とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第47話 失われた右目

 

「システム・コール。ジェネレート・ルミナス・エレメント」

 

 

上条は戦闘で散らした盾や短剣を回収し終えると、雲上庭園の端の壁に身を預けるアリスの目元に左手を当て、神聖術で生成した光素を治癒力に変えた。右目が弾け飛んだ出血はほどなくして止まり、目元に付着した血痕をアリスの手巾で拭き取った

 

 

「とりあえず止血はこれでいいな。どうだアリス?まだ右目は痛むか?」

 

「そうですね、少し…お前に殴られた眉間が痛みます」

 

「え゛」

 

「冗談ですよ。まぁ鼻血が出る程度に痛かったのは事実ですが」

 

「・・・それ冗談になってなくない…?」

 

 

上条に聞かれたアリスは、失われた右目の瞼を軽く触りながら言った。普通に見ればただ片目を閉じているだけのように見えるが、そこから彼女が瞼を持ち上げることはなかった

 

 

「っていうかよくよく考えたら、俺なんかよりアリスの方がよっぽど高位の神聖術使えるよな?アリスなら、この目を完全に治療できるんじゃないのか?」

 

「それはもちろん、私の術式行使権限はお前の比ではないでしょう。しかし失われた眼を復元するに足る量の光素を生成するには、現状では私の体が万全ではありません」

 

「そうか…じゃあしばらく右目はこのままだろうな」

 

「痛みはまだ残っていますし、右側の視界も少し制限されますが、どちらも戦えないほどの問題ではありません。しばらくは、このままで構いません。それに欲を言えば、もう少しこのまま感じていたいのです。私が長年信じてきた、公理教会と戦う決意をした証である、この痛みを…」

 

「・・・そうか。あ、でもこのままだと良くねぇな」

 

 

そう言うとアリスは、右目に当てがっていた左手を外し、今見える視界を脳裏に焼き付けた。すると上条は懐からカーディナルの短剣を取り出して自分の服の裾を切ると、その黒い布の両端を持ってアリスの顔に近づいた

 

 

「ひゃっ!?ちょっ…いきなり何をするのです!?ち、近すぎます!こ、このっ…離れなさい無礼者っ…!」

 

「あぁ!おいコラそんなに動くなよ!ちゃんと結べないだろうが!」

 

 

アリスは急に顔を近づけてきた上条に驚くと、頬を真っ赤に染めながら彼の胸を叩いて抵抗した。しかし上条はそんな彼女のことなどお構いなしで、切り取った黒い布をアリスの後ろ頭で縛った

 

 

「うん。これでよし」

 

「これは…」

 

「まぁ気休めにしかならんだろうけど、眼帯だ。傷口から菌が入ったら大変だからな」

 

「・・・むしろあなたの服に染み付いている汗で菌が繁殖する可能性は考えなかったのですか?」

 

「ぐっはぁ!?そ、そんなストレートに言わなくてもいいんじゃありませんこと!?っていうかそれを考慮した上でカミやんさんは裾を切ったんですよ!?」

 

「まぁ、一先ず礼を言っておきます。それなりにいい生地で縫われた服を、わざわざ裂いてくれたのですからね。ありがとうございます」

 

「どういたしまして。あ、そうだ…」

 

 

そう言うとアリスは、黒い眼帯を自分の手で微調整しながら上条に微笑んだ。それから上条は何かを思い出したように腰回りを弄ると、紫の布から最後の二つだった肉饅頭を取り出し、片方をアリスに向けて差し出した

 

 

「食うか?カーディナル印の蒸し饅頭。結構美味いんだぞ」

 

「蒸し饅頭?呆れました…お前、こんなものを携帯しながら今まで戦っていたのですか?」

 

「悪いかよ。こんな饅頭でも、50階の戦いでは活躍してくれたんだ。それに、天から遣わされた整合騎士様と違って、こちとら食べたい時に食べなきゃ天命がガンガン減るんだ」

 

「あ、あのですね…もう整合騎士の本性を知ったからにはとやかく言いませんが、整合騎士とてお腹は空きますし、食事をとらねば天命も損耗します。ですが、私はこんなものは入りません。大体お前は……」

 

 

ぐぅ〜〜〜っ…という轟音がアリスの話を遮った。しかしそれは上条ではなく、喋っていたアリス本人の腹の虫が鳴いた音だった。恥ずかしそうに顔を赤らめるアリスに、上条は思わず吹き出して笑うと、蒸し饅頭を見せつけながら彼女を嘲笑うような口調で言った

 

 

「ぶふっ…おやおや、体は正直なようで。騎士アリス殿はカミやんさんのコレが欲しくてたまらないんでしょう?ほれほれ」

 

「なっ!?そ、そのような卑猥な言葉…!私を愚弄しているのですかお前は!?切り捨てられても文句は言わせませんよ!私がお前に自ら…か、体を許すなど…!」

 

「ぶーーーっ!?お、お前な!誰がそんなこ……あぁ〜、そういやユージオに最初に出会った時に同じようなくだりやったな…アイツは単純に天然なだけだったけど、幼馴染なだけあって似た者同士ですってか…?まぁちょっと待ちなさいな。冷めてるから少し温める。システム・コール。ジェネレート・サーマル・エレメント。バースト…」

