とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第55話 記憶解放

 

「なっ!?」

 

 

上条はその言葉に我慢ならず一歩踏み出そうとして、ユージオとアリスも全身を強張らせたが、カーディナルの背中から感じる強固な『意志の力』が三人の動きを押し留めた

 

 

「あら、随分とおかしなことを言うのね。今さらそんな交換条件を受け入れて、私にどんなメリットがあるのかしら?」

 

「さっき言うたじゃろう。ひたすらに術を練り上げてきたと。200年前と比べぬ方がよいぞ。その哀れな人形の動きを封じながらでも、貴様の天命の半分くらいは削ってみせるぞ。それほどの負荷がかかれば、貴様の心もとない記憶容量がさらに危うくなるのではないか?」

 

 

カーディナルの言葉に、アドミニストレータはあくまでも微笑みを崩さず唇に人差し指を当てて考えを巡らせる素振りを見せると、やがてため息まじりに答えた

 

 

「その程度で私のフラクトライトが脅かされるとは思えないけど、たしかに面倒ではあるわね。その交換条件、っていうのはこの閉鎖空間から坊や達を逃せば事足りるのよね?今後永遠に手を出すな、って意味なら拒否するわよ」

 

「いや、一度退避させるだけでよい。彼らなら、きっと……」

 

「ふ、ふざけんなっ!!」

 

 

先程は破るに至らなかった沈黙を、上条が破った。その叫びに、カーディナルが微かに振り向くと、上条は思いの丈を沸き立つ怒りに乗せながら彼女へ向かって叫んだ

 

 

「そんなんで見逃されて、俺たちが喜ぶとでも思ってんのか!?俺は戦えるぞ!例えテメエらには神聖術の権限レベルが遠く及ばなくたって、俺は最後まで…!」

 

「勝たなければ意味がないのじゃ!!」

 

「ッ!?」

 

 

丸眼鏡をかける眉間に皺を寄せながら、カーディナルが険しい表情で上条を一喝した。上条は彼女の迫力に思わず口を噤むと、その隙になだれ込むようにカーディナルが続けた

 

 

「今のお主に、あの剣の巨人とアドミニストレータを一度に相手取って戦う術があるのか!?あの剣に一度腹を裂かれ、自分で分かっておるじゃろう!それでは無駄死になのじゃ!例えここで負けても、お主らは生きねばならんのじゃ!死んだらそこで終わりなのじゃ!最後にワシらが勝つためには、誰かがここから生きて帰らねばならんのじゃっ!!」

 

「か、カーディナル……」

 

「・・・すまぬな、後を頼む」

 

 

上条が震える声で彼女の名前を呼ぶと、誰よりも人間を愛した管理者は、彼に優しく微笑んだ。そして再びアドミニストレータに向き直ると杖を捨て、両手を広げながら前に出た

 

 

「さぁ、これでよかろう。こんなちんけな身体じゃが、煮るなり焼くなり好きにすれば良い」

 

「ふふっ、あははは!いいわよ。その方が私も楽しい遊びを後に取っておけるし、ね。じゃあステイシア神に誓いましょう。私は…」

 

「いや、神ではなく貴様が唯一の信頼を置くものに誓え。自らのフラクトライトに誓うのじゃ」

 

「・・・はいはい、そうですか。それじゃ私のフラクトライトに誓うわ。私はおちびさんを殺した後、後ろの三人は無傷で還してあげるわ。この誓約だけは私にも破れない。今のところは…ね」

 

「それで良い」

 

 

カーディナルがそう言って頷いた瞬間、彼女に向かって伸ばされたアドミニストレータの右手から一筋の紫電が迸り、躊躇なくカーディナルの体を貫いた。その体から漏れ出した雷の余波が床を抉るという、想像を絶する一撃を小さな身体で受けたにもかかわらず、カーディナルは決して膝を着くことはなかった

 

 

「フンッ、こんなものか。これでは何度撃とうが……!」

 

「ええ。だから文字通り『何度でも』撃つわよ?」

 

 

口元どころか目元も醜く歪ませながらアドミニストレータは笑うと、丁寧に照準を絞らずに何度も紫の雷撃をカーディナルに振り下ろした。彼女は苦痛に顔を歪めながら、身体中を駆け巡る痺れを必死に耐えていた

 

 

「がはっ!ぐっ!?ぎぃっ!ヅッ!?ああっ!?」

 

「こ、こんな…なんて酷い…酷すぎます……」

 

「あははははは!もちろん手加減はしてるわよおチビさん!一瞬で片付けるなんてつまらないことはしないわよ!200年もこの瞬間を待ってたんだものねぇ!!」

 

 

高々とした笑い声を響かせながら、アドミニストレータは優に10を超える紫電でカーディナルの身体を貫いた。そしてその中の一発が床を爆ぜると、力の抜けきっていたカーディナルの足元を掬い上げ軽々と吹き飛ばした

 

 

「カーディナルッ!!」

 

「来るなっ!!」

 

「ッ!?く、くそっ…!」

 

(僕は、僕はなんて無力なんだ…!僕達を助けてくれた人達が無残に散っていく様子を、遠目に見ていることしかできないなんて…!)

