『教えてあげましょう。あなたの魂の本質、その右手の奥にある、本当の力とはーーー』
『さらばだ上条当麻。来るべきその時に、我々は再び相見えるであろう』
「・・・やめろ。余計なことは考えるな、上条当麻。今はこの塔を登ることだけを最優先に考えろ。もしまた魔術師が襲って来るようなことがあれば、もう一回倒せばいいだけだろ…」
(だけど、結果的にはアイツらが俺の幻想殺しを狙う具体的な理由を聞きそびれた…『世界の人間を平等に救う』なんて…そんな大それた目的のどこに、俺の右手が必要になる理由があるってんだ…?)
冥光の回廊を出た先の廊下を歩く上条の頭の中では、神の右席の二人が最後に残した言葉が反芻していた。しかし上条当麻は小さくかぶりを振って呟くと、気になって仕方がないその言葉を無理やり頭の中から追い払った
「・・・なんだ、これ?」
薄暗い廊下を歩いた先で上条を待っていたのは、果てしなく上へと続いている巨大な縦穴だった。上条は恐るおそる下からそれを覗き込んでみると、上の方はもはや闇に霞んで見えないほどの高みだった
「え、えぇ?階段もなしにこれを行けと…?それともどこかで道を…いや、さっきの場所からここまでは一直線だったしそれは………お?」
上条が俯きながら首を捻って考えていた時、不意に自分の足元に広がる影が段々と大きくなっているのが見えた。自分を覆う影を確かめようと上を見ると、巨大な円盤のようなものが自分に向かって降ってくるのが見えた
「どわぁ!?ゆ、UFOか!?」
縦穴を滑るようにどんどん落ちてくる円盤は、あっという間に上条のいる場所まで降りてきた。上条はその円盤から距離を取って身構えると、そこにはガラスの筒の天辺に手を当てた1人の少女が立っていた
「お待たせいたしました。何階をご利用でしょうか」
「な、なんだぁ?エレベーター…ってことか?」
それは極端なまでに抑揚のない、まるで死んだような声だった。少女の目はどこか虚ろで、円盤から突き出ている筒をただ見つめ続けている。とりあえず敵意らしい敵意がないのを察すると、上条は身構えるのを辞めて後ろ頭を掻きながら言った
「あ〜…何階を、と言いますと?あなた様はこのカミやんさんが希望すれば、上の階まで連れて行ってくれるとですか?」
「左様でございます。お望みの階をお申し付け下さいませ」
「そ、即答かよ…えっとだな、俺一応こんなでもカセドラルからすれば侵入者ってことになるんだが…そんなわざわざ自分から上に招くようなことしていいのか?」
「わたくしの仕事は、この昇降盤を動かすことだけでございます。それ以外のいかなる命令も受けておりません」
「あ〜〜〜…」
相変わらず言葉に感情のこもっていない少女に言われると、上条は今一度縦穴の天井を仰ぎ見た。そして周囲にこれ以外に上に行く方法がないのを再認識すると、罠でないことを祈りながら昇降盤の上に立った
「えっと、それじゃあお言葉に甘えさせていただきまして。この板で行ける一番上の階まで」
「かしこまりました。それでは80階『雲上庭園』まで参ります。お体を手摺りの外に出しませんようお願いいたします」
「は、80階!?いきなり!?」
「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント」
そのあまりにも急なショートカットに、上条は階数を声に出して驚いた。しかしそんな彼の狼狽を気にも留めず、少女は半透明の筒に向かって風素を生成する神聖術を唱えた
「バースト・エレメント」
「お、おぉ…なるほどそういう仕組み…頭いいな…」
少女が最後に式句を呟くと、硝子の筒の中に発生した10個あまりの風素が弾け、昇降盤がぐんぐんと上昇し始めた。段々と離れていく50階を見下ろしながら、上条は密かに感嘆の声を漏らしていた
「・・・・・」
「え、え〜っと、差し支えなければ、いつからこの仕事をしているのか教えていただければ…なんて思うんですけど…」
30もの階層を昇るのにはそれなりに時間がかかるようで、その間の沈黙に耐えかねた上条は、遠慮しがちな声色で昇降盤の番人たる少女に話しかけた
「この天職を頂いてから、今年で170年になります」
