とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第43話 光の処刑

 

「・・・左様ですか。ですがこちらとしても、あなたの事情なんざ知ったことじゃありません。どうせ首を刎ねれば、そんな生意気な口を利かれることもなく、あなたの魂を頂戴できるんですからねー!」

 

「ッ!!」

 

 

それが合図だった。本来両者が交わるはずのないこの場所、霊光の回廊にて戦いの火蓋は切って落とされた。テッラは白い粉のようなもので生成した鋭いギロチンの鎖を手に取り、上条は右拳を握り締めてテッラに向かって走り出した

 

 

「優先する!柱を下位に!小麦粉を上位に!」

 

 

テッラが誰に向けるわけでもなく宣言すると、室内を支える4本の支柱の内、一番自分に近い柱へと白い粉塵が舞うギロチンを走らせた。するとその瞬間、ズズンッ!という重く低い音が響き、上条に向かって白柱が切り倒された

 

 

「なっ!?」

 

 

粉の刃が大質量の柱を切るという光景に上条は目を疑いながらも、懸命に脚へ力を込めてブレーキをかけた。そして間髪入れずに、そこから可能な限り後ろに飛び退いた。その間にもゆっくりと倒れていた純白の柱は、部屋中の大気を押し流しながらその巨躯をズゥンッ!という轟音と共に横たわらせた

 

 

(この粉…ひょっとして、小麦粉…?)

 

 

土煙に混じって飛んで来たテッラの撒く白い粉に、上条は時たまに自炊する心得から覚えがあった。匂いや肌に触れる感触から、それが小麦粉であったことを悟ったが、余計にそれが自分の身長の三倍以上はある柱を切り裂いたことが信じられなかった

 

 

「優先する!石材を下位に!刃の動きを上位に!」

 

「ッ!?」

 

 

次にテッラがそう宣言すると横たわった柱に小麦粉の刃が突き立てられ、そのまま乱雑にギロチンを繋ぐ鎖を振り回し、無数の大小様々なサイズの岩石を上条めがけて切り飛ばした

 

 

「あぐっ!?」

 

 

上条は頭部と上半身を盾で覆ったが、不規則に飛んでくる石の何個かが脚にぶつかるのは防げなかった。しかしそれに負けじと身体を左側に捻ると、砕けた柱の奥に立つテッラに向けて盾を投げつけた

 

 

「ラアッ!!」

 

「優先する!盾を下位に!人体を上位に!」

 

 

見事なまでの直線的な軌道を描いた盾は、ガアンッ!という音を立ててテッラの額に直撃し、そのまま上条の手元にとんぼ返りした。しかしテッラは、エルドリエを昏倒させたその一撃を食らっても、何事もなかったかのように平然と佇んでいた

 

 

「・・・なるほど…『優先する』。それがアンタの魔術だな?それで小麦粉の刃の威力を増幅させたから、石の柱を切れたり、自らの体を硬くしたから、俺の盾をぶつけられたりしても平気だったってわけか」

 

「流石に分かりますか。四年前とはいえ『前方』を下しただけのことはありますねー。ミサでは葡萄酒は『神の血』、パンは『神の肉』として扱われます。そしてミサのモデルとなったイベントは、言うまでもなく『十字架を使った『神の子』の処刑』ですよねー」

 

 

誰しも一度はその名を耳にするであろう宗教、キリスト。誰しも一度はその名を耳にするであろう神の子、イエス。それは科学に根ざす学園都市に住む上条も例外ではなかった

 

 

「神の子は十字架に架けられた…冷静に考えれば『ただの人間に神の子を殺せた』という話は普通ではありません。しかし、神話は時として『優先順位』を変更します。例えば神の子が世界人類の『原罪』を背負うために本来の優先順位を無視して、あっさりとただの人間に殺されてしまったように」

 

 

故にそれは誰もが知っている話だった。神の子は十字架に磔にされて処刑された。その話を、テッラは実にこと細かに語る。しかしそれを語る口は、まるで自分の自慢話でもするかのように楽しげに笑っていた

 

 

「『神の子』の神話を完成させるための秘儀…それ即ち『優先順位の変更』。それこそが私が扱う唯一の術式『光の処刑』です。小麦粉を媒体とした刃物への任意変形はその副産物のようなものです。お分りいただけましたでしょうかねー?」

