「神の…右席……?」
テッラが名乗った組織のような名前を、上条は無意識のうちに繰り返していた。四年前の10月、悪魔のデスゲームが始まったほんの数日前に、同じ組織の名を語った『前方のヴェント』という魔術師が学園都市に攻め入った『0930事件』。そこまで記憶の糸を辿ると、後は必然と答えが出てきた
「じゃあお前は…あっちの世界から来た、魔術師…?」
「おやおや!覚えていて下さったとは光栄ですねー。ですが、そんな『あっちの世界』なんて曖昧な言い方をせずに、ハッキリと『現実世界』とでも言ったらどうです?」
その言葉に、上条は全身が総毛立っていくのを感じた。この世界に来て初めて、自分の前に同じ現実の人間が立っているこの状況。そんな展開を待ち望んでいたはずなのに、自分が望んでいない展開のように感じる心に、言いようのない淀みを産み落としていた
「・・・魔術師が俺の前に現れるってことは、どう考えても味方…ってことはねぇよな?目的はなんだ?俺の右手か?」
「はぁ…?何を言っているんですかねー。この世界におけるあなたの右手は、なんの変哲もない『ただの右手』であることはあなた自身が一番分かっているでしょうに。私が欲しているのはあくまでも『幻想殺し』。私がこの世界に来た目的はあなたの『ココ』に他なりません」
ココという言葉に合わせて、テッラは自分の額を何度か指先で小突いた。それが何を意味しているのか、上条は理解するのに1秒とかからなかった
「俺の、フラクトライトが目的…?」
「まぁそういうことです。あなた自身も知っているでしょうが、当然こちらでも大方の調べは付いています。今代の幻想殺しは、あなたの魂の輝きに魅かれてあなたの右手に宿りました。であれば話は簡単です。この場であなたのフラクトライト…引いては魂をアンダーワールドの回線を辿って回収すれば、幻想殺しは遅かれ早かれ私たちの手元に渡るという寸法です」
「・・・ならテメエは、俺をこの世界に送った人間とも敵対してるって理解していいのか?それともお前らの組織が俺をこの世界に送り込んで、頃合いを見て仕掛けてきたってことなのか?」
「・・・はぁん?」
上条の質問に、テッラは湧き出た疑問符を上条にそのまま投げつけた。そして心底呆れたようにため息をついて頭を抱えると、上条を疎ましそうな目で見つめて話し始めた
「それをあなたが言うんですか?よもやとは思っていましたが、ここまで何も知らないとは…というかむしろ、あなたも利用されたクチなんですかねー?」
「・・・は?ど、どういうことだ!?俺の魂が狙いってのは、そういうことじゃねぇのかよ!?俺がSTLの理論を学究会で発表したから、お前らが魂への干渉に目をつけてSTLを開発して、俺の記憶をブロックしてこの世界に…!」
「おんやぁ〜?それはちゃんちゃらおかしな話ですねー。いつから学園都市の人間は、世界の中心は自分達だと認識していたのでしょうか?」
「な、なに…?」
「世界の中心に立つのはいつの時代どこの世界でも、最も強い人間だと相場は決まっているでしょう。まぁつまるところ今この場において世界の中心は、神の右席たる我々がいるローマ正教徒なんですけどねー!」
テッラは両手を大きく広げて天を仰ぎ見ると、そのまま痩せこけた薄い胸を上下させながら漏れ出すような不気味な笑いを見せた。そして上条の方へと視線を戻すと、気味の悪い顔のまま話を続けた
「真のボトムアップ型人工知能がなんだとかいう学園都市側の目的なんて、私たちにとっては毛ほどの興味もないわけです。むしろあなたはそちらの目的に対して、進んで責任を取るべきだと私は思いますがねー。第三次世界大戦の発端に関わっていたわけなんですから」
「ボトムアップ型人工知能…?第三次世界大戦…?お前一体何の話を……」
「もう過ぎた話ですが、当時は面食らいましたよぉ〜?戦いの始まりだと思い意気込んでみれば、世界中の人々がただの娯楽だと飛び込んだ仮想世界に囚われてしまうんですからねー」
「ですが、それだけならまだよかったんですよ。ところが、神の右席たる我々の真の目的だった幻想殺しまで仮想世界に囚われてしまっては、我々が戦争に参加する意味がない。ローマ教皇が使用した『C文書』の効力も相まって民間人の熱りも急激に冷め、結果的に開戦は見送り。全く、アレイスターの躱し方は狡猾でしたよ。その気になれば学園都市も戦争に参加する理由はいくらでもあったというのに」