「ひゃっ!?170年!?その間ずっとこのエレベ…じゃない。ずっとこの昇降盤を動かしてんのか?」
「ずっと…というわけではありません。お昼に昼食をいただきますし、もちろん夜は休ませていただいております」
「お、おお…驚きの白さ…いや、むしろブラックだな。170年もこの天職を続けてるってことは、天命の自然現象が止まったままなのか…?じゃあ、アンタの名前は?」
「名前…ですか?忘れてしまいました。皆様はわたくしを『昇降係』と呼びます。言うなれば、それがわたくしの名前です」
「・・・昇降係…か…」
これにはさしもの上条も言葉が見つからなかった。それだけ長い無為な時間を、この少女は自分が立っている一枚板の上で過ごして来たのだと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになった。そしてほんの微かに感じた興味を、目の前の少女に向けて問いかけた
「あ〜…あのさ。アンタだったら特に咎めないだろうから言うんだけど、俺これからこの上にいる最高司祭をぶっ倒しにいくんだ。170年前、アンタをこの天職に任命した人を」
「そうですか」
「そ、そうなんです……調子狂うな。んで、もしそれで教会がなくなって、この天職から解放されたらアンタはどうするんだ?」
「解放、にございますか…?」
これまでとは少し変わって、上条の問いかけに少女の口調が覚束ないものになった。それから少しの間、少女はじっと動かずに沈黙していると、不意に小さな声で呟き始めた
「わたくしは、この昇降洞以外の世界を知りません。故に新たな天職を、と仰られても決めかねますが…でも、してみたいことという意味ならば…」
「い、意味ならば?」
上条が今にも消え入りそうだった少女の言葉の端を繰り返すと、少女は昇降洞の右側の壁に設けられた細長い窓を、その向こう側まで続く澄み渡る空を、少しの青が混じった瞳で見つめながら言った
「・・・この世界の空を…この昇降盤と共に、自由に飛んでみたいものですね…」
「・・・そっか」
「お待たせいたしました。80階『雲上庭園』でございます」
上条が呟くのとほぼ同時に、昇降盤はふわりとその動きを止めた。少女は一度筒から手を離すと、深く礼をして言った。それから上条は昇降盤から少し飛んで降りると、もう一度少女の方に振り向いた
「えっと…お前の望み、俺がきっと叶える。だから、少しの間でいい。その望み、忘れないで待っててくれ」
「・・・かしこまりました」
少女は無感情に言うと、それ以降顔を上げることはなかった。ガラスの筒に手を戻すと、風素の弱まりに任せて昇降盤を下へと降ろしていった。上条は興味本位でも聞いてみるモノだと心の内で少し笑うと、更なる奥に佇む重厚な二枚扉へと視線を戻した
「・・・よし、行くか」
廊下を進んで扉の前にたどり着くと、上条は意を決して重い扉を押し開いた。するとそこに広がっていたのは、柔らかそうに生い茂る芝と花、そして穏やかにせせらぐ小川といった、まさしく庭園と呼ぶに相違ない光景だった
「お、おぉ…こりゃ見事なもんだ。80階ってアクセスの悪さがネックだけど…」
上条は感嘆の声を漏らしながら庭園の中に入って歩くと、部屋の中央にある小高い丘の上に一本の樹が生えていることに気づいた。そしてその根元に、金色の鎧を身に纏った少女を見た
「・・・ここでアリスか…」
その少女の名を上条は口にした。親友の幼馴染。自分がこの塔から助け出さねばならないもう1人の少女。目を閉じて足を揃えて座る彼女は、上条が丘の芝生を足で踏む微かな音を感じると、彼の方に向けて右手を掲げた
「もう少しだけ待ってください。せっかくのいい天気ですから『この子』にたっぷり日を浴びさせてあげたいのです」
凛とした穏やかな声で言うと、アリスはそのまま庭園に差し込むソルスを後ろの樹と共に浴びた。上条はずっと目を瞑っている彼女の腰に目をやると、彼女が剣を帯びていないことに気づいた。どうしてなのかと考えている内に、やがてアリスはゆっくりと丘の上に立ち、蒼い瞳を上条に向けながら言った
「とうとうこんな所まで登って来てしまったのですね。その名をカミやんと言いましたね。万が一、修剣学院であなたと出会った一週間前、咎人となったユージオの耳元で囁いた言葉が現実のモノとなったとしても、エルドリエ一人で十分に対処できると私は判断しました」