 

「光の、処刑…」

 

「つまり、この私の前では強さ弱さなど関係ありません。そもそも、その順番を自ら制御できるのですからねー」

 

「随分と丁寧に教えてくれるんだな。俺の右手に幻想殺しがねぇからか?」

 

「別にそうでもありませんがねー。だってタネを明かしたところで、そこから先はありますか?なんだったら1分くらい時間を差し上げてもいいんですよ?」

 

「そこまで分かってんだったら、さっさと定義すればいいじゃねぇか。上条当麻を下位に。左方のテッラを上位に。ってな」

 

「ふはっ!何をのたまうかと思えば…そんな分りきっていることを!今さら定義し直す必要はないですねぇー!」

 

 

テッラが両手を広げるのと同時に、ブワッ!という空気が押し出される音共に小麦粉が舞い上がり、彼が纏う緑色の修道服の半分以上が白く染め上げられた。しかし上条はそれに怯むことなく、舞い上がった白霧の中へと突っ込んでいった

 

 

「うおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

「優先する!大気を下位に!小麦粉を上位に!」

 

 

ドアッ!!という轟音を響かせながら、小麦粉のギロチンが一気に膨らんだ。テッラの振るうギロチンは巨大な団扇となり、膨大な空気を巻き込んで上条へと襲いかかった

 

 

「なっ!?」

 

 

これは後ろに避けても意味がない。そう悟った上条は、駆ける足をそのままに真横に転がり飛んだ。途端、硬さや鋭さを持たないはずの空気が、上条の真上を通り過ぎて床や壁のステンドグラスを破壊した

 

 

「ぜりゃあああっ!!」

 

 

上条は大気を押し出す小麦粉の刃を何とか躱し、転がりながらも背中の鞘から翡翠色の剣を抜刀していた。そして素早く立ち上がって剣の柄を逆手に掴むと、その切っ先をテッラに向け、翡翠色の剣を槍投げのように放った

 

 

「優先する!剣の軌道を下位に!空気を上位に!」

 

「ーーーシッ!」

 

「ッ!?チィッ!!」

 

 

テッラが歌うように宣言すると、翡翠色の剣は為す術なく床に沈んだ。しかし上条はそれに構わず背後から『何か』を取り出し、テッラに投げつけた。テッラはそれに目を細めると小麦粉のギロチンを唸らせ、上条の投げつけた『何か』を切り裂いた

 

 

「・・・どうしてだろうな?」

 

「何がです?」

 

 

上条は床に転がった蒸し饅頭を指差した。真っ二つに引き裂かれて中の肉餡を曝け出したソレは、上条が翡翠色の剣に続いてテッラに投げつけた『何か』の正体だった

 

 

「俺の盾や剣は『優先』することで防いだのに、なんでただの饅頭にわざわざ小麦粉の刃を向かわせたんだ?別に当たったって痛くねぇだろそんなもん。汚れるのが嫌なら周りの空気を優先して防げばいい。なのにそうしなかったのは、俺が何を投げたか分からなかったからか?」

 

「ッ!?」

 

 

それから指先をテッラに向けて上条が言うと、テッラは彼の言葉に口元を歪ませた。それを見た上条はほくそ笑むと、左手の盾を見ながら続けた

 

 

「考えてみりゃおかしかったんだ。俺は最初、フィゼルとリネルの首を刎ねたお前の刃を盾で防いだ。だけど人間の首を一瞬で刎ねられるような強烈な刃を受け止めたのに、俺の盾にはちょっとの衝撃が来ただけだった。それに殺された整合騎士はみんな、鎧の継ぎ目や首元みたいな、防具で守れない所から切り裂かれてる」

 

「き、貴様ッ……!?」

 

「となると考えるのは簡単だ。テメエの優先は融通が利かないんだ。対象は明確に設定しなくちゃいけなくて、一度に複数を対象に出来ない上に、切り替えるには一々再設定する必要がある。そういう風に術式が出来てんだろ。だから鎧を切り裂いても人体に達する時はただの小麦粉になっちまうから、真っ先に人体だけを狙ったんだ」

 

「ーーーフンッ。それが分かったところで今さらどうだと言うんです?どうせあなたの末路は、例えに出したそこら辺に転がってるヤツらと同じですよぉ!」

 

