「じょ、冗談よせよユージオ!なんでお前がそんな格好してんだ!?」
銀の鎧を身に纏って自分の目の前に立ちふさがる親友に、上条は必死になって叫んだが、ユージオの表情は少しの変化も見せなかった。すると彼の様子を見たアリスが、左目を丸くして驚愕しながら言った
「ま、まさか…早すぎます…!」
「早いって…どういうことだアリス?」
「儀式の完了が、です。お前の相棒…ユージオは、既にシンセサイズされています。私の耳に入った報告が正しければ、牢屋を出たのは今朝だったはずなのに…!」
「い、いや…俺の協力者も同じようなことを言ってたから、多分間違いない。でも…だったらなおさら、どうやってユージオを…!」
ユージオさえも自分の駒に取り入れたアドミニストレータに、上条は底の見えない怒りを覚えた。このままでは正常な判断力さえ失いかねない、そう判断したアリスは隣の上条に必死に語りかけた
「しっかりしなさいカミやん!ここでお前が動揺していては、助けられるものも助けられなくなります!」
「ッ!あ、あぁ…そうだな」
「お前は言ったハズです。整合騎士の本当の記憶を思い出させる術があると。ならばユージオも戻せると考えるのが道理。そのためには、何としてもこの局面を乗り切らねばなりません」
アリスの助言に上条は深く頷いた。そしてアリスより一歩前に出ると、目の前のユージオを見据えたまま背中の翡翠色の剣を鞘から抜き放った
「アリス、ここは俺に任せてくれ」
「・・・分かっているとは思いますが、躊躇はしないことです。あの騎士は、もうお前の知っているユージオではありません。一切の情け、容赦もなくお前に切りかかって来るでしょう」
「あぁ、大丈夫だ。こう見えても俺は、アイツに剣を教えた身だからな。本気で切り合った方が師弟らしいだろ」
上条がそう言ってアリスに笑いかけると、アリスは小さく頷いてその場から一歩後ずさった。そして上条は翡翠色の剣の切っ先をユージオに向けると、静かな声で話し始めた
「ユージオ。俺の事が分かるか?俺はカミやん。お前の…親友だ。ルーリッド村で出会ってから二年間、ずっと一緒にいただろう?」
「そうなんだ…でもごめん。僕は君の事なんて知らないよ」
ユージオの口調は、抑揚がほとんど感じられない無感情で冷ややかなものだった。上条はそんな彼の言葉と態度に歯噛みしながら、重ねて彼に問いかけた
「・・・そうか、残念だな。じゃあ、お前はこれから俺たちのことをどうしてくれるんだ?」
「もちろん戦うよ。君達もそのつもりで来たんだろう?それに、それが『あの人』の望みだから。僕が戦う理由はそれで十分だよ」
「ッ!?ユージオ…!お前そこまでアドミニストレータに惚れちまったのかよ!?ただ命令されるだけで、特に意味も持たないまま戦って…お前は本当にそれでいいのかよ!?」
「戦う意味?どうでもいいよ、そんなもの。強いて言えば、あの人は僕に欲しいものをくれる。僕にはそれだけでもう十分なんだ」
「欲しいもの…?それはアリスより大切なものなのかよ!?お前がどうしてももう一度会いたいと願った、大好きだった幼馴染より大切なモンなのかよ!?」
「・・・知らないよ。知りたくもない。君の事も。他の誰かの事も。もう嫌なんだ、誰も僕のことを愛してくれないのは」
まるで機械のように口を動かすユージオが右手を掲げると、シャリィン!という氷が擦れ合うような冷たい音ともに、青薔薇の剣が一人でに鞘走った。そして青薔薇の剣は、まるで自らの意志を持っているかの如くユージオの掲げた右手に収まった
「ま、まさか今のは…心意の腕!?」
「心意の腕…ベルクーリのおっさんが使ってたヤツか?」
「ええ。古より整合騎士に伝わる秘術です。神聖術でもなく完全支配術でもなく、ただ自らの意思だけで剣を動かす。使える騎士は小父様の他にほんの数人と聞いています。騎士となったばかりのユージオが…どうして…」
「これ以上、君達と話す事はないよ」
整合騎士になってほとんど間もないはずのユージオが、平然と心意の腕を使いこなすのを見て驚愕するアリスと上条に、ユージオは冷徹な視線を向けたまま青薔薇の剣の切っ先を向けた