「なんだ、聞こえてたのか。なんであんなとこで都合よくアイツとマッチングしたのか、少し気にはなってたんだ」
「しかしお前は彼を打ち破り、デュソルバート殿も、そしてファナティオ殿と四旋剣までも討ち倒しこの雲上庭園を踏むとは…正直言って恐れ入りました」
「・・・正確には、ファナティオってやつと四旋剣は俺が倒したわけじゃない。左方のテッラっていう、俺とは違う意味でこの世界に敵対するヤツが…殺したんだ。俺が50階に着いた時には、もうソイツしか残ってなかった」
「・・・なるほど、先ほど感じた妙な胸騒ぎはそういうことでしたか…。しかし、その敵をお前一人で屠ったのであれば、それはファナティオ殿達を討ち倒したも同義です。一体何がお前にそのような力を与えているのです?どうして人界の平穏を揺るがすような挙に及ぶのです?」
「俺はただ、ユージオを助けてこの世界の真実を知りたいだけだ。俺の力なんてのは所詮、ちゃんと在るのかも分からねぇ微々たるモンだ。だけど俺は、俺のことを信じて背中を押してくれた人達に誓って、お前たちには負けられない。だからここまで勝ち続けて来たってだけだ」
「・・・やはり、剣の中にその答えはあるということですね」
「そう言う割には、お前は剣なんか持ってな……」
ため息のようにそう口にすると、アリスは傍らの樹に右手を添えた。その刹那、眩いばかりの閃光を放って丘の上の小さな樹が消滅し、アリスの右手に金色の鞘に納められた剣が握られていた
「なっ!?まさかお前のその剣…もう完全支配状態なのか!?」
「それに私が答える義理がありますか?」
「ッ!?」
吐き捨てるように呟くと、アリスはキィン!という甲高い音を響かせながら、金色に煌く剣を鞘走らせた。上条はそれとほぼ同時に背中の盾を左手に装備し、丘の上目掛けて芝を蹴った
「うおおおおおっ!!」
アリスは上条が自分に向かってくることなど意に介さず、剣をすっと前に降った。それだけで、黄金の剣の刀身が幾百、幾千の煌めきに分解した
「な、なにっ!?」
そしてその無数の輝きが、黄金の突風となって上条へと襲いかかった。上条は咄嗟に右手をその突風へと差し向けたが、異能の力であるはずの黄金の風は打ち消されることなく上条の体を打ち倒した
「ぐおあああぁっ!?」
「私を愚弄しているのですか?抜刀もせずに走り寄り、その上あまつさえ自ら右手を差し出すなど」
「な、なにが…どうなって…!?」
上条の右手は、間違いなく完全支配術の施されたアリスの剣に触れた。自分の右手を幻想殺しに置き換えるイメージも、鮮明に思い描いていた。にもかかわらず、アリスの振るった金色の旋風は、今もなお庭園の中空で渦巻いていた
「今の攻撃は警告の意味を含めて加減しました。ですが次は天命を全て消し去ります。背中の剣を抜き、お前の持てる力全てを出し尽くしなさい。これまでお前が倒した騎士のためにも」
「げほっ…!じゃあそうする前に、一つ教えてくれよ。お前の神器、さっきまで丘の上にあった木が剣になったように見えたんだけどよ…そりゃ一体どういう理屈なんだ?」
咳き込みながら膝に手を着いて立ち上がった上条は、苦し紛れに笑いながらアリスに言った。そんな彼を嘲笑うかのように無数の金色は主人の身体の周りを覆うようにして煌めきを翻すと、元の剣の姿に戻った
「これから死にゆく其方に教えても詮無いことですが…天界への道中の慰みに教えましょう。セントラル・カセドラルが立つこの場所は、遥かなる古の時代に、創世神ステイシアによって人間に与えられた、世界の始まりの地でした」
「文明の原初にも等しき小さな村の中央には、美しい泉が湧き、岸辺には一本の金木犀の木が生えていました。その金木犀の木こそ、我が神器『金木犀の剣』の原型。つまりこの剣は、人界の森羅万象の中で最も古き存在なのです」
「神の作りたもうた原初の樹木が転生した姿…属性は『永劫不朽』。舞い散る花弁のたった一つですら、触れた石を割り、地を穿つのです。解りましたか?お前が如何にして抗おうと、この『金木犀の剣』は決して枯れ落ちはしないのです」