とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第54話 再来の司書

 

「ソード…ゴーレム…」

 

 

上条は特に意味もなく繰り返したその名に、言い知れぬ恐怖を感じた。かつて渡り歩いた仮想世界にも、こんな姿をした怪物は存在しなかった。このアンダーワールドで自分は、心意の力で剣を拳で壊すという離れ業を偶発的にやってのけたことはあるが、目の前の巨人を拳で砕くビジョンは塵ほども浮かんで来なかった

 

 

「さて、体を構成する剣の1本1本が神器級の優先度を持っているこのソードゴーレムに、あなた達は勝てるのかしら?私の貴重な記憶領域を限界まで費やして完成させた、目の前の敵をひたすら切り続ける史上最強の兵器に」

 

 

もう戦いの火蓋はいつ切られてもおかしくない。咄嗟にそう理解した上条は背中の盾を左手に装備し、ユージオとアリスもそれぞれの愛剣を鞘走らせた。そしてアドミニストレータは、天に掲げていた右手を振り下ろして高らかに謳うように言った

 

 

「さぁ!戦いなさいゴーレム!お前の敵を滅ぼすために!」

 

「来るぞッ!!!」

 

「やああああああ!!」

 

 

裂帛の気合いと共に先陣を切ったのはアリスだった。剣の巨人はその瞬間を待ちわびていたが如く大きく腕の剣を掲げると、彼女の懐に向かってそれを勢いよく振り下ろした

 

 

「アリス!危ねぇっ!!」

 

 

その巨剣がアリスに突き刺さるほんの少し手前で、上条が投擲した盾が間に割って入った。しかし、その腕の一本すら複数の神器でできている巨人の前に上条の盾は紙のように容易く引き裂かれ、上条の援護も虚しくアリスは鎧ごと身体を貫かれた

 

 

「がはっ!?」

 

 

激痛に悲鳴を上げる暇もなかった。そんなことをする間もなく、アリスの喉から血反吐が噴き出した。そして剣の巨人は、アリスの丹田から胸にかけて縦に突き刺さった鉄の腕を血飛沫を散らしながら引き抜いた。その残酷な仕打ちとアリスを傷つけられた怒りのままに、上条は剣の巨人へと向かっていった

 

 

「テ、テメェッ…!アリスに何してやがんだあああぁぁぁーーーっっっ!!!」

 

 

次の瞬間、上条の身体はボロ布のように吹っ飛んだ。巨人の剣が横薙ぎに振るわれ、上条の身体をくの字に曲げながら真一文字に横断した

 

 

「ごふっ…!?」

 

 

それは、まだ体が上下繋がっているのが不思議に思えるほどの強力な一撃だった。上条は切断された腹わたからビチャビチャと血と臓物を撒き散らしながら転がると、やがて床に伏して血の池に沈んだ

 

 

「あっ、そ、そんな…カミやん…アリス…」

 

「うふふふ…あーはっはっは!口ほどにもないわね!もうあなた一人しか立っていないじゃない!」

 

 

その光景を、ユージオは黙って見ていることしか出来なかった。おびただしい量の鮮血の上に倒れる二人と、その元凶である剣の巨人を前にしてユージオは完全に足が竦んでしまっていた。しかし、感情を持たぬソードゴーレムが呆然と立ち尽くす彼に容赦などするはずがない。余りにも無慈悲な巨人の剣が、一人残されたユージオにも振るわれようとした時、どこからともなく声が聞こえてきた

 

 

『ユージオ!短剣を使うのよ!カミやんの胸ポケットにまだ一本入っているわ!それを床の昇降盤に刺すのよ!』

 

「・・・え?」

 

 

その時だけは、ユージオの頭はなぜか冴え渡っていた。その言葉に、どこか今までずっと一緒にいたような親近感を覚えた。突如聞こえた声のままに上条の方へ視線を向けると、彼のツンツン頭から何か小さな生き物が飛び出すのが見えた

 

 

『時間は私が稼ぐわ!急いで!』

 

 

それは蜘蛛だった。ユージオと上条がルーリッド村を出てからずっと影ながら見守っていたその蜘蛛の名は、シャーロット。彼女は上条の頭から音もなく着地するやいなや、全長二メートルは超える巨大な黒蜘蛛に変化した

 

 

『シャアアアアッッ!!』

 

 

精一杯の威嚇の叫びを上げながら、シャーロットは勇猛果敢に剣の巨人に立ち向かっていった。その鉄の巨体に体当たりした瞬間に、いくつもの切り傷を負ったのは間違いない。しかしユージオは必死の彼女の言葉を信じて、上条の元に駆け寄り懐を弄った