 

「ば、馬鹿ですかお前は!?そんなことをしたら一瞬で黒焦げです!貸しなさい!」

 

 

そう言うとアリスは、あっという間に熱素の神聖術を唱えようとした上条の手から二つの蒸し饅頭をひったくった。そして自分の手の平に乗せた饅頭に向けて、滑らかな口調で神聖術を唱えた

 

 

「システム・コール。ジェネレート・サーマル・エレメント。アクウィアス・エレメント。エアリアル・エレメント。ウォーテックス・シェイプ。バースト」

 

 

アリスが唱えると、二つの饅頭をドーム状の膜が覆い、その中で水素や風素を利用し熱素で蒸気を発生させると、膜が消える頃にはホカホカの湯気が立つ、文字通りの蒸し饅頭に様変わりしていた

 

 

「おお!まるで出来立てだ!」

 

「あ〜ん……」

 

「えっ、ちょっ!?それ一つは俺のなんですけどおおお!?」

 

「先の侮辱のお返しです。少しは気が晴れました」

 

「ど、どうもすいませんでした…」

 

 

そう言ってイタズラっぽく微笑むと、アリスは上条に饅頭を一つ手渡した。そして二人で肉餡の詰まったそれに仲良く嚙り付くと、あっという間に最後の一口まで飲み込んだ

 

 

「なるほど、確かに美味ですね。お前が言うだけのことはあります」

 

「カミやんさんとしては、道具もなにもなしに、エレメントだけでここまで上手く饅頭を蒸せるとは思いませんでしたよ。流石は料理上手なセルカの姉なだけある」

 

「・・・セルカは…妹は料理が上手なのですか?」

 

「あぁ。なんだったらお前は昔、ユージオに弁当を作ってたらしいぜ?」

 

「ユージオ…私が一週間前に連行した咎人に、ですか?そうだったんですか…私は整合騎士となってからは、料理など全く…」

 

「まぁそんな鎧着ながら料理してたら、逆に拍子抜けだろ…っと、こんなことばっかしてらんねぇな。腹はふくれた」

 

 

そう言うと上条は、壁に背を預けるのを辞めて膝に手をついて立ち上がると、自分が入ってきた扉とは逆に取り付けられた扉の方へ目をやった

 

 

「アリス。ここから先の20階までに、俺の敵になりそうなのは、他に何人いる?整合騎士以外も含めて」

 

「・・・この先にいるはずなのは、90階の大浴場に騎士長ベルクーリ閣下が。そして96階から上には『元老院』という区画が存在すると聞いていますが、騎士の立ち入りは制限されているので、私にも元老たちの全容はほとんど分からないのです。しかし『元老長チュデルキン』は司祭様に絶対の忠誠を誓っている故、間違いなく私たちの前に立ち塞がると考えても良いでしょう」

 

「なるほどね…その元老に行くにしても、とりあえずは90階にいるベルクーリを倒さないとお話になりませんってことか。やっぱり強いのか?その騎士長閣下は」

 

 

上条が首を傾げながら訊ねると、アリスは小さくかぶりを振った。そして自分も膝に手をついて立ち上がると、真剣な表情で言った

 

 

「強い、などという次元ではありません。かくいう私も、立ち合いで勝ちを収めたことは一度もありません」

 

「そ、そんなに…じゃあ具体的に神器とか、武装完全支配術を見たことはあるのか?」

 

「小父様は剣技の技倆も超一流ですが、武装完全支配術に至っては、もはや神の御業と呼ぶに相応しき術式です。あの方の持つ神器『時穿剣』は、元々セントラル・カセドラルに備わっていた『時計』という神器の針を素材にして作られ、その名の通り時間を貫く力を持っています」

 

「じ、時間を貫くぅ…?」

 

「小父様の剣が切った空間には、斬撃の威力が残り続ける…と言えば伝わるでしょうか。たとえ打ち込みを回避し続けても、いつの間にか眼に見えぬ刃の檻に囚われてしまうのです。下手に動けばその残存し続ける刃に触れて手足、あるいは首が落ちますし、さりとて動かねばただの的となるだけ。小父様と戦う者は、最後に必殺の一撃を木偶人形のように受けるしかないのです」

 

「へぇ…なるほど。それじゃあ多分、ソイツとの戦いは俺の得意分野だな」

 

「・・・は?と、得意分野って…それはどういう…」

 

 

自分の右拳を左の手の平に打ち付けながら言うと、上条はドアに向かって歩き始めた。そしてアリスは彼の言葉の意味が分からないまま、呆けた声を出して彼の後を追った

 

 

「とりあえず、アリスはその騎士長とは戦わなくていい。実際に切ろうと思って相対すれば、色々と戸惑いだって生まれてくるだろ。だから俺と騎士長の戦いを後ろから見てくれれば、それでいい。さっき言ってた元老長とか、アドミニストレータと戦うまで体力を温存しておいてくれ」

 

「分かりました。その方が助かります。ですが、あなたが目に見えてピンチに陥ったと判断すれば、たとえ小父様が相手であろうとも、私は迷わず剣を抜きます」

 

「頼もしいぜ。それじゃあ時間もない。行こう」

 

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