とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第49話 元老院

 

「システム・コール。ジェネレート・ルミナス・エレメント」

 

 

このアンダーワールドにおいて、風呂場では身体の回復に必要なエレメントが発生しやすいという性質がある。アリスが上条に向けて神聖術を唱えると、大浴場の膨大な量のお湯がそれに呼応するように発光し、上条の元にその光が収束していくと、彼の体の青痣や傷口が瞬く間に治っていった

 

 

「ありがとな、アリス。おかげで助かった」

 

「いえ、これは私の力というより、この大浴場の空間神聖力による恩恵がほとんどです」

 

 

謙遜しながら言うと、アリスは浴室の壁へと視線をやった。そこには壁に身を預けて永遠の眠りにつくベルクーリと、時穿剣が主人に寄り添うように立てかけられていた

 

 

「・・・えっと、アリス…」

 

「いえ、分かっています。小父様は我らに仕掛けられた右目の封印をご存知だった。それは即ち、全整合騎士を束ねるベルクーリ・シンセシス・ワンをして、公理教会の支配を盲目的に善しとはしておられなかったということです。最後に一目、小父様と会えて良かったです。これでもう、私の心が揺らぐことはありません」

 

 

今は亡きベルクーリを遠い瞳で見つめるアリスに上条が声をかけようとすると、アリスはそれを断ち切るように言って立ち上がり、もうそれ以降振り返ることはなかった。彼女に続いて上条も立ち上がると、眠るベルクーリに頭を下げて踵を返した

 

 

「この大浴場は90階、次の敵が待っているであろう元老院は96階にあります」

 

「たしか…元老長チュデルキンとか言ったな。ソイツは強いのか?」

 

 

大浴場の扉を開け、続く廊下を歩きながらアリスが言った。そして次に自分達の前に立ちはだかる敵について上条がアリスに訊ねると、アリスは実にバツの悪そうな顔で答えた

 

 

「私が出会った元老長チュデルキンは、色鮮やかな赤と青の道化服を着た肥えた小男でした」

 

「・・・なんか、威厳もへったくれもない格好だな」

 

「侮ってはいけません。ヤツはとても陰湿な性格でズル賢い人間ですが、驚くほど高位な術式行使権限を持ち、ヤツが唱える神聖術の強大さは我々の物差しで測れるものではありません。教会内でも、最高司祭様に次ぐ能力を持つであろう術者ですから」

 

「じゃあ、剣の腕はそう大したことはないってことか?」

 

「ええ、元老たちは武器を使った近接戦闘力は一般民と大したことはないはずです。しかし奴らは最高司祭様に絶対の忠誠を誓い、もし最高司祭様の身に危険が及ぶ恐れがあれば、その命を投げ出すことすら厭わないと私は思っています。もっとも、それすらも最高司祭様がそう仕組んだものかもしれませんが。あの方の行いは、人の考えが及ぶところではありません」

 

「その言い方…アリスはひょっとして、アドミニストレータと話したことがあるのか?」

 

「一度だけ」

 

 

上へ続く階段を登りながら口にした上条の問いかけに、アリスは表情を引き締めながら静かに頷いた。そして右腕で左腕を抱くようにして、隻眼になった瞳を伏せながら続けた

 

 

「もう6年前になりますが。過去の記憶をすべて失った状態で目覚めた私は、召喚師であり人界における神の代行者でもあるという最高司祭様と対面しました」

 

「それが今のお前の…整合騎士になった最初の記憶ってことか?」

 

「そうなります。最初に私の視界に飛び込んできたのは、あらゆる光を跳ね返す鏡のような銀色の瞳でした。そう…今ならわかります。あの時私は、最高司祭様を深く恐れた。決して逆らってはいけない…お言葉の一片たりとも疑わず全てを捧げて仕えねばならない…そう思わせたのはきっと、圧倒的なまでの恐怖…だったのでしょうね」

 

「圧倒的な…恐怖……」

 

「ですが、私はもう決めたのです。遥か北方の地で暮らす妹のために、まだ見ぬ家族、そして多くの民のために正しいと信じた事を行うと。その為ならば、あの恐怖にさえ私はきっと立ち向かっていけます」

 

 

アリスが胸の内の不安を言葉にして払拭した頃には、二人の足は95階に到達していた。しかしそこは驚いたことに、今までとはうって変わって壁のない、三メートル感覚で配置された円柱が天井を支えている展望デッキのような場所だった

 

 

「う、おお…ここに来てまさかの素通し構造かよ…」

 