 

 

倒れたカーディナルに上条が駆け寄ろうと一歩を踏み出そうとすると、彼女はそれを腕一本で制した。その上条の横で、ユージオは己の無力さに歯噛みしていた

 

 

「さぁそろそろ終わりにしましょうか?さようならリセリス、さようなら私の娘。そしてもう一人の私!あはははははは!!」

 

 

弓のように体を反らせて笑うと、アドミニストレータは倒れこんだカーディナルに特大の雷撃を見舞った。それを逃げようともせず真っ向から受け止めたカーディナルの体は、既に灰のように焼け焦げていた。その痛ましい姿に、アリスとユージオはもう我慢ならず走って駆け寄り、ユージオが彼女の華奢な体を抱き上げた

 

 

「カーディナルさんっ!ごめんなさい…ごめんなさい…僕は……!」

 

「私は、私は自分が騎士であることが恥ずかしい…!あなたのような、自らの身を盾にして民を守るあなたに、少しの助力も出来ない自分を殺してしまいたいっ…!」

 

「おかしな子ども達じゃ…何を泣き、何を嘆くことが、ある…。お主らには、まだ果たすべき使命が、あるじゃろう…?三人で、この儚くも美しい世界を、きっと……」

 

「必ず、必ず…!あなた様にいただいたこの命…必ずやあなた様のお言葉を果たすために使います…!」

 

 

カーディナルを抱くユージオの腕は震え、声は嗚咽に掻き消された。そしてアリスは今にも消えそうなカーディナルの小さな手を取って自らの命に誓いを立てた。しかし、上条だけは、彼女に声をかけずに彼女らの横を通り過ぎ、背中からシャリィン!という音を響かせて翡翠色の剣を鞘から抜いた

 

 

「・・・やっぱり、俺には出来ねぇ。例えそれが自ら選んだ道だとしても、誰かのために自分を犠牲にするヤツを黙って見過ごすなんて、俺は死んでも御免だ!!」

 

「よ、止すのじゃカミやん!言ったじゃろう!今のお主が敵う相手ではない!その剣を納めるのじゃ!そんなバカな真似をして命を捨て石にするでない!!」

 

 

翡翠色の剣の柄を両手で握り、アドミニストレータの前に出た上条の背中に向かって、カーディナルは必死に小さな手を伸ばした。しかしそれに振り向くことなく上条は、どこか笑い声を抑えるように喋り始めた

 

 

「なぁカーディナル…お前言ったよな。俺の武装完全支配術は、危険すぎるから一度しか使うんじゃねぇって。今までカセドラルを登ってきた俺が、その一度を使ったことがあったか?」

 

「ッ!?お、お主まさか…!ここで…!?」

 

「ここはもう、その頂上なんだ!この戦いの終着点なんだ!だったらソイツを今ここで使わなきゃ、テメエと一緒にお蔵入りになっちまうだろうが!!」

 

 

そう叫んだ上条は、翡翠色の剣を高々と頭上に掲げた。透き通ったその刀身が大広間中の光を反射して燦然と輝くと、銘もなき剣に向かって神聖術の式句を説いた

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

「な、なにっ!?」

 

 

刹那、翡翠色の剣は金木犀の剣とは比較にならない黄金の輝きを放ち、アドミニストレータは恐れ慄いた。そして完全支配術が起動したその瞬間、上条は全てを理解した。この剣に込めた自分のイメージはなんなのか、その記憶の果てにこの剣は、どんな奇跡を描くのかを

 

 

「ユージオッ!アリスッ!あやつの支配術が完全な力を発揮するには時間が要る!あの人形はワシが死んでも食い止める!じゃからお主らは何としてでも、アドミニストレータからカミやんを守り抜くのじゃ!」

 

「「ッ!?」」

 

 

とうに死に体だったカーディナルが、最後の力を振り絞って己の体を浮かび上がらせながら叫んだ。ユージオとアリスは雷に撃たれたような衝動と共に、一瞬でそれぞれの剣を抜いた。そして三人は一斉に上条の前に駆け出すと、それぞれの敵に向かって散開した

 

 

「でぇやあああああっ!!!」

 

 

ソードゴーレムの前に躍り出たカーディナルは、身体中の痛みを誤魔化すように腹の底から叫んだ。そして念力のような見えない力を発現させると、両手で握りつぶすように念力の力を集中させ、ソードゴーレムの動きを封じ込めた

 

 

「このっ!やらせると思うなぁぁぁっ!!」

 

「させません!護れ!花たちっ!」

 

 

上条とカーディナルに向けてアドミニストレータが紫電を放つと、それにいち早く反応したアリスの放った金木犀の花弁がアースとなって雷撃を地面に逃がした。そしてその間にも上条の翡翠色の剣はその刀身に光を集約させ、強大な神々しい輝きを増していた