「・・・ユージオ。今のお前は覚えてないだろうけどな、お前が修剣学院でゴルゴロッソ先輩や教官に剣を教わるずっと前、ルーリッド村で一番最初にお前に剣技を教えたのは俺なんだぜ。だから俺はお前の最初の師匠として、弟子のお前に負けてやるわけにはいかねぇぞ!」
大した開始の合図もなく、親友同士の望まない戦いは幕を開けた。その初手、奇しくも上条とユージオは全く同じ剣技を使った。上条がユージオに教えた、6つのソードスキルの内の一つ、突進系ソードスキル『ソニックリープ』
「うおおおおおおっ!!」
「はああああああっ!!」
眩い緑色のライトエフェクトが強く輝いた直後、ギィンッ!という凄まじい音を立てて翡翠色の剣と青薔薇の剣がぶつかり合った。剣を握る両者の筋力はほぼ互角で、そのまましばらく刃がせめぎ合うと、剣を隔てたまま上条はユージオに向かって不敵に笑った
「へっ、流石じゃねぇかユージオ。修剣学院に行く前から、お前は剣の才能がない俺なんかとっくに追い抜いちまってたもんな。今のお前ともし本気でやり合ったら、俺は手も足も出ないんだろうって思ってた。だけどなっ…!」
上条はそこで言葉を区切ると、思いっきり左足を踏み出してユージオを突き飛ばすと、すぐさま剣を後ろに引いた。それはウォロ・リーバンテインとの戦いで失敗に終わり、ユージオにも教えていない未完成の剣技、『バーチカル・スクエア』の構えだった
「出来ればそれは!敵としてじゃなく!対等な親友としてやりたかったんだよっ!!」
翡翠色の剣の高いオブジェクト権限も相まって、未完成のままだった剣技がついに形となった。オレンジ色のライトエフェクトを放ちながら、鮮やかな四連撃が織り成される。しかしユージオは、その四連撃をまるで分かっていたかのように平然と青薔薇の剣ではたき落した
「なにっ…!?」
「君、剣振るの下手くそだね。今の技も、僕には全部止まって見えるよ」
「ッ!ンの野郎っ…!見下してんじゃねぇっ!」
ユージオが涼しげに言うと、上条は負けじと三連撃ソードスキル『シャープ・ネイル』の構えを取った。しかし、それよりも先にユージオは単発ソードスキル『スラント』を斜め左下から右上に切り上げる形で放った
「づぅっ!?」
「・・・バースト・エレメント」
青薔薇の剣の切っ先が上条の左肩を捉え、傷口から鮮血が吹き出した。上条がその痛みに完全に怯んだほんの一瞬で、ユージオは上条の体の前に左手を差し向けながらその指先に五つの風素を神聖術で生成し、それを炸裂させることで暴力的な突風を発生させた
「ぐおっ!?」
呻き声を漏らしながら上条の体は呆気なく突風に吹き飛ばされ、ゴロゴロと大理石の床を転がった。今の一合だけで圧倒的な実力の差を感じながらも、上条は翡翠色の剣を床に突き立てながら立ち上がった
「畜生、相棒め…やるじゃねぇか…」
「あ、あの者が…本当にお前の相棒ユージオなのですか…?」
そこで上条は、自分がアリスの真横まで吹き飛ばされていたことに気づいた。自分の隣にいる彼女は、まるで信じられないものを見るように額に冷や汗を滲ませていた
「どういう意味だ?ユージオがシンセサイズされてるって言ったのはお前の方だろ…?」
「そ、それはそうですが…何と言えばいいのか…あの者は整合騎士になったばかりにしては、あまりにも戦い慣れし過ぎている。先程の心意の腕といい、たった今使った風素術といい…今のユージオはもはや整合騎士の範疇すら超えています」
「そういうのって、シンセサイズされたらその時から使えるようになるもんじゃねぇのか?」
「・・・騎士の技はそのように易々としたものではありません。心意技や武装完全支配術はもちろん、秘奥義や神聖術の要諦も長い研鑽を経て初めて身につくものです」
「・・・って言うと何か?シンセサイズの秘儀と一緒に、とんでもパワーアップの術でも仕込まれましたってか?へっ…弟子に勝手に色々知らねぇ技を突っ込まれるのは、あんまり気分良くねぇな…」
「私も相手をしましょうか?私の完全支配術ならば…」