「ここは『暁星の望楼』と呼ばれています。この階だけは唯一、カセドラルの中で外の空気を吸える場所になっています」

 

「・・・ひょっとして最初に飛竜の一匹でもひったくって、ここまで全部すっとばしてくればあっという間だったんじゃ…」

 

「飛竜が飛んで来られるのは30階の発着台までです。それどころかカセドラルの上層には、鳥すらも近寄れないのです。詳細は私も知りませんが、最高司祭の特殊な術式が働いていると聞いています」

 

「やっぱりその辺は考えて徹底してやがりますか…それじゃ、ここは景色を楽しむなら星の出てる夜限定だな。もっとも、今は楽しむつもりなんて毛頭ねぇが」

 

 

そう言って暁星の望楼をあっという間に通り過ぎると、上条とアリスは上に続く階段を上がって96階の床を踏むと、薄気味悪い緑色のランプで足元を照らしている通路を進み始めた。するとその奥に、片開きの小さな扉が見えた

 

 

「この先が元老院…なのか?」

 

「ええ、そのハズですが…入ってみれば分かることです」

 

 

迷いを振り切るように、アリスは金色の長髪をなびかせながら扉をくぐった。しかしその先には部屋が広がっているわけではなく、まだ少し通路が続いていた。するとその通路の壁に反響するようにして、何重にも重なった謎の声が聞こえてきた

 

 

「うわ、気味悪いな…なんだこの声?」

 

「・・・神聖術…」

 

「え?あ、本当に神聖術の詠唱だ…だけど、なんでこんな所で……?」

 

「向こうに明かりが見えます。行きましょう」

 

 

アリスが指をさした先には、小さな光が差し込む空間があった。上条はそれに頷くと、アリスと共に神聖の式句が反響する通路を抜けた。するとそこには、またも驚くべき光景が広がっていた

 

 

「こ、これは…!?」

 

 

アリスはその空間を目にするなり鋭く息を飲んだ。円形に広がる床から湾曲する壁が伸びており、その先の天井は闇に沈んで見えない。その膨大な高さを誇る壁に等間隔で、透明な窓が取り付けられていた。そしてその窓から覗ける中には………

 

 

「生、首…!?」

 

 

人間の頭があった。全ての窓から、おびただしい数の人間の生首を視認することができる。その首の口は、絶えず動かされている。きっと、通路に反響していた神聖術はこの首達が唱えていたものだろうと上条は悟った

 

 

「い、いえ…体は付いているようですが、その…壁から生えているような…よもや、コレが元老院の実態…ということですか…?」

 

 

アリスに言われて上条は目を凝らしてみると、窓は壁ではなく四角い箱のようなものに備え付けられているのに気づいた。恐らくその中に、生首の体が収納されているのだろう。しかし、箱詰めの人間達は自分の置かれた状況を理解しているのかそうでないのか、表情の一切ない生首というよりは骸骨のような人間だった

 

 

「こ、コイツら…ひょっとして、ライオスとウンベールの時のヤツか!?」

 

 

上条には、その生白い肌と毛も何も一切生えていない、ガラス玉のような白い目をした人間達に見覚えがあった。それは自分達が禁忌を犯した夜の最後に、紫色の窓から姿を見せて謎の言葉を発した生首に酷似していた

 

 

「知っているのですか!?」

 

「あ、あぁ…間違いねぇよ。俺たちが禁忌を犯した時、この顔が部屋の隅に現れたんだ。多分コイツらが唱えてる神聖術は、そういった禁忌の違反を監視するためのモンだと思う」

 

「とすると…彼らが人界の法を治める公理教会の元老…この光景を作り出したのも、最高司祭様なのですか…?」

 

「多分な…きっと人界のあちこちから高位の神聖術を使える人間を拉致して、元老院なんて形だけの監視装置に作り替えたんだ」

 

「ゆ、許せない…!人の証たる知性や感情すらも取り上げ、こんな小さな箱に押し込めて人としての自由を奪うなど…!もはやこの場所には、いかなる正義や名誉も存在しません!」

 

 

改めて眼前に広がる残酷なまでの光景に息を飲むと、アリスが怒りに震えながら自分の拳に力を込めた。その怒りのままに剣を抜いてここを破壊しようと思い立つより一瞬早く、広間の奥から甲高い金切り声が響いてきた

 

 

『あー!あー!そんな!最高司祭様!勿体ない!いけませんよぉーっ!』

 

「・・・なんだ?神聖術じゃない、普通の声が…」

 