 

テッラは言った。目的は全ての人間を平等に救うことだと。では、殺された騎士たちは人間だとすら思われていないのか。確かに彼らに生身の肉体はない。そうだと分かってはいても、上条は彼の言動に納得がいかなかった

 

 

「なら、テメエの言う救いってなんだ!それを達成するためなら、こんな風に見境なく誰も彼も殺してもいいってのかよ!?」

 

「ええ、私にとって全ての行いは十字教徒全ての最終目的『神聖の国』のためです。最後の審判の後に神がその手で導いて下さる、永遠の救いの場所です。私はそこを目指し、また同じように目指す方々のお手伝いをさせていただいてたんですがねぇ…ふと思ったわけです」

 

「・・・なに?」

 

「神は敬虔な十字教徒のみを神聖の国に導くとされています。だがローマ正教の中だけでも無数の派閥に分かれている現状では、神聖の国にこの派閥問題を持ち込むことになってしまわないか?神がどれだけ完璧な王国を築いたとて内部の人間が醜く争っては意味がない。それでは『永遠の救い』とは言えません」

 

「救いが欲しいのですよ!だから私は知りたいのです!人類は神聖の国に値するのか!そして救いを与えたい!値しないなら、最後の審判の日までに皆をどう導き直せば良いのかをねぇ!だからこその『神の右席』なのです!!」

 

 

自分の望みを、テッラは声高に謳った。救いを謳う彼の前に立つ上条は、奥歯を噛み締めていた。そして、自分が守るべきものの存在を、自分にとっての正義を叫んだ

 

 

「ならその救いたい人類に、コイツらは含まれねぇのかよ!?コイツらは住んでる世界が違うだけで、俺ら人間と何も変わんねぇんだぞ!テメエにとっての全ての人間ってヤツは、本物の魂と肉体を持ったヤツらだけなのかよ!?」

 

「当然でしょう!いいえ、それだけではありません!我ら崇高なローマ正教徒でない異教徒の人間など、人間だと判断する価値すらありませんねぇ!」

 

「救いの定義を、人間の定義を!テメエ1人で勝手に決め付けんじゃねぇ!テッラァ!!」

 

 

なおも部屋に横たわる柱を飛び越え、上条は走った。そしてもう一度、走る脚を止めず左手の盾をテッラの体目がけて力の限りに投擲した

 

 

「優先する!盾を下位に!人肌を上位に!」

 

 

ガアンッ!という音を立てて、テッラに命中した盾はくるくると宙を舞いながら明後日の方向へと飛んだ。しかし、その時にはもう既に上条はテッラまであと一歩のところまで迫り、右手で硬く拳を握っていた

 

 

「ゆゅ、優先……!」

 

「遅っせぇんだよぉ!!!」

 

「ぐぅおおおおおおおおーーーっ!?」

 

 

鈍い音が炸裂し、上条の右拳がテッラの顔面に突き刺さった。その一撃に、テッラの体が後ずさって傾いていく。しかし完全に倒れるほんの手前で、テッラは意地で体勢を立て直した

 

 

「ごがァ…!?このっ、異教のクソ猿がぁ!!」

 

「ーーーッ!?」

 

「優先する!人体を下位に!小麦粉を上位に!」

 

「やっぱ切り札ってのは、とっておくモンだよなぁぁぁ!!!」

 

 

上条に襲いかかったギロチンの刃は、彼が横薙ぎに振るった右手の力で粉塵となって崩れ去った。自分はそれを、現実で何度も繰り返していた。魔術という異能を代表する幻想は、上条に久しぶりの手応えを残して消えた

 

 

「な、何ぃっ!?この世界における貴様の右手は、正真正銘ただの右手のハズ!一体何をどうやって……!?」

 

「答えると思うか」

 

 

今度こそ、テッラの体は床に投げ出された。上条が頬肉を抉るように繰り出した右拳の威力は、テッラの細身な体をぶっ飛ばすには十分だった。上条は彼がもう起き上がって来ないのを確認すると、床に落とされた剣と盾を拾いに行った

 

 

「くっくっくっ…よもやこの世界でまで、その右手に幻想殺しを宿すとは…アレイスターが見込むのも納得ですねー…」

 

「・・・あ?」

 

 