「いや、やらせてくれ。そんだけ異常な点が目立つってことは、既存のシンセサイズとは違う方法が使われてる可能性もある。だったら、何かしら抜け道もあるかもしれねぇ」
「・・・分かりました。気をつけて」
そう言ってアリスと上条は互いに頷き合った。そして上条は再びユージオに向き直って翡翠色の剣を構え直し、そのまま床を蹴ってユージオの懐に突っ込んでいった
「行くぞユージオッ!!」
「はああああああっ!!」
そこからは息つく間もない剣のぶつかり合いだった。上条の必死の猛攻を、ユージオは完全に見切ってそれをひたすらはたき落していく。無数の火花と金属音が散ったその中で、ユージオが上条の剣の勢いに負けたのか、剣を下げて背中を晒した
「もらったぁぁぁ!!」
上条はその一瞬を見逃さず、それまでずっと高速で動かしていた体に鞭を打ち、無理やり剣を右肩に担いで単発垂直切り『バーチカル』を使用した。深い青の光が剣に宿り、その刀身がユージオに届こうかというその瞬間、赤い閃光がユージオの背中越しに輝いた
「な、に…!?」
ガキィンッ!という耳を劈く金属音が部屋全体を飲み込み、緑と青の剣が再び刃を交えた。その剣技は、上条も見たことがない技だった。それはSAOで両手剣使い達がこぞって使っていた、単発技ソードスキル『バックラッシュ』を模倣したものだった
「・・・なぁユージオ、つかぬ事を聞くけどよ…今の技、名前はあるのか?」
「バルティオ流『逆狼』」
凍てついた表情のまま、ユージオは上条の問いかけに呟くように答えた。ユージオが口にした流派と技を聞いて、上条はさらにやり切れない気持ちを抱えながらユージオに言った
「お前っ…!技までちゃんと覚えてんなら、当然教えてくれた人は覚えてんだろうな!?そのバルティオ流は、お前を学院で一年間指導したゴルゴロッソ先輩が教えた技だろ!お前はその人のことをちゃんと覚えてて、尊敬した上で使ってんのか!?」
「何度も同じような事を聞かないでくれないかな。そんな人のこと、知らないし、興味もないよ」
「ーーーッ!それだけじゃねぇんだぞ!今ここにいるアリスは、シンセサイズされたままなのに、自分の意志を貫き通したんだ!本当の自分に嘘をつかないために、教会と戦う覚悟を決めて右目の封印をぶち破ったんだ!それなのにお前が…誰よりもアリスを救いたかったお前が!何もかも忘れちまったら意味ねぇだろうが!!」
「・・・君、しつこいね。僕はあの人だけを知っていればいいんだ。僕の剣はあの人のためにあって、あの人の敵を排除するために僕は生かされているんだ」
「このっ…!あぁ、そうかよ…!」
上条が歯噛みしながら絞り出すように呟くと、ユージオは上条の剣を上に弾き上げて後退した。それからすぐさま剣を構え直すユージオに対し、上条はしばらくの間亡霊のように立ち尽くすと、やがて小さな声で語り始めた
「慣れねぇもんだな…もう何人も整合騎士と対峙して、何もかも忘れさせられて、植え付けられた記憶が本物だと疑わないヤツを見てきた。だけど贔屓目なしに、その中でもお前は極め付けだ…!この怒りを今のお前にぶつけるのは、全くの筋違いかもしれねぇ。それでも俺は、今まで俺が見てきたお前の為に、今のお前の言動を許す訳にはいかねぇ…!」
「・・・なぁユージオ。お前がそこまで言うなら、俺だってもう加減は出来ねぇぞ。ただ切り伏せて終わりじゃ、腹の虫が収まりそうにねえ」
静かに言いながら上条は剣帯のベルトを外すと、バアンッ!という音と共に盾と鞘が床に落ちた。そして握っていた翡翠色の剣を大理石の床に突き刺すと、彼はそれを置き去りにしたまま一歩前に出た
「俺はこれまでお前に、嘘をついてきた。だけど、それはもう辞めにする。今の嘘で塗り固められたお前を叩き直してやるには、俺が嘘をついたままじゃダメだろうからな」
その光景に、ユージオは思わず息を呑んだ。自分の頭の片隅に蘇った、微かな記憶。闇の国のゴブリンを相手に、最後まで己の拳一つで立ち向かった少年。そんな朧げな記憶をなぞるように、目の前の少年は右手で拳を握りながら叫んだ
「覚悟しろよユージオ…こっから先は!『上条当麻』を見せてやる!!」