「行きましょう、恐らくこの道の奥です。足音を立てぬように」

 

 

上条とアリスは顔を見合わせると、互いに頷いて広間から更に奥へ続く通路を、声を殺して慎重に進んでいった。そしてその先には、なんとも目に痛い原色だらけの人形や玩具がとっちらかった部屋があった

 

 

「ホオオオオオッ!!ホオオオオオッ!!」

 

「・・・あいつが?」

 

「ええ、元老長チュデルキンです」

 

 

その部屋の中心に、二人に背を向けながら奇声を発する男がいた。アリスの記憶に正しく、青と赤の道化服を着た小太りの男。元老長チュデルキン。小太りの男の背中越しにしか見えないが、彼はなにやら水晶玉のような物を覗き込みながら必死に叫んでいるようで、その背中はまるで隙だらけだった

 

 

「どうする?今なら隙だらけだ。問答無用でぶった切……」

 

「ホオオオアアアッ!?」

 

「・・・え?ちょ、アリスさん!?」

 

 

上条が背中の剣の柄に手をかけて提案している時には、もう既にアリスは五歩床を蹴ってチュデルキンの胸ぐらに両手で掴みかかっていた。そして腕に力をこめると、彼の体をいとも簡単に宙に浮かせた

 

 

「術式機構を唱えようとすれば、その舌を根元から切り飛ばします」

 

「お前…30号!何でこんな所にいるんですよ!?しかもそっちの侵入者と一緒になんて!?」

 

「私を番号で呼ぶな!私の名はアリス…そしてもうサーティではありません!」

 

 

冷徹な声でアリスが脅迫すると、チュデルキンは持ち前の金切り声でアリスを整合騎士の番号で呼んだ。アリスはその呼ばれ方を訂正して怒りを露わにすると、元老長は動揺しながら上条を指差して言った

 

 

「お…お前!どうして!?30ご…騎士アリス!なぜこの小僧を斬らないんですよ!?こいつは教会への反逆者!ダークテリトリーの手先だと言ったじゃないですか!?」

 

「確かに彼は反逆者です。しかし闇の国の先兵ではありません。今の私と同じように」

 

 

動揺するチュデルキンとは対照的に、アリスは静かな声で言った。すると釣り上げられたチュデルキンの短い手足がバタバタと動き出し、血色の悪い白がかった顔に皺を寄せて声高に叫び始めた

 

 

「て、テメエっ…!裏切る気かー!このクソ騎士風情がー!てめぇら整合騎士は単なる木偶のくせに!私の命じるまま動く操り人形だ!えぇおいっ!?」

 

「我らを人形にしたのは公理教会でしょう。シンセサイズの秘儀によって記憶を封印し、強制的な忠誠心を埋め込んだ上で天界から召喚された騎士だなどというまやかしを信じさせたのですから」

 

「・・・へぇ。なぁんだ、全部知っちまったわけですね」

 

 

襟首を掴まれたまま、チュデルキンの口角が不気味なほど吊り上がった。そして開き直ったように上機嫌になると、次々と卑しい口から楽しげに語り始めた

 

 

「ええ…その通りですよ。私は今でもはっきりくっきり思い出せますよ~。幼く無垢で、と〜っても可愛らしいお前が、涙を流しながら懇願する様をね〜!」

 

「ッ!?」

 

「『お願い、忘れさせないで…私の大切な人達を忘れさせないで…』とネ!オホホホホホホ!私は今でもあの時の光景を肴に、一晩たっぷり楽しめますよ~?」

 

「貴様ッ…!!」

 

 

アリスのこめかみに青筋が立ち始め、チュデルキンの胸ぐらを掴む両手により一層力が込められ、赤と青の道化服が歪んでいく。しかしそんなことには構わず、チュデルキンはなおもアリスを嘲笑うように続けた

 

 

「どこぞのクソ田舎から連れて来られたお前は、まず二年間修道女見習いとして育てられました。生活規則の抜け穴を見つけて、セントリアの夏至祭りを見に行くようなお転婆でねぇ。それでも一生懸命勉強すればいつか故郷に帰れると信じて頑張ってたんですよねぇ~。いや〜実に健気な小娘でしたよぉ!」

 

「だ、黙れっ!それ以上その口で私を語るなっ!」

 

「でもね~そんなわけがねぇんだ。神聖術行使権限がたっぷり上がったところで来ました!強制シンセサーイズ!二度とおうちに帰れないと知った時のお前の泣きっ面ったらもぉ〜それはそれは!そのまま石に変えて私の部屋に永遠に飾っておきたいくらいでしたよホーホホホホ!」