仰向けに倒れたテッラは、ドーム型の天井に張り巡らされたステンドグラスを見ながら笑って呟いた。拾った剣を鞘に納め盾を背負い直した上条がその疑問に反応すると、テッラは首から上だけを上条に向けて言った

 

 

「良いことを教えてあげましょう。SAOでアレイスターが言っていたことを、あまり鵜呑みにしすぎないことですね。あなたの本質は、極東の国の神様だとか、竜だとか、そんな体のいいモンじゃありません」

 

「な、何を、言って……?」

 

「結果としては命を落としたようですが、本音ではアレイスターは、あなたの中に眠る本質に、あなた自身の手で気づいて欲しかったんですよ。仮想世界なんてものをその舞台に押し上げたのは、あなたの力を『スキル』という目に見える形にした方が、あなたの中に眠る『能力』としてはいくらか理解しやすいだろうと思っていたからですよ」

 

「人から教えられても意味なんてない。あの日、一度失われたあなたの魂はちゃんと覚えているのですよ。その『右手』の運用方法を。自分の体の内に眠る、本質たる『何か』の役割を。それを引き出すために、彼は賭けたんです。仮想世界が行き着く果てで、いずれ実現するであろう魂への干渉の為に、伏線だけを散りばめた」

 

「その上で、ヤツはあなたに嘘をついた。いずれあなたが、自分の本質を自力で理解しようとせざるを得ないように…失った記憶に、もう一度手を掛けようとするように…ね。そして、あなた自身も自覚の上でしょうが、それは形になり始めている。ですが私たちにとっては、それでは意味がない。私たち自身の手でやらなければ、意味がない」

 

「『異教の神』に享受される救いでは、意味なんてないんですよ。神が享受する救いで満足するのは、結局はその神だけなんです。だから私たちが救うんです。神にして人間の身である我々が救いを定義するから、その救いに意義が生まれる。だからこそ、我々にはあなたの右手が必要なんですよ…『神浄の討魔』」

 

「お前、まさか知ってるのか?あの夜に右手から出てきた…『アレ』の正体をッ…!?」

 

「教えてあげましょう。あなたの魂の本質、その右手の奥にある、本当の力とはーーー」

 

 

テッラがその先を口にしかけた刹那、バゴォン!という凄まじい音が響いた。天井から降り注いできたそれは強烈な風塵を巻き起こし、上条は思わず目を塞いだ。やがて砂塵が引いて目を開けた先には、筋肉質な大男が立っており、その足元にテッラの首が転がっていた

 

 

「んなっ!?」

 

「残念だよテッラ。貴様が神の国に迎えられることは、絶対にないのである。詳しくは最後の審判で直接聞くが良い」

 

 

その男は、テッラと比べると変哲のない服装をしていた。襟を立てた白いポロシャツには青い十字架が描かれ、ズボンは控えめな明るさの青だった。しかしその手には、部屋の柱と見紛うほどの巨大な黒い棍棒が握られており、その男が服装ほど普通ではないことを如実に語っていた

 

 

「四年振りだな、上条当麻。同胞が恥を晒したのである。ここはこれで手打ちにしてもらいたい」

 

「テメエは確かっ…アックア!」

 

「失礼。四年振りとはいえ、挨拶がないのは不適切であるな。私は『後方のアックア』。ヴェントとテッラと同じく、神の右席の一人である」

 

 

上条はその男に見覚えがあった。四年前、自分がヴェントを倒した時に現れた男。実際に闘ったわけでも、大して多く会話をした訳ではないが、彼の放つ圧倒的な存在感が、既に忘れられないほど体に刻み込まれていた

 

 

「手打ちってのはどういうことだ?もうアンタ達ローマ正教は俺の右手を狙う気がないってことか?」

 

「ここは、と言ったはずである。私の『聖母の慈悲』も調整中である故、ここは手を引く。しかし貴様の右手は必ずいただく。それをゆめゆめ忘れるな」

 

「お、おい待てっ!」

 

「さらばだ、上条当麻。来るべきその時に、我々は再び相見えるであろう」

 

 

そう言い残すと、アックアの体はまるでログアウトするように光のヴェールに包まれて消えた。上条は彼の最後の言葉の意味も分からぬままに、静まり返った世界に1人取り残されていた

 

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