「しかし、仮想世界という概念は我々にとっても好ましいお釣りでした。『全ての人間を平等に救う』という我々の目的を、ここまで完璧に実現できる手段があったことに驚きましたよぉ!」
「す、全ての人間を平等に救う…?」
上条の思考回路は、もうとっくにテッラの話を理解できずに固まってしまっていた。自分の知らない話が多すぎる。自分は少なくともテッラの話に出てくるほとんどの出来事に関わっているのに、その意味が分からない。テッラは全ての話を順序立てて説明しているのに、上条はどうしてこの場に自分がいるのかを全く理解できていなかった
「だからローマ正教は、仮想世界に対する研究に陰ながら邁進してきました。そして四年越しに及ぶその努力が、実を結ぶ時が来たのです!その鍵をこうしてあなたが開け!こうしてアンダーワールドに入ってくださったのは我々からすれば本当に好都合!学園都市に攻め込むなんて面倒な真似をしなくても、こうして目当てである『幻想殺し』を大して表沙汰にせずとも手にできるのですから!」
「いやぁ、我々としては敵対する科学の技術だからと最初は毛嫌いしていたのですが、こうなってしまっては考えを改めざるを得ません。全く、仮想世界さまさまですねー!アッハッハッハ!」
そう言って話を締めくくると、テッラは声を上げて心底楽しそうに笑った。現実、仮想を含めた世界の全てを見下すように笑い続けた。しかしその時、なんの理由があってか上条もそれに釣られるように狂ったように笑い始めた
「あはっ…あはははははっ…ふふふふふふふふふふっ…あはははははははははははは!!はははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
「・・・はぁ?自分の魂が狙われているというのに、なにを笑ってるんですか。とうとう頭がおかしくなったんですかねー?」
「・・・ねぇな」
「はい?」
「知らねぇな」
上条の口から出た言葉は、決して大声ではないにも関わらず、とても芯のある重く響く声だった。真っ直ぐに見つめてくる視線に、テッラは気づけば半歩後ずさっていた
「知らねぇよ。俺は正直なところ、本当に何も知らねぇ。カーディナルとテメエが色々話してはくれたが、全然腑に落ちてねぇ。俺がなんでこの世界にいるのかは分からねぇままだし、裏で誰がどんな糸を引いてるのか想像もつかねぇ」
「だけど、今になってやっと分かった。簡単なことだったんだ。俺は怯えてただけなんだ。誰かの手のひらの上で踊らされてるこの状況から、逃げてたんだ。この世界で過ごす楽しい日々を理由に、俺の身を取り巻く現実から目を背けてたんだ」
「だけど、もう逃げねぇ。俺はやっと理由を見つけた。人工知能?第三次世界大戦?俺の魂?右手?全人類を平等に救う?知るかっ!知らねえよそんな事情!そんな下らねぇモンのために俺たちが過ごしたこの世界を私物化して、勝手に土足で踏みならしてんじゃねぇぞ!!」
「責任を取れだって?あぁ、取ってやるよ。少なくとも俺にも、この世界を作り出した責任の一端があるんだろ。だったら、それが俺の理由だ。俺は他の何でもない…『この世界のために』戦ってやる!この世界は紛れもなく、俺にとってのもう一つの現実だ!仮想なんて言葉じゃ決して片付けらねぇ…掛け替えのない、守らなきゃいけない世界だ!」
「俺は必ずユージオを救う。アドミニストレータを倒す。それを邪魔する奴を、全員まとめて薙ぎ払ってやる。俺を利用したきゃ、その後で勝手に利用すればいいさ。いくらでもテメエらの手の上で踊ってやる。だけどな!この世界をテメエらの都合で利用することだけは!例え何があっても俺は許さねぇぞ!」
「テメエはこの世界を手段だと言った。ユージオを助けに行く俺の前にこうして立ち塞がった。もう十分だ。この世界のために戦う俺が、テメエをぶん殴らきゃならねぇ理由ができた!テメエらのやりたい事なんざ知らねぇ…知りたくもねぇ!」
「いいぜ、かかって来いよ。左方のテッラ。この世界がテメエらの思い通りに動いてると思ってんなら!そのふざけた幻想を!!!俺が今すぐここでぶち殺す!!!」
それが、この世界を生きた上条当麻の理由だった。自分以外の誰かの不幸が許せない、彼だからこそ拳を握れる理由になった。目の前に立つ敵に向けた視線には、静かに燃える青い炎のような熱い意志が宿っていた