 

「・・・お前、今妙な事言いましたね…強制シンセサイズと。まるで強制ではないシンセサイズの儀式があるような口ぶりではありませんか」

 

「おやおや、逆上しているように見えましたが、案外耳聡いですね。えぇ、そうですよ。6年前のお前は、通常のシンセサイズに必要な内緒の術式を唱えることを頑として拒みましてね。まったくクソ生意気なガキでしたよ~…ですが、そこからが強制シンセサイズのお楽しみなんですよ〜!」

 

 

チュデルキンはアリスの勘の鋭さに一瞬顔を顰めたが、すぐに表情をコロリと変えて金切り声を尻上がりにもう一段高くすると、その時を思い出したように下卑た笑みのまま喋り始めた

 

 

「どうにも聞き分けが悪かったので、仕方なぁく恐怖と不安に怯えるお前を元老院の広間の中央に縛り付けた後に、自動化元老の任務を一時停止して、強制シンセサイズの術式を発動した瞬間の、悲嘆と絶望の涙を流したお前の顔ったらなんたるや!その表情の移り変わりを楽しみながら、大事な記憶を守る壁をこじ開けさせたんですよ~?まぁそのおかげで滅多にない見世物をたっぷり楽しめましたけどね~!ホホホ!ヒェ〜ヒヒヒッ!」

 

「テンメエェーーーッ!!!」

 

 

そこでついにアリスとチュデルキンのやり取りをそばで聞いていた上条が、怒髪天を衝く勢いで元老長に殴り掛かろうと一歩を踏み出した。しかしその時には既に、アリスが鞘走らせた金木犀の剣が彼の心臓を貫いていた

 

 

「・・・元老長チュデルキン。あるいはお前も我ら整合騎士と同じように、最高司祭アドミニストレータに人生を弄ばれた哀れな道化なのかもしれません。ですが、お前はお前の境遇を存分に楽しんだようです。ならば最早、この世に思い残すことはないでしょう。私もお前の話はもう聞き飽きました」

 

「・・・・・・・・・・キヒヒッ、だからテメエら騎士は甘ぇってんですよ」

 

 

その瞬間、二度と動くはずのないチュデルキンの唇が不気味に蠢いた。バァンッ!という破裂音が響くと、チュデルキンの丸い体が弾け飛び、真っ赤な煙幕が辺りを包み込んだ

 

 

「なっ!?これは…!」

 

「ホーヒヒヒヒ!術式ばかりが芸じゃねーんですよ!バーカバァーカ!追ってくるならどうぞご自由にぃー!イーヒャヒャヒャ!」

 

「くそっ!逃げやがったか…!性格といい、口調といい、マジで頭にくる野郎だ…!」

 

「ヤツは恐らく上です!行きましょう!神聖術の不意打ちに気をつけて!」

 

 

アリスと上条は煙幕が少しずつ晴れて部屋の奥に階段があるのを見つけると、96階から99階まで直通しているのであろう長さを誇る階段を駆け上がった

 

 

「・・・ここは…チュデルキンの姿は見えませんね。100階まで逃げたのでしょうか?」

 

 

そこは広い円形の部屋だった。しかし、上条達が登ってきた階段以外には何もないと言っていいほどに簡素な造りの部屋だった。床は足が滑りそうなほど磨かれた大理石で出来ており、壁は白の混じった薄い青で、施された装飾に沿うように大きなランプがいくつも取り付けられていた

 

 

「いや…にしたって、上に続く階段がない。ひょっとしたらこれはアイツが神聖術で作り出した幻覚で、俺たちはもう100階に着いてるってことも…」

 

 

上条が顎に手をやって思考を巡らせていると、部屋の一番奥辺りの天井が沈み込んだ。50階にもあった昇降盤に酷似したそれには既に、鎧を纏った一人の騎士が足を下ろしていた

 

 

「お、おいアレ…!まだ整合騎士が残っていたのか!?」

 

「そ、そんなっ!?いえ…そんなことはあり得ません!元老院より上の階層になんて、小父様ですら数回しか行ったことないと仰っていたのに、あまつさえそこに待機している整合騎士など…!」

 

 

そして昇降盤が完全に降りた瞬間、上条は言葉を失った。青みがかった銀色の鎧を身に纏い、濃い青のマントをはためかせ、亜麻色の髪に緑の瞳をした、腰に青い薔薇の咲いた剣を差す、その整合騎士は……

 

 

「・・・ユージオ…?」

 

 

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