 

 

「駄目だ、シャー…ロット……」

 

 

上条は薄れゆく視界の端で、決死の戦いを挑むシャーロットを見ていた。碌に言葉も交わしたことはないどころか、自分は一匹目の彼女を殺したというのにも関わらず、ここまで身を粉にして庇ってくれる彼女の姿に、上条は涙を滲ませた

 

「・・・邪魔な虫ね」

 

 

短い宣告と共にアドミニストレータが指を鳴らし、その拮抗は3秒で終わった。ソードゴーレムは左手を振るい、一瞬にしてシャーロットの左前脚を切り落とした。続いて右手を振りかぶると、彼女の胴体を串刺しにした

 

 

「・・・ぁ…」

 

 

まるで害虫のように、シャーロットの体はあっさりと潰された。悔しさのあまり上条は涙を溢れさせ、力の入っていない拳を地面に叩きつけた。巨大化していた彼女の体が萎んでいくその間に、部屋の一ヶ所から紫色の閃光が迸った

 

 

『よかった…間に合った…最後に、一緒に…戦えて…嬉…し、い…』

 

「ありがとう、僕たちを守ってくれた人…あなたの努力は、決して無駄にはしない!」

 

 

シャーロットはそう呟いて、絶命した。彼女の指示通り、ユージオは震える体を鎮めて昇降盤にたどり着き、上条の懐から取り出した短剣を床に突き刺していた。そして頬から一筋の涙が溢れ落ちると、最上階の空中に木枠の扉が現れ、雷にも似た眩い光線が、大質量を誇るソードゴーレムをズガァンッ!という轟音と共に一撃で横たわらせた

 

 

「・・・来たわね。大図書館の秘蔵っ子」

 

 

カチリ、とドアノブが回されたその扉の奥からゆっくりと、宙を滑りながらカーディナルが姿を現した。彼女の姿を見たアドミニストレータはくつくつと笑い、背丈よりも高い杖を持つカーディナルは彼女を一瞥しただけで視線を切りアリス達の元へ降りていった

 

 

「あ、あの…あなたは……?」

 

「まぁ待て。聞きたいことは山ほどあるじゃろうが、まずは二人の治療が優先じゃ」

 

 

ユージオにそう言ったカーディナルは地に足をつけることなく宙を滑っていくと、アリスの元で杖を一振りし、次に上条の上で杖を振った。すると二人から出ていた血が本人の体に戻っていき、みるみる内に傷口が塞がっていった

 

 

「この頑固者。任を解き、労をねぎらい、お前の好きな本棚の片隅で望むように生きろと言うたじゃろうに…」

 

 

最後にカーディナルは、小蜘蛛に戻ったシャーロットを両手で大切に拾い上げ、悲しげな瞳で数秒見つめた後に、自分のローブの裾に匿った。そして負傷から復活した上条とアリスが呻き声を上げながら立ち上がり、ユージオとカーディナルの元に歩み寄った

 

 

「カミやん、この人は一体…」

 

「俺の協力者だ。名前はカーディナル。え〜っと…簡単に言うとな、200年前のアドミニストレータとの戦いで追放されたもう一人の最高司祭だ。大丈夫、頼りになる味方だ。カセドラルに侵入した俺を助けてくれて、ここまで導いてくれたんだ。ちなみに、さっき俺たちを庇ってくれた蜘蛛…シャーロットは、このカーディナルの使いで、村を出た頃から俺たちのことを見ててくれてたんだ」

 

「そ、そうだったんだ…初めまして、カーディナルさん。危ないところを助けてくれて、ありがとうございました」

 

「こうして顔を合わせるのは初めてじゃな、ユージオよ。しがない図書館の司書をしとるカーディナルじゃ」

 

 

ユージオに訊ねられた上条がカーディナルを紹介すると、ユージオは宙に浮かぶ少女に深々と頭を下げた。そしてそれに続いて、アリスも柔らかな表情でカーディナルに言った

 

 

「もう一人の最高司祭…カーディナル様、ですね。私の傷を癒してくださってありがとうございました。治癒の光の中で、あなたの力の温かさを感じました」

 

「アリスも、よくぞ剣を取ってくれたな。結果的にこうなったのであれば、返ってワシのもう一本の短剣を壊してくれて良かったのかもしれん」

 

「それで、その…カーディナル。シャーロットには、フラクトライトがあったのか?あんな風に…俺たちを庇うようにして…」

 

「いや。お主の世界の言葉を借りれば、シャーロットはNPCと同じ存在じゃ」

 