 

 

「私に雷撃は効きませんっ!!」

 

「言われるまでもないわっ!!」

 

「咲けっ!青薔薇ッ!!」

 

 

アドミニストレータは続けて両手に15ずつ、合計30の熱素を使用した巨大な火球を放った。しかしそれは、ユージオの青薔薇の剣の完全支配術によって聳え立った巨大な氷の壁に阻まれた

 

 

「ーーーッ!ちょこざいなぁぁぁっっ!!」

 

 

アドミニストレータは分かっていた。今は上条当麻が持つ剣の光の収束を止めることが、他の何よりも優先すべきことだと。そしてそれは、上条を背にして立つユージオとアリスも同様だった。自分たちには想像もつかないような、途轍もない一撃が来る。この場にいる誰もがそれが肌で分かるほどに、上条の剣が放つ光はこの空間どころか、世界の全てを支配しているかのようだった

 

 

「ただの騎士人形が!消えろっ!」

 

「うわああああっ!?」

 

 

アドミニストレータは神聖術で発現させた鮮やかな銀で精製されたレイピアを手に取り、アリスとユージオに振るいかかった。そしてたったの一合で、鍔迫り合ったアリスの体を金木犀の剣ごと壁まで吹き飛ばした。しかし今度はユージオがアドミニストレータを食い止めるべく、無我夢中で青薔薇の剣を振りかぶりながら彼女の懐へ飛び込んでいった

 

 

「でやあああああっ!!」

 

「退けっ!!!」

 

「退くもんかっ!カミやんは僕が守る!!」

 

 

上条は光の集まっていく剣を携えながら、ユージオの背中を見ていた。迫り来る支配者の凶刃を、何度も何度も青薔薇の剣ではたき落し続けている。だが、それでも足りない。この剣が全ての力を発揮するには、まだ時間が要る

 

 

「一度は私に屈した犬が!主人に噛みつこうなど夢にも思うなあああっ!!」

 

 

その瞬間、ユージオの防御を掻い潜ったレイピアが彼の胸を貫いた。ユージオの顔が苦痛に歪んだその時には、アドミニストレータはほくそ笑みながら彼の胸から銀の剣を乱雑に引き抜いていた

 

 

「ぶはっ!?」

 

「ユージオーーーッッッ!!!」

 

「邪魔よ。今度こそ退きなさい」

 

 

粘ついた鮮血が、ユージオの喉口から吐き出された。そしてアドミニストレータは短い宣告と共にユージオの体を腹から切り裂き、腰の上に上半身が乗っているだけの彼を床に蹴倒した

 

 

「くそっ…!この野郎…!」

 

 

上条は必死に叫びながら舌を噛み、腰から溢れる止めどない血の海に沈んだユージオの元に駆け寄りそうになる衝動をなんとか抑えこんだ。ここで自分が剣を手放せば全てが終わる。だが、それを望む世界の支配者がもう眼前まで迫っていた

 

 

「あーっはっはっは!どう坊や!?これでもうお前を守る者は……ッ!?!?!?」

 

 

笑いながら上条へと近づいていたアドミニストレータの体は、気づけば壁に叩きつけられていた。その体の上には、ソードゴーレムが横たわっていた。彼女の体にはあらゆる金属オブジェクトが無効になるため、傷こそ付いていないが、投げつけられた剣の巨人の質量には耐えることが出来なかった

 

 

「リセリスッ……!」

 

「ザマァ、みろ…クソ女……」

 

 

剣の巨人が飛んできた方向の先には、この巨人を飛ばすのに全ての力を使い果たしたのか、地に伏して倒れるカーディナルがいた。彼女は生みの親に向かって傷だらけの顔でニヤッと笑うと、満足気な顔をして瞼を閉じた

 

 

「こ、このっ…!この死に損ないがあああああぁぁぁぁぁーーーっっっ!!!」

 

 

時が、満ちた。完全支配状態の強化が限界に達した上条の翡翠色の剣が、一際眩しく輝いた。上条とアドミニストレータの射線上には、誰もいない。300年生き永らえた彼女の目には、ソルスよりも眩しく輝く剣を掲げた少年だけが映り、その永遠とも呼べる生の中で最大の恐怖を感じていた

 

 

「リリースッ!!」

 

 

ついに、その神聖語が上条の口から紡がれた。それは、2000年の時が流れた今もなお日本に現存する文字通りの『神器』。日本神話における最も名高い神剣。仮想世界においては、かの鋼鉄の城の終幕を齎した10000人の願いの結晶。その記憶が、奇跡が、上条当麻の手によって再び形を成した

 

 

「リコレクションッッッ!!!」

 

 

『天叢雲剣』が振り下ろされた瞬間、音は弾け飛んだ。臨界する星の光の奔流が、収束し、解き放たれた。極太の光は絶対の威力を以って、邪悪なる全てを破壊し尽くした

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