが『ファナティオ・シンセシス・ツー』…だとかやたらと長い名前でしたね。しかしこれが中々どうして騎士とは思えないほどに、なんとも見目麗しい女性でしたねー。んっふっふ」

 

 

緑の男の下卑た笑いを耳にしながら、上条は無残に横たわる紫の鎧を纏った騎士の上半身に目を向けると、既に亡きその人物が言われた通りの女性であることに気づいた。本来は彼女の傍らに転がっている兜の下に隠れていた、今では虚ろになった顔には、薄っすらと化粧がされ、艶やかな長髪は麗しき女性であることを疑う余地を与えなかった

 

 

「う、嘘だろ…あの整合騎士を一度に、こんなに…?」

 

「感覚に慣れていない上に、なにやら光線のようなモノが飛び出す奇妙な剣を振り回してきたせいで多少は苦戦しましたが、まぁ私の敵ではありませんでしたよ。もっとも私の『術式』の調整には大いに役立っていただいたので、そこには感謝していますがねー」

 

「お、お前…!一体誰なんだ!?」

 

「これはこれは!私としたことが申し遅れました。まぁ四年も前のことですからアナタは覚えていないかもしれませんが、とりあえず名乗っておきましょうかねー」

 

 

飄々とした態度で語り続ける男に、上条は拳を握りしめたまま叫んだ。すると男は、その奇抜な風貌には不釣り合いなほどに丁寧な作法で礼をしながら答えた

 

 

「ローマ正教『神の右席』の四人が一人、『左方のテッラ』です」

 

 


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