 

悲痛な表情で俯きながら訊ねる上条に対して、カーディナルはかぶりを振って答えた。上条はシャーロットの最期を思い出しながら、悔しさを滲ませるように拳を握って、なおも問いただした

 

 

「だけど…シャーロットは俺を救ってくれたんだ。俺のために自分を犠牲にしたんだ。フラクトライトがある訳でもないのに、どうしてここまで……」

 

「こやつはもう200年も生きておった。その間ずっとわしと語らい、多くの人間達を見守ってきたのじゃ。最初のシャーロットと合わせて数えれば、お主に張り付いてからでも早2年。それほどの時を過ごせば、たとえフラクトライトを持たずとも…たとえその知性の本質が入力と出力データの蓄積に過ぎなくとも、そこに真実の心が宿ることだってあるのじゃ…」

 

 

シャーロット亡骸が眠るローブの裾に手を添えながらカーディナルが言うと、上条は静かに目を閉じて彼女の冥福を祈った。そしてカーディナルは視線を鋭くすると、宙に浮かぶ自分の分身を睨みつけながら叫んだ

 

 

「そう!時として愛すら宿るのじゃ!貴様には永遠に理解できぬことであろうがな!アドミニストレータ!虚ろなる者よ!」

 

「ふん、来ると思っていたわ。その坊や達をいじめていれば、いつかはカビ臭い穴倉からゴキブリのように這い出てくるものだとね」

 

 

アドミニストレータは鋭く睨むカーディナルの視線を見下しながら、未だかつてないほどの魔性に染まった笑いを見せた。そして数百年ぶりに及ぶ再会に、アドミニストレータは心を躍らせるように全身を打ち震わせていた

 

 

「フンッ、しばらく見ぬうちに随分と人間の真似が上手くなったものじゃな」

 

「あら?そういうおチビさんこそ、その可笑しな喋り方は何のつもりなのかしら?」

 

「歳を取った故な。相応の喋り方に変えただけじゃ」

 

 

因縁の宿敵を前にして口調に力がこもるカーディナルに対し、アドミニストレータの声はどこまでも冷ややかだった。しかし上条ら三人との会話の時のような無感情な口調ではなくなり、どこか歓喜しているように口元から微笑が漏れていた

 

 

「うふふふ。喋り方は変わっても、200年前私の前に連れて来られた時の心細そうに震える面影は残っているみたいね。ねぇ…『リセリス』ちゃん?」

 

「わしをその名で呼ぶなクィネラ!わしの名はカーディナル!貴様を消し去るためにのみ存在するプログラムじゃ!」

 

 

彼女の元の名を口にしたのであろうアドミニストレータに対し、カーディナルは声高に新たな自分の存在を謳った。そして彼女を生み出した支配者は、可笑しそうに笑いながら自分も同じように名乗った

 

 

「あはは、そうだったわね。そして私はアドミニストレータ。全てのプログラムを管理する者。迎えに行くのが遅れて悪かったわねおチビさん。あなたを歓迎するための術式を用意するのに、ちょっと手間取っちゃったものだから」

 

 

そう言うとアドミニストレータは高速で神聖術の式句を詠唱し、仕上げに指を軽く鳴らした。するとその瞬間に、大広間の窓から覗いていた夜空が更にどす黒い闇に支配され、床に足を付いている上条達は体が少し浮いたように感じた

 

 

「こ、これって……」

 

「貴様…アドレスを切り離したな!?」

 

「前回からの反省点よ。200年前あと一息で殺せるという所でお前を取り逃がしたのは、確かに私の失点だったわ。あの黴臭い穴倉を非連続アドレスに設置したのは、私自身だものね?だから今回は、その失敗から学ぶことにしたの。いつかお前を誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようって。鼠を狩る猫のいる檻にね」

 

 

それは窓の外の世界ではなく、世界とこのカセドラル最上階との接続の切断を意味していた。世界からただ一点だけ切り離されたこの空間でアドミニストレータは、狡猾な自分に酔いしれるようにくつくつと笑った。カーディナルは彼女の笑い方に軽く舌打ちすると、負けじと勝ち誇ったように鼻で笑って言った

 

 

「ふん、それは結構なことじゃな。けれどこの状況ではどちらの陣営が猫で、どちらが鼠かわからぬと思うが?なにせ我々は4人。そして貴様は一人なのじゃからな」

 

「その計算はちょっとだけ間違っているわね。正しくは4人対『300人』なのよ。私を加えなくてもね」

 

「・・・さ、300人?」

 

 

アドミニストレータの口にした言葉の意味が分からず、上条が怪訝そうにその人数を繰り返した。だが彼と違ってカーディナルはその意味を一瞬で理解すると、血相を変えて声を震わせた

 

 

「まさか、貴様…!なんと…なんと非道な真似を!その者達は本来貴様が守るべき民ではないのか!?」

 

「民…民って…人間!?」

 

 

カーディナルの言葉をうわ言のように呟いていたユージオが、その意味に気づいて声を荒げた。そこでようやっと、上条とアリスも理解が追いついた。それから全員がアドミニストレータに視線を向けると、彼女は下らない質問だと言わんばかりに笑った

 

 

「はっ。守るべき民ね…私がそんな低次元なこと気にするわけないじゃない。私は支配者なのよ?私の意志のままに支配されるべきものが下界に存在していれば、ただそれでいいの。人だろうと剣だろうと、それは大した問題じゃないわ」

 

「貴様ッ…!」

 

「あら?まさかヒューマンユニットをたかが300個物質変換した程度で驚いてるわけじゃないわよね?これはあくまでプロトタイプなのよ。嫌ったらしい負荷実験に対抗するための完成形を量産するためには、ざっと半分くらいは必要かなって感じだわ」

 

「・・・半分…?」

 

 

カーディナルの神聖術で吹っ飛ばされたソードゴーレムが甲高い金属音を奏でながら再び立ち上がった。そして半分、という言葉の意味を想像しながら呟いたアリスに、アドミニストレータが答えた

 

 

「半分は半分よ、アリスちゃん。人界に存在する約8万のヒューマンユニットの半分。それだけあれば足りるんじゃないかしら?ダークテリトリーの侵攻を退けて向こう側に攻め込むのにね」

 

「「「!!!!!」」」

 

 

四人は今度こそアドミニストレータの邪悪な思想に絶句した。もはや桁が違った。目の前の敵は、四万人という膨大な人の命をまるで自分の物としか思っていなかった。彼女は自分への恐怖に慄く四人を見下ろしながら微笑んだ

 

 

「どう?これで満足したかしらアリスちゃん。そんなに心配しなくても、あなたの大事な人界はちゃんと守られるわよ。半分という僅かながらも尊い犠牲の上に、ね」

 

「・・・最高司祭様…最早あなたに人の言葉は届かない。故に神聖術師として訊ねます。その人形を象る30本の剣、その所有者はどこにいるのです!?」

 

 

一度は恐怖に言葉を失っていたアリスだったが、再び口を開いてからは決して剣の巨人とアドミニストレータに萎縮することはなく、堂々たる立ち振る舞いで彼女に真っ向から物申した

 

 

「たとえ最高司祭様が、完全支配の及ぶ剣は一本のみという原則を破れたとしても、その次の原則は破れないのです。記憶解放を行うには剣と主の間に強固な絆が必要となります。ですがその人形を形作る剣の源が罪なき民達だと言うのなら、司祭様が剣に愛されているはずがない!」

 

「ふふっ、本当に決まりごとに従順な子ねアリスちゃんは。いいわ、教えてあげる。答えはアリスちゃん達の目の前にあるわ」

 

「め、目の前じゃと?それは一体、どういう…」

 

 

そう言うとアドミニストレータは右手を上に掲げ、数多の星と神が描かれた天蓋を指差した。しかしそこには何が現れるでもなく、変わらず星が輝いているだけで上条、アリス、カーディナルは首を傾げたが、その中でユージオだけがそれを見て声を震わせながら呟いた

 

 

「そ、そうか…そうだったのか…!あの天井の水晶、あれはただの飾りじゃない。あれはきっと、整合騎士達から奪われた記憶の欠片なんだ!」

 

「・・・は?」

 

 

上条はユージオの言っている意味がよく分からなかった。この天蓋の星たちは、そういう作りなんだと思っていた。しかし星々の輝きによく目を凝らして見ると、それは先ほど自分の右手で破壊した敬神モジュールの輝きに酷似していた

 

 

「まさか、これが…全部…!?」

 

「おのれクィネラ!貴様はどこまで人を弄ぶつもりなのじゃ!」

 

 

そしてそれが、モジュールの差し込まれていた場所に元々あった場所だと理解するのに、そう時間はかからなかった。カーディナルはその事実に歯噛みすると、怒りのままに声を荒げた

 

 

「シンセサイズの秘儀で抜き取った記憶ピースを精神原型に挿入すれば、それを疑似的な人間ユニットとして扱うことは可能じゃ。しかしその知性は極めて限定され、とても武装完全支配術などという高度なコマンドを行使することはできん」

 

「じゃが、記憶ピースとリンクする時の情報が重複する場合は別じゃ。すなわち…整合騎士達から奪った記憶に刻まれた愛する人間達をリソースとして剣を作った…そういうことじゃな!?アドミニストレータ!」

 

 

カーディナルは床に杖を突き立てながらアドミニストレータに迫ると、銀の瞳でその怒りを見下ろす彼女は、それすらも余興であるかのように醜く笑った

 

 

「えぇ、その通りよ。騎士達の模擬人格が望む願いはたった一つ。記憶してる誰かに触れたい。抱きしめたい。自分のものにしたい。そういう醜い欲望がこの剣の人形を動かしてるの」

 

「彼らは今すぐ傍にその誰かがいることを感じてるわ。でも触れない。一つになれない。狂おしいほどの飢えと渇きの中で見えるのは、己の欲求を邪魔する敵の姿だけ」

 

「この敵を切り殺せば、欲しい誰かが自分のものになる。だから戦う。どんなに傷を負っても、何度倒れても、永遠に戦い続けるの。どう?素敵な仕組みでしょ?本当に素晴らしいわ。欲望の力というものは」

 

「違ぇだろっ!!」

 

 

それは、彼女の手で剣に変えられた人達の無念の願いとも言うべきものだった。誰かと一緒にいたい、それは人として生きる者の当然の願いだ。そんな当たり前の感情すらも自分の駒にするアドミニストレータの意思を、上条はありったけの力を声に込めて否定した

 

 

「その感情を欲望なんて言葉で汚すんじゃねぇ!人の気持ちなんて考えたこともねぇテメエが!その感情を我が物顔で語るんじゃねぇ!それは…それは人間の純粋な感情だ!誰かを好きになって、誰かと触れ合いたい、誰かと愛しあって繋がりたい、それは俺たち人間にとって、一番大切な感情なんだよ!」

 

「同じ事よ?愚かな坊や。愛は支配であり欲望でもある。その実態はフラクトライトから出力される信号に過ぎない。私はただ、最大級の強度を持つその信号を効率よく利用しただけよ」

 

 

上条の怒りを全く意に介さないアドミニストレータは、両の掌をソードゴーレムに向けて差し伸べると、揺るがない己の勝利を確信したかのように高らかに謳った

 

 

「そこのおちびちゃんに出来たのは精々、無力な子どもを2、3人籠絡する程度。でも私は違うわ。私が作った人形には、記憶フラグメントも含めれば300ユニット以上もの欲望のエネルギーが満ち溢れている!」

 

「そして何より重要なのは!その事実を知った今、この世界の人の営みを是とするお前には決して人形を破壊できないということよ!なぜなら人形の剣たちは、形を変えただけの生きた人間なのだから!」

 

 

アドミニストレータはカーディナルを指で差しながら、毒にも等しい言葉を吐いた。大広間にその宣告が尾を引くように残響する中で次にカーディナルが発した声は、奇妙なほどに穏やかだった

 

 

「あぁ、そうじゃな。わしに人は殺せぬ。その制約だけは絶対に破れぬ。人ならぬ身の貴様を殺すためだけに、200年の時を経て術を練り上げてきたが、どうやら無駄だったようじゃ」

 

「くくっ、くくくっ…なんて愚かで、なんて滑稽なのかしら。お前ももうこの世界の真実の姿を知っているはずなのに。そこに存在する命とやらが、書き換え可能なデータの集合に過ぎないということを。それでもなおそのデータを人間と認識し、殺人禁止の制約に縛られるなんて……」

 

「違うな。彼らは間違いなく人だとも、クィネラよ」

 

 

愉悦に浸りながら語るアドミニストレータを、カーディナルはピシャリと塞き止めた。そして深く息を吸うと、今度は自分の番だとばかりに一息で言った

 

 

「アンダーワールドに生きる人々は、我々が失ってしまった真の感情を持っている。笑い、悲しみ、喜び、愛する心をな。人が人であるために、それ以上の何が必要であろうか。故にワシは、彼らが人であると心の底から信じ、来たる敗北を誇りと共に受け入れよう」

 

「か、カーディナル…何言って…」

 

 

敗北、という彼女の言葉が上条の耳にベッタリとへばりつき、嫌な悪寒が背中をなぞった。ユージオとアリスも同様にその予感を感じ取ったらしく生唾を飲み込んだが、その予感は次のカーディナルの言葉で明確な形となった

 

 

「じゃから、ワシの命はくれてやる。代わりに、この若者たちの命は奪わんでやってくれ